オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」 作:椚木
ヘルド曹長は宿舎へ向かう途中、補給車列が渋滞を起こしているのを眼にした。何事かと渋滞の起点を確認すれば、積載量一トンの二頭曳き軽輜重馬車がエルフィンドの悪路が原因で故障を起こし、立ち往生しているようだ。
なるほど、我軍はモーリア以北の進軍に関して、輸送を滞りなく実施するための鉄道の大規模軌間改修を急ピッチで進めているものの、市内の道路事情に関しては考慮していなかった。
それは報告事項として留め置き、今は眼の前の事態に視点を戻す。
悪路とは言ったものの、それはオルクセンの限りなく舗装された道路と比べた上での話である。市内の道路もこうして補給路が稼働しているのを見れば分かる通り、本来運行には支障はない。馬車とは故障を前提に稼働するものであって、その為にいつでも修理・交換ができるよう、軍内部いや国内で規格を統一しているのだ。
であるからこのトラブルも時期が経てば明けるもの。鷹揚に待機でもしていれば良いものだが、渋滞の列に巻き込まれた兵が妙にぐずついている。ここに少しでも長居するのはごめんとばかりに。
確かめて納得した。問題の立ち往生している馬車、これが問題なのだ。
他の輜重馬車の御者や乗員がコボルトあるいは力作業を任されたオーク種族であるのに対して、その馬車は御者席こそ乗っているのはコボルトだが、荷台の縁にうなだれる様にして腰掛けるのが、皆白エルフたちなのであった。そしてその表情も一様に暗い。
荷台そのものを大釜に蓋でも被せるように覆った白い布。それ越しに見られる、幾つもの膨らみ。それが何かは見る者には一目瞭然なのだが、この場において敢えて口にする者はいないだろう。
紛れもないエルフの戦死者、2日前のモーリア市攻略戦で市内になだれ込んだオルクセン将兵に屠られた国境警備隊たちのそれである。
戦場掃除隊による死体の埋葬だ。
ここモーリア市においても、占拠完了後翌日には戦場掃除隊が出され、エルフィンド将兵の埋葬が、生存者すなわち捕虜や同族の死体を放置するのが忍びないと「志願」した白エルフ市民たちを使役して進められた。
これも憐憫や同情といった感傷で行われるものではなく、死骸を放置することによる伝染病の蔓延を防ぐ為だ。
捕虜はともかく市民たちに関しては、如何に占領側とはいえ無賃で働かせる訳にはいかないから、他の労役と同じように、追ってオルクセン軍票またはオルクセン貨幣による賃金の支払いが為されることとなっている。
戦場となった地に散らばる、刺殺、銃撃死、あるいは砲弾によって圧壊した建物による圧死、死因は様々にせよエルフの亡骸を回収。司令部跡地や営舎などの室内の清掃・消毒を行った。死体の回収時に、不潔物については別途回収して焼却処分している。
死体の護符の回収に関しても、戦後の統治政策及び外交的観点からこれを許可し、埋葬に関してエルフ側に一任している。
とは言え元来汚れを忌避する性向のあるエルフ種族だ。これらの作業について能率が悪く進捗は遅々としているのが実態。塹壕を掘る深さに規定が定められているように、死体を埋葬する穴に関してもオルクセン側では厳格に規定が定められていたが、これも現場で守られていないのが実のところであった。
後日になって一部の遺体が、埋葬が浅かったため獣によって掘り起こされたのか、地表に露出した状態であったという。
緒戦の圧勝とは言え、戦場に出れば明日の我が身の知れぬ身である。軍人たちにとっても、自分たちの行く手を遮るのがよりにもよって死体とあっては、縁起が悪いというのが正直なところだろう。ヘルド自身、実際に匂いが漂ってきたわけでもないが、その長い鼻につい手をやっていた。
そうこうしているうち、すぐ背後の若いオークがついに痺れを切らしたのか、乗っていた馬車から立ち上がり、故障した馬車の方へとズカズカ歩み寄った。項垂れるエルフたちに向け、何やら怒鳴りつけて憚らない。
彼女たちからすれば、自分たちそして同胞の遺体を乗せていた馬車が勝手に故障した訳であり、何もサボタージュで立ち往生している訳でもあるまい。むしろこうして他の魔種族たちに囲まれる自分たちこそ、被害者だといったところだ。
だから自分たちに絡むオークと関わりたくないとばかりに視線を下げ、この災難をやり過ごそうとするばかり。
若い兵士の方もそれが面白くないのだろう。このままコイツらに無視されてたまるかという体面もあって、なおさらきつく当たるのだ。
「ああ、この若者も愛国心という火酒に酩酊しているのか」
「それ」を「手段」としてもて遊ぶ余裕すらある上層部はともかく、末端の現場においては、愛国心からつらなる白エルフへの敵愾心が、こうした歪んだ形で発露されることもあった。
今や銃後の民衆すら熱狂に当てられ、「百二十年の復仇」を叫ぶ。この若い兵士とて実年齢はともかく実際にロザリンド会戦には出征した訳ではあるまい。それでも彼は国内で喧伝される「敗北と屈辱の記憶」に当事者意識を否応なしに感じ、エルフへの憎悪を滾らせていたのだ。
まだ直接的な暴行には至らぬものの、このままトラブルが昂ずれば占領統治に思わぬ支障が出かねない。早くその場を収めたいところだが、受け持ちの憲兵は交通整理に忙殺されており、持ち場を離れられないようだ。
ヘルドはオークにしては静かな足取りで、トラブルの発生地点へ歩み寄った。
仲間の前で気が大きくなり、依然怒鳴り散らして止まない若年の兵士。直接暴力を振るう意図ではあるまいが、つい勢い余って腕が上がる。それを見てハッと手で庇い一層怯える哀れな掃除者たち。
そんな中、割って入った者がオークの振り上げた太い腕を掴んだ。そのまま相手の背中に腕を回す。
ロザリンド時代に兵役を全うした憲兵の差し伸ばした腕は、血気盛んな若いオークのそれより細いものの、そこには灼熱の炉で鋳造されたモリム鋼の剛毅さが宿っていた。
自らを見舞った突然の暴力に、この一等兵は荒く鼻息をつき憮然とした表情で相手を睨むも、自分の腕を掴む男の憲兵隊の腕章を眼にし、瞬時に黙りこくった。
「頭を冷やせ」
あとはその一言で十分だった。
「手間をかけさせてすまないな」
その後取り押さえた兵士を受け持ちの憲兵に引き渡し、現場も後は故障した馬車の修理を待つばかり。彼もその場を辞そうとしたところで、補給地点の責任者がやって来た。
スヴェスデン・シュトラウス少佐。コボルト族ブルドッグ種。同族の中では平たい顔の中央に、頭がやや上に向いた鼻がどしんと構えている。正面から見ると口を結んでいても頬の肉が垂れ、威厳ある四角い顔を形作っていた。
こうして少佐にあの場を収めてもらった礼として、近くの食堂で軽い会食に招かれた曹長は、席越しにその顔を眺める。実際補給部隊のコボルト族の将校と言えば、自分より数倍図体のデカいオークを怒鳴りつけるような豪胆さを有しているものなのだ。
シュトラウス少佐は、先の小事件を振り返り、
「兵隊同士で諍いがあるのは珍しくないが、ああした形で若い兵士が暴発することになるとはな」
エルフの労役者との衝突を指して語る。
「やはり被占領者とああした形で一所に合流するのが不味かったのでありますか」
ヘルドも、現状の課題事項を挙げた。現場の兵の士気を高め銃後の民の団結心を発揚する為にも敵愾心というものは大いに利用すべきだが、ことさら現場の混乱を招いては逆効果というものだ。
「兵を圧した貴公の手並み。相当な手練であったが、場数を踏んでいるとお見受けした。……とこれは余計な質問であったか」
憲兵隊は兵役を終えた元将兵たちが志願し、厳しい試験と低い合格率という狭いトンネルをくぐり抜けた、厳選されたエリートたちの集団だ。血の気の荒い若者をのすくらい、如何様にもなった。
「ええ。直接の戦闘に出たのはロザリンド渓谷が最後になりますが」
「ほう、ロザリンドの」
少佐は感心したようであった。
話は自然お互いの身の上になった。
「では少佐殿は70年前の」
その数字だけで、国内の魔種族たちは皆分かる筈だ。
「害獣駆除」かつてそうした名目で、エルフ族に仇名すとされた「魔獣」たちがエルフィンド国内から駆逐された。有り体に言えば、国ぐるみのエルフ以外の魔種族の迫害と虐殺だ。そして70年前は迫害側に立った黒エルフも、遂には虐殺される側に追いやられた。
「ああ、とは言っても巨狼族や大鷲族のように狩りたてられた訳ではないがな。そこに関しては恵まれていた……それでも持っていた店は潰されて物も権利も問答無用で根こそぎ持っていかれたよ」
その後住民からのリンチに遭いかけ、オルクセンに這々の体で逃げ出したシュトラウスは、軍内で商売で培った補給の才に活路を見出し身を立てたという。
「ここへ帰るのは……70年ぶりになるか」
そう語りかつての商人今は軍の将校は、分厚い瞼の向こうにある黒い目を細めた。
コボルト補給将校の身の上話を聞いていると、表の馬車の列がやや途切れ、それまでとは違う重々しい雰囲気の車列が通り始めた。
ヘルドも見当が付いていた。先の攻略戦で戦死した者たちを、これから郊外の墓地に埋葬するための列だ。
戦地で果てた戦士たちについては、駐屯地にて棺に収められた後、昨日市庁舎付近に護送され、合同葬儀が執り行われた。遺体に関しては遺髪を回収された後、その体は異国の地で眠ることになる。墓標は我軍の進行先、ティリオンのある方角を向いて立てられる。
「なぁ、兵站ってのは軍の生命線だ。そいつを以って後方から送られてきた食糧が将兵たちの腹にたらふくおさめられるし、銃火器に積め込まれた大量の弾薬が相手の身体に撃《ぶ》ち込まれる。だがな。送られるのはそうした戦争でドンパチやるためのものばかりとは限らない。例えば今目の前を通った棺桶だってそうだ。……問題は『それ』が、送られてくるとき、まだ『それ』に入る者は定まっている訳では無い。まぁ一定の『今度の戦闘ではこれくらい必要になるかな』って必要に応じて用意される訳だがな。考えても見ろ、まだその時には、後にこれに身を横たえることになる者は、ピンピンしていやがるときた。自分の明日の運命なんて露知らずにな」
「…………」
どう返せばよいか、憲兵にも分からなかった。
ただ言えるのは、かつて故郷を失ったドワーフ、そして土地を追われた魔種族たちの重来の為国を挙げて戦い、その命を失った者たちがいる。それだけだ。
2人は無言で窓の向こうの戦死者の馬車を見送った。