オルクセン憲兵&エルフィンド警官シリーズ「モーリア市の奇妙な死体」 作:椚木
「では小生はこれで失礼いたします。処置について検討の程宜しくお願いいたします」
慇懃に礼を述べて情報部の長が辞去する。接収した市庁舎の元市長室に残されたのは、新たな長である司令官と傍らに侍る副官である。
情報部長に具申された今回の事件の『処置』、そのあらましと詳細なプランについては、この第三軍司令官、アロイジウス・シュヴェーリンの老いてもなお丸太の如し剛毅なる腕に握られた書類に、全て記されていた。
書類の内容は、既に情報部長であるアウグスト・シュティーバー自ら語った通りの内容と違わない。なるほど事後処理として完璧だ。非の打ち所がない。
要点をかいつまんで説明すると、
「まずはオークの兵卒が起こした『暴走行為』について、監督者であるオルクセン側が非を詫びる。そして補償として事件のあった区画の対象市民に対し、食糧と生活物資の当面の間の無配を約束する。こうして『敵に臆すること無く責任を追求してみせた』市長に花を持たせる一方で、占領地の市民を我が国の流通に依存させ、無配期間終了後は我が国の軍票と通貨による支配を実現化させると、しっかり『実』を取る」
「海外のジャーナリスト対策としては、戦争において兵の暴走行為や略奪といった戦争犯罪は遺憾ながら付き物であるとの一般論をまずはあらためて喚起。その上で我軍の憲兵が如何にこれら犯罪を厳格に取り締まったかの方向で周知させていく」
そうした事後処理が、的確に記されている。
流石入隊前は刑事事件を担当した遣り手の弁護士という経歴だけあって、こちらの失点《犯罪》に対するカバー処理に隙がない。
関係者の思惑も、見事に手玉に取っている。
モーリアの白エルフの市長からすれば、戦争期間を通してオルクセンの支配に従容と従っていたというのは、同族たちの間でも面子に関わる問題だ。それをこちらが『戦争犯罪』(厳密には表現として間違っている)に猛烈に抗議する現地の首長という「反骨心」を発揮する機会を与えてやることで、彼女の面子を立ててやることができる。
市長も愚鈍ではない。自分が体よく利用されているのは承知だろうが、そこは腹芸だ。そもそも自分たちが支配下にあるのは、オークの侵攻に抗せなかった国境警備隊の不甲斐なさにあり、そこの責任を我らに問われても困ると言う心づもりなのであった。
従軍記者たちからしても、彼らの職務はあくまでも戦闘の情景や支配地の民衆の生活といった、戦争にまつわる記事の配信が主目的だ。にも関わらず徒に事件をセンセーショナルに報道することで、オルクセン側の不興を買って今後の取材に支障を来たすのは本意ではない。
そこを敢えてこちらから「報道できる情報」を提供することで、彼らとの共同関係を推進・強化していく。
誰にとっても損のないプラン。
だがこれがシュヴェーリンには面白くない。気に食わないといっても良かった。
「何でどいつもこいつも、
そうは言っても事件の痕跡はオークの犯行の疑いを多分に示している訳であるが、この意外に広範囲の教養をその磊落な佇まいの裡に潜ませた老オークは、
「要するに刺傷の欺瞞を解き明かして、真犯人が別にいることを突き止めれば良いのだろう。オーク以外の」
……近頃キャメロットの一部貴族界隈で広まり読み交わすことが流行っている、『推理小説』の如き見解を述べているのだ。「トリックを暴け。犯行の裏にある隠された真実を見抜け」
感情論としては正しい。
が、事件の犯人というものは過去の時点で既に定まっているものであり、戦闘行為の様に我らの努力でどうにかなるものではない。如何に我らが解決に腐心したところで、事実が覆されるものではないのだ。
だから皆蓋然性の高い推定に則って行動しているのであり、老将軍の憤慨は、理屈に適っていない。
それでもだ。
「兵士の何某による犯行」それを前提に我軍が動く行為そのものが、面白くない。
「どいつもこいつも早々にケツを捲くりおって」
こうしたシュヴェーリンの憤りであるが、傍らに侍る副官には無論読み取れる訳が無い。「上級大将殿は我軍に陋劣なる犯罪者の現れしこと、さぞ悲憤しておられるのだろう」と察知。一層の綱紀粛正を下達することを誓うのだった。
剛毅なる将軍が事態を打開する英雄《ヒーロー》の登場を待ちわびる中、物語の主人公の片割れである憲兵は、あくまでも自分の職務に忠実に、軍内部の犯罪摘発の行動を取っていた。
――結論から言えば、彼の取った無為とも思える行動が、後に事件を解決へと導くことになった。