東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 明日来いとのことだったので、パンデモニウムにある私の研究所で一日を明かした。

 その間やっていたのは、赤膚の悪魔からもらった緑色の宝石板の解析である。

 

 魔法的に安直な解析を試みると内部の構造式が自壊するようにできていたので、それをひょいひょいと避けながらの検査だ。 

 調べた所、これは外側から特定の信号を受け取ることで逆に信号を送り返す、つまりシンプルな発信器のような機能がついていた。

 タブレットを持っている相手の位置を把握するためにつけられたのだと思われる。他には特定の光を投射することでシリアルナンバーらしき記号が浮かび上がったりだとか……あと多分鍵としての機能もあるかもしれない。

 宝石板は見た目にも美しいので、なかなか高そうな品だ。振興会もなかなか懐が温かいらしい。

 

 

 

「いらっしゃいませ。おや……」

 

 昨日と同じ時間。私は再び振興会の入り口にやってきた。

 昨日と違う点は、今日からは関係者としての来場ができるということ。

 

「奥へどうぞ。五番の部屋にお入りください」

 

 緑色のタブレットを見せると、礼儀正しい悪魔はニヤァと無駄に腹黒そうに笑い、内部へ通してくれた。

 

 五番の部屋は昨日とは少し離れた場所にあるようだった。

 関係者としての仕事がそこで待っているのだろう。魔法クイズ作成……楽しみだ。

 クイズ製作仲間と一緒に和気あいあいと議論しながら良問を作る……素晴らしいひとときだ。お茶菓子でも持ってくれば良かったかな。

 

「失礼しまーす」

 

 そんな上機嫌で部屋に入ってみると、こじんまりとした部屋の中には一人しかいない。

 というより、昨日面接官として言葉を交わした赤肌の悪魔がいた。

 

「時間を守る奴は嫌いじゃない」

 

 彼は今日も口元を手で覆い、気難しそうな目をギョロリと向けてくる。

 赤い肌に二本の角。見た目だけなら実に平凡な悪魔だが、この手のありがちな見た目にしては冷静沈着な気質を備えている。

 

「うん? 他に誰も居ないのかな」

「それも含めて今から話すつもりだ。ま、掛けたまえよ」

「そうさせてもらおうかな」

 

 話し方は昨日“普通でいい”と言われたので普段通りだ。

 

「……さて。こうして向き合って話しているのは……特例だ。お前の他にも何人もの製作者を雇ってはいるが、お前に限ってはひとまずここで真意を問うことが先決だと判断した」

「特例。それに真意と」

「ああ」

 

 赤肌の悪魔は足を組み、口を覆い、眼はじっとこちらを見据えている。

 

「ライオネル・ブラックモアといえば有名だ。魔都でその名を知らぬ者はいないだろう。地上や、天界でもその名は轟いている。正体が何者かが不明瞭であるにも関わらず、だ」

「ほほう? 正体が不明ときたか」

「ブックシェルフの著者。魔導書の生みの親。最も古いであろう魔法使い。呼び名はいくらでもあるが、正体は混迷している。悪魔の捏造した文献が多いと最古を辿るのは不可能に近くなるのでな」

「ああ……」

 

 悪魔の自伝とかか。確かにほとんど捏造だから、それを参考にしようとすると大変だろうな。

 

「それでも幾つかの資料を当たれば、外見に言及する記述も幾つかは見つかる。曰く、その姿は(むくろ)である、とかな。……骸骨の身なりなどここ(魔界)では珍しくもないから、参考になる特徴でもないのだがね」

「ふむ。……では貴方の目の前に座っている骸骨は、ライオネル・ブラックモアに見えるかな」

 

 彼は沈黙し、私の虚ろな眼窩を見つめた。

 

「……お前が提出した問題は美しかった。大会の性質上、選択問題を採用することはできんが……あれは、出題の完成形であったように思えた」

「……お気に召してもらえたようで何よりだよ」

「魔法の文献に関しては色々と調べてきたつもりだが、あの問題は見たことがない。だが、あれと同じ“作風”はブックシェルフで何度か見たことがある。精査するのに、多少の時間はかかったがな」

 

 手で覆い隠した切れ長な口の端が、不気味に釣り上がる。

 

「最初は与太話かと思ったが、今はお前がライオネル・ブラックモアであることを疑っていない。現物に会えて光栄だ」

「おお……じゃあサインいる?」

「契約書ならあるが、サインしてもらえるかね」

「悪魔の契約書か。そっちのサインはやめておこう」

「フッ」

 

 どうやらこの赤い肌の悪魔は、私がライオネル・ブラックモアであることを断定した上でこの別室を用意したらしかった。

 

「真意を問いたいというのは、言うまでもないがお前の目的だ。お前がどれほどの魔法使いかは正直に言って未だ計り知れない。個人的に、ここにやってくるとは露ほども思わなかった。何故出題者に志願などした?」

「それはもちろん、魔法を広めるため。……というのは目的の一つだけど、私が個人的に人の作る魔法問題やその回答を眺めたかったから、というのが大きいね」

「……なるほど」

「私としては振興会がなぜ様々な高価な賞品を用意してまでクイズ大会を開催したのかが、私にとっては疑問だよ。聞いても良いだろうか?」

「ふむ。ライオネル・ブラックモア相手ならば隠す必要はないか」

 

 悪魔は懐から緑色の宝石板を取り出し、ひらひらとこちらに見せつけた。

 

「このタブレットに術が埋め込まれていることは、わかっているかね」

「ああ、昨日調べさせてもらったよ」

「壊さずに? それはすごい。……ああ、それでだ。これは関係者を分類する身分証でもあるのだが、魔法に秀でた者を追跡するための道具でもある。我々は参加者もそうだが、出題者からも有能な者を探そうと目論んでいてね。後々のための情報が欲しかったのさ。そのために最も効率が良さそうだと考えたのが、この企画というわけだ」

 

 魔法使いの情報を収集するためのクイズ大会。

 なるほど、そういうのもあるのか……でも考えることは私と同じだな。

 

「奇しくもお前の目的と我々の目的は合致している。……いや、お前がここに来た時点でもはや我々の目的は達成されたと考えてもいいかもしれんがね」

「私が釣られたから十分、と」

「身も蓋もない話をすればその通りだ。まさか開催する前に、目的が斜め上の方向に達成されるとは思いもよらなかったが」

 

 いやぁうまく釣られてしまったということか。はっはっは。

 

「……ライオネル・ブラックモアよ。我々は可能な限りお前の便宜を図ろうと思っている。運営に関して希望があればいくらでも言ってくれて構わない。そのかわりといってはなんだが……我々運営に対しても、色々と協力してもらえると助かるのだが?」

 

 答えはもちろん決まっている。

 

「喜んで。どんな打算があるにせよ、私はこのクイズ企画をとても楽しみにしているんだ。全面的に協力させていただくよ」

「……なるほど。それは素晴らしい」

 

 私の快諾に、悪魔はニタァと笑うのだった。

 

 ……裏は無いよね?

 いや、あったとしても構わない。なんにせよ、前向きに検討させてもらうのだからね。

 

 

 


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