東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

59 / 625


 掠れることの無い記憶力を頼りに、机上にすら置けぬ空論を蓄積し、頭の中に魔術を築く。

 

 新たな魔術の創造は、私にとって急務であり、新たに生まれた生きがいの一つである。

 

 現在は灰の底、魔力の欠片もない大地に埋もれている私だが、いつか必ず、地上に戻る時がやってくるだろう。

 その時のために、今は力の使い方を学ばなくてはならなかった。

 

 戦闘、または破壊に特化した魔術を記す“血の書”は、先の大災害を経て未だ不完全であると判明した。

 

 あの時の如き魔術では、来る大いなる災いを跳ね除けることができない。

 地球を救うためには、地球を破壊できるだけの力がなくてはならないのだ。

 島をひとつ滅ぼせる程度では、この宇宙の広大さからして、全くもって役には立てないだろう。

 

 “血の書”の強化。そして、油断なく“涙の書”も強化せねばなるまい。

 

 とにかく、力だ。なんとしてでも、力を手にしなくては。

 

 

 

 

 暗闇の中で魔術を編み出し、時には改良する。

 

 より効率的な“魔力の全解放”の構築法。

 より強い破壊特化の魔術。

 不毛な土地から魔力を抽出する方法。

 魔界を最大限に利用した攻撃魔術。

 

 長い時間、そんなことばかりを考え、発案し、磨きながら過ごしてきた。

 

 こんな考え方が健全でないことくらいは私も承知だが、全ては必要なことである。

 

 何も、絶対の暴力によってこの世界の頂点に君臨しようなどと考えているわけではないのだ。

 あくまで、いざという時に地球を守るため、考えているだけ。

 そこらへんを勘違いしてはならない。

 

 しかし、こう何年も暗い土の中に閉じ込められていると、さすがに気もおかしくなるというものだ。

 今回は地球が無事かどうかも定かではないだけに、ずっとやきもきした感情が頭を旋回している。

 

 私の感情は至って平和的ではあっても、現状が健全でないことは理解している。

 

「そろそろ出たい」

 

 分厚い氷の中でなら、まだ小さな空間を作り出すことも可能だった。

 しかし今回はまるで、身動きひとつも取れやしない。真の不自由である。

 

 それに微かな魔力を持った氷の環境ならまだしも、灰の中では属性らしい属性も見当たらず、魔力の砂漠も同然。

 魔術はこれっぽっちも発動できなかった。

 

 私は痛みを感じないし餓えもしない。

 もっといえば、人の言うような退屈も善しとできるだけの度量は持っているつもりだが、望まぬ拘束を甘んじて受け入れるほどのお人好しでもない。

 

 破壊魔術の開発を頭の中でひと通り押し進めた私は、現状をなんとか打破するための手法を模索するようになっていた。

 

 

 

 結果、私が辿り着いたのが、魔力ならざるものから、魔力に似た力を得る方法である。

 これは、“灰魔術”とでも呼称すれば良いのだろうか。何もない虚無にも等しい灰から力を得たので、そう名付けることにした。

 

 灰“魔術”とはいうが、別に灰を操る魔術というわけではない。

 月も星も太陽もない灰だけの大地でも使える。だから灰魔術なのである。つまり、どんな場所であっても使えるということ。

 

 これは既存の魔術とは違い、魔力を必要としない。魔力は必要としないが、擬似的な魔力無き魔力の流れを操る魔術である。

 うん、言ってる意味がわからないよね。私もどう説明したものかと悩むところなんだ。

 

 喩え話が下手な私だが、たとえば、O字型の(とい)があるとしよう。

 

 この樋に水を注ぎ、O字型の中を満たすとする。これが、辺りの環境に“魔力がある”という状態だ。

 今度はその水で満たされたO字型の樋の中に、水の流れができているとする。淀みなく流れる樋の中の水は、ぐるぐると回り動いている。これが、魔力が使われている状態だ。

 

 魔力を使う、つまり魔法を使うということは、魔力を動かすということ。樋の中の水に流れを作るということだ。

 しかし、今私がいるこの灰色の地中は魔力がなく、例えでいうところの、樋の中に水の無い状態にあたる。

 

 通常、水がなければ流れはできない。魔力がなければ魔術は扱えないものだ。

 しかしその考えに風穴を穿つのが、私の新たな魔術。灰魔術なのである。

 

 灰魔術は水の無いからっぽの樋の中に“流れ”を生む。

 何も無いのに流れるってなんじゃそりゃと思われるかもしれないが、流れがあるというそのことが重要であって、流れるものがあることはさして重要ではないのだ。

 

 無の流れは力を運ばず、何も押しやったりはしないが、逆に言えばそれは何もロスすることのない途切れぬ運行であり、決して止まったり、先細りすることはない。

 逆に、灰魔術においては魔力という存在こそが邪魔な要因であり、弛まぬ理想的な流れの中にノイズと不和を齎す障害にすら成り得てしまう。灰魔術において重要なのは絶対なる枯渇した魔力環境であり、そしてそこには……。

 

 

 

 だから……であり……。

 

 理論的には……画期的で……。

 

 魔力は……すばらし……くぅ……たまらん……。

 

 で、あるからして……うん? おっと、もうこんな時間か。

 

 

 

 参った参った。一人でいると、どうしても自分自身と向き合って、ぼんやりしてしまいがちだ。

 時折自分の中にいる誰かに話しかけている気分になってしまう。あまりいい癖とは言えないね。

 

 何が言いたいかというと、果てしない時間をかけて灰魔術を習得し、ようやく私は地下世界を脱出する目処が立ったということである。

 

 この灰魔術の素晴らしさを語ろうとすればざっと数十万年は私のデスボイスを響かせなければならなくなるが、要約すれば“もう二度と地中に埋もれることはない”という一言に魅力が体現されるだろう。

 もうクレバスに挟まれてもマントルに埋まっても地核の中に封印されても大丈夫。

 何者も、私を封じることはできないはずさ。

 

「さあ、久々の地上だ」

 

 灰魔術により、身体を圧迫する硬質な灰が、サラサラと音を立てながら下方向に沈んでゆく。

 反対に、沈む砂に包まれる私は相対的に上へと登り、ゆっくりとではあるが、地上を目指し始めた。

 

 砂に沈むのとは真逆の、砂から浮き上がる感覚だ。

 

 

 

 どれほどぶりになるのだろうか、地上への帰還である。

 アマノが滅び、恐竜が滅び、果たして世界は今、どのような形になっているのだろう。

 

 哺乳類は繁栄しているのだろうか。

 それとも、まだ恐竜が残っているのだろうか。

 

 神綺は何をしているだろう。

 魔界は今も無事に存在するのだろうか。

 

 新たな魔術の習得により恐れるものが無くなったであろう私は、多くの不安と、不明瞭故に残る恐怖を抱えて、果てなき地獄の底から、地上へと登ってゆく。

 

 

 

「……およ?」

 

 そして、出た。

 荒廃を乗り越え、緑が命を吹き返した地上へと。

 

『出てきた! 殺せ!』

『うおおおお! 殺せ殺せ!』

『食い殺せ! 出てきた! 食い殺せ!』

『殺せええええ!』

 

 コールタールのように真っ黒で……ベトベトしていて……四つの足で地を這い歩く魑魅魍魎が犇めく、地上へと……。

 

「ぎゃ、ギャァアアアアア!?」

 

 ええええ!? ここどこ!?

 なにこれどういうこと!? ええええええ!?

 

『殺せえええええ!』

「ギャァアアアアアッ!」

 

 えええええええええ!? とりあえず逃げます!!

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。