オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」   作:椚木

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突入 ~野蛮なオークはか弱きエルフを凌辱するのか?

 4人は馬車から弾けるように飛び降りた。

 

 エルフィスは御者に馬車をここに待機させておくよう命じるとともに、「今から突入作戦がある。そちらに弾が飛んでくることはまず無いと思うが万が一があるから心配なら避けておけ」と伝えた。

 

 それを聞いた連れて来られたエルフの御者は、最前までのやる気ない態度から一転、4人より激しく御者台から飛び出し、馬車の向こう側に身を隠して怯えてみせる。

 

 目的の建物は変哲もないエルフィンド様式の構えをした飲食店兼バーであった。今も営業を続けているが、昼間ということで住み込みの店員たちも表で仕込み作業を行っている。そんな中、バックヤードとも言える裏の住み込みスペースに兵士を匿っていたわけだ。

 

 そちらに侵入するため、裏口の方に乗り付けた4人である。エルフィスは部下の巡査に、表に回って店員たちに今から突入するからそのつもりでいるよう告げるように命じた。エルフ同士の方が話が早いと踏んだのだ。

 

 命令を受けた部下は「はっ」としなやかな2本の指を立てて静かに敬礼し、表へ回り込む。

 

 それを待つ間もなく3人も行動を続け、やがて兵士が潜伏していると思しき寝室の前へと辿り着いた。

 

 中には確かに人の気配がする。それも複数だ。

 

「~~~~~」

「~~~~!!」

 

 扉の向こうで何やら話す気配。生物的男と女の息遣いがこちらにまで届く。

 

 会話の内容が深刻なものなのか、女のほうが息を呑んだ。伝わる緊張感。

 

 もう待っていられない。3人は目配せし直ちに突入する態勢に入った。

 

 扉を蹴り破る。

 

 先頭で部屋に踏み込んだのはヘルド曹長。上官の嗜みだ。

 憲兵隊員に支給された一〇・六ミリ弾拳銃を構え、部屋に踏み込んで目に飛び込んだ大きな影に向ける。曹長の身体の脇から縫って出たエルフィス警部は利き手に小刀を携え、それで以って手首を切りつけ相手の武器を落とし制圧、いざとなればそのまま急所を狙わんとする。

 

 最後に万が一の後詰めとして、憲兵がドアの影から半身を乗り出しエアハルトGew七四で狙いをつけ、2人の援護をする。

 

 勝負は一瞬だ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 一瞬の沈黙。

 

 銃剣を構え部屋に突入した2人が認めたのは、部屋の中で向かい合うエルフとオーク。 ベッドで上体を起こしたエルフと、脇の椅子に腰掛け彼女と対話をしていたオークの、至って穏健な雰囲気。

 

 2人は突然の闖入者に、呆然とするのだった。

 

 

 

「それでは私が疑われていたと」

「そういうことになります」

 

 ひとまず落ち着き、一同車座になってのやり取りである。

 

 結局のところ事件の最有力容疑者、ハンツ中尉にエルフの国境警備兵を害す意図は毛頭無く、こうして誤解が解けたわけだが、一時は室内であわや乱闘もという事態であった。

 

 特に酒場の店員が、あらかじめ寝室に武器は物騒だからと、匿っていた兵士の銃を物置に置いていた。これが幸いした。

 

 エルフの兵士からすれば、ハンツ中尉に怪我が治った後の出頭を促されていたところ、突然別のオーク兵士に部屋になだれ込まれたわけである。もし彼女が咄嗟に銃を手にし、突入した相手に抗していたらどうなっていたか。

 

 オルクセン憲兵・同将校・国境警備兵・エルフィンド警官

 

 種族も立場も違う戦争状態にある者同士が事情も分からぬままお互いを撃ち倒し斬り倒さんとするドンパチ沙汰。事態はややこしく入り乱れ、収拾をつける羽目になった各方面のお偉方の頭は、さぞ痛いことになっただろう。

 

 などと考えると、さしもの憲兵も冷や汗も出ようというものだ。

 

 そうした内省についてはひとまずしまい込んでおき、今は眼の前の会話に専念する。

「そうですか……。銃剣に残った血が有力な証拠と目されたと」

「はい。死体の傷口にあった凶器を考慮した上での捜査結果です」

「つまり私がやったという直接的な証拠というわけではないのですね」

「ええ、消去法という形になります」

「そしてそれを覆すだけの材料も、今は提示できない」

「残念ながら、そうなります」

 

 聴取に敬語で返す年下のハンス中尉であるが、もちろん階級は中尉のほうが上だ。曹長からすれば先の失態に加え、こうして彼を疑うだけの事情を論ずることになり、厚顔無恥と罵られても弁解の余地がない。しかし鷹揚な中尉は冷静に対応するのだった。

 

 銃剣についていた血の跡は、攻略戦での追撃時に敵の国境警備兵の腰を刺突したときについたものだと、中尉は弁明する。オルクセン軍において突撃時に士官が先頭に立つのは知られたことだ。だからそれはおかしな話ではないのだが、しかし〝消去法〟によって依然彼に有力な容疑がかかってしまうのも事実。

 

 これ以上この点について追求しても埒が明かないから、曹長は別の話題を振った。

 

「今日ここに来たのは如何なる理由においてでしょう」

「彼女に出頭を促すよう説得するためです」

 

 そう言ってベッドに身を預けるエルフの方を優しく見た。

 

 ここに至るまで、2人の間にどの様な物語があったのか――。その様な物言いはセンチメンタルが過ぎるが、ともかくこの部屋で具体的にどの様なやり取りがあったのかは曹長には想像がつかない。

 

 何れにせよ戦時中である。「敵兵に情をかけるとは立派な心がけだ」などと宥恕が許されるわけもなく、中尉が何らかの利敵行為を働いていないか後々詳しい聴取が必要になるだろう。

 

 ただ曹長の見立てでは、敗残兵と言っても既に武装解除され無力化されていると言っても良く、中尉の監督下にあることを鑑みれば相手が敵性存在などという評価は過剰なのではないか。ごく普通に負傷兵に投降を促したと判断されるだろうと見込んでいた。 エルフの兵士も間もなく投降することを約束し、代わりに「自分と一緒に逃げたパートナーがいる。まだ彼女も市内のどこかに潜伏しているはずだから、オルクセン軍においては彼女の命を保証し、安全に保護して欲しい」とヘルドに頼むのだった。

 

「残念ながらそれは約束できない……。逃亡兵の投降に関しては全て軍の内規に基づき現場で対応しますので。ただ相方が投降済みで、彼女も本人の投降を呼びかけていることは宣伝することに致しましょう」

 

 ヘルドはそう答えた。

 

 話は事件の内容に戻る。

 

「中尉どの。こちらの敗残兵についてですが、潜伏先の情報をどこから入手したのですか。いえ、念の為の確認です」

「はい、あなた方が述べた通りです。現地のエルフから有力な情報があると声をかけられました」

「それはこの人物で間違いないのですね」

 

 面通しのためそう言ってヘルドは懐から、一枚の何かが描かれた紙を取り出した。

 

 絵にしてはいやに写実的で精密な図柄。まるで本物を写し取ったような。いや、これは写真だ。眼の前の情景を切り取ってありのままに記録する現代の発明品。

 

 アーカム・クロニクル紙特派員アン・バリーが事件現場で撮った写真から、被害者の顔が写ったものを1枚供出を受けていたのだった。

 

 それを見た時のハンス中尉の驚きは、それまで自分が容疑者と告げられても努めて冷静であった彼から不意に出た態度としては極めて自然なものであり、故にその後彼が述べた証言についても信憑性が高いと判断するに至るのだった。

 

 

 それと同時に――

 エルフィスはある種打ちひしがれていた。

 

 無辜の相手に突入という醜態を晒した。

 状況次第で危うく同胞に刃を向けかねないところだった。

 

 

 そうしたことはこの際どうでも良い。

 

 ただ自分が打ちひしがれていること。

 

「一体いつから彼の者こそ犯人なのだと決めつけ、それを疑わず自身振る舞っていた」

 

 確かに証拠こそオルクセンの1将校こそ事件の最有力容疑者と示している。

 

 調査を進めるうちに極めて狭い人物相関の中、特定の人物が浮かび上がった。

 

 けれどもだ。自身の使命は「この市内に潜む犯罪者を見極めることだ」

 

 それがいつしか自分自身「野蛮なオークがか弱きエルフを凌辱した」などという物語《ストーリー》に惑わされ、犯罪を見抜く目を曇らせていた。

 

 全ての捜査が振り出しに戻った今、エルフィスは店員たちにすがるように尋ねていた。

 

「何でも良い……。事件の心当たりがあったら思いつく限りのことを話してくれ。ああ、お前らは馬鹿にするだろうな。捜査に手をこまねく不甲斐ない警官を、敵に国土を侵され秩序の番人足り得ぬ私たちを、占領軍《オルクセン》の輩として振る舞うしかない輩を……。だがだ、そうであってもだ。私はこの事件の犯人をこの手で捕まえたいんだ。事切れた同胞の被害者の緑色の目を見た。その顔に映し出された無念を記憶に刻み込んだ。無惨な傷の在り様をしかと見極めた。そして誓った。犯人を絶対裁くと。お前たちも被害者に思うところはあるかもしれない。だがこれはれっきとした、残虐な犯罪行為なんだ。今もその犯人はのうのうと大手を振るって歩いている。どんな事情があれそれを許すわけにはいかない。是が非でも摘発しなければならない。だからどうか、頼む……私に協力してくれ」

 

 エルフィスの演説を聞いていた店員たちは不思議そうな顔をして

「何言ってるんだい?」

 

 やはり警官に対する態度はこの通りなのかと悲嘆しかけたエルフィス。だが、相手の口ぶりはエルフィスに対する嘲笑や軽侮と言ったものではなく、むしろ話の内容に対する率直な疑問。「この人は何をおかしなことをいっているのだろう」。

 

 店員の1人が疑問の内容を率直に口にした。

 

「だって――」

 

 

 

 そこで告げられた事実は、この事件の謎を根底からひっくり返す内容であった。




次の章よりいよいよ解決編になります。
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