オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」   作:椚木

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推理編
死体


「謎を秘めたエルフの死体ほど、この世で尊いものはない」

 

 人は言う。

 

「事件現場における人間のそれを考えるが良い。その末期の姿はここで語るには憚れるほどあまりに醜く、ありのまま写し取るのは、作家として実に呻吟する作業と言わざるを得ない。――それに比べてどうだろう。排泄という、人間やオークといった地を這う種族には不可分の生理現象。そこから逃れ汚穢とは無縁の妙なる精神生命体。魔種族の中でもとりわけ秀でた高貴なる存在。この世界の神秘の結晶! 故にその屍も他の種族のような惨めな末期とは無縁であり、ただ精巧な彫刻の如く生前の姿を写し取った静物として、静謐に横たわるばかり。我々はその絶対的な美しさに悲劇を見出し、無窮の寿命に比し夭折せし一個の生命体に哀悼の意を示さずにはいられない。一方でそのエルフが残したもの。

 

『何故(如何様にして、誰の手によって、)彼女はここにいる?』

 

だが、『死』という絶対的な壁の向こうに行った彼女は、黙したまま決して語ることはない。その疑問に我々は否応なしに好奇心をかき立てられ、不謹慎にも興奮を禁じ得ない。その謎を解きたければ、我々は自らの手で、この哀れな死体を暴きひっくり返し、切り分けその残骸を目を凝らし見極め、謎の核心へと迫って行かなければならないのだから。この背反する事象に、我々はどうしようもなく心をかき乱すのだ!」

 

 そう述べた後、

「それに比べ、かの戦役で弾丸と砲弾によって人造的に産み出される『死』の、如何に無意味で無価値なことか。我々が目にするのは、ただただ野蛮なるオークの鈍重な手によって産み出された、エルフの轢死体。この美しきエルフが無惨にも土と血に塗れたそれでしか無い。そこに我々は如何なる神秘も、美学も見出だせないのだ。故に私は、この侵略行為に対し、一切の大義が無いと断言する」

 

 こう続けるのが、オルクセン王国の『侵略戦争』に対する抗議活動で熱烈に声明を発表した(そして黙殺されている)、グロワールの怪奇神秘作家の述べた言葉だ。

 

 

 この作家の言に真なるものがあるならば、今眼の前で倒れ伏すこの死体はどう価値付けられたものか。

 

 苦々しげな表情で本国で人気の銘柄の煙草を咥えつい習慣で火を付けようとして、ここが事件現場であることを思い出した巨漢の男は、持っていたそれを煙草入れに戻した。

 

――まったく戦時に身についた習慣というものは、まさに非常時にもごく自然に発揮されるものなのか。

 

 今一度傍らに転がった女の死体を見やった男の横顔。首元から顎にかけてが幾分間延びして見えるほど前に長い印象を受け、ともするとコボルトの1種族を思い浮かべるかも知れない。

 

 だが彼のがっしりした体つき。太い首、丸太のような手足。そして何より正面から見た豚顔。それがまさしく、彼が紛れもないオーク種族であることを示していた。

 それに加え青灰色の新式軍服に身を包み、太い腕に巻いた緑の腕章が、彼の身分を表している。

 

「野戦憲兵隊」

 

 戦時においては軍の所属となり、自国の軍隊の規律維持、犯罪の摘発・防止を目的として活動する。とはいえ現状やることと言えば、補給地点での交通整理、治安維持の警備巡回が専らだ。

 

 だが今、その「専ら」の範疇から外れた事態が、彼の眼の前にあった。

 

 

 床に転がる女の死体。現地のエルフ種族のものだ。肌は白い。

 生前はこの種族が皆そうであるように、さぞ可憐な顔立ちであったのだろう。だが死の直前に一体何があったのか。その顔は、驚愕するかのような表情を浮かべたまま事切れ、大きく見開かれた緑色の目、ぽっかりと空いた口と、無惨な有り様となっている。

 

 死因となった胸の傷からの出血は、その大部分が床に流れ落ち、微かに服の胸元の布地を染めている。そう、奇妙なことだが、被害者の胸に加えられた無慈悲な刺突が死因となったのは誰の眼にも明らかなのだが、服のその部位に損傷は見られないのだ。

 

 というのも、彼女――死体をそう呼んでいいのかは不明だが、ともかく彼女が纏った衣装。レースの刺繍やフリルといった装飾が過剰とも思われるほど施された薄桃色の華美なドレスだ。その豪奢なドレスの胸元が、血で朱に染まっている。

 

 様式で言えばグロスター王朝のある時代において流行した、優雅さと洗練された美を重んじた当時のそれに基づいてデザインされたものだろう。とは言えエルフィンドの貿易事情を考えると、ドレス自体はキャメロットで縫製された輸入品であろうが。

 

 ともかく占領下というこの非常時に場違いな衣装に着替えさせられ、無惨な状態でその冷たい床に仰向けに倒れていた。

 

 死体の有り様だが、なるほど確かに外から見ている限りは、「何の変哲もない美人のエルフだ」。手足を壊れた人形のように投げ出し胸を朱に染め、目を見開いた状態で物言わぬまま微動だにしない。そういった一切を気にしない限りにおいて。

 

 下世話な話を加えれば、「エルフにある種の生理現象はない」と言ったが、実際は「小」の方に関しては極稀に(失禁時に)致すものであり、今回もその末期において「それ」が起こっただろうことは想像に難くないが、少なくとも彼がここで検めることではない。

 

 そこにあるのは決して物語の書き手が夢想するような「綺麗な」死体ではない。その様なもの、あってはならないのだ。

 

 話は先ほどの言辞に戻る。

 

 ではこのエルフの死体に、如何なる価値があるというのだね。このエルフィンドの都市モーリア市、旧ドワーフ領にしてエルフィンド南岸入植地中心部。現在はオルクセン王国占領下のこの地において発見された、奇妙な刺殺体に。

 

「この凄惨な犯行はいつ行われたのだろう?」

「一体何の理由があって彼女は死ななければならなかったのか?」

「何故その死後華美が極まったドレスに着替えさせられる必要があったのだ?」

「下手人は被害者を刺した後、どこへ立ち去った?」

 

 勘ぐりが好きな大衆の気を惹きつけて止まないだろうそれら全てを差し置いて何より野戦憲兵隊である彼《オーク》が突き止めなければならないこと。

 

 これをやったのは我軍の将兵なのか。そうであるなら一刻も早く加害者を特定し、この占領地での犯罪行為を摘発しなければならない。

 

「我軍の者の仕業であるならばな」

 

 全く怪態な話だ。

 

 軍隊の秩序の維持を目的とする憲兵隊にとって、現地で起こった犯罪は副次的な問題に過ぎず、事件の捜査は専らエルフィンドの官憲に任せることになる。

 

 故にこうした容疑者を特定できない犯罪において自分たちができることと言えば、犯行が自軍の将兵のものであるという前提の上で、占領地の全将兵を容疑者候補として事件にあたることに他ならないのだ。

 

 煙草も吸えぬまま苦々しい気分とともに、この事件捜査を担当する憲兵隊員ヘルド曹長は、残りの『もう半分』を担当することになる、傍らの『相方』を見やった。

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