オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」   作:椚木

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エピローグ.誕生

 

 

「ほら、少尉。胸を張り給え。黒軍肝煎りの特設部隊の門出だよ」

 

 市庁舎の低い天井に無理やりシャンデリアを模した吊り照明をぶら下げて、高級感を演出した表彰スペース。いや、オークだから低く感じるだけか。

 

 直属の上司でもない仕掛け人にそう命じられ。チームを成り立たせるための最少催行人員しかおらぬ、まさにそこに配属されることにどの様な名誉がと言いたくもなるのだが、この国家に忠実な憲兵はその様なことお首にも出さず背筋を伸ばした。

 

 あの事件の後、陸軍省で対策会議が開かれた。

 

 専らは軍内部の将兵の不正を防ぐための案件なのだが、「まさに我軍に嫌疑のかけられたとき、(エルフィンド側に捜査権を持たない我々が)どの様な打開策を講じられるか」という議題も挙がった。

 

 そこで決定されたのが、エルフィンド側警察と共同で事件捜査をする体制を築こうというものであり、早速市内でその為の合同チームが結成されたのだ。

 

 とは言え「二度目」があるかも定かでない事案に備えたイレギュラー部署になど、必要最小限のコストしかかけようがないのが実情。そこで設けられた最低人員数のチーム。

 

 要は「お互い窓口を決めておいて、被疑者不詳の犯罪が起こった場合はそれぞれの担当に情報を集約させて、事件解決を担ってもらうことにしましょう」ということである。

 

 そのオルクセン側の代表になったのが、この度の重大事件を解決に導くにあたって主要な役割を果たしたヘルド少尉であった。

 

 「新組織結成」を差配したシュティーバー大佐だが、この大佐、言ってみれば「事件の犯人を端から我軍のオークと決めつけ事後工作に従事し、それを上級大将にまで具申。それがこの元曹長の活躍で全てをおじゃんにされた上、真犯人もエルフとすっかり面子も潰されてしまった」訳であるが、彼の前極めてご機嫌である。

 

 なるほど組織こそミニマムだが、実態この機会に占領地の警察まで軍による統制を及ぼす端緒と為している。最初の計画の破綻についても「それはそれ、これはこれ」で割り切り、新たな策を講じてみせるところに、この策謀家の底知れなさがあるのだった。

 

  隊章を授与され敬礼を交わした少尉は、そのまま部屋を辞した。

 

 人目の気にならなくなったところで煙草を取り出し吸おうとして、これから馬車に乗るところだったことを思い出して舌打ちする。

 

 馬車の駐車場で、遺体引き取りのため北岸のオルクセン軍駐屯地に赴いていたエルフィスと出くわした。不機嫌な顔をバッチリと見られた。敵国同士だから挙手はかわさなかった。

 

 少尉はこの新たなパートナーとなったエルフの顔を見やる。その向こうにある何かを見定めるように。

 

 このエルフも複雑な立場だ。

 

 あのままだったらオークの犯行になると目された、その真相を突き止めてみせた。同族殺害の主犯を暴き出すことで。

 

 どの道市内での犯罪だ。元々オークがいなければ普通に自分たちで解決していた事件それを暴いたとしてごく真っ当に職務を果たしたに過ぎないのだが、中には

「この機会にオルクセンの顔に泥を塗れたのに」

「殺人なんて恐ろしい行為を暴いてエルフの体面を傷つけた」

「空気を読めよ」

 などと言いがかりの様に思う者だっていた。

 

 いや、道理がどうという話ではないのだ。「とにかく彼女を爪弾きにしよう。そういう空気が出来上がれば排斥される流れが出来上がっていく」それがエルフィンドという国なのだと、少尉は理解していた。

 

 そんな思惟を知ってか知らずか、このエルフは相手の視線を猟兵の顔で受け止める。自身そこから相手を覗き返すように。

 

 

「教えろ。お前は何を見てきた」

 

 

 憲兵と警官。しばし凝視し合う。

 

 互いの瞳を覗き込めば、そこに相手がこれまで見てきた数多の犯罪が映し出されているとばかりに。

 

 私は敵を知りたいのだ。そしてその「敵」を最も見てきた者。それが目の前にいる。

 そしてその瞳で問い返す。

 

「何が目的だ。お前の真意はどこにある」

 

 

 規律厳しき軍にありて、この守旧腐敗蔓延るエルフィンドにありて、ただ真実を追求する。それが我々だ。

 

 

「私は好きにやった」

 

 エゴがまかり通る世界で、だから自分たちもそうしたとコボルトが言った。だが駄目なのだ。所詮突き通せない嘘は子供の指で崩れる砂の城に過ぎない。この補給将校が創った嘘は嘘を徹底しきれなかった。たかだか瞳の色で露呈する、死体の傷の不自然さと作為に気がついた時嘘の仕組みが自ずと浮かび上がるそんな代物。嘘で固めたエゴは、嘘を突き通せなければ何も守ることは出来ないのだ。

 

 

 我々も好きにやった。

 

 でもそれは己を嘘で固める行為とは真逆の、真実の問いかけ。深い闇を叡智という刃で切り開く、永遠の追求だ。

 

 

 しばし2人固まっていると、突入時に居合わせたお馴染みのエルフの御者がバランスを崩してよろけたので、隣りにいたエルフィスが咄嗟に彼女の掌を取り支えてやった。

 

 視線が外れ身動きを取り戻したヘルドも、リラックスしようとポケットの煙草をついまさぐり、馬車に乗るのだったと今一度不機嫌な顔をするのだった。

 

 

 

 馬車に乗車したエルフィスは、ようやく一息つき、手にした羊皮紙に書き物を始めた。

 

「あの蛮族」

 

 心地よい振動に身を任せ、作業が滞り無く進む中エルフは思う。

 

「お互い『真実』を追求する者と相通じながら、それでも、それでもあいつは確かにこちらを見通す心積もりだった。仮にも仕事の相方に容赦はないのかね」

 

 まもなく馬車が止まる。馬車から降りた時、御台から降りようとしてバランスを崩してよろけた御者に、手を貸してやる。

 

 転倒を何とか避けられた御者は、照れ臭そうに礼を述べた。

 

 この時、警官が握っていた羊皮紙が、御者の掌に忍ばされた。

 

 馬車に乗る時に同じ様にして渡された羊皮紙に、ニミイエルの遺体を引き取りに北岸駐屯地を訪れた際に入手した情報――兵舎の数や規模、武器弾薬の備蓄、既に展開済みの部隊といった内容を、監視の目の行き届かぬこの場所で記したのだった。

 

 エルフィスが提供した情報は、それぞれ意味をなさない3つの文章に分けられ、外部に送られる。

 

 それを「あちら」で受信し、元の情報に復元するといった運びだ。

 

「共同捜査部隊設立は良い契機であった。敵軍の懐に潜り込むことも容易になった上、これから先各都市で事件があれば現地に飛ぶ口実も出来る」

 

 

 そうだ、私もやはりその裡に深い『嘘』を忍ばせた者だ。あの憲兵も兵士の直感でそれを察知していたのだろう。ただしその『嘘』が何かまでは見当がつかないようだったが。

 

 エルフィスは思う。

 

 なるほど。この世の『嘘』は、真実を追求する剣によって総じて暴かれるものであり、とすれば嘘を隠す彼女も憲兵に見抜かれるのは必然の経過なのかも知れない。

 

 しかし闇を見通す筈の目は、彼女の心の輝かしさに眩まされた。光に対抗するのは光で良い。

 

 

 そうだろう。彼女こそエルフィンドに在りてもっとも真実を追求すべき職務にある者で、その実践者なのだから。理想を追求するその心には、一点の曇りもない。

 

 

「これは勝負だ。私がオルクセン軍の更なる深みに潜り込めるか。それともお前が私の正体を暴き立てられるかの」

 

 

 この秘密警察職員エルフィスが決意を新たにする頃、憲兵隊員ヘルドは馬車の降車際ファルマリア港の戦場跡に括られた奇妙な遺体の情報を受け取るのだった。

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