天賦の才を有する魔術師が闇堕ちして魔王になるのを防ぎたいだけの人生だった   作:門崎タッタ

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第5話

 

 ルシルと友人になってから数日が経過し、俺の生活は著しく変化した。

 ルシルと過ごす日常も学院での生活も。

 その中で、最たる変化と呼べるのは……。

 

「エドヴィンさん、今日の朝ごはんは何ですか?」

 

「根菜とベーコンのソテーと、目玉焼きのトーストだ」

 

「……野菜を入れたら、絶交するという契約を忘れてしまったのですか?」

 

「無論、覚えているぞ。『次に』料理を振る舞う時、野菜を入れたら絶交って契約だったよな」

 

「ふふふ、一本取られてしまいましたね。流石はエドヴィンさん。ご褒美として、私の分の野菜を差し上げましょう」

 

「本当に野菜嫌いなんだな、お前……」

 

 こちらの皿に根菜を移すルシルと、作った料理をテーブルに並べていく俺。

 それぞれの用意が終わった俺達は向かい合う形で席に座って、朝食を食べ始めた。

 丁寧な所作で食事を食べるルシルの姿を見ながら、俺もトーストを頬張る。

 

 友達になったあの日から、俺達は一緒に食事を取るようになった。

 朝、昼、晩。

 1日たりとも欠かす事なく、俺の作った料理を二人揃って食べているのだ。

 朝と夜は、俺の自室で食べて、昼は学院の食堂にお弁当を持ち込んで食べる。

 もちろん、初めこそ緊張したものの、今となっては慣れてしまった。

 今となっては、二人きりでご飯を食べるのが、日常の一部と化している。

 

「ご馳走様でした。本日の朝食も、とても美味しかったです」

 

「お粗末様でした。残す事なく綺麗に食べてくれて嬉しいよ。……野菜も食ってくれれば、もっと嬉しいけどな」

 

「…………善処します」

 

 食うつもりないな、こいつ。

 なんてことを思いながら、皿洗いを始める。

 今の距離感は、近すぎると思わなくもない。

 きっと、ごく普通の友達は、毎日のように手料理を振る舞ったりしないのだろう。

 だがしかし、やめるつもりはない。

  

「……エドヴィンさん。次は、ハンバーグなるものが食べたいです。例の如く、材料費は出しますので、ご一考のほどよろしくお願いします」

 

 何故なら、俺の作る料理を待ち望んでくれるルシルは……とても可愛らしかったから。

 肉料理や魚料理を目の前に出すと、子供のように目を輝かせてくれるから。

 もうやめようだなんて、絶対に言い出せない。

 それに、俺自身も。

 ルシルが喜ぶ姿を、見ていたかった。

 ……あと、少し下世話な話をすると。

 俺が料理を作ると、ルシルが材料費を出してくれるため、それがシンプルに有難かったのだ。

 

 

 

 

 

「エドヴィンくん。先日の魔術術式改良の発表、本当に素晴らしかったよ。是非、話を聞かせてもらえないかな?」

 

「……ええ、構いませんよ」

 

 講義終了後、見知らぬ学徒に話しかけられる。

 俺より二つ上の三回生らしき彼の表情には、平民を差別するような害意が微塵も無い。

 寧ろ、一種の敬意すら感じ取れた。

 

 これもまた、先述した変化の一つ。

 かつて、遠巻きにされていた俺に対して、声をかけてくれる学徒が現れたのだ。

 この変化の切っ掛けとなったのは、身体強化魔術を自分なりに改良した成果を、魔術術式改良の講義の一環で発表したことだった。

 

 通常の身体強化魔術は、対象の身体能力を満遍なく強化するもの。

 しかし、俺が改良した身体強化魔術は、術者が指定した能力のみを強化できる。

 力を指定すれば力のみ強化し、速度を指定すれば速度のみ強化する。

 代わりに、他の能力は強化できないものの、満遍なく強化しない分の魔力を指定した能力に注ぎ込めるため、凄まじく強化される利点があるのだ。

 上記の改良には手間がかかったものの、衆目に晒しても恥じない自信作に仕上がり。

 発表を終えた後、先生のみならず、ルシルにも称賛の言葉を貰えたくらいだった。

 

「……とても、有意義な時間だったよ。長話につき合わせて、すまなかったね」

 

「いえ。私の方こそ、先輩とお話できてよかったです。貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございました」

 

 そして、前述した発表が学院内でそこそこ噂になっているようで、俺に興味を持った学徒の方々に話しかけられるようになったという訳だ。

 声をかけてくださる方々は、平民に対しても偏見の目を向けない人ばかり。

 遠巻きにされず、差別もされず。

 心置きなく魔術の話が出来るので、話しかけてもらえることが純粋に嬉しかった。

 

「そうだ。エドヴィンくんさえ良ければ、なんだけど。今度、うちのゼミの見学に来ないかい?」

 

「ゼミ、ですか?」

 

「ああ。基本的には3.4回生が参加するものなんだが、君の素質は放置するには惜しい。もちろん、無理にとは言わない。興味があれば、いつでも僕に声をかけてくれ」

 

 それじゃ、と笑顔のまま手を振った先輩は、何処か楽しげに去っていく。

 それも、リズム良くスキップしながら。

 話をしている時から薄々感じていたが、彼は裏表のなさそうな良い人である。

 ゼミ、ゼミナールか。

 少人数の学徒が集まって、特定の魔術について研究したり議論したりする場所。

 どのゼミもスカウト制であり、極めて優秀な学徒……それこそ、ルシルのような存在でないと、望んだゼミには入れないらしい。

 

「ゼミ、入るのですか?」

 

 不意に背後から声をかけられた。

 声の主は言わずもがな、ルシルである。

 別の講義を受けていた筈なのに、いつから話を聞いていたのだろうか。

 

「見学してから決めるが、得られるものがありそうなら入るつもりだ。平民の俺を誘ってくれるゼミが、どれだけあるか分からない以上、貴重な機会を逃したくないからな」

 

「そうですか」

 

 振り向いて、ルシルの顔を見る。

 彼女は、普段と何ら変わらない表情。

 貼り付けたような微笑を湛えていた。

 その笑みの裏に何を考えているのか、相変わらずまったく読めない。

 だが、俺がゼミに入る事に対して、好意的な感情を持っていなさそうだと思った。

 これといった理由も根拠もなく、本当に何となくではあるけれど。

 

「……いいと思いますよ。私も賛成です。寧ろ、私もゼミに入る事を検討しているくらいです」

 

 ルシルは、淡々とそう告げる。

 正直、意外だった。

 周囲の人間を内心見下している彼女は、ゼミのような場所に価値を感じていないと思っていたから。

 

「ゼミは特定の魔術の専門的な知識が得られる貴重な場所。私が身体強化魔術の知識量で貴方に及ばないように。未知の分野に触れる時に書籍や論文を読むように。専門性を持つ他者との交流は、魔術を学ぶ上で必要不可欠ですから」

 

 まるで、俺が心の中で抱いた疑問に答えているようだった。

 いや、きっと俺の考えを見透かした上で、ルシルは発言したのだろう。

 自分で言うのも何だが、俺は思考が顔に出やすいタイプだからな。

 

「話を続ける前に、場所を変えましょうか」

 

「……了解した」

 

 何故、とは聞かなかった。

 移動する理由は明白。

 人には聞かせられない話をするためである。

 

「エドヴィンさんの部屋は、いつ何時も綺麗に整理整頓されていますね」

 

「頻繁に訪れる客人がいるからな」

 

 キョロキョロと部屋を見渡した後、ルシルは椅子に腰掛ける。

 どこか満足げな笑みを浮かべながら。

 

「ゼミの話、なのですが。折角なので、別々のゼミに入りましょう」

 

「効率よく、情報を集めるため……か」

 

「ご名答です。あまり褒められた行為ではありませんが、ゼミで得た知識を共有してしまえば、二つのゼミの情報が手に入ります。二人とも、同じゼミに入るより、有意義に時間が使えますから」

 

 異論はなかった。

 道義的な面で問題がある行為なのは確かだが、魔術の禁忌を破ろうとしている俺達が、その辺を考慮する意味がない。

 何より、情報を共有した事実がバレなければ、咎められる事もない。

 俺も、ルシルも。

 互いを裏切る行為にメリットがない以上、露呈する事はないと考えていいだろう。

 

「入るゼミは、エドヴィンさんの判断で決めて下さい。因みに、私は純血派のゼミに入るつもりです」

 

 純血派。

 魔術師の血を引かない平民をとことん見下し、自らの血統を重んじる魔術師達の集まり。

 同じ魔術師であっても、平民の血を引く人間を混血と呼んで貶す連中だ。

 はっきり言って、俺は大嫌いである。

 恐らく、ルシルも嫌っているだろう。

 ……しかし。

 

「奴らは魔術師の悪い側面が結集した存在ではありますが、歴史が長い派閥である以上、所有している魔術知識の価値が高いのも事実。御三家の立場を生かし、隠匿してる情報を根こそぎ頂いていく心算です。……異論は、ありますか?」

 

「ないよ。全面的に賛成だ。どう足掻いても、俺では純血派のゼミには入れないからな」

 

「……入らない方がいいですよ。純血派の連中に深入りしても、良い事なんて何一つないですから」

 

 言い過ぎじゃないか。

 そう告げようとして、やめた。

 ルシルの表情は変わらない。

 けれど、声色には実感が込められているような。

 純血派の魔術師に対する憎しみのような感情が滲み出ていたから。

 

「……私達の目的、覚えていますね?」

 

「無論だ」

 

「ゼミに入っても、他言しないように。また、悟られないよう細心の注意を払ってください」

 

 俺達の目的。

 魔術の真理の到達。

 他者には言えない魔術師の禁忌。

 もしも、露呈したら、俺達は終わりだ。

 どういった罰が下されるか分からないが、碌な目に合わない事は容易に想像できる。

 

「顔、固くなってますよ」

 

「す、すまん……」

 

「だから、籠絡しておきたかったのに。エドヴィンさんの意志が固くて、予定が狂っちゃいました」

 

 ルシルは意地悪な笑みを浮かべる。

 対して、俺は言葉が詰まる。

 なるほどな。

 つい先日、彼女が俺を手に入れようと行動を起こしたのは、このためか。

 身体強化魔術の改良の発表をした俺を、上級生がゼミに誘うのを見越して、手駒にしようとした。

 きっと、そういう事なのだろう。

 前述した通り、二つのゼミが研究している魔術の情報を効率よく収集するために。

 ……ルシルの先読み能力が未来視じみていて、中々に怖いな。

 本当に、彼女と対等な存在になれるのか。

 ちょっと不安になるぐらいだ。

 

「でも、そんな貴方だからこそ……対等な友達になりたいと思えたのは事実です」

 

「……え?」

 

「光栄に思って下さい。それでは、私はこの辺で」

 

 ルシルは立ち上がり、扉へと向かう。

 俺は呆気に取られて、ぼけっとしていた。

 間違いなく、見るに耐えない間抜け面を晒しているに違いない。

 

「最後に一つだけ、言っておきますね」

 

 ルシルは、右手の人差し指を立てて、そっと自分の口に当てる。

 これから言う事は、秘密だと言わんばかりに。

 その仕草は、とても魅惑的で。

 思わず、見惚れてしまった。

 

「私が全てを捧げたいと思うのは、エドヴィンさんだけ。今までも、これからも。他の奴らには指一本触れさせません。……だから、安心して下さいね」

 

 バタンと音を立てて、扉が閉められる。

 そうか……そうだった、のか……。

 

「うおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

 俺は唸る。

 近所の部屋の方々の迷惑にならない程度の声で唸りながら、筋トレを始める。

 全ては、煩悩を消すために。

 部屋で出来る筋トレを手当たり次第に始める。

 とにかく、とにかくっ!

 煩悩を消せ!煩悩を消せ!煩悩を消せ!煩悩を消せ!煩悩を消せ!

 自分にそう言い聞かせながら、己の体をいじめにいじめ抜き、甘ったれた精神を研磨する。

 

 俺は……俺はっ、自分が恥ずかしいっ!!!

 一瞬。

 本当に一瞬ではあるが、ルシルの発言を嬉しいと思ってしまった。

 全てを捧げたいと言ってくれた事が、他の男には指一本触れさせないと言ってくれた事が。

 俺の心の奥底に眠らせていたプリミティブな欲求が発現して、魅力的に感じてしまった。

 もっと言うと、性的な気分になった。

 この際だから馬鹿正直に、包み隠さずに言うと、えっちだと思ってしまったのだっ!!!!!

 

 俺は、自分が情けない。

 一人の人間として、否、一人の男としてっ!

 対等な友人でありたいと思った筈なのに!!

 ルシルの信頼に応えたいと誓った筈なのに!!!

 

「おおおおおおおおおっ!!!!!!!」

 

 激情の赴くままに、部屋を飛び出す。

 向かう先は、滝であった。

 精神を鍛え直すために、これから滝行をする。

 激しい水流で、汚れた精神を清めてもらうのだ。

 何が何でも、俺は絶対に生まれ変わる。

 そう誓いながら、一心不乱に廊下を駆け抜け……たりはせず、唸りながら爆速で早歩きする俺の姿は、端から見ると怪異と相違ない。

 悍ましい唸り声を上げながら、奇妙な動きで廊下を這いずり回る筋肉ダルマ。

 この時の俺の姿を見た学徒達によって、魔術学院に新たな怪談が誕生したそうだ。

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