アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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三話/黒き森のノスフェラトゥ

 

 

 

 アインツベルン城でのイヴェットの宣言後、彼女自身の手によって準備は迅速に進められた。

 

 まず魔術協会への報告。

 アインツベルン当主代行たるフィリアスフィールより、ヘルツ家当主クシロンに対し、アインツベルンの全権を譲渡する旨の言葉があったこと。また、それを受け、レーマン家との共同所有を条件としてクシロンが了承したこと。

 

 次にオークションの宣伝。

 法政科・広報部を通じて、アインツベルンの遺産を競売にかけるオークションの開催を時計塔全体に報じた。のみならず、一部ほかの魔術組織へも伝達した。

 

 わずか十日の出来事。

 イヴェットの手腕は見事だった。

 

 

「というか、いっそ恐ろしくなるな」

 

「ん? なにが?」

 

 

 ふと、俺が洩らした言葉にカノンが反応する。

 

 シュヴァルツバルトの縁、錆びた黄金色の野原の只中にある古い館。即ち、俺の実家。そしてここはその一室だ。とくに名称があるわけではないが応接室のような場所である。

 

 オークションを明日に控え、俺とカノンはその部屋で紅茶を飲みながら当日の動きについて話していた。とはいえ話はほぼ終わっていて、現在は単なるアフタヌーンティータイムとなっているが……。

 

 

「いや、なんでもない」

 

「なんでもないってことはないでしょ。わたしには隠し事しないことにしたんじゃなかったの?」

 

「……イヴェットの行動力が、だ。俺は"暴"担当、彼女は"謀"担当。今回の役割はそう決めた。だとしても、ちょっと大立ち回りが過ぎると思ってな。あいつ法政科まで引っ張ってきやがって……」

 

 

 フットワークが軽すぎる。イヴェットのヤツ、実家にちゃんと話通してるんだろうな……。

 

 こちらは俺が当主だからいいが、彼女はまだレーマン家当主の娘という身分。好き勝手に動いて責任は全部俺に被せて、というのは困る。それに────。

 

 なんて、考えを巡らせていた時。

 

 ガチャリ。

 突然、部屋の扉が開けられた。そして、一人の男が無遠慮に入ってくる。三十代に差し掛かった痩せぎすの男だ。

 

 

「───ノックをしてくださいよ、()()()

 

 

 振り返って、その男に──俺の兄に苦言を呈する。

 

 

「無遠慮にもなるともさ、クシロン。連絡もなく帰ってきたかと思えばアインツベルンのオークションだと……? お前が野心を持つのは結構。だがヘルツ家を巻き込むのはどういう了見だ?」

 

「野心なんてありませんよ。これは成り行き上仕方なくです。それと、この家の当主は俺なんですからね。そこんところ、理解してます?」

 

「…………ふんっ」

 

 

 てんで的外れだ。俺こそがそのヘルツ家の当主なんだから、彼の言い分はすべてが誤っている。当主が自らの家の名のもと行動するのを腹心でもない存在がどうして咎められると思っているのか。

 

 まあ、一応理解はしてるから変に反論してこないんだろうけど。ならもう少し愛想良くできないものかな。せめて表面上はさ。

 

 俺が呆れていると、兄は俺の対面に座る少女に気付いたようだった。

 

 

「……おい、その女はなんだ。お前の妻か?」

 

「そんなわけないでしょ。個体基礎科(ソロネア)の魔術師です。説明が難しいんですが……あー、俺のお目付け役みたいな?」

 

 

 兄はカノンの事情など把握していない。彼女は俺に関係があるだけで、ヘルツ家には関わりのないことだから。わざわざ知らせるようなことはしていない。これからも同様だ。

 

 しかしこの場合はもう少し説明すればよかったかもしれない。

 

 というのも、兄の眉は吊り上がり、その眉間には深いシワが刻まれたからだ。

 

 

「他家の者を入れるなど、何を考えている? しかも目付け役だと? ならばソロネアのスパイではないか」

 

「いや、スパイて」

 

 

 ……まあ、半分はそうか?

 カノンにその自覚はないと思うけど、ロンドンの外での俺の様子をアイテールに報告しているようだったし、確かにスパイと言えなくもないか。

 

 でも俺の情報はロード・ソロネアには結構オープンにしてるし。あと、ちゃんと漏らしたらマズイのは隠してるんだからいいだろ、別に。

 

 あるいは、そのくらいの分別もつかないと思われてる可能性もあるのか。

 

 

「そうカッカしないでくださいよ。家に入られたくらいで漏れる秘密なんて、有って無いようなものでしょ。大丈夫、当家は明日も無事ですよ」

 

「しかし」

 

「心配しなくても、彼女を連れて『地下』に行ったりしませんから」

 

「だから、何故言う? 地下に何かあると今ので知られてしまったことになるぞ」

 

「いや魔術師の家の地下に何もない方が少ないですから。ちょっと神経質すぎませんか? もしかして俺が居ないうちに何か事件とかありました?」

 

「なにを……。お前、私を馬鹿にしているのか?」

 

 

 と、まあ、これ以上揶揄(からか)うのもよそう。カノンの前だ。兄弟喧嘩なんてみっともないもの、他人(ひと)様に見せるものでもない。

 

 半分とはいえ血の繋がったただ一人の兄弟だ。仲良くしなくちゃあ。せめて表面上はさ。

 

 

「ハァ、分かりました。ええ、分かりましたよ。俺たちは離れを使わせてもらいます。それでいいでしょ? それに滞在は今夜まで、明日の早朝には出ていきます。どうですか、兄さん?」

 

「ふん……。まあ、いいだろう」

 

 

 なんでそんな上から目線なんだよ。当主は俺だぞ。

 

 そんなニュアンスの言葉が口から出そうになったが、やめておいた。これ以上言い争うのは本意ではない。それに、もう一つの理由も。

 

 チラリとカノンの様子を伺う。やはりというべきか。すっかり萎縮してしまっている。

 

 ……彼女に申し訳ないから。

 

 

  ◆

 

 

 お兄さまのご丁寧なお見送りを受けながら、カノンを連れて離れまで移動した。

 

 本館を取り囲む林の中にひっそりと佇む離れの館。

 掃除はあまりしていないようで中は少し埃っぽかった。今日だけだし、寝室とリビング、あとキッチンを片付けるだけでいいか。

 

 

「悪いな」

 

 

 共に掃除をしている少女へ謝る。嫌な目に遭わせてしまった。

 

 想定ではもう少し穏やかに……いや、楽観視していたのは否めない。たった数年であの兄がマルくなるわけなかった。

 

 

「えっと。さっきの人、クシロンのお兄さんなの?」

 

「ああ、腹違いのな。兄さんは前妻の子で、俺は後妻の子。で、俺が当主に指名されちまったものだからさ。自分も、自分の母親も、もう父にとってはどうでもいい存在なんだ……そう思ったらしくて。見ての通りの仲だ」

 

 

 正直、可哀想という気持ちが全くないわけではない。憐憫、同情の心はある。

 

 自分という子がいるのに、新たに妻を迎えた父を兄はどう思っていたのだろう。俺が産まれたとき。俺が次期当主に指名されて魔術刻印を受け継いだとき。そして父が死に、俺が正式にアインナッシュの名を戴いたとき───。彼は何を考えていたのだろうか。

 

 少なくとも、何一つとして歓迎していなかったことだけは確かだ。

 

 

「それと、俺より兄さんの方が魔術の才能は上だったのも、火に油を注ぐ結果になった」

 

「え、じゃあなんでクシロンが当主になったの?」

 

 

 カノンは「ホントにエコ贔屓だったの?」とでも言いたげな目でこちらを見てくる。もちろん違う。父は魔術師らしい合理主義者だった。単純に、腑海林(アインナッシュ)を殺せる可能性があったのは俺の方だったというだけのことだ。

 

 兄はここを理解していない。

 

 兄は──バウムは魔術師としてなら大変優れている。魔術回路の質、量は共に一級品。属性も極めて(まれ)な火と水の二重属性。真っ当な魔術師の家系であれば彼の方に家を継がせているのは間違いない。

 

 けれど、ことヘルツ家においては無用な才能だ。

 

 

「……カノン、魔術師は何を目的に魔術を学ぶと思う?」

 

「え? あー、えーっと、根源への到達だったよね、たしか」

 

 

 埃を払う手を止めずに話す。

 カノンの質問には答えず、逆に俺が質問を返したことに面くらったようだったが、ちゃんと正しい答えを出してくれた。基本的な内容とはいえ偉いぞ。

 

 

「そうだ。基本的に魔術師は皆、根源の渦へ辿り着くために魔術を学んでいる。そして、それはとても一代で為せるものではない。だから親から子へ、子からまた更に子へと魔術を引き継がせる。いつか誰かが至ることを信じて」

 

「うん。クシロンもそうなんだよね?」

 

「おう、ソコだよ、ややこしいのは。ヘルツ家(ウチ)はちょっと違くてね。根源への到達は二の次。一番は、腑海林(アインナッシュ)を討ち滅ぼすことなんだ」

 

「あれ? アインナッシュ……ってクシロンのことじゃないの?」

 

 

 ああ、そういえばそこからか。

 確かにカノンには今まで俺の目的(オーダー)について話したことはなかった。冬木で話す機会はあったが、それよりも重要な事態があったからな。

 

 

「いい機会だ。少し説明していこう」

 

 

 そう断って、俺はカノンに対して我が家の歴史を(ひもと)いていく。大した積み重ねがあったわけじゃあない。掃除の合間に話すので十分だ。

 

 あくまで手を止めず、カビっぽい古いシーツを剥ぎ取りながら会話を続ける。

 

 

「約八百年前、アインナッシュという名の魔術師がいた。彼は優れた魔術師だったが、同時に人理に仇なす吸血鬼でもあった」

 

「吸血鬼……! そんなのもいるんだぁ」

 

「この吸血鬼を魔術世界では『死徒(しと)』と呼ぶ。人の血を吸う怪物なんてものが許容されるわけもなく、彼は討伐されたわけだが……そこで厄介なことが起きた」

 

「厄介なこと?」

 

「カノン、吸血鬼といえばコレって特徴、いくつか挙げられるか?」

 

「うーん、"日光に弱い"。"十字架に弱い"。"にんにくが苦手"。"流水が渡れない"。"鏡に映らない"。えー、"コウモリとか狼に化ける"。あとはー……」

 

「まあ、たくさんあるよな。でもこの話で一番大事になるのがまだ出てきてない」

 

「え、なんだろう……。"見た人を金縛りにする"?」

 

「"血を吸われたヤツも吸血鬼になる"、だよ」

 

 

 あ、とカノンが声をあげた。

 

 そう。ブラム・ストーカーの有名な小説『ドラキュラ』でも描かれるように、吸血鬼は血を吸った相手を吸血鬼へと変貌させる。

 

 まあ、もっとも、魔術世界における死徒と、件のドラキュラはまったくの別物だけれど。しかし不思議なことに特徴が符合するのだ。死徒の誕生──死んでいるのに誕生とはおかしな話だが──は紀元前に遡る。おそらく、一部の稀有な目撃者から話が広まっていったのだろう。

 

 更に云えば、血を吸った相手を吸血鬼にする、というのも誤謬(ごびゅう)である。……吸血鬼という大きなカテゴリに当て嵌めるのならその限りでもないが、今回は真祖ではなく死徒の話なのでそういうことにしておく。

 

 

「死徒は吸血の際、逆に自身の血を送り込むことがある。その血の持つ呪詛に打ち勝つことができた者が、新たな死徒として新生するんだ」

 

「打ち勝つことができた者が、って……じゃあ、できなかった人は?」

 

「そりゃあ死ぬよ。呪いに負けてね。吸血鬼はよくネズミ講だなんて言われるけど、とんでもない。その数は常に右肩下がりなのが実状だ」

 

 

 だいたい、増え続けたら吸血鬼本人たちが困る。彼らの生存にはヒトの血が必要だ。それも大量に。世間一般で思い抱かれるような生態であれば人間も吸血鬼も仲良く共倒れだ。

 

 

「話を戻そうか。死徒の血を摂取することで死徒となる。この性質によってある悲劇が起きたのさ。いや、見方を変えれば───あれは喜劇か?」

 

 

 そう、あまりにもバカバカしい三流の喜劇だ。

 スプラッター映画の制作しかしてこなかった弊害だろう。姫君の新たなる試みは盛大に失敗したのだ。しかし本人は失敗だと思っていないから尚タチが悪い。

 

 

「アインナッシュという魔術師にして死徒だった者が討伐された話はしたな? その時、彼の亡骸から滴る血液を、ある植物が摂取してしまったんだ」

 

「ん? あれ、ちょっと待って? え、腑海"林"ってそういうことなの!?」

 

 

 ついに察したようで、カノンは掃除の手も止めてこちらへ向き直った。

 

 その顔に笑みはない。驚きと、呆れと、あとは少しの怯え。彼女の表情はとてもわかりやすかった。やっぱり喜劇としても落第だったみたい。

 

 

「元は食虫植物とか、ガジュマルやジュボッコなんかの"人の血を吸う"なんて言われていた一本の木だったんだ、きっと。ソレが死徒アインナッシュの血を吸って成長してしまった。そういう吸血木(きゅうけつき)なんだよ」

 

「……うっかりミスがそんなコトになるなんてね」

 

 

 腑海林(アインナッシュ)は五十年に一度ほどの周期で活動する巨大な森そのものだ。その蹂躙の痕には草の一本、虫の一匹すら残らない。土壌の栄養素すらも吸い取られ、土砂漠のごとき死の土地と化す。

 

 まさに災害。

 

 吸血行動が確認されたこと。その体内に人を含む雑多な生物の血液が循環していること。特殊なレンズによって魂の汚染が確認できたこと。それらによってかろうじて死徒と区分されているに過ぎない。

 

 一般的な死徒──"人"の吸血鬼とは一線を画す。

 

 

「それで? そのバケモノと、クシロンのお家との間にどんな関係があるっての?」

 

「アインナッシュは魔術師だ。なら後継者はいるものだろ。ヘルツ家の初代───レーレ・ヘルツ。彼女が、アインナッシュの魔術刻印を受け継いだんだ」

 

 

 あの腑海林(アインナッシュ)ではなく、彼女こそが正当な後継者。アインナッシュの()()()だ。

 

 かくして、我々のオーダーは決定された。

 

 あの『森』を討つことで初代の被っている冤罪を晴らし、汚名を雪ぐ。それこそが彼女の……俺たちヘルツ家の生きる意味である。求めているのはただひとつ。───"真実"だ。

 

 あの森はアインナッシュの固有結界などではない。

 

 あの森はアインナッシュにより意図して生み出された災害ではない。

 

 あの森はアインナッシュではなく、我々こそが本物のアインナッシュである。

 

 

「───遅くなったが、一番初めの問いに今答えよう。俺が当主になったのは、兄よりも俺の方が腑海林(アインナッシュ)を殺す"兵器"として優れていたから」

 

「…………」

 

「どうも、祖たるレーレは魔術師らしくない魔術師だったらしい」

 

 

 根源への到達より、己の名誉に……いや、()()()()()()()()()に、その人生を費やした。そして、そんな自殺行為を子孫にまで強要してくる。

 

 傲慢とは、まさに彼女のことだ。

 

 歴代の当主で長生きした者はいない。大抵、子が第二次性徴を迎えるくらいの歳で亡くなっている。死因は……まあ、ある意味では自殺かな。

 

 成人し、子をなし、刻印を継承する。そうしたら、最期の試みとして『森』に挑んで死ぬ。父も、祖父も、そのまた先祖も。全員『森』に呑まれて消えていった。俺がこのまま成長して全盛を迎えたとして、その時点で倒せないと判れば、俺も彼らと同じような末路を辿ることだろう。

 

 

「わたしは腑海林のこと、全然知らないけどさ。話を聞いてると、その……勝てるとは思えないんだけど」

 

 

 俺の答えを聞いてカノンはしばらく考えていたようだったが、ついに意を決したように/けれど遠慮がちに、そう言った。

 

 カノンは実に聡明だ。

 俺は腑海林(アインナッシュ)の仔を見てやっと理解した。けれど彼女は俺の話だけでその結論を導き出した。

 

 

「そうかもな」

 

 

 勝てるわけがない? 全くもってその通り。

 だから俺も変に否定せず、たった一言、ありのままの気持ちを答えた。

 

 

「でも、やめないんだ?」

 

「───どんなに手を伸ばしたって星に手は届かない。けど、魔術師はみんな手を伸ばしているんだよ」

 

 

 ウチはちょっと違う、とは言ったけれど───。

 我々と、根源へ至るために代を重ねる一般的な魔術師との違いはちょっとではない。言い換えよう。()()()()()だ。ほぼ無い、でもいい。

 

 カノン。君が魔術師であろうとするならば、君もいずれ届かぬ星に挑まねばならない時が来る。

 

 だから今のうちから、少しでいいから、その時のことを考えていてほしい。

 

 

「……さて、掃除もこのくらいでいいだろう。そろそろ夕食の準備に取り掛かる時間だ」

 

「うん……。うん、そうだね!」

 

 

 とりあえず一日過ごす分には十分なほど綺麗に片付いた。さっきまでの話はもう終わりだと告げるように話を変えれば、切り替えるように声を明るくしてカノンは返答した。

 

 材料もロクにないので大したものは作れないが、彼女からリクエストを受けたりしながら二人でキッチンへ向かう。

 

 明日はいよいよオークション。

 大舞台に備えて、しっかり栄養をとらなくちゃな。

 

 

 

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