オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」 作:椚木
陰惨な事件が起こる物語を少しでも和らげたらなぁという作者なりの遊びです。
「これは俄然面白くなってきた」
隣を見やる巨漢と相対する小柄な人物、そして間に転がる死体。完成された構図を前に、奇妙な観察者が舌舐めずりする。
一連の検分の間、事件現場の様子をカーテンの開け放たれた窓越しに窺っていた者がいた。小柄でやや丸みを帯びた体つきの人間種族だ。カウチ帽を被った小さな頭から伸びるのは、短く切り揃えた赤みがかった髪。極度の近視の目に眼鏡をかけ頬にはそばかすと、年に比して幼びて見えなくもない。
彼女の名はアン・バリー。同僚から「少女のよう」とからかわれもする外見だが、れっきとしたアーカム・クロニクル紙の特派員である。
特派員と言うと聞こえは良いが、実態はオルクセン王国の観光特集を組むため同地に滞在中、この度の開戦に遭遇。半ば強引に戦地への取材に帯同したというのが正しい。
が、取材に向かった先が悪い。オルクセン軍は開戦にあたって軍を3つに分けたが、――この辺りは読者諸兄の方が事情に精通しているだろうから、詳細は割愛する。
ともかく観戦武官や当のオルクセン将校たちをも慄然とさせたベラファラス湾海戦のあったファルマリア港方面に対し、こちらの戦いは至って単調に終わった。占領後も市内の様子は至って穏健と来ている。市内を見ても従容と支配を受け入れる市民たち。
有り体に言うと、「報道の価値がある『画』がない」のだ。
無茶を通して従軍した己の立場がないと困っていたとき、ここに来て起こった『怪奇事件』だ。大衆は己が興味を掻き立てる対象を一度嗅ぎつけたが最後、骨の髄までしゃぶり尽くして飽かないものだ。
魔種族同士で突如巻き起こった戦乱という最中、その最前線で起こった怪事件。きっと人々は関心を寄せることだろう。ああ、「外れ」の地を引きながらも不貞腐れず黒い将兵の動きを嗅ぎ回った甲斐があった。
という訳で早速現場に張り付いていた訳であるが、部屋の中は、検分にあたりあちこちを調査・手がかりを収集する現場の担当数名の他、中央の床に横たわる奇妙な死体を挟むようにして、現場の「リーダー」と目される異種族2人が相対していた。
これが『画』になると、小さな女記者は踏んだ。
『画』とはすなわち、写真。まだ記者の間でもこれを撮るためのカメラを帯同する者は珍しかったが(それ故の従軍だ)、アンはこれが他の記者を出し抜く新兵器になると確信していた。
三脚まで立てて撮影しようと準備をしていたので、流石に屋内の相手にももともと気づかれていたのだろう。それを黙認されていた訳であるが、いざ彼女が撮ろうとした時、被写体の1人であるオークが、こちらを見定めつかつか、いやのしのしと歩み寄ってくるのだ。
「ひぃぃ、食わないでください~~。どちらの意味でもですっ」
もう一連の観光取材や従軍で、この魔種族の姿には慣れっこになったつもりだが、いざ彼らが自分の元に直接向かってくるのを前にした時、戦慄かずにはいられなかった。小さな胸を掻き抱きトンチキな台詞を述べと、道化じみた言動になったのは、せめてもの愛嬌だ。この歳まで貞操守りし未婚の2x歳。
とオークの憲兵隊員は、記者の狂態に眉ひとつ動かさず、淡々と窓枠越しに
「一緒に撮るのは不味い。ゲリラの標的になる」
と、告げるのだった。その指は自らの『相方』。エルフの警官を指さしていた。
その短い言葉で記者にもおおよその事情は呑み込めた。
憲兵隊からすれば実態こそ軍の規律維持が主眼で、現地の住民など統御できている限り、殊更余計な処置を加えるつもりはない。大衆に流布する数多の物語に描かれる、「支配下の異種族住民に勇んで害なす圧制者とその走狗」など、所詮当事者が見れば笑ってしまうような絵空事に過ぎない。
だが実際支配下にあるエルフ住民からすればそうも言ってられない。彼女たちにとって占領軍とりわけ憲兵隊などは、自分たちを支配するその象徴に他ならないのだから。
犯罪捜査の形式上、現地のエルフィンド警官がこうして並び立った訳であるが、エルフィンド市民の側からすれば「ああ、自分たちを保護すべき警官が、進んで敵軍に与している。あの裏切り者は一体誰なんだ」となるだろう。
撮影された写真が、まかり間違って敵《白エルフ》に渡った場合、対敵協力者としてゲリラ・コマンドあるいはパルチザンの標的になったり、暴発した住民の私刑の対象となったりしてもおかしくない。
それを招くようなことは止めてくれと告げられているのだ。
さてこうして示された現地警官のエルフだが、新たに支配者となったオーク種族に指さされても、気にする素振りなく泰然とした佇まい。あくまで自分の職務に務めている。
エルフィス・スィーサイド。モーリア市の警察に所属する警部であった。
エルフ種族に多い金色の髪と碧い目、突き出た耳というのは他のエルフと同じだ。容姿も20そこらを越えた辺りで、その老化を永久に止めている。
ただその若い容姿に関わらず、他のエルフと比べてその怜悧な顔のどこかに、見る者が見ればわかる苦渋のようなものが滲み出ているのは、あるいは彼女が国家への奉職を通じて長い間に積み重ねてきた、年輪のようなものなのかも知れない。
「…………」
その警部が、そこだけは透徹した碧い目で不条理に死した同胞を見やる。
「不条理」という意味ではつい3日前、この都市が落とされた時、この都市を防備していた将兵たちを不意に見舞ったのもそれだ。戦闘による兵員の死者もそうだが、市庁舎周辺への砲撃。あれで幾人かの市民が巻き添えになって死んだ。
そうした無辜の民の犠牲に関し、オルクセン側は「砲撃は慣習法に則って行われた」とむべもなく、そこに幾ばくかの情理も見出だせない。
どれだけ法理の衣を纏って取り繕うとも、一皮剥けば尽きぬ食慾から臓腑を満たすため親が子を獲って喰らう獣性の生き物なのだ、奴らは。
この憲兵隊員にしてもそうだ。検分を終え死体から目を離し再び傍らのオークを見やるエルフィスは思う。
なるほど記者に写真を撮るのを止めるよう配慮を求めたが、それは決して「彼女が対敵協力者扱いされたら可哀想だ」といった、同情・憐憫などで行ったものではない。
あくまでも「そうした諸問題が発生した場合、現地警察の協力が滞りがちになり、オルクセンの占領・統治政策に支障が生じる」といった事態を抑止するためなのだ。
無論エルフィスも「相手の配慮がこちらを汲んだものじゃなくて失望した」などと、幼児じみた感傷的言辞を述べるつもりはない。
何れにせよ、我と彼は同じ事件を共同で捜査する事になった、刑事と憲兵の関係に過ぎぬということだ。
そうした思惟の無機質さを拭うかのように、警部は死体の額に白い手をあてると、そっと双の瞼を閉じてやった。
ここに至って、これまで見開かれていた死体の濁り始めた翠の目が、ようやく閉じられた。
3日前、数多の将兵が死んだ。巻き添えになって市民も死んだ。
その2日後、つい先日戦場とは関係ない場所で、戦闘行為と何の関わりあいもなく、1人の市民が殺された。何故彼女だった? 何故彼女じゃなければならなかった?
死体は黙して語ることはない。
憲兵は部下に死体を安置所に運ぶように命じると、早速自らは聴取を開始する。エルフの刑事も、動き出した。
記者はどちらを追えば面白い場面に有りつけるかを考えて焦り、まだ現場の写真を撮っていなかったことに思い至って慌てて機材を操作した。