東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「いやぁ、ごめんよ。まさかそんなところにいるとは思わなくてね」

 

 静木は無事だった。

 ミマの本気の霊力弾は樽を粉々にするほどの威力だったが、本人は無傷である。

 

「私も……ごめん。さすがにびっくりしてさ……怪我が無くて良かったよ」

 

 釈然としないが、とはいえ人を殺しうるほどの威力であったことは間違いない。

 裸を覗かれたことには未だ腹も立っているが、ミマもまた頭を下げた。

 妖怪の類にならば見られた内に入らないだろう。そんな心の言い訳を構築中である。

 

「そうか、邪気払いか。自然のものを利用して行うのは良いね。何より汚れも落とせるし」

「あー……ま、私も巫女の端くれだもの。水浴びついでに、定期的にやってるのよ」

 

 静木が水底に沈んでいる間に、既にミマは着替え終わっていた。

 魔法を使えば身体の露を一気に弾くことも難しいことではない。いつもの巫女服をさっさと着替えてしまえば、あとはいつも通りである。

 

「で、静木。あんたは何しに来たのよ。覗きってわけじゃあないんだろうけどさ」

「水汲みだよ。ここの滝の水が欲しくてね。たまに汲んでいるんだ」

 

 そう語る静木は砕け散った桶の破片から無事なものを見繕い、拾い集めている。

 ミマも自分でやった手前やろうとしたのだが、静木は気にしない様子で“いいよいいよ”と言うばかりだった。

 

「魔力を使わない崖登りも結構大変でね。特に滝の近くは滑るから、尚更だよ。とはいえ痛みも許容できて傷もできない私じゃあ、どう足掻いても簡単になってしまうのだが」

「……水いっぱいの桶なんて、普通には運びようもないでしょ。術か何か?」

「残念ながら何も使ってないんだ。ま、こればかりは私の体質でね」

 

 静木の線の細さではちょっとした荷物を抱えただけで折れてしまいそうだが、妖魔の類にそのような固定観念を当てはめるべきではない。

 頑丈さもそれに由来するのだろうなと、ミマは一人で合点した。

 

「ミマ様、すごい音がしましたが……おや」

「ああ、玄爺。待たせてごめんね」

「静木殿もいらっしゃいましたか。これはこれは」

「やあ」

「なんだい。二人共知り合いだったの」

 

 玄爺は付き合う相手を選ぶ仙亀だ。彼と知り合いということは、それなりの信用がある証。

 つまり、良いやつだ。やはり胡散臭いだけなのだろう。どっかの誰かと同じように。そう思うと、ミマは不意に笑けてしまった。

 

「ふふっ……ねえ、二人共」

「うん?」

「なんですかな、ミマ様」

「……いいや。ちょっとね」

 

 さて、自分は二人になんと声をかけようとしたのやら。ミマは忘れてしまった。

 あるいは、とにかく勢いで話したかったのかもしれない。

 

「やっぱり悪いことしちゃったからさ。静木、あんたの仕事を手伝わせておくれよ」

「うん? 私の? ……いやぁ、これは別に仕事ではないし、ただの作業なんだけど」

「手空きなんだ。お詫びだと思って、使ってくれ」

「……ふむ。そういうことなら」

 

 妖怪の手は遠い。差し迫った危機も無い。ならば詫びに手伝う暇はあるだろう。

 今は、そんな気晴らしをしたい気分でもあった。

 

「それと玄爺も、乗せて貰ったお礼したいからね。食べたいもの言ってよ。野菜でも何でも。もらってくるから」

「おおっ、ありがたいですなあ。では、いずれ胡瓜なぞを……」

「うーん、ちょっと季節外れだねえ……」

「ほっほっほ、急ぎはしませんぞ」

「お礼忘れちゃうわよ? 他に何かあれば……」

「ああ、だったら私の作った野菜を食べてみるかい」

 

 提案したのは静木だ。

 静木の作った野菜と聞いて、ミマの頭に思い浮かんだのは瘴気の森のすぐそばにある小屋。その隣にある、畑とも呼べない小さなスペースであった。

 

「まぁ、せっかくだからミマも玄爺も来ておくれ。こちらとしても、二人に助言をもらいたいところだからさ」

 

 

 

 静木が即席で作った木桶は、見てくれこそ薪を箍でまとめたような酷いものだったが、不思議なことに水をほとんど漏らさず機能した。

 それを頭の上に乗せて当然のように歩いたり崖を登ったりするものだから、ミマたちからしてみれば不思議というものだ。魔力を使っている様子もないので、尚更奇妙である。

 本人曰く“このくらいなら身体を使えばまだ自力で行ける”とのことだが、原理は定かでない。本人は隠してもいないようだが、なんとなく深く訊ねる気にもなれなかった。

 

「さて、野菜はどうだろう」

 

 小屋につくなり、静木は桶を置いて畑を掘り返し始めた。

 上から見た限りではほとんど何も植わっておらず、あっても枯れたような植物ばかりの畑だったが、掘り返してみるとそこから現れるのは思いの外立派な根菜だ。

 ミマや玄爺には見覚えのないものだったが、一部のものはじゃがいもに近い見た目をしている。それが掘り下げれば掘り下げるほど、ゴロゴロといくつも出てくるのだから圧巻である。

 

「ちょ、ちょっとこれ……こんなに植わってたの?」

「ほお……これは見たことのない……」

「亀の好物はわからないから、玄爺には味見してもらうしかないんだけどね。一口齧るなりして、ちょっと見てもらえるかな。味の意見をくれる爬虫類って貴重だから、結構興味深いんだ」

 

 種類としては根菜が五種。いずれも大きめで、ごろんとしている。これが全て可食部だとするならば、村のいくつかの家が冬支度をすることもなくなるだろう。

 静木はほとんど飲食をしないものとミマは思っていたが、狭いながらもこれだけの作付けが可能ならば、自給自足も不可能ではないのかもしれない。

 

「それと、ミマにはいくつか試飲してもらいたいものがある」

「……試飲?」

 

 聞き慣れない言葉である。当然、この時代にそのようなサービス形態はない。

 

「うむ。いくつかの酒を用意したから、その中で好みのタイプのものを選んでほしいんだ。私としてはどれも良い出来なんだけど、今の人達の味覚に合ったものがいいからね」

「……静木の作ったお酒かぁ。いや、飲ませてくれるってんなら、いくらでも飲むよ。あんたの作った酒は美味しいもの。断らないよ」

 

 以前の宴で味わった酒を思い出すと、残念ながら味覚の方には想起できるものがなかったが、感動はしっかりと覚えている。

 再び味わえるのであれば、断る理由もない。

 

「……けど、他の人達には内緒でね? あたしだけ飲んでるって知れると、みんな拗ねちゃうかもしれないから」

 

 恐れるべき点はそれだけだ。酒飲み連中に知れたら何ヶ月も、へたしたら何年もネチネチ言われるかもしれない。

 

「ははは。大丈夫、少数精鋭で味を見てもらいたいだけだからね。じゃあ、ちょっと野菜とお酒の用意をするから」

 

 こうして、亀と巫女の二人に対する奇妙な試食・試飲会が始まったのであった。

 

 


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