オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」 作:椚木
「ええ、心当たりのことがあれば、何でも語ってもらって構いません。この卑劣な犯行の下手人を必ず捕らえ、仲間の無念を晴らしてみせます」
通報者への事情聴取は、近所の公会所で行われた。
エルフィスの側からは「住民の視線が気になるならば、屋内の適当な場所を見繕ってそこに移動しても良い」と申し出たのだが、この第一発見者でもあった被害者の連れは、「身内のことですから。今さらこそこそ振る舞おうとは思いません」とそれを辞退。警部は公会所の白銀樹のたもとに彼女を案内し、そこで事情聴取を行うことにした。
10月の斜めに傾いだエルフィンドの陽が白銀樹の枝葉越し2人に柔らかく差し、彼女らの白い肌をまだらに染める。
聞くことと言えば定番の、出自や現在の職業。人間関係といった当人の身上に関する質問。
「はい、ディンスィギル・メイシィティンと申します。被害者……ニミイエル・ゲーメツィンとは姉妹……ええ、もちろん共同関係としてのという意味でですが。出身氏族を等しくする関係です」
「氏族はxxxxxで、出身地は――。はい、モーリアには集団移住の際に2人でやって来ました。当時の記録が残っていると思います」
「職業ですか。私は市場で働いておりますが、今はこの状況ですから……。彼女ですが……」
言い淀むように「酒場で働いているのですが」と述べたのだが、その「酒場」の職が彼女から見て決して褒められたものでないということは、容易に推察できた。
居を共にする、控えめな「妹」と派手な「姉」。典型的対称関係。
聴取の内容は事件の方へと移っていく。と言ってもこれも紋切り型のそれ。
彼女が死体の第一発見者であったこと。昨夜遅く被害者が自宅に帰ってきたときには、特に本人にも変わった点が見られなかったこと。朝自分が起床した時には、被害者は昨夜遅かったこともあり、まだ眠っていたこと。自身は彼女の分の食事を用意しておき、市場に出勤した。などなど、ディンスィギルは時系列に沿って証言を進めていく。
エルフィスも彼女の証言を頭のメモリに収め、必要があれば都度メモを取り疑問のできた箇所について問い直すといった作業を遂行する。
聴取に積極的に答えていく第一発見者。エルフィンドへの奉仕としての捜査協力であると考えれば申し分ないのだが、同郷の者を失ったばかりの、しかも凄惨な光景を目の当たりにした者にしては、ショックを受けた割に妙に雄弁だと捉えられなくもない。
ただそれは、普段コミュニケーションの苦手な者が、会話相手の質問にはやにわに饒舌になる、あの積極性であるようにエルフィスには思えた。
ここから証言同士に矛盾がないか照らし合わせ、不審な点があれば深堀りする。ただ今はそうしたことよりも、何より情報を集めることが先決だ。
聴取は死体発見の段へと移る。
「午前中には出勤しましたが、とは言えこの情勢ですから市場は仕事がなく、仕方なく時間を潰して家へと戻りました。昼過ぎには着いていたと思います。その頃にはあの子もとっくに起きている筈ですが、中に人の気配が無くておかしいなと感じて」
「気配がない?」
「ええ、実際にはもちろん彼女がいた訳ですが……」
「お亡くなりになられていたと」
「はい……。もちろんその時はそんなこと思っても見なかった訳ですが。ただ嫌な予感がして、それで窓からそっと窺ったところ……窓の向こうにあれを認めまして」
物言わぬ同居者を発見したという訳か。
「それからすぐに通報した訳ですね」
「いえ、最初はまさかと思いましたから。そんな筈は。きっと寝ているだけだろう、起こしてあげないと。今から思えばそんな考えと眼の前にある現実が奇妙に混じりながら、家に足を踏み入れていたと思います」
誘導にも引っかからなかった。
これは「第一報を受けた自分が現場にやってきた時、既に家の扉は開け放たれていた」という、通報を受けて駆けつけたオルクセン側憲兵の伍長の証言と、矛盾しない。
この後家の中に入ったディンスィギルが、被害者の変わり果てた姿を見、ドレスの胸元に付いた血痕を見、明らかに事切れていることを知るのに時間はさほどかからなかった。
「ドレスですか……?。はい、あれは確かにニミイエルが着ていたものです」
『仕事』で使っていたものか、はたまた『客』にねだったものか。ともかく被害者が元から持ち合わせていたものだという。証言の裏取りは必要だが、あのドレスの経路から犯人を探す線は潰えた。
「お時間頂き感謝する。重ねてになるが、同胞の無念、必ずや我々が晴らします」
礼を述べ辞去するエルフィスであったが、
「あの……」
自らをふと呼び止めるエルフの声に踵を返す足を止めた。
「何か?」
「ニミイエルを殺した相手なのですが……」その言は奥ゆかしいエルフの口から言いづらそうに、しかしそうあるべきという必然の主張に基づき為された。「まさに我々を抑えつけ支配する、アレら蛮族を疑うべきではないのですか」
エルフィスは相手の湖のように潤んだ緑の瞳を見据え答えた。
「残念ですが、それは今の段階では決めかねます。ただ――」
ロザリンド会戦で数多のオークを屠り草むす屍に変えたかつての猟兵は、今はその遠い視界の向こうに新たな標的《犯罪者》を見る。
「狡猾な犯罪者というものは、いつの時代も、例え戦時下であろうとも現れるものです。私は彼らを摘発する、ただその職務に基づいて行動するだけです」
白銀樹のたもとから立ち去った警部は、今の取り調べを振り返る。
ディンスィギルのオーク種族への敵意。それはエルフ種族皆が共通してそうであるように、本物であった。猟兵の勘が、それを確信する。彼女もできるならこの冷酷な犯行がオークの仕業であったと望んでいるのだ。
あの場でわざわざ断らなかったが、仮にそうであったとして、犯人を突き止めるのは、彼女の役目ではない。あの憲兵の領分となる。
ただし、繰り返す。
「狡猾な犯罪者というものは、いつの時代も、いや戦時下であろうとも現れるものだ。むしろ降って湧いた戦難に猖獗極める現在《いま》だからこそ、市井の民が、人から慕われる聖人が、その皮一枚下に隠し持っていた魔性を露わにし、長きに渡り溜め込んできた憎悪を剥き出しにしまいと誰に言えよう。それを摘発するのが、我々の任務だ」
エルフィンドに忠誠を誓ったこの私が、この戦時下に味方を疑う。皮肉なものだ。
もっともこれはかつての平時からそうであり、これからも永久にそうである原則だ。
だからエルフィスはもう迷うことなく、捜査に邁進するよう意を決した。
ただこうして事件について思考を巡らす一方で、取り留めもなくこんなことも思った。
「冷酷な犯罪者も、今頃侵略者の支配に怯えているものなのかね」