オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」 作:椚木
時間は少し遡る。
モーリア市北岸側、郊外に設けられた墓所にて、先日棺を埋めたばかりのその地面が掘り返されていた。屈強なオーク兵士たちの力仕事を、占領地のエルフが見やる倒錯した情景。
そのエルフ、合同捜査官である警部に、オークの兵士が「今から開けますよ」と目で確認した。だから警部も頷くことで了承を示した。
目的のものは、最初に掘り返されたクルツ・シュタイベルト二等兵の棺の中から見つかった。
釘を抜き蓋をこじ開けた棺の中に、もう動くことのない二等兵の身体が横たわる。
その脇、兵士の腰から脚にかけて、折りたたむ様にして詰め込まれていたのは、エルフの死体。本物のニミイエル・ゲーメツィンの成れの果てと目されるものだった。
頭部に裂傷が見られ、これが直接の死因と見られた。鈍器で殴られた跡だ。
仕事柄、そして過去に数多の死体と向かい合ってきた警部も、死体を隠すための発想その手口を前に。それによって作られたある種悍ましい情景を目にして震撼せざるを得なかった。
「死体を隠すなら、同じ死体のある場所に隠してしまえば良い。ただし、隠すなら丁重に弔われ、オークすら暴こうとはしない側に」
その感情を共有するのは作業に加わったオークたちも同じ様で、戦地に斃れた同胞の遺体を粗略にされたこの仕打ちに憤りを隠せていない者も多かった。ただしこの振る舞いに及んだのが味方の者にいるのだろうと薄々気づいていたから、その憤りの持っていきように困りかねてもいるようだ。
「国のために戦い斃れた兵士が、その死後も辱められなければならないのか?」
エルフィスは彼らの気持ちを察しはすれ、同調してやろうとか憐憫を感じようとは思わなかった。侵略者が勝手に自分らの理不尽に直面して勝手に沸き立たせた気持ちなど、我々が汲んでやる必要はないのだから。
そう言いつつも、自身動揺しているのだろう。
犯人はやってのけたのだ。120年を越えて訪れた非日常、そこにおいて営まれる戦地埋葬という軍隊のしきたり、そして戦いが起これば絶えず産み出される遺体。国家同士の武力を用いた争いである「戦争」のメカニズムを、個人の犯罪隠蔽のメカニズムに組み込んでみせたのだ。
「これが占領下の都市における犯罪というものなのか。犯罪者も戦争だからといって息を潜めることはなく、いやまさにその『戦争』をも、犯罪の舞台装置となりおおせるのか」
エルフィスはオークたちに次に取るべく行動を命ずることもなく、しばらく考え込むようにじっと立っていた。一同がただ呆然とする中、コボルトの通信兵は忠実に職務を果たした。
同じ頃、自宅に聴取に訪れたエルフの警官に対して、被害者と同居していたディンスィギル・メイシィティンは、己の犯行を自供していた。
「はい、ニミイエルを殺害したのはこの私です……。はい、……はい。オルクセンの憲兵に通報した時、あの遺体をニミイエルと偽ったのも事実です。……はい、その通りです。死体を前に途方に暮れていた私は、あの日私たちの自宅を来訪したスヴェスデン氏と再会しました。そして事実を打ち明け相談した時、彼から持ちかけられたのです……。今回の計画その全てを。はい……。本当にそうです。……こんな最悪の形であの方と再会することになるなんて、本当に、思ってもみなかったです。あの方のためにも、今回の計画には乗るべきじゃなかった」
そう言ってこの気弱なエルフは崩れ落ちた。
彼女の口から事件の動機が述べられるのにはさほど時間がかからなかった。
異種族排斥のあった70年前、ディンスギルは略奪の果て強殺の危機にあった商人のコボルトを、ふとした慈悲心から庇っていた。後の少佐だ。
開戦に際してこのエルフの「姉」は、妹のやった利敵行為を時代を遡及して秘密警察に告発してやると息巻いていたという。
オルクセン側に敗残兵の存在を密告し、秘密警察には姉のことを密告してやるとその節操の無さには呆れるばかりだが、彼女自身この突如始まった戦争の「狂気」に当てられていたのだろう。
無論ディンスギルがそんなことを考えている余裕などない。秘密警察の恐ろしさは、他ならぬエルフが知っていることだから。気がつけば、手に持っていた鈍器でニミイエルを殴っていたのだという。
後にディンスギルの逮捕を受けてエルフィスは思う。
「あの聴取の日、彼女がオークに対して露わにしていた恐怖心。あれは紛れもなく本物だった。殺人者も、紛れもなく野蛮な占領者たちに恐れ慄いていたのだ」
先ほどまでは謎を暴き立てられつつもなお手管を講じ挽回せんとする老獪な補給将校であったが、己が守ろうとした相手が墜ちたことも告げられ、守るべきものを失いすっかり意気消沈した様子であった。
そんな相手にヘルド曹長は畳み掛けるように、自分たちが暴いた真相を開示していく。その長い鼻を思慮深く傾け、静かに、しかし確実に謎の核心へと向けて語リ出す。
その様は、食欲旺盛な豚がパイの中に仕込まれたトリュフを嗅ぎ分けていくように、この面妖極まる事件の謎という厚い岩盤の向こうに、真実という鉱脈を掘り当てていくのだ。
「当初この殺人事件が発生したのは――」
ヘルドが語る。
発見日の当日。同居者のディンスィギルが出勤した朝から帰って来る昼過ぎまでの間だと考えられていました。しかし、それより以前に被害者ニミイエルは殺害されていたのです。具体的な時刻はこれから聴取することになりますが、オルクセン軍がモーリア市を占拠したその夜、ハンツ中尉が被害者と接触したとの証言がありますので、その時点までは生存していたことが確定しています。
ですのでおそらく殺害されたのはその翌日、午前中であったのでしょう。おそらく朝食もまだだった。
これで「遺体の胃に食事が残っていなかった」という検死結果とも整合性が取れます。もし被害者が発見日当日午前遅くに起きて、容疑者が作っていた食事をとっていたならば、当然胃には内容物が残っている筈なのです。
被害者を殺害したディンスィギル・メイシィティンが自宅で途方に暮れていたまさにその時、「補給任務」中に通りかかった少佐殿、あなたが現場を通りかかった。彼女の方から呼びかけたのかそれともあなたが住まいに訪れたのかは分かりませんが、何れにせよ現場を見、その有り様から全てを察したのでしょう。
……そして、ディンスィギル――この事件の犯人の容疑を免れる為の今回の計画を考えた。
少佐は頷いた。
「ああ、その通りだ。この事件の隠蔽工作を主導し、実行したのは全て私だ」
どちらが主導的立場であったか、より責任を問われるべきかなどといった話は法廷ですることに致しましょう。
続けます。
貴方がたは遺体すり替えを実行するため、まずは最初に現場にある本人の遺体を処分・隠蔽することにしました。――そもそもすり替えにおいて同時に遺体を用意する必要は有りませんでした。第三者に発見された段階で、現場に想定したものが揃っていれば良い訳ですから。
周辺に悟られぬよう死体を運搬しなければならない。とは言っても最適な手段が用意されていました。スヴェスデン少佐。まさにあなたが乗ってきた馬車です。
そして死体を乗せた馬車は、無事に輸送先である北岸の駐屯地に到着しました。よもや憲兵も自部隊の輜重馬車が死体を乗せているなどとは、夢にも思いませんから。
主要な部隊の兵たちは北の侵攻先の確保、及び戦線の防備にあたり出払っていますから、駐屯地内は留守の兵も少なく監視も手薄な状態でした。
その様な状況の中、輸送した貨物の荷下ろしを駐屯地に駐留するオークに命じながら、自身は探知魔法を使うなどして兵士の配置を把握し、計画を実施するタイミングを見計らっていたのでしょう。あるいは共犯者としてディンスィギルも馬車内に潜伏し、遺体の運搬を手伝ったかもしれませんが、この辺りも追って追求することに致します。
監視の目をかい潜り、遺体の安置場所に辿り着いた貴方がたは、棺の蓋を開きます。そして、露知らずのエルフと共に埋葬されることになった気の毒な兵士の棺に収めたのです。ニミイエル・ゲーメツィンの遺体を。
そして少佐殿。葬儀の際、棺を護送する任を負ったのも、貴方の部隊でしたな。
おそらくこの時も棺の状態の確認の名目でその場に居合わせ、駐屯地の兵士が死体を収めた棺に釘を打つところを、何食わぬ顔で見届けたのではないでしょうか。
帰りは何食わぬ顔で元の馬車で戻れば遺体の隠蔽工作は終了です。
さて次に現場に置く遺体の話ですが、ここで1つ考えなければならないのは、「何故わざわざ新たな死体を用意しなければならなかったのか?」
ニミイエルの遺体さえ消してしまえば、あとは本人が戦争の混乱で勝手に行方不明になったとでも、幾らでも説明がつきます。それを敢えて死体を見せ、「殺人事件」として捜査させるような真似をしたのか。
これについてはおそらく少佐殿はこう考えたのでしょう。
「気の弱いディンスィギルは、少しでも同族から疑いの目を向けられたが最後、抵抗を諦めて自白してしまうだろう。だから、初めから彼女へ嫌疑が向かない状況をつくらなければならない」
ただの失踪の場合、本人の出奔も含めあらゆる可能性が想定されます。無論殺人の可能性も考慮されますから、関係者全員に嫌疑が向けられます。ディンスギルも有力な容疑者となるでしょう。
それを防ぐためにも、用意しなければならなかった。銃剣による大きな刺傷。彼女には実行することが不可能だった傷を持った遺体を。
こちらの遺体については先に話した通り、戦場掃除隊の者を買収して入手したものが利用されました。
これもまた当日に遺体を馬車に乗せて運搬し、通りがかったときに下ろすだけで良かった。
あとは午後になって現場に戻ったディンスギルが、犯行現場をセッティングしてくれます。「遺体が何故ドレスを着せられていたか」といった疑問ですが、おそらくは体型的な問題があったのでしょう。そのため、ゆったりとしたドレスを着せる必要があったのです。なるほど、我々は刺殺体にわざわざドレスを着させるという行為に、「猟奇的異常者」と目を眩まされていた訳です。
こうして現場の準備が整いました。
この頃には遺体を隠した棺も葬儀のため市庁舎まで送られています。屈強なオークが数人がかりで担ぐ棺です。エルフ1人の重量が加わっていたとて、不審がる者はいなかったでしょう。
そしてディンスギルは現場付近にいた憲兵のもとに駆け寄り事件を通報。
憲兵は彼女の証言により、現場の遺体がニミイエル・ゲーメツィンであると信じ込んだのです。
この後一帯が封鎖され、現場検証が行われます。そして遺体がニミイエル・ゲームツィンとの前提で捜査が開始されました。
我々が捜査にこまねいている間、本物の遺体も馬車に護送されて埋葬地まで送られ、証拠の隠滅が進められたのです。
その後現場の遺体をニミイエルと誤認し、捜査を進めていた我々ですが、もし撮っていた写真や遺体の瞳の色の相違がなければ、この事実は発覚せぬままだったことでしょう。
以上が事件の全てです。
共犯者スヴェスデン・シュトラウスは、「ふぅ」と大きく息を吐いた後、瞼を閉じて一回だけ深く頷いた。
この事件を暴いた曹長への敬意を籠めて。あるいは軍内での恐るべき裏切り行為、大勢の者を巻き込んだ企みといったものを抱え込んだ、精神的重荷が取れたことへの安堵感から。
「追って」ヘルドが語る。「事件の告発が為されるでしょう。そこで公正な裁きが行われます」
「開かれるのは軍事法廷なのだろう」スヴェスデンが口の端を歪めて言う。
軍の規律を保ち、指揮系統を維持するための、軍隊によって運営される司法システム。 そこでは迅速な判断が求められ、一般の司法手続きよりも簡略化されたプロセスで判決が言い渡される。裁判官や陪審員も軍人だ。
最前の通り軍事法廷は軍の規律を保つ為のシステムだ。そこで言い渡される判決は、正義の裁きなどではない。ただ、軍の思惑に則った後始末だ。
公正とは何だ。みんなやりたいことをやっているだけなのだ。
白エルフも好きにやった。他の魔種族を排斥・虐殺して。
オルクセンも好きにやった。開戦の狼煙代わりに大砲を撃ち込んで。
密告者も好きにやった。エルフィンドの国是を建前に。
我々も好きにやった。仕方のなかった犯罪を隠蔽するため。
そして軍事法廷も。「軍」の正義を守るため、異端者に相応しい罰を喧伝し。
「私はその様な問答をする立場にはありませんが」
ヘルドは述べる。
「ただ少佐。生き物は皆死ねば土に還る、死体なんて所詮は空っぽの器、モノに過ぎない。それが現実なのかも知れません。とは言え、敵味方を問わず、国の責務を全うし勇敢な最期を遂げた者の、その死体を辱める。尊厳を守らないとなれば、一体誰が貴方達の心意気に同調してくれましょう」
ただ二等兵の眠る棺への不敬な行為、名も知れぬエルフの国境警備兵の遺体を利用したことを、それらの行為を咎めるのだった。
「そうだな」
憲兵の断罪に言葉もないとばかりにきつく目を閉じて見開き、しかし今一度口を開いた。
「靴が反対だったよ」
「え」
「あの刺殺されたエルフは、埋葬を待つ間も軍靴を逆さまに履いていた。私たちが来るまで、それを直してやろうという者は、誰もいなかったのだよ」
これにて、表題「モーリアの『奇妙な死体』」の本当の意味が明らかにされました。