東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「賞品の見直し、か」

 

 ヘルメス・トリスメギストス。通称赤肌は、私が持ち帰ってきた反応を聞いて思案顔だ。というよりも彼は常に思案顔をしている。

 両隣では別の悪魔らが書類の確認作業に没頭しており、それだけ見ると面接の時を思い出すような光景だった。あの時と違うのは、今の私はバリバリ関係者ということであるが。

 

「不要だ、と断じきれない説得力があるな。確かに、土地など有力者には不要だったか」

「悪魔にとっては便利なんだろうけどね。活動拠点を外にしている人たちからすれば、私としても同感ではあるよ」

「ふむ」

 

 ちなみに私は彼のことを赤肌と呼ぶことにした。

 本名は知っているものの長すぎるし、だったら“ヘルメス”でいいかと呼んでみたら“その呼び方は好かんな”と言われたので、周りに合わせる形になったのである。

 自分の本名に対して一ミリも思い入れがないところはちょっと共感できる。

 

「力。触媒。なるほどな。求めるものはそれぞれということか」

「赤肌としてはどう用立てるつもりなのかな」

「ふむ。正直なところ、賞品は飾り程度のつもりだったのだがね。強者など魔界一という言葉で勝手に惹かれるものだろう。それに、向こうの感覚や都合で延々と引き上げられても足元を見られるだけだ。単純に用立てれば良いというものでもあるまい」

 

 おお……なんか交渉術をもってそうな考え方だ……明らかに私とは違う……。

 

「既に参加者も多いと見込んでいるこちら側としては、そこまで急激な変化は望むところではない。が、ライオネル・ブラックモア。お前としてはそれでは少し味気ないと感じているのだな」

「あー……まぁ少し? わかるかなぁというくらいかな。けど私はそこまでこの企画運営に関わっているわけでもないから、大きなお世話になってはいけないよね」

「なら今よりも深く関われば良いだろう」

 

 なんてことないように赤肌は言いのけた。

 

「良いのかい」

「ああ。お前の判断で賞品を手厚くしても構わん。そちらにも外面があるのだろう。聞いたところ、既に知り合い相手に無根拠な約束でもしたのだろう」

「うむ。図星すぎて頷くことしか出来ない」

 

 幽香のために色々と手配しなくちゃいけなくて困っているのだ。

 

「……こちらとしても、賞品の多様化について多少の協力はしよう」

「おお」

「そのかわりと言ってはなんだが、問題の作成について今から少し相談に乗ってもらえないだろうか。全体の質を見直す時期に入っているのでな」

「……そのかわりというには、私にメリットしかないようだけど」

「……なるほど。価値観の相違は身近にもあるようだな」

 

 赤肌はにやりと笑うのだった。

 

 

 

 作問する運営関係者は百人近くいる。

 彼らが作問する問題は千をゆうに超え、当然ながら出題数を大幅に溢れてしまう。それをどうにか千問に厳選するのも私達の仕事の一つだ。

 

「問題というよりは、むしろ出題者を絞ると言う方が正しいのだがね」

「うん? どういうことかな」

「不正に問題を横流ししている出題者がいるのだ。本番で仲間に不正を行わせ、上位入賞を狙っているのだろう」

「ええ……」

「別に不思議なことではない。愚かだとは思うが。そうしたくなる程度の“エサ”をぶら下げてはいるからな」

 

 悪魔はプライドが高い。己の力をどれだけ誇示できるかについては、そこそこ純粋なものがあると私は思っていた。

 しかしそこに土地だとか、つまりお金が絡むと話は変わってくるのだという。いつの世も人の心を変えるのは金である。

 

「既に足取りを掴んでいる連中はいるぞ。背後に大掛かりな組織を作っていることもわかっている」

「すごい熱意だね」

「その熱意を作問に当てて欲しいものだがね。まぁ、どうせ問題の答えだけはこちらが厳重に管理している。今の所、問題はないよ」

 

 赤肌に案内されたのは問題の資料室だ。普通の資料室よりもより厳重に管理されている部屋であり、配点の高い問題が管理されている、つまり不正作問者が立ち入れない場所でもあった。

 そういった運営関係者のライセンスはタブレットの色で識別されているそうだ。私の持つ緑のタブレットは最高位だという。

 

「どうだ。我々も常に問題を確認してはいるが、裏取りするにも人手が足りなくてね」

「ふむ……」

 

 配点の高い問題は複雑だ。

 高度な魔術理論の込み入った部分の問題ともなると、簡単に検証することさえ難しい。筆記試験そのものが五日間もあるのだ。少なくともその間にぱぱっと検証できるようなものではない。

 

「これは問題ない。こっちも。これは複数解のうちいくつか足りてない。こっちは前提条件が美しくない。……この問題はわりと良いな。覚えておこう」

「ふむ。最初からこうしておけば良かったか」

「え?」

「いや。さっさとこちらの手伝いを頼めば良かったと思ってな」

「ああ。私の大得意分野だからね。それに好きでもある。いくらでも投げてくれて構わないよ」

「ほう」

 

 私の言葉にニヤリと笑うと、赤肌は部屋の奥から更に大量の資料集を運び込んでいた。

 席についた私は淡々とその山を崩しにかかり、問題の修正点によって分類分けを行っていく。

 赤肌はそんな私の様子を面白そうに眺めていた。

 

「お前がいると、魔都のいくつもある学会が一夜にして姿を消してしまいそうだな」

「それは困る」

「何故かな」

「後進が消えるのは望むところじゃないからね」

 

 私だって、自分の存在が後進にとって邪魔になることはわかっている。

 かつてのメルランの言葉を忘れたことは一度もない。

 魔法使いたちとは一定の距離感を保つべきだという実感じみた教訓はまだまだ有効だ。

 

「私は裏方でいいんだ。裏方で、皆の進歩と進捗を、その軌跡を眺めていたい。私がこのクイズ大会に求めているのも、似たようなものだしね」

「……なるほど」

 

 赤肌は思案げに口を抑え、じっと目を閉じていた。

 

 

 

「ところで、ライオネル・ブラックモア」

「うん?」

「お前が誘ったというこの一覧にある、小悪魔というのは?」

「ああ、小悪魔ちゃんね。彼女は賞品に関係なく来てくれると思うよ」

「………………そうか」

 

 赤肌は眉間を揉んでいた。

 


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