オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」   作:椚木

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ここから推理編が始まります。


解決編
摘発


 舞台は市庁舎に戻る。

 

 佐官である己の為に執務室として用意された小さな部屋に憲兵が入ってきた時も、彼は至って悠然とした様子だった。

 

 あるいは自身そこに属すものだからこそ、「優秀なオルクセン軍部の人材《捜査員》なら、いずれは自分に辿り着くだろう」と、とうに承知していたのか。

 

 入室した憲兵は眼の前のコボルトの補給将校を見やり、

「もう私がここに来た理由はご承知でしょうが」

 

「さぁ……。補給物資に関して不正経理でも発見したのかな」

 

「いえ、違います。……尤も『そうあるべきものを正しくそう処置しなかった』という意味では同じでしょうが、少佐殿」

 

「ふむ……」

 

「あの市内の非戦闘地域においてエルフの住民が殺害された重大事件において、貴殿が事件に関する重大な証拠を隠滅した、その事実をここに摘発します。なお証拠が固まり次第、憲兵隊の名のもとに追って告発されるでしょう」

 

 屈強なオークに目の前でそう宣言されてなお、この補給将校スヴェスデン・シュトラウスは、至って泰然とした構えであった。

 

 それはもう観念しているのか、はたまた……。

 

「そもそもこの事件」ヘルドはおもむろに語り始めた。「捜査にあたって、我が軍の将兵に重大な嫌疑がかけられることになりました。というのも、被害者の身体に残った刺傷が我が軍の銃剣によるものと、ほぼ断定されたからです」

 

 更には消去法で、1人の将校が疑われることになった。

 

「我々は最初から決めつけていました。被害者はオークに殺されたものだと。それを前提に捜査を進めていた」

 

「ほう、つまりあの遺体についていたという傷口は、オーク以外の種族の仕業だと。その様な仕儀をやってのけたと、貴君は主張する訳か。あるいはそうした手管を可能にする凶器や手段といった新事実でも見つけたのかな」

 

「いえ」

 ヘルドは太い首を振ってみせた。

 

「確かにあれは、間違いなくオークの仕業でしょう。――ロザリンドで戦った者として確信しています。そこを覆そうとするのは、残念ですが無理です」

 

 「では」と目線で訝しんで見せるコボルト。

 

「しかし同時にその事実に惑わされていた我々は、事件捜査においてまず確認しなければならないことが抜け落ちていた、真っ先に裏取りすべきことを怠っていたのです」

 

「それは何だね」

 

 尋ねられたヘルドは、長い鼻を蠢かせ息を吸った。そして告げる。

 

「我々は、現場で発見された遺体が第1発見者が告げた通りニミイエル・ゲーメツィンであると、同定していませんでした」

 

「……!」

 

 多くの者を惑わせ翻弄させたこの事件における謎の核心を告げられ、コボルトは目を見開いた。そこへオークは追撃する。

 

「事件発覚後から客観的に分かる限りで時系列を追って説明します。まず事件発覚の当日正午過ぎ、第1発見者である被害者のパートナー、ディンスィギルの通報を受けた憲兵が現場に駆けつけます。その後現場一帯が封鎖され、我々憲兵隊と当地のエルフィンド警官が現場検証を行いました。なおその際戦場特派員のキャメロット人の女性が、現場近辺から事件現場を撮影しております。その後遺体は市内の死体安置所に収容され保管されています」

 

 ヘルドは一息つき続ける。

 

「ここまで語った通り、事件現場で遺体を直接目にしたものは、被害者と直接面識があった訳ではありません。最初に駆けつけた憲兵は、数日前に現場周辺の管区に配置されたばかり。占拠後の話だから当然です。それから現場検証にやって来た者も、オルクセン側は言わずもがな。エルフィンド警官についても、この占領下現場の警察は締め出され、我々と捜査協力をする中央の人員、すなわちエルフィス警部とその部下が派遣された。そして記者もまた、外国人です。誰一人として被害者ニミイエルと面識があった訳じゃない。……唯一知り合いであった第1発見者を除いて。ゆえに彼女が語った被害者の身元を、鵜呑みにしていた訳です」

 

 憲兵の口から語られる衝撃の事実。現場にあった遺体の正体が、ニミイエルではないと言うのだ。

 

 

 先の誤認に基づく突入後、あの人間の女性記者が撮影した遺体の顔写真を、ハンス中尉に見せた際のことだ。

 

 中尉は「その者は?」と困惑してみせた。

 

 無論曹長が中尉と接触したニミイエルのつもりでその写真を見せているのは分かっていたから、「確かに我々オーク種族にはエルフの風貌は見分けが付きにくいです。しかしそうであったとして、先日私が会った者とは似ても似つかない。完全に別人です」と訴えたのだった。

 

 同時にエルフィスの方でも、彼女の演説を聞いていた店員が、そのおかしな点を率直に口にしてみせた。

 

「緑色の目って何なのさ」

 

「それは……」

 

「あいつの目はね、忌々しいほど甘ったるいアーモンドブラウンの色をしてたのさ。と言うか刑事さんのそのメモ書き。そこに書いてある名前を見れば分かるんじゃないかい。あの子の源氏名、『頭を傾けて身体の下の方を見てご覧、瞳の色と同じ――』」

 あとは聞く必要なかった。

 

 ともかくニミイエルと現場の死体が別人であることが判明したのだった。

 

……まったくエルアートが警部にメモ書きを渡した時に、ニミイエルに該当する源氏名をきちんと説明していれば、警部ももっと早くこの事実に気付いていただろう。とは言えこうした捜査の過程を踏んだことで憲兵と警部2人が合流でき、発覚後の段取りを手際よく進められたのだから良しとすべきなのだろうか。

 

「ええ、もちろんこの後実際に遺体を照会し、この戦慄すべき疑惑が事実なのか、確かめています」

 

 被害者とされる遺体は、未だ遺体収容所で冷凍保存されていた。

 

 任意(オークのそれを拒めるかどうかは別だ)で呼び出されたミリーオラ・娼婦らが遺体と対面し、彼女たちは見知らぬ他人の遺体を拝む羽目になった。

 

「この驚天動地の事実の判明により、当然人は様々な疑問を湧き起こし止まないことでしょう。気が急いた者など、己が思いつく限りの疑問を、言い募って止まないことでしょうな。ですがまずはひとまず落ち着き、分かりやすい事柄から順番に説明していくことにしましょう。ではまず1つ目の疑問、『ではこの遺体は一体誰なのか』」

 

 ヘルドはこれは簡単だろうという口ぶりで最初の設問を述べた。

 

「このモーリアの事情を鑑みれば答えはすぐに導き出せます。つい3日前この都市の支配権を巡って、我軍とエルフィンドの間で戦闘が行われました。そうです。あの遺体は、この戦闘で発生した、戦死者のものだったのです」

 

 最初の回答が早くも述べられた。

 

「エルフの戦死者は、本来は戦場掃除隊の手で回収され埋葬されます。その死体の裡の一体が、何者かに運び出され現場に置き去られたのでしょう。では第2問、戦死者の遺体を運び出したのは何者か」

 

「…………」

 

 何者かと言いながら、既に答え(犯人)を見据える憲兵。

「これは『消去法』です」

 

 先に捏造された証言に基づく『消去法』で誤った嫌疑がかけられた。その意趣返しとばかりに語って見せる。

 

「まず戦闘後戦場掃除隊に関わることが出来た者。徴発されたエルフィンドの者たち張本人と、それを使役した者双方が挙げられます。次いで事件現場に赴くことが出来た者。これは遺体をそこまで運ぶ必要がある訳ですから当然です。オルクセン側を考えた場合は、駐屯地や市庁舎から外出していた者が該当するでしょう。そして実際に遺体を運び出すことができた者。当然ながら遺体を現場まで運ぶとなるとそれを運搬する手段が必要です。無論第三者から露見することがあってはならない。道中には憲兵が目を光らせていますからね。まず現地のエルフには無理だと言って良い。その様な状況を考慮した上でどの様な手段を取るかと考えた場合、1つ安全に、そして誰からも発覚されることなく遺体を運搬する手段があることに思い至ります。そうです、馬車です。他の荷物の中に紛れ込ませれば、まず発覚することはないでしょう。検問の憲兵も、我軍の荷物を殊更調べようとしないでしょう。よもやその中に遺体が紛れ込んでいるなどと、思いもしませんから。……さて、ここまで話した上でもう犯人が導き出されていることがお分かりでしょう。『消去法』で残った容疑者の中にいた、馬車を扱うことができた者。それが少佐殿。あなただったのです」

 遂に憲兵は、この補給将校が犯した罪の内容を告発するのだった。「回収された遺体の略取。そして遺棄。これらによる犯罪捜査の撹乱」

 

「……なおこの件に関しては、戦場埋葬隊の者を内容は告げぬまま不正があったとして詰問。名乗り出た者を聴取して、コボルトの将校より遺体の不正譲渡、及び口止めとして金品を収受していたことを突き止めています。そしてスヴェスデン少佐。あなたの経歴についても調べさせて頂きました。確かに70年前までこの地で商店を営んでいた記録が残っています。被害者及び第1発見者と面識を持つ機会がありました」

 

 ここまでの話はヘルドの憶測ではなく、全て裏取りした上での話だったのだ。そう告げることで、憲兵はこのコボルトが抗弁を試みる意欲を掣肘してみせるのだった。

 

「うむ」スヴェスデンは冷静に頷いて見せた。そして、峻烈に己が犯罪行為を暴いてみせた憲兵を前に、おもむろに語りだす。「認めよう。遺体を偽装したのは、私スヴェスデン・シュトラウスだ。出会ったのは偶然だったよ。その時過去の罪科をニミイエルに脅迫された私は、彼女に持ちかけられた話に加担することを余儀なくされてしまった。戦争の混乱を機に、借金で首の回らなくなっていたモーリアから高飛びする為のな。ああ、私は大恩あるオルクセンの補給将校の身に在りながら、軍人としてあるまじき行為に至ってしまった」

 と『動機』を説明するのだった。少佐はなおも続ける。

 

「よもや疑っているのかな。高飛びというのは全くの嘘で、私が口封じにニミイエルを殺害したと。良かろう、今さらだが身の潔白を証明する為なら、如何なる協力も惜しまんよ。もしニミイエルが殺害されているならば、遺体が残っている筈だ。物資を扱う者だから分かるが、質量のある物を隠す・処分するというのは意外と骨が折れるものでな。本人は後腐れなく処分したつもりでも、必ずどこかに何らかの痕跡が残るものなのだよ。それが生き物の死体ならなおさら。おっと、犯罪摘発を職務とする憲兵殿には余計な物言いでしたかな。ともかく遺体を隠すのに適任の場所といえば、そうですな。同胞の遺体が埋められた場所。私が不正に入手した遺体が本来埋められる筈だった場所。あそこがありますな。あれを全て掘り返してあらためてみますか。曹長どの」

 

 「まぁ無駄でしょうが」と言外に籠めて言い放つ少佐。そこには自身が本当に隠すべきこと、それを最後まで隠し通せるのだという確信があった。

 

 スヴェスデンの語りが終わる頃、慌てて駆けて来た通信兵がヘルド曹長に対して何かを耳打ちする。その内容を聞いた曹長は、先ほどより一層残念そうに首を振ってみせた。

 

「少佐殿。残念な報告をしなければなりません。ですが直接お聞きになられた方が良いでしょう。今もメッセージが送信されている筈ですから。少佐殿は魔術通信を嗜まれましたな」

 

 この時既に市内の魔術通信網が、半ば元のそれを乗っ取るようにして、エルフィンド側に協力する筈だった有志市民をも抱き込んで、アウグスト・シュティーバーの手腕で設計・運営されていた。

 

 「魔術の適性がない」と補給隊に潜り込んだが、実態商売の【切り札】で魔術の才を隠し持っていたスヴェスデンは、この憲兵の挑発めいた言辞に、急くように通信魔術を行使していた。

 

 

――繰り返す。アーモンドは大樹の陰に転がっていた。

 

 

「ニミイエル・ゲーメツィンの遺体が発見されました。オルクセン軍の戦死者を埋葬した、棺の中からです」

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