命知らずな自信家は色々と面白いことをやらかしているらしい。
夢月と幻月。悪名高きいたずら好きな双子悪魔である。
私は別に彼女らのことは好きでもないし嫌いでもないのだが、彼女らが扱う大規模な企みにはそこそこ魔法的な興味が惹かれるし、また前みたいに魔法戦で盛り上がってくれるかもしれない。
私にとって、双子悪魔を探しにゆく理由はそれだけで十分なのだった。
というわけで、ひとまずは騒ぎがあったというブックシェルフにまで移動してきたのだが。
「ふむ?」
内部の様子は、そう変わっていない。
外側は相変わらずの綺麗な立方体浮遊レンガ建築だし、中身は平穏なちょっとした都市のままだ。
ベンチで本を読む者。広場で著作について語らう者。片隅に天蓋付きの寝台を置いてぐーすかと惰眠を貪る者……この寝台は前にも見たな。
しかし見たところ、器物は破損していないし、内部にいる人々の様子も普通だが……。
「そこのお嬢さん」
「ん? はあい?」
私は木陰のベンチで分厚い本を呼んでいた魔人に声をかけた。
「つい最近、このブックシェルフで騒ぎがあったらしいのだが、何か詳しいことを知らないかね」
「最近? ……もしかして夢幻姉妹のこと?」
「そうそう、それ」
「いつの話よ、全然最近じゃないわ」
呆れられてしまった。けどまぁ誤差の範疇では。
「けど確かに、ここでは事件なんてほとんど起こらないから、記憶には新しいんだけどね。夢幻姉妹がこのブックシェルフにやってきて、読書してた。彼女たちが騒ぎの前にやっていたことは、それだけよ」
「ええ……」
あの二人が大人しくここで読書か。それはちょっと信じられないのだが。
「意外かもしれないけど、魔都を出た悪魔なんてそんなものでしょ。わざわざ位階を下げる危険を冒してまで横暴な真似はしなかった。そのくらいの知恵はあったんだと思うわ」
「ああ、そういうことか」
そういえばそうだった。
悪魔は法を守るからこそ悪魔なのであり、法を破ることを何よりも恐れているのだった。
特に夢幻姉妹は法のギリギリのところで全力のタップダンスを踊るような子たちだったので、見極めのラインというものはしっかり持っているに違いない。
……しかし、私はそこで悪魔同士が暴れていたのだと、たしかに聞いたのだが。
「結構物騒な事件とかがあったんじゃ?」
「まぁね。私も直接見たわけじゃないけど、有名な話じゃない? 夢幻の姉妹ともう一人がしょうもないことで争ったって。まぁ、人の物を勝手に使われていたら怒るのも無理はないし、やっぱり悪いのは双子の方なんだけど。そのせいで、一時期はあの広場が大変だったんだから」
「ほほう」
言われて広場に目を向けてみるが、そこに争いの跡は見られない。
何か壊れていたとしても、きっと有志の力によってすぐに修復されたのだろう。
「けど夢幻の姉妹とやり合える悪魔がいたとは、驚きだね」
「あー、よく勘違いされてるけどね、あの双子と戦ったのは悪魔じゃないわよ」
「うん?」
悪魔じゃない? 小悪魔ちゃんの言っていた話とは違うな。
「確かに言われてみると悪魔みたいに苛烈な性格してるかもしれないけどね。刺激しない限りは、そんなに悪い人ではないから」
そう言って、彼女は広場の片隅に置かれている寝台を指差した。
豪奢なベッドで気持ちよさそうに眠っているのは、見慣れぬ一人の女性。
「幽香さんと話したいなら、起きるまで待つといいわよ。きっとまた次のお昼前に一度だけ起きて、花壇の水やりをするでしょうから」
ベッドのすぐそばには園芸で使われるであろう幾つかの道具と、大きめのじょうろが転がっていた。
次の昼。それはほとんど丸一日後のことであった。
それまではブックシェルフ内の本を読んだり寄贈書を確認して過ごし、後は思い出したように刻印のスフィアを整備したりなんかもした。
たったの一日である。
それまでただ適当に待ちぼうけるのは、全く難しいことではなかった。
「ふぁああ……」
私がベッドのすぐ隣で椅子に座りながら魔導書の追記を行っていると、気の抜けるようなあくび声が聞こえてきた。
「んん……? 誰よ……」
「やあどうも、おはよう」
「おはよう……」
パジャマ姿の彼女は、私の存在に気付いてもさほど驚くこともなく、自分の伸びを優先した。
ウェーブの掛かった綺麗な髪には変な癖もついておらず、寝起きだというのにちっとも情けない顔ではない。
「で、誰……」
「私の名はライオネル。魔界の偉大なる魔法使い、ライオネル・ブラックモアだ」
「そう……」
見た目はさほどでもなかったが、声は風邪でも引いたかのように低かった。
「……え? ごめんなさい、聞いてなかった。名前、なんだったかしら」
「顔には出ないタイプの朝に弱い人か。私はライオネル・ブラックモア。ライオネルと呼んでくれて構わないよ。偉大なる魔法使いでもいい。ブラックモアと呼ぶ人は今のところほとんどいないが、そっちでも」
「ああ、うん。ライオネルね……」
彼女は少しうつらうつらとしてから、思い出したように首を捻った。
「……そんな知り合い、居たかしら」
「いや、初対面だけど」
「……ああ、そうなの」
思いっきり嫌そうな顔された。
とはいえこれが、私と彼女。幽香との最初の出会いなのであった。