高校生・山崎健二はある朝、粗野なガテン系ドカタで男手ひとつに息子を育ててきた逞しい親父が、TS病で可愛い女子中学生みたいな姿になっているのを発見した。親父はそれまで通りの生活を続けようとするがその姿と行動のギャップが色んな意味で健二にはつらすぎる。だが次第に健二は親の愛情に気づいていき…
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実の親父(40代ガテン系)がTS病で美少女になったんだがとてもつらい…

 

 

 

 

 いつものように朝起きた俺は、眠気を堪えながらいつも通りに顔を洗いに行ったら、居間の方で少女が酒瓶を抱えて大いびきを掻いていた。

 

 一瞬見間違いか夢かと思って目を擦る。

 だけれど、どう見ても俺の家の汚い散らかった居間に、知らない少女が泥酔している。 

 まず考えたのは、その子が部屋を間違えて家に入ってきてそのまま気づかないうちに寝たことだ。俺の住んでいる家は安アパートで、両隣と間違えた可能性がある。いや、待て。両隣に今は人が住んでいない。壁が薄いので引っ越してきたらすぐにわかるだろう。

 次に親父が知り合いの娘さんを預かってきた……少女は小学生か中学生ぐらいで、攫ってきたとは思いたくない。親父にそんな趣味は無かったはずだ。持ってるエロビデオの傾向からして。

 

「……あれ? 親父は?」

 

 俺は部屋を見回す。この安アパートには二室しか無く、狭い個室を俺が使っていて、居間には小さなキッチンがあり便所と風呂に繋がる扉もこの一室に集約されていて、主に親父が敷きっぱなしの煎餅布団で寝るか、酒瓶を抱えて寝落ちしているはずだった。

 昨晩はいつものように親父はテレビを見ながら酒を飲んでこの部屋で酔っ払っていた。毎晩のことだ。そして毎朝二日酔いで仕事に出ていく。

 俺を男手一つで育てる親父は土木作業員をしていた。日に焼けた厳つい体つきと酒の飲み過ぎで弛んだ腹をしている強面の親父が見当たらない……

 

「ふああ……うっ……気持ちわりい……なんか妙に酒が残ってやがる……」

 

 そう、声がした。いつも親父が吐きそうな言葉だ。

 だけれどそれは目の前の、頭を抱えて気分が悪そうな顔をして目覚めた少女の口から、見た目通りの可愛らしい声だった。

 まさか。

 少女は俺の姿に気づくと、手を差し出した。

 

「おう健二(けんじ)。水持ってきてくれ……頭が割れそうだ……そんなに飲んだっけかオレ」

「……親父?」

「なんだよ。あたたたた痛ッ! なんでこんな二日酔いしてんだァ? 声もなんか変になってねえか……」

「あんた親父なのか!? なんだその姿!?」

「はあ? 何を……」

 

 俺は二日酔いをこらえる少女を引っ張って、カビの生えた風呂とトイレと洗面所が一体になってる合理的な安普請の部屋に入った。

 そこにはこの家で唯一の鏡があって、親父が使うひげ剃りなんかも置かれている。

 誰も磨かない曇りまくった鏡には、目を丸くした少女が映っている。

 彼女は目をぱちぱちと開閉させ、自分の頬をつまみ、それから自分の体を見下ろして叫んだ。

 

「な、なんだこりゃあああああああ!!」

 

 朝起きたら、四十代ガテン系ガッチリたくましい親父が、少女になっていた。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 ひとまず混乱から落ち着いた親父と俺は病院に行くことにした。

 

「何科だ!? なんの病気だこりゃ!?」

「せ、整形外科……?」

「そりゃオカマになる手術とかのアレだろ!」

 

 俺たちには何もわからない。そもそも親父も俺も健康だけは取り柄で、病院なんて滅多に行ったことが無かった。

 もしここにお袋が居れば三人寄ればなんとやらだったかもしれないけど、俺の小さい頃にお袋はモチを喉に詰まらせ他界していて今は二人暮らしなのだ。

 とりあえず近くのデカい病院に行けばなんとかなる、と決めた。

 

「しまった! 今日仕事あるじゃねえか!」

 

 親父は愕然と、ずり落ちるデカイトランクスを押さえながら叫ぶ。親父っていうか少女の格好は親父のままで、サイズの合わないトランクスとブカブカのランニングシャツを着ていて、肌の露出がやたら多い。

 しかしながら中身が親父だと思うとまったく嬉しくない上に、見たくないものを見たような気分の悪さがあった。

 

「そんな状態で行けるわけ無いだろ!」

「そ、そりゃそうだが……休むって連絡しねえと無断欠勤はマズイ! 電話電話……いや待て。健二! お前連絡してくれ!」

「俺が!?」

「こっちは声まで変わってるし、女の子が休む連絡してきたら向こうも変に思うだろ! 家に健二しか居ねえの職場の皆知ってるのに!」

 

 そう言うので、親父から勤めている建築会社の番号を聞いて携帯電話で連絡をした。

 

「もしもし──はい、えーと……俺はそちらに勤めている山崎元介(やまざきげんすけ)の息子の……ええ、はい……その、親父が今朝から具合が悪くて、病院に連れて行くことになりまして……えーとすみませんちょっと症状とかは難しいんで……はい、後で連絡を入れるようにしますので、はい、ありがとうございます」

 

 なんとか親父の職場の人にわかって貰えた。もちろん少女になったなどとは伝えていないが、向こうの人は凄く驚いたようで心配をしていた。

 まあ親父も、どんだけ朝に二日酔いが悪そうに見えようとも仕事を休んだことは無かったからな……頑丈だけが取り柄だ。

 

「よし、職場は大丈夫だ」

「学校にも遅れるって連絡しねえで大丈夫か。いや、休ませたくはねえんだが、どうもオレ一人じゃさっぱり病院で説明できそうにねえ」

「学校は後からで大丈夫だろ。それより出かけるのに……親父、なんか着る物ある?」

「くそっ! トランクスがズレやがる……オレのチンポも失くなってるんだぞ! 大事すぎるだろ……とりあえずツナギなら着れる」

「チンポ言うな」

 

 少女の口から汚い親父語が飛び出てくるので顔を顰めた。

 親父はそこらに脱ぎ散らかしているツナギを手に取った。ツナギは正面にファスナーがあるキグルミみたいなもので、両手両肩で衣服全体を支えるからずり落ちることはない。

 当然だけどダブダブなので親父が手足の袖を折り曲げまくると、どうにかオーバーオールを着たって感じに見えなくもない。ついでにかなり萎びれたボロボロのベルトを腰に巻いて服全体を締め付けて、なんとか用意を完了した。

 俺もその間に着替えて、親父は財布と煙草をポケットに入れた。

 

「親父、保険証は?」

「財布に入れてる。会社に出すから失くさねえようにな」

「……使えるのかな保険証」

「わからん……」

 

 保険証には親父の名前と年齢と性別が書かれているだろうが、合っていると主張できるのは名前ぐらいだった。

 俺も目の前のこれが親父とは、第一発見者じゃなければ信じられなかっただろう。変な悪戯だと思われるかもしれない。

 俺と親父はアパート近くのバス停で、どうも落ち着かずにバスを待つのだった。

 

「……親父」

「なんだよ」

「その姿で煙草吸わないでくれるか。凄いそこらを歩く人の目線を感じる」

「うるせえ! 煙草ぐれえ良いだろ! こちとら煙草と付き合って三十年は経ってんだよ!」

 

 朝の出勤通学の時間帯、灰皿の置かれているバス停でスパスパと煙草を吸いまくる中学生ぐらいの女の子。

 絵面が最悪だった。親父は中卒で、中学を出てすぐに土木作業員になったらしいが……その頃から吸いまくりだとは何度も聞いていた。

 

 

 

 

 *********

 

 

 

「TS病ですね」

 

 地元の大病院で医者はごくあっさりとそう診断を下した。

 

「てぃーえす?」

「Trance SEXの略です」

「ひょっとしてエッチな病気か?」

「親父……セックスって単語にのみ反応するの止めようぜ恥ずかしいから」

 

 医者は診断書……さっぱり理解できない言葉が並んでる……を置きながら解説を始めた。

 

「おおよそ百万人に一人ぐらいが罹る、近年になって突然発症例が見つかった奇病です。ある日突然、主に男性が女性に変化してしまう。多くの場合は元の体からかけ離れた十代の少女に見た目が変化することが報告されています。原因は不明です」

「百万人に一人……」

「なので、日本でも十数件、世界全体で見たら600件程度に症例があるでしょう」

 

 そう考えると、結構珍しく無さそうな病気に聞こえるから不思議だ。

 百万分の一で親父が罹ったのなんて奇跡みたいな確率なのに。

 

「それでセンセイ、治し方は?」

「──ありません」

「は」

「原因不明なので投薬することも不可能です。幾ら体を調べても、健康的な女性ということ以外はわからないので異常が無いのです。TS病で少女になった方は、普通にそのまま体相応の寿命で人生を送ります。中には、寝たきりの老人が少女に変化したおかげで健康体を手に入れて喜んだ例もありますが……」

「いやいや、待てよふざけんな。元の体に戻れねえっていうのか!?」

「整形手術をして限りなく元の姿に似せようとした患者も居ますが……自然治癒や民間療法──祈祷や漢方などですね──による治った例は一件も無く、はっきり言って元に戻れません」

「んだと!? このヤブ医者!!」

 

 親父が叫んで椅子から立ち上がった。元の体でやったら目の前の眼鏡医者どころか、待合室に居る人全員が震え上がるほど迫力があるのが親父の怒鳴り声なんだが……

 悲しいかな、今の姿は癇癪を起こした中学生の少女にしか見えず、まったく怖くない。

 

「どこの病院に行かれても結構ですが、結論は同じです。むしろ知名度が低い病気の為に理解の無い病院では頭の方を疑われるでしょう」

「そんな……マジかよ……こんな……オレの体が……はっ!?」

 

 親父は俺を一瞬見てから泡を食うように医者に聞いた。

 

「これじゃ仕事とかどうなんだ!? 職場でオレって認められるのか!?」

「その点に付いてはご安心ください。きっちりと法整備が行われ、著しく身体の容姿が変化した人に対して本人である証明書が役場から受け取れます。この病気に関しては医者の診断書、家族の証言、本人との答弁などが必要ですが、本日中にでも証明書は出せるのでそれを提出すれば……失礼ですが、お仕事は?」

「土木会社だ」

「……まあ、職場次第ですが、余程の理由が無い限りは大丈夫なはずです。例えばどうしても男でないといけない、といった職場でも退職を促される場合は一定の補償がされるように法律がありますので」

「うーん……ドカやってるのにこんなガキみてえになって……だけど職場にはオレしか資格持ってねえのが結構あるし……」

 

 かなり思い悩んでいるようだった。いや、確かにこんな体で土木できるのかは俺も疑問に思う。

 何度か仕事してるのを見たことはあるけど、屋根の上に登ったり鉄骨の上に乗ってぶら下げられたりいかにも危険な職場だ。

 普通に考えて女子中学生みたいな見た目の人がやる仕事じゃない。

 

「とにかく社長には麻雀で貸しがあるから無理も少しは言えるだろ。明日から仕事出れるように、健二! その証明書?とか言うの取りに行くぞ!」

「えええ!? 明日から仕事に出るのか!?」

「あたりめえだろ! 働かねえとメシが食えねえんだから!」

「とりあえず保険証の個人情報も合わせて診断書を作成しておきますね。後は役場の戸籍課でどうぞ」

 

 なんかオッサンが少女になるという珍事なのに医者の人反応が薄いな…… 

 とにかくここに居ても治せるわけでも無いらしいので、俺と親父は診断書を持ってトボトボと病院を後にした。

 

 

 

 *******

 

 

 

 その後、役場に行ってTS病で姿が変わった話を役人にしたら、全然知らない事例だったみたいで小馬鹿にしたような反応をされた。

 すると親父がブチ切れて「テメエの家ダンプ突っ込ませるぞ糞ガキが」と胸ぐら掴んで若い職員を脅しまくったことで、上役の人が出てきて応対。

 あれこれ調べるのに時間が掛かって、そして本人だと証明するのにもまた時間が掛かった。やっぱりキレた親父が怒鳴り散らしたけど、不良女子中学生にしか見えない。 

 どうやら以前に健康診断で血液採取された際のDNAと今のDNAの比較データ?みたいなの?よくわからんけど、医者のセンセイが用意してくれてたみたいで結局それが決め手になって親父は親父本人だと公的にも認められることになった。

 免許証の写真もその場で撮り直された。更新のときに色々話が面倒になるかららしい。

 

 山崎元介(46歳)

 職業:土木作業員

 性別:女

 見た目:女子中学生

 

 そんな感じのステータスに。どうやら、TS後に申請した場合は性別が見た目通りの女になるみたいだ。法律でそう決まっている。

 女。

 親父が女に……親父がお袋に?

 

「うっ……気分が」

「貧血か? オレのカツ丼食うか?」

「いや、いい……」

 

 どうも親父の元の姿が浮かんで気持ち悪くなって仕方がない。腕の筋肉ムキムキで、腹はビール腹で、全身日焼けで浅黒く、髪の毛は短くてタワシみたいで、親父の入った後の便所は死ぬほど臭くて小一時間は使用できないそんなおっさんだったんだ。

 役場の帰りにはもう三時過ぎになってた。学校には電話で、親父の病気の付き添いで来れないと既に伝えてある。

 朝飯も昼飯も抜いてたので、俺たちは帰りに親父が行きつけなガッツリ系の飯屋に寄って食事をしていた。

 親父はため息混じりに煙草を取り出して吹かし始める。やはり不良少女すぎる見た目だ。

 

「ガキみたいな体になった影響かしらねえけど、この程度のカツ丼も食いきれねえ……ああクソ」

「いや、このカツ丼やたら大盛りだろ。半分食ってる段階でビビるんだが」

 

 メニューみるとカツ丼大盛りに使われているご飯の量が1kgとか書かれてた。

 プカプカと煙草の煙を吐き出し、機嫌が悪そうにしている。ヒソヒソと店員らがこちらを見て囁いていた。

 

「悪い夢じゃねえだろうな……酒飲んで寝たら覚めねえかな。すんませーん! 生一杯!」

 

 親父が注文すると、店員らは顔を合わせて一番歳の行っているおばちゃんが愛想笑いで近づいてきた。

 

「あの、お客さん? 一応成人かどうか、身分証をお願いしていいでしょうか」

「46歳だよバカヤロー!」

 

 親父は半泣きになりながら免許証をテーブルに叩きつけた。

 信じられないようにおばちゃんは免許証を確認してからカウンター裏に引っ込み、何やら皆に「本当なのよ~」とか説明してるみたいだった。

 余計に親父に向けられる視線が増える。親父はお絞りで顔を拭いていた。

 

「泣けてきたぞ。ガキみたいな体だからなんか涙もろくて」

「俺も悲しくなってきた……」

 

 目の前で自分の親父が子供扱いされているのだ。色々とつらい。

 おずおずとジョッキビールが運ばれて、親父は喉を鳴らしてそれを一気に飲み干した。

 

「んっんっんっ……ぶへはー!」

「親父……大丈夫なのか、その……病気なのに酒飲んで」

「うるせー! これが飲まじゅにいりゃれりゅか! はれ?」

 

 すると、親父は急速にろれつが回らなくなり、顔を赤らめてフラフラと頭を揺らし始めた。

 露骨に酔っ払っている。

 

「にゃんじゃこりゃあああ」

「……体が子供だから酒にも弱いんだろ」

「くそうくそくそおお……」

「ほらもう帰ろう。すみませーんお会計をー」

 

 店員の痛ましい視線が俺にも突き刺さる。

 なんか、こうあれだ。俺の立場は客観的にみると、女子中学生に身分偽装させて酒を飲ませて酔っ払わせ持ち帰ろうとしている男。

 通報されてないといいなあ……

 親父の手つきが頼りないので、財布を借りてそこから代金を支払い店を出る。

 

「うーいー……すぐよっぱりゃうのはけーざいてきかもしれん」

「親父! そっち家じゃないから!」

「ちょっと立ちションするだけでい」

「するな! その体で!」

 

 千鳥足になってる……スゲエ酒に弱い。あの親父が。毎晩飲んでる親父が。

 いやまあ、外で会社の人たちと飲んで来るときは家に帰ってくる頃にはこんな感じの千鳥足だったが。

 やたら転びそうで、手を引っ張っても危うい。

 

「ええもう親父、背負って行くからな!」

「バカヤロ。まだオレぁ息子に背負われるほどジジイじゃねへええ……」

 

 言うが抵抗できずに、俺は親父を背負って帰り道を歩く。

 学校で習った短歌にこういうのがあったな……

 

『戯れに母を背負いて そのあまり軽きに泣きて三歩歩まず』

 

 俺の場合、母親が居ないんだが……この背中に乗せた親父の軽さでも泣きそうだ。

 もうあの、アル中の熊みたいな親父は居ないのか。喧嘩をして死ぬほど痛い拳骨を落としてくる無駄にたくましくて強い親父。お袋が居ないから授業参観なんかでもランニングに作業ズボンの格好で職場からやってきてた親父。手料理なんて殆ど出来ねえけど昔から週に一度はカレーを作ってくれる親父。

 病気は決して治らず、元の姿に戻ることは無い。

 俺は泣きたくても、むしろ胸の奥底から寂しさが溢れてきてつらくて堪らなかった。これまで一度も、俺の前で涙一つ見せたことの無い親父が、子供みたいに泣いて背中を濡らしていることが悲しくて仕方がなかった。

 

 家までの距離が妙に長く感じた。

 

 

「健二~……家に着くまで言えなかったけどお前の背中でションベン少し漏らしたわ」

「クソ親父ィィィ!!」

「いや、ホント女の体って思ったより我慢できないんだってマジ!」

 

 

 つらい。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 翌日、俺が起きて確認するとやっぱり居間ではビール缶を持った少女が眠りこけてた。

 しかも全部飲みきれなかったようで、思いっきりビールをこぼしている。テーブルの上にある灰皿には煙草がたっぷり捨てられてた。その隣に、滅多に引っ張り出さないお袋の写真立てが置かれていてなんとも物悲しい。

 ダルダルのトランクスは半ば脱げかけていて目を背けたくなり、薄く擦り切れたタンクトップからは胸が透けてて酷い罪悪感で朝から気分最悪になった。

 どうやら夢じゃなかったらしい。俺はため息をついた。台所でコップに水道水を汲んで親父に持っていく。

 

「親父。大丈夫か。水持ってきたぞ」

「う……健二か……どうした……小遣いでも欲しいのか」

「いいから起きて飲め」

 

 自分から積極的に水を持っていったり起こしたりすることは滅多に無いので、催促しているように思われたみたいだ。

 単に親父が病気で、見た目が完全に酒飲んで倒れた女子中学生だから心配しているだけだ。内臓とかまで子供になってるから、急性アルコール中毒とか起こさないか不安だった。

 昨晩も酒を飲み始めた親父にそう言って酒断ちさせようとしたけど、癇癪を起こして怒鳴られた。オレは酒と三十年付き合ってるんだ!とか言って。

 酒と煙草が大好物の女の子。

 酷い絵面だ……しかも気持ち悪いことに顔立ちはかなり可愛いのがつらい。

 

「ううう……エボチ悪……でも会社行かねえと……」

「大丈夫かよ本当に。俺も行って説明しようか?」

「バカヤロ! 親父の仕事の問題で息子にケツの穴を拭かせられるかってんだ!」

「その姿でケツの穴とか言わんでくれ……」

 

 ゲンナリしながら俺たちはそれぞれ出勤通学の準備をし始めた。

 親父はまたツナギで行くらしい。ツナギの何日洗ってねえんだって臭いが、元の親父の記憶を連想させて悲しくなる。

 俺も学校へ行く。といっても勉強道具は全部学校に置いてるので、薄いカバンを持つだけだ。

 

「おう健二。今週の昼メシ代やってなかっただろ。ほらよ」

 

 親父はそう言って3000円渡してきた。親父が弁当を作るなど不可能なので、購買やコンビニで買うための資金だ。一日約600円。これを如何に節約するかが小遣いを増やす鍵になる。

 一気に一月分渡してくれりゃ楽なんだが、それやってうっかり早々と散財したのが親父にバレて拳骨食らってから一週間ごとになった。

 しかしながら。

 煙草咥えてる見た目女子中学生から3000円渡される俺。

 

「絵面が最悪だ……」

「何がだよ」

 

 まるで女子中学生に貢がせてるヒモ高校生。つらい。

 

「親父、何かあったら電話してくれよ。警察に補導されたとか」

「馬鹿にすんな! んっ! こらっ! 頭下げろ!」

「え?」

「バカヤロ!」

 

 コツンと頭に拳骨が当たり、そのあまり軽きに……俺たちはなんとも言えない顔になった。

 

 

 学校に行き、教師に事情を隠して説明をした。

 

「うちの親父が、原因不明の病気になって……治療もままならないので……」

 

 あまり親父がTS病に罹ったことは広めたくない。やーいあいつのパパがママになったーとかいじめられ……は、しないだろうけどなんか嫌だ。

 授業にも身が入らずぼんやりと一日過ごした。まあ、前から授業に熱心ってわけでもない。親父は大学に進学するようにと俺に口煩く言ってて、俺もまあ適当に入りやすい大学ならどこでもいいかと考えていた。

 特に目標も情熱も無い高校3年生。

 それが俺だ。

 

 昼休みになったら俺は珍しく図書室へと向かった。  

 自宅にも、この学校にも自由にインターネットをできる場所は無い。携帯は安いガラケーしか親父は買ってくれなかった。定額以上使ったら俺の小遣いを減らすとまで言われてるので、携帯でネット検索するのも避けたい。

 仕方がないので図書室の本で、親父の病気に関して少し調べて見ようかと思ったわけだが……

 

「……さっぱりどこにどの本があるのかわからん」

 

 ずらりと本棚に並んだ本は、内容をうかがい知ることの出来ないタイトルばかりでいったい何を選べばいいのやら。 

 大体、病気に関して書いてる本なんて高校の図書室に置かれてるのか? それすらわからない。

 途方に暮れていると、一人で奥の席に座って本を読んでいる生徒が目に入った。

 知っている顔だ。決して進学校ではないうちでは珍しいぐらいに成績が良い生徒らしい。

 そいつが机に置いて頬杖を突きながら読んでいる分厚い辞書みたいなタイトルが『病名・症例辞典』であった。

 

「あった!」

 

 そう言いながら思わず近づくと、相手はこちらに視線をやって平坦な声音で言ってきた。

 

「何か用事かい、山崎くん。僕は今この本を読むのに忙しいのだけれど」

「いや、あの……数馬(かずま)、少しその本を貸してくれないか」

 

 俺はその生徒、数馬にそう頼んでみた。

 すると数馬は薄笑いを浮かべて返事をする。

 

「嫌だね。なぜなら僕が今読んでいるからだ。優先順位が僕にあるのに、何のメリットも無く山崎くんに読ませて僕が損をするばかりじゃないか」

「メリットとか損とか……ちょっとの間だから頼むよ。な!」

「ちなみに昼休みが終わったら僕はこの本を借りていく予定だ」

「ダメだこいつ! 全然貸す気がねえ!」

 

 嫌な奴だな!

 あんまり会話をしたことが無いけど、実際数馬はこんな調子なのでクラスで浮いていて、それで本人はまったく気にしていない。

 成績は限りなく上位なのに友達は殆ど居ないと噂だ。

 

「そうだね……山崎くんが何を調べようとしているか教えて、僕もその情報について共有させてくれるならそのページを開くのもやぶさかではないよ」

「お、お前なあ……こういう病気を調べようとしてるってのは、プライベートなことなのは想像がつくだろ」

「だから山崎くんは僕から本を読む時間を奪う代わりに、プライベートを知られるというデメリットを負うべきじゃないかね。安心してくれ。僕は別段誰に話すこともないよ。友達居ないから」

「うううう」

 

 暖簾に腕押しというか、なんとしても善意で本を俺に貸してくれることはしないんだろうなあという確信がある。

 力づくで取り上げることも可能だとは思うが、学校一の優等生へ乱暴をして本を取り上げた凡人生徒を教師陣はどう思うだろうか。

 それで親父にまで話が行くと拳骨で殴られ……あっ今は子供だからそれも効かないのか……っていうかそうなったら教師一同にバレて結局学校中に広まりそうだな親父が女子中学生状態。

 俺はため息をついて、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている数馬に病名を告げた。

 

「TS病。それについてその辞典で書かれてないか調べようとしたんだ」

 

 言うと、数馬はほんの二度ほどページを開く動作をして……なんとTS病について書かれているページを当てた。

 分厚い辞書で、どこにどの病名があるか大体把握していたんだろうか。気持ち悪。

 

「ふむ。ここに書かれているね。開いているから山崎くんも読んでいいよ」

「サンキュ……ってこっちに向けてくれないか?」

「まずは僕が読んでいるんだから、山崎くんは僕の後ろに回りたまえよ」

 

 そう言われて俺はなんか凄くしんどい思いをしつつ、対面に座っていた席から数馬の背後に回って肩越しに内容を見る。

 

 TS病。突発性性転換症。ある日いきなり体の組成が変わり、少女の姿になる病気。原因は遺伝病の可能性もあるが不明。 

 患者のDNAは発症前とある程度の一致を示すが、どう考えても変身後とその前で遺伝的特徴が一致しない場合もある。例では黄色人種の男性が白人の少女になったり、髪の毛の色が変わったりと記録されている。

 [取り替えっこ]とも言われて発症前と発症後では完全に別人なのではないかという扱いもあり、家庭などの人間関係が崩壊したケースもあるようだ。

 未だに研究機関に身を預けて元の姿に戻ろうとしている患者も居るが、まったく成果は出ていない。NPO団体が立ち上げられていて、社会的な迫害などを受けたTS病患者に対する保護救済措置も行われている。

 

 今後治療法が見つかる可能性は低く、病気とはいえむしろ健康体になるので積極的に発病させる研究が進められている。

 

「はあ……」

 

 ダメだ。結局元に戻りそうにないってことだけがわかった。

 

「ふむ……これを調べていたということは、山崎くんの知人……或いは家族が発症したのかい」

「……そうだよ。親父が昨日突然な……」

「それは大変だね。しかし……」

「なんだよ」

「一番大変な思いをしているのはきっとお父さんだろうね。山崎くん。家族だから協力してあげるんだよ」

「ニヤニヤしながら言われてもな……」

 

 俺はがっくりと肩を落として図書室を後にした。そんなこと言われなくてもわかってるんだ。

 

 結局午後からの授業も聞き流してぼんやりと家に帰った。外では雨が降り出していた。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 家に帰ると親父がまたしても半裸でビールを飲んでいた。既にぐでんぐでんだ。

 

「親父。帰ってたのか」

「健二ー? おうよ。雨が午後から降り出したんでー休みになった」

「職場は? 大丈夫だった?」

「当たり前だのクラッカーよう! いやまあ、今まで通りにはいかねえってんでセコカンを任されたんだけどな」

「セコカン?」

「施工管理技士。カントクみたいなもんだ。前に免許取ってたのが有効でな。今までベテランのヤっさんに任せてたもんで、やり方は覚えていかねえといけねえんだけど」

「建設業続けるのか……」

 

 こんな女子中学生みたいなのが監督で建設現場が回るんだろうか。

 俺がそう呆然としていると、無理やり肩を押さえられて腰をかがめさせられ、頭に軽い拳骨を落とされた。

 

「この仕事でメシ食ってんだろうが!! 今更他に仕事ができるか!! 中卒のオレによう!!」

「わかった、わかった! 悪かった。でも無理はするなよ。職場の人からも心配されただろう」

「余計なお世話だ!! 親父の仕事に口出しするな!!」

 

 ダメだ。怒鳴られてるのに迫力が全然無い。

 ひょっとしたら職場の人たちも哀れんでいることだろう。

 

「あとコレ同僚のオヤジ共から貰ったお菓子だ。持って帰ってきたから食っていいぞ」

「完全に子供扱いされてる……」

 

 俺は瞑目して首を振った。

 

 

 俺の家では基本的に晩飯というのは、近所のスーパーで弁当かラーメン屋で済ます。

 何せ親父が料理なんてカレーぐらいしか出来ないし、更に夜は酒とつまみを食うのでメシを作らない。

 なので買ってくることになったんだが、まあ正直俺の古い思い出では、親父が何か料理を作ろうと数回チャレンジしクソまずい物体を作製して俺を泣かせた挙句に、結局スーパーに連れてきて食いたいものを買わせたという経緯があるからそうなったんだろう。

 スーパーでトンカツ弁当と味噌汁と納豆を買って家に戻る。メシを食うのは居間にあるちゃぶ台がルールだ。家族の団欒というか、まあ親父はテレビ見ながら酒のんで笑ってるんだけど。

 

「ただいまーって親父ィイイイイ!!」

「なんだようるせえな」

「なんで裸なんだよアホ!」

「風呂上がりだからに決まってるだろ!」

 

 居間でビールをちまちま飲んでた親父(女子中学生)は、トランクス一枚で首にタオルを掛けてる裸姿だった。

 

「服を着ろ!!」

「これまで普通にこの格好だっただろうが!」

「違うわ! これまでは中年男性のだらしない体だったが今は違うわ!」

「パパの体を変な目で見るなよキショイな!?」

「見てねえよ! むしろ居た堪れねえんだよ! 泣くぞ!」

 

 泣けてきた。

 家に帰るとパンツ一枚でビール飲んで煙草スパスパやってる女子中学生が居ます。

 つらい……これで中身が親父じゃなければ……いや親父じゃなくてもだいぶつらいぞこれ……

 親父は拳を握って立ち上がり怒鳴った。

 

「こちとら仕事で疲れてるんだ! 家の中ぐらい自由にさせやがれ!」

「パンツがズレてるんだよ!! そのビール腹でゴム伸び切ったパンツが!」

「……ところで健二。風呂場で見たけどこの体、マン毛が生えてないんだけど正常なのかな……」

「俺が正常かどうか知ってたらおかしいだろ!?」

 

 つらい……とにかくつらい……

 

 基本的に親父と俺の二人暮らしは長かった。小学生の頃から二人で暮らしてる。

 親父は親戚付き合いもあまりしないで、精々親父の方の祖父母が居る田舎に何度か行ったぐらいだった。

 そんなわけで、碌に整理もしてない古い物が押し入れの奥のダンボールに適当に詰め込まれている。

 そこには中学生の頃、俺がトランクスデビューした頃に穿いていた小さいサイズのトランクスがあった。成長期だったから一年ぐらいで着れなくなったトランクス。それを親父にプレゼントした。

 多少細い腰には緩いけどゴムのパワーでどうにかキープ。ついでに出てきた中学の頃の古着を親父に押し付けた。 

 

「はぁー……オレがこんなガキみたいな服着てるの見たら、死んだ節子が笑うぜマジ」

「むしろお袋居てくれって感じだ……」

「……オレをママって呼ぶなよキショイから」

「呼ぶかあああ!」

 

 そんな感じで、俺と少女になった親父の生活は始まった。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 親父というのは元からだらしない男ではあった。

 まず便所で鍵をしない。風呂上がりは裸でうろつく。布団に入らずに酒を抱いて寝る。そこに女体化してからは、おねしょまで加わった。

 親父がおねしょしてるのを見たら凄まじく気まずい気持ちになって、親父も焦りまくって、

 

「自分で掃除するからどっか行ってろ!」

 

 と、俺を追い出すぐらいだ。

 事情を話してる物知り数馬に愚痴混じりに聞いたら、女性というのは竿が無い分尿道が短くて漏れやすいのは仕方がないのだという。

 それをそのまま親父に伝えるとひどく恥ずかしそうに呻いていたので、もう話題に出さないことが親父に対する気遣いだなと思った。

 

 更に補導もされた。ある平日の昼間、仕事が休みな親父が小銭をポケットに入れて酒を買いにでかけ、コンビニ前で煙草を吸っていたら警察に捕まり激しく抵抗。

 家出中の女子中学生か何かだと思われたらしい。俺が電話で呼び出されて、家に寄って証明書を取り警察に説明をした。

 

 親父が週に一回カレーを作る習慣は変わらなかった。

 鍋いっぱいに作ったカレーは、親父が昔から作る味と変わらずに。

 食べていて何故か涙が出た。

 

 ある日。家に帰ると先に帰ってた親父がヘッドホンつけてエロビデオ見ながらオナニーしてた。

 

「オイ親父オイイイイイ!!」

「うわああ五月蝿えな! い、いいだろうがこちとら嫁が死んでからゾクフーにも行かねえで溜まってるんだから! 大体、男の頃だってお前に隠れてセンズリこいてシコってたっつーの!! エロビデオがあるんだからわかるだろそれぐらい!」

「うわあああああ聞きたくねえええええ!!」

 

 僕が生まれて初めて見た女の子の痴態は、実の父親が女体化してセルフバーニングしてるところでした。

 最悪のトラウマが刻まれそうになった。つらい。

 

 また、偶然親父が仕事している現場を見たことがあった。

 ヘルメットをつけて作業着で、あちこち走り回って大声で指示を出している。顔も作業着も土まみれの汗まみれで、余裕の仕事ぶりとは行かずに右往左往必死に働いていた。

 他の作業をしている人らも、子供が監督の立場に居るようでどこかやりにくそうにしている。親父は滞っている箇所で作業を手伝い、休む間も無く息を切らして仕事をしていた。

 俺はその日から、帰ってきた親父の作業着なんかを洗濯した。今までは親父が自分でやっていたことだ。

 

 

 

 *******

 

 

 

「あのさ、親父。俺、高校を卒業したら働こうと思うんだ」

 

 殴られた。痛くなかった。

 

「バカヤロ!! あれほど大学出ろっていっただろうが! このトンチキ!」

「別にいいだろ! 大学で何をしたいってわけでも無いんだから! それに俺がすぐに働けば、親父だってもうちょっと楽な仕事につけたりするだろ!」

 

 親父は俺と自分の生活費を稼いでいる。学費も。小遣いも。 

 これまで俺は親父に例えばバイトして生活費を入れたりとか、小遣いを使って家のトイレットペーパーを買ったりとか一切したことは無かった。

 親父が何も言わずに、全部稼いで用意してくれたものを消費してきただけだった。

 クタクタになって帰ってくる少女姿の親父を見てそれに気づいた。いや、こんな姿じゃなくても、ずっと当然のように大変な思いをして、仕事で泥にまみれながら一日中働き続け、俺を養ってくれていたんだ。 

 それでこれから大学なんて出るにはもっともっと金が掛かるだろう。

 

「もう十分だ! 親父に無理はさせられない!」

「無理?」

 

 親父が少女の顔でわなわなと震えながら、感情が高ぶって涙をこぼした。子供の姿になって親父は涙もろくなった。

 

「オレが!! お前の親父が! お前一人大学に出せねえ程度のチンケな親だと思ってるのか!! 中卒のドカタだと思って馬鹿にしてるのか!! 病気ぐらいで弱音を吐くとでも思ってるのか!! ふざけんなバカ息子!! 子供が金勘定で心配してるんじゃねえ!!」

「お、親父……」

「次にそんな馬鹿なこと言ってみろ!! ぶっ倒すぞ!!」

 

 襟首を掴まれてそう怒鳴られたら、俺はもう何も言えなかった。

 

 その後二人で座り込んで、ぽつぽつと親父は話を始めた。

 俺のお袋というのは、どこか良いところのお嬢さんだったらしい。名家というのか。そんな彼女は、たまたま施工で屋敷に入った親父にまだ女子高生だった頃に一目惚れして、色々反対された挙句に駆け落ちしたそうだ。

 裕福なお嬢さんから安アパートの暮らしへ。それでも不満は言わなかったし、贅沢は出来ないけど不足はしないように暮らしていた。

 そんな中でお袋が願ったのが、子供には大学ぐらい行かせたいということだ。どうやら、お袋こそ高校を出たら大学に行こうと思っていたのだけど、それを諦めて親父の嫁になることを選んだ。

 親父はお袋の願いを約束して──だから今も守っている。

 

「……勉強してくる」

「……おう。学生は勉強しろ」

 

 俺はそれを聞いて、部屋に戻って暫く泣いた。

 親父から軽くてひ弱な拳骨を食らった頭がガンガンと痛くなって抱え込んでしまった。

 そして親父の為にも、大学へ行こうと决めた。

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 翌日、学校で早速大学の情報を調べることにした。図書室の進学情報コーナーに様々な大学が並んでいるが、今まで真剣に考えてこなかったものでやたら目が滑る。

 とりあえず進学とは学校に伝えていたのに、三年生が始まった今までどこの大学とも决めていなかったのだ。

 図書室にふと数馬の姿が見えた。聞いた話では数馬は模擬試験の結果でだいたいどこの有名大学もA判定を取るという、本校始まって以来の秀才らしい。だが本人は進学せず、卒業後には実家の八百屋を継ぐ予定だという。

 俺は大学一覧の載った本を持っていって、数馬に頭を下げて頼んだ。

 

「すまん、数馬……! 学費の安い大学って何処か教えてくれ……!」

 

 少しでも親父の負担が少なくなるように。難しい場所でも、俺は努力する。

 

「それだけかい?」

「あと、勉強も教えてくれ……! 頼む……!」

 

 厚かましい願いだけど、学校で一番頭の良いこいつに勉強を頼むのが一番の上達に思えた。

 数馬はニヤーっと笑ってこう応えた。

 

「なら対価が必要だね」

「何をすればいい」

「長い仕事になるからね。まずは僕が疲れたらいつでも肩を揉んでもらおうか」

「任せろ」

「山崎くんの家では時々カレーを作るよね?」

「なんで知ってるんだ?」

「スーパーの袋に使う野菜を入れて帰ってる姿を見かけるからさ。で、次からは使う野菜を僕の実家の八百屋から仕入れて貰おうか」

「わかった。親父にも言っておく」

「そうだね……最後は……さしずめ」

 

 言いにくそうに、数馬は手を差し伸べて苦笑いで言ってきた。

 

「友達になろう。僕は友達が居なくてね」

「……あはは」

「なんだよ、山崎くん。僕はわざわざ時間を取るんだ。友達相手じゃなけりゃあ、やってやるもんか」

「ありがとうな、数馬。お前、思ったより良い奴だな」

 

 そうして、俺はとある学費の安い国立大学を目指す為に、数馬から勉強を指導されることになった。

 

 

 

 ***** 

 

 

 

 数馬の指導は懇切丁寧で、わからないところをイチからわかるように説明してくれてとても役立った。

 時には家にまで来てくれて勉強を見てくれて、俺のレベルにあった問題集をわざわざ作ってくれた。

 暗記科目ばかりはさすがに苦戦したが、数馬が何か俺が興味を持ちそうな例え話を交えて覚えさせた。

 俺は寝る間も惜しんで安アパートの奥にある部屋で、毎晩夜中まで必死に勉強をしていた。

 受験まで時間が無い。それに数馬の指導でみるみる学校の成績が上がっていくのが、自分の勉強が実っていく実感が──

 俺は鉛筆を置いて居間との仕切りのドアを開いた。

 

「親父イイイイ! 音漏れてるんだよ!! 夜中までオナニーするなよ俺起きてるのに!! 集中できねえだろ!」

「うおおおお!? 馬鹿見るなよ健二いいいい!!」

 

 とりあえず集中を乱す存在も居たけど、俺はかなり頑張った。

 今まで、親父が稼いだ金で通わせてくれた高校の授業を真面目に聞かず、親父が俺に掛けてくれた金と信頼をドブに捨てていたような日々を後悔して。

 取り戻し、先に進もうと必死だった。

 

 

 そして、数馬の協力もあって目的の大学に受かった事を親父に報告すると、親父が珍しく──本当に珍しく。

 嬉しくて泣きながら笑っていた。

 これまで感情が高ぶって泣いている姿は見たけど、そんな表情は初めてで、俺は良かったと心からそう思った。

 親父が流してくれてた汗や涙や、買ってくれたトイレットペーパーや作ってくれたカレーは決してムダなんかじゃなかったんだ。

 

「よくやったなあ健二。国立だぞ! いい大学を出て、いいところに就職しろ。いい人と結婚して、子供を作れ。それがオレの望みだ」

「なんだよ、これまでは大学にいけってだけが望みだったのにかなり増えてるじゃないか」

「そっちは母さんの望みで、それからはオレの望みだ! よくやったなあ……」

 

 ボロボロ泣く親父とちゃぶ台を囲んで、俺はきっとその望みも叶えてやりたいとそう思った。

 

 大学は離れた場所にあるので、地元を離れていく。

 地元に残る親父や、数馬とも暫くお別れだった。

 

「入学おめでとう山崎くん」

 

 すっかり卒業式前の春休みから、実家の八百屋でエプロンをつけて仕事をしている数馬はいつもどおりの口調でそう言った。

 

「ありがとうな、数馬。お前のおかげだ」

「一つ言っておくけれど、目的を達成しても契約は切れたりしないよ」

「うん?」

「友達」

「わかってるよ。いや、契約なんかじゃなくて……ずっと友達だろ」

「ふん。大学で友達が出来たとしても、僕を忘れないように。それと僕の肩が凝ったら揉みにきたまえ」

「そうさせて貰う」

 

 俺にとっては大恩人だ。電車で乗り継ぎ肩を揉みにやってこようと思う。

 どこか数馬は躊躇するように、視線をあちこちに動かしてから顔を逸らして告げた。

 

「……山崎くん。確かに僕らは友達だが、いささか心の距離があるのではないだろうか」

「そうか?」

「名前」

「うん?」

「これから名前で呼んでもいいかい……その、健二くん」

「そうだった。なんか苗字が呼びやすくてなあ。桜子、これからも宜しくな」

 

 俺が改めて数馬桜子(かずまさくらこ)の名を呼ぶと、彼女は照れたように笑った。

 今まで勉強に必死だったのであまり気にしてなかったけど、そんな表情の桜子は割と可愛かった。

 

「……そういえば桜子。どうしてお前は大学とか行かなかったんだ? 頭いいのに」

「前までの君と同じさ。別に大学に行って何かしたい目標があるわけでもなし、学びたければ今時は家に居ても学べるよ。高校だって、親が出ておけっていうから卒業したまでだ」

「なるほど」

「女子が大卒の学歴を得ても、お嫁さんにでもなってしまえば殆ど意味は無くなるしね。非効率的だ」

「ふーん」

「……お嫁さんにでもなってしまえば殆ど意味は無くなるしね」

「なんで二回言ったんだ?」

 

 そんなこんなで、地元に残る桜子とも別れて、俺は大学へと行くことになった。

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 大学ではまあ真面目な方だったと思う。

 単位は必要以上に取って資格も幾つか取った。それだけじゃなくて、サークルで遊んでバイトもして、まあ充実した大学生活だった。

 その中で教職課程で教員免許を取って俺は卒業後に高校教師になることになった。

 桜子から勉強を教えてもらった経験から、俺も何か教える役目になれるんじゃないかって思ったんだ。

 倍率は高かったけどなんと母校に就職が出来て、地元に戻ってきた。

 愛すべき我が家、安アパートに行くとこの四年でそこそこ成長した親父が出迎えてくれた。

 

「そうかそうか! オレの息子がセンセイとはな! いやーよかったよかった!」

「頑張るよ。ええと、地元の高校だけどどこか通勤しやすいアパート探すかな……」

「何を水くせえこと言ってんだ。この家から通えこの家から。家賃の無駄だ」

「ははは……」

「それより健二、桜子ちゃんには会いに行ったのか? 勉強教えてくれた恩人だろ」

「連絡はしてるからこれから行くよ」

「あれから延々野菜買ってるからなあの店で。カレーも一人だと作りすぎちまうんだが、桜子ちゃんに相談したら小分けにして冷凍しとけばいいってんで今ではそうしてるぞ」

「そうなのか……なんか嫌だな。親父が同級生と仲良くしてると」

 

 そうして親父とビールを飲み合う。俺も飲めるようになり、親父も体の成長に合わせて多少は強くなってる。

 

「ところで健二。オレも実は教えなきゃならねえことがあるんだ」

「うん?」

「実はな、お前も就職して手が掛からなくなり、オレも五十路で人生折り返し地点だろ?」

「い、いやどうかなあ……」

 

 肉体年齢は確実に若返っているので、あと七十年は生きそうだった。

 

「そこでだ、オレも心残りがあったことをやろうかと会社の連中に冗談交じりで言ったら、あいつら是非にそうしろ、休んでいる間は休職扱いでいつでも帰ってきていいからなーんて皆して言ってくるわけだ。だからオレもそうしようかなーってな」

「休む? 旅行にでも行くの?」

 

 俺がそう聞くと、親父は立ち上がって押し入れの方へ向かい、何やら衣服を取り出した。

 目の前で広げる。それは……

 

「俺の学校の制服……女子の!?」

「じゃーん」

「親父! 犯罪か!」

「ちげえよ! この春からオレは高校生になるんだ!」

「ええええええ!?」

「中卒で働き出したことが少しは気になっててな。せっかく若返ったんだから高校ぐれえ出とこうかと! お前も同じ高校に就職か! がははよろしく頼むよセンセ!!」

「うわあああ……」

 

 ウインクをしてくる親父に、俺は膝から崩れ落ちた。

 きつい……つらい。

 久しく感じていなかった、親父が少女になっているという精神的なしんどさが襲ってくる。

 

 相変わらず親父は女子高生ぐらいの姿になっても風呂上がりは裸でうろついて。

 

 テレビの前にあるエロビデオと無造作に積み上げられたエロ本は明らかに俺が大学に行く前より増えてる。

 

 そんなのと共同生活を送りながら。

 

 念願の教師になれたと思ったら、親父がTSして女子高生になった件について。

 

 俺はいったいどうすればいいんだろうか……

 

 




TS親父のイメージ図(3D)

【挿絵表示】


TS関係ないけど連載中のアルト・ザ・ダイバーもよろしくです
https://syosetu.org/novel/377336/

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