朝霧がまだ残る庭園を抜け、ル・マルスは指揮官棟の階段を上っていた。陽光が徐々に窓辺を明るく照らし始めるが、彼女の足音だけが響く静寂の中ではまだ世界が眠っているようだ。
指揮官である彼の私室は三階の東側角部屋、執務室のすぐ近くという好立地は、何かあれば即座に飛び出せるよう配慮されているのが明白であるのだが、その事に彼女は気づくはずもない。
「……よし!」
少しだけ不安を感じつつもマルスはパンと手をたたき気合を入れてみせる。彼女が今日指揮官の元に訪れた理由は、彼との交友を深める為だ。
メルセルケビールへのロイヤルの襲撃。それを鉄血・ヴィシア連合軍が阻止する為、現在ヴィシアでは急ピッチで武器弾薬の確保や本土防衛計画の見直しなどが行われている。
今回参加するローンが提供する新たな指揮艇の訓練やローン本人の作戦の参加なども含めマルス自身も多忙な日々を過ごすことになった。
だが、今日はそんな彼女にとっては休息日。そして奇跡的に指揮官も同時に休暇という事が前日に発覚したのだ。
彼が普段どのような生活を送っているのかマルスは知らない。だからこそ少しでも交流を深めるべきだろう。そう考えたマルスは思いきって勇気を出し、訪問するに至ったのだ。
(きっと凄い部屋なんだろうなぁ)
私生活の一切を垣間見る機会が無い以上、指揮官の私室を見たことがないし想像もつかない。それでも将校クラスの個室となればそれなりに広いはずだし調度品も豪華だろう。
本や家具などでいっぱいの書斎みたいな部屋かもしれない。あるいは逆に趣味に満ち溢れた空間なのかもしれない。どちらにせよ初めて見る彼の私生活に対する好奇心が止められない。
(あ、ここだ)
扉の前に到着しコンコンとノックする。一瞬間が空いた後ゆっくりとドアが開かれ、中から軍服姿の指揮官が顔を出す。いつも通り感情を感じさせない表情でじっとこちらを見る指揮官にマルスは慌てて挨拶する。
「えっと、し、指揮官!お休みのところすいません!」
「……何かあったのか?」
簡潔な問いかけに一瞬戸惑うも、すぐに用件を伝えようと口を開く。しかし、次の瞬間マルスは言葉を詰まらせてしまう。
彼の後ろから見える光景、薄暗い部屋の中にはベッドと最低限の家具しか置かれておらず生活感がまるで感じられなかったからだ。
なるほど、確かに指揮官専用。それも陣営代表であるジャン・バールの懐刀と言えるだけあってその広さはマルスの私室と比べてもかなりのものだ。
だがそこに置かれている物は極端に少なく。ベッド脇にある小さな机の上には、飲みかけの水差しと数個のエナジーバーの空箱があるのみで、他には何一つ置いていなかった。
「し、指揮官。これは一体……?」
あまりの殺風景さに驚きを隠せずに尋ねると、指揮官は特に表情を変える事無く答える。
「どうしたマルス?要件はなんだ?」
彼は普段通りの冷たい目を向けながら、淡々と問いかけてくる。確かに今は休憩時間かもしれないが非常時だ。万が一の有事の際にすぐ対処できるよう常に緊張状態を保っている彼からすれば私室であろうと気を抜くことは許されないということなのだろうか?
「あ……いや……」
その答えにどう反応していいか分からず戸惑ってしまう。必死になって次の言葉を探すが何も出てこない。すると指揮官はこちらを見ながら静かに口を開く。
「緊急の連絡であれば即座に対応する。そうでないのであれば後にしてくれ」
彼の淡々とした口調を聞くと同時に、胸の奥がキュッと痛くなる感覚に襲われる。なんだこの部屋は?なんだこの空間は。独房であってもここよりは生活感があるだろう。
何故、ここまで徹底して物を排除しているのか分からない。ただ漠然とした恐怖と異物感にマルスは威圧されてしまう。
「え……あの、その……。指揮官と一緒に、走りに行きたいと思ったんですけど……」
前置きもなく。思わず、本音が出てしまった事にハッとして口元を押さえるが既に遅かったようで、驚いたような顔の指揮官を見てさらに羞恥心が募っていく。
「ランニングか」
そう小さく呟いたかと思うと僅かに考える素振りを見せた後、再びマルスに視線を向けてきた。
「必要ない。肉体を鍛える訓練は昨夜全て終わらせた」
「えっ…昨日って夜間訓練でした、よね?いつ頃にそんなの事を…」
「1時間程仮眠をとって深夜2時過ぎから5時前までの間に30km程度走ってきた」
さらりと言われたその言葉に今度こそマルスは絶句してしまう。現在の時刻を時計で確認すれば朝の8時だ、つまりこの男は夜間訓練を終えたと同時にマラソン選手顔負けのランニングを済ませていることになる。マルスなら朝食を食べ終わった後に走ることすら億劫だというのに。
「……はい?」
信じられない気持ちに包まれつつ、マルスはポカンと口を開けたまま固まってしまった。
しかし、落ち込んでいる暇などない。ここで引いたら折角掴んだチャンスを逃してしまうことになると思い慌てて話を続けることにする。
「すいません!えと……あの……指揮官ってどんな趣味とかがあるのかなーって…?」
苦し紛れではあるものの、思い切って聞いてみると彼は少しだけ眉を動かした後、特に動揺することなく答えてくれた。
「趣味なんてない」
予想していた答えだったため、今更驚きもしないがその一言だけで会話が終わってしまいそうで焦ったマルスは急いで次の質問を考えることにした。
「じゃ、じゃあ……指揮官ってジャン・バールさんが認めるくらい優秀だって聞いてますし!勉強なんかはどうしているのかなーって」
「何も。」
「……えっ?」
「何も。既に学べるべき事は全てこの地位に着く前に頭の中に叩き込んだ。それ以上学ぶことはない」
何という事の無い様に答える指揮官に対して、マルスは思わず目を丸くしてしまった。冗談ではなく本当にそう思っているらしい。確かに彼ならば様々な知識を持っているだろうということは容易に想像できた。
だが、それにしても限度というものがあるのではないだろうか。彼は一体どれほどの努力をしてきたのだろうか?
「……指揮官」
「東煌の孫子、鉄血の戦争論、サディアの戦術論……俺の手の届く範囲で学べる事は全て覚えた。ならわざわざ休暇を使って覚えた知識をこれ以上インプットと必要はない。無論他国に新たな軍事関連の書籍が生まれたのであればその限りではないが……」
さらりと言い放つ指揮官の瞳をマルスはじっと覗くが、思わず深い闇を幻視してしまい目を逸らしてしまう。ジャン・バールは彼女に詳しく語らなかったが、彼はセイレーンへの復讐の為に己の人生の全てを費やしてきたのだ。
そして、今まさに彼女の横に立っている青年は人類の敵を滅ぼす為に必要な能力を獲得することだけに特化した存在と成り果てたと言ってもいいのかもしれない。
だからこそ、余計なものを持ち込まないのだろう。己をただ一つの刃として研ぎ澄まし続け、人としての幸福と情緒を捨て去って得た能力。
(こんな…こんな事って…)
何故、ジャン・バールは彼をこんな状態になるまで放置した?と思わずマルスは愕然とするも、きっと……彼はそれ以外の道を選べなかったのだろうと納得せざる得ない。
全てを失い、生きる意味を奪われ、ただ復讐だけを糧として生きてきたこの青年はそうしなければきっと耐えきれずに壊れていたのだろうと。
「……指揮官にとっての幸せって何ですか」
殺風景な暗い部屋で、軍服姿のまま休暇を終えるのを待つ男に彼女は問いかける。
それはつい零れてしまった疑問だった。だがそれを聞いた瞬間彼の眼が僅かに細くなった気がした。そして暫し沈黙があった後ゆっくりと口を開く。
「奪われたもの。そして、もう奪わせないものだ」
暗く、怨念と憎悪に染まった表情とその声色。思わずマルスは後ずさってしまうほど恐ろしいものであった。
「母も、父も、友人も故郷も…全てを奪われた。奴らは俺からすべてを奪った挙句……俺の大切な者達を踏み躙っていった」
彼の声は低く重く響いているがどこか震えており悲しみと怒りが入り交じった複雑な感情が込められているように聞こえてしまう。
「だから殺す。必ず殺してやる。奴らが与えた苦痛を忘れる事はない。そして……次は俺が奴らを殺す番だ」
吐き捨てる様にそう言った彼の目には狂気とも呼べる激しい憤怒の炎が宿っていた。その様子から察するに今の彼の原動力になっているのは間違いなく復讐心であり他の感情が入る余地は無い。
「そのために俺は此処に居る。それだけだ」
そう言うと指揮官はそれっきり口を閉ざす。これ以上の言葉は不要だと言外に出ていけとばかりにマルスに視線を向けている。
いや、彼はマルスという個人を見てすらいないのだろう。堅牢な心の壁は他者との関わり合いを拒絶している。
だからこそ、今のマルスの胸の内に燃えるものは彼女自身でも理解できないものだったのかもしれない。
「指揮官!」
唐突に大声を上げるマルスに対し指揮官は怪訝そうな顔をしながら首を傾げていた。
「私と一緒に来てください!」
突然の申し出にも関わらず彼は冷静に受け止めているように見える。しかし、マルスの方はと言えば勢い任せに出てしまった台詞に戸惑いながらも必死になって言葉を紡ぐ。
「えっとですね……指揮官はもっと遊んだ方が良いと思います!!」
自信満々に言い切ったマルスだったが内心では焦っていた。勢いとはいえ何故このようなことを言ってしまったのか自分でも理解していないからである。
「遊び?」
一方の指揮官は何のことだと言わんばかりの様子でぽつりと呟いていた。
「そうですよ!!指揮官にだって息抜きをする時間が必要だと思います!!」
「必要性を感じないな」
「あります!!!」
間髪入れずにマルスは言い返す。今ここで引き返してしまえば、今ここで諦めてしまえば。
きっと彼と真っ直ぐ向き合うことは二度とできなくなる。根拠のない確信と共にマルスは叫んでいた。
「少し前に朝からやってるジェラート屋さんを見つけたんですけど、そこがもうほんっっとうに美味しいんです!そこにいきましょう!」
指揮官は黙り込んでいる。そんな彼に向かいマルスはさらに畳み掛ける様にして話し続ける。
「え、えっと!指揮官は3時間も走ってたんですよね?なら糖分で身体を労るのも大事だと思うんですっ。それに町を見渡せば物価だとか市井の動きも分かるかもしれませんし!」
マルスの誘い文句にも指揮官は無反応だった。やはりダメだったかな……そう思った矢先、突如指揮官が口を開いた。
「……市井の動き、か………興味はある」
ジェラートにはカケラも興味はないのだろう。しかし、セイレーンを殺す事に直結する後方、つまり市内の
把握には関心を示している。その事実に若干ショックを受けつつもどうにか指揮官を誘う事に成功したとホッと胸を撫で下ろす。
「分かりました。なら一緒に行きましょう!」
「……だが今は行けないな。調査の準備が必要だ、夕方ならば多少時間が取れるだろう」
「わかりました!ではまた後で来ます!楽しみにしてますね!」
元気よく返事をするとそのまま踵を返し駆け出した。背後からは小さく溜息をつく音が聞こえた気がしたが気にせず走り続ける。
(やった!やりましたよぉ~!)
誰も見ていない場所まで着いた途端、マルスは堪え切れなくなった感情を爆発させて大きくガッツポーズをしてみせる。
小さな一歩なのだろう。きっと彼の性分を変えることは不可能に近い。ただの慰めだと鼻で笑われるかもしれない。だがそれが何だというのか。
例え微力であろうと。少しずつでもと。もっと指揮官と仲良くなりたい。そんな純粋で、真っ直ぐな願望を胸に抱きながら少女は足早で駆け出し、ランニングに励むのであった。
「……凄いな」
ヴィシア聖座の保有する隠しドックにてジャン・バールは素直に賞賛する。彼女の目の前にはローンが航海に使用した鉄血性の次世代型指揮艦が鎮座しており、黒を基調とするその船体は威圧的であるとともに美しささえ兼ね備えていた。
「ふふっ♪そう言ってもらえるとビスマルクさんも喜びます。鉄血の科学力は世界一と私も思ってますから」
隣に佇んでいたローンは自慢げな表情を浮かべながら聞いてくるが正直否定するつもりはない。
現時点において最も革新的な技術を取り込んだこの船は今まで見たことのないレベルの完成度を誇っており乗員の生存率と安全性を高めた上で機動力を確保しつつ火力を向上させるという非常に高い評価を与えられる代物であった。
指揮官の命を守るための全領域シールドは従来型に比べ大幅な改良を加えており全方位からの攻撃を防ぎつつ尚且つエネルギー消費量を抑えられた設計となっている点は特筆すべき点だろう。
当然ながら防御性能に限った話ではなく航続距離も大幅な延伸を可能にしており長期間航行可能なだけの容量を有していた。それに加えてこの船はロイヤルの警戒網をすり抜けてヴィシアまで送り届けられたのだ。
ジャミングかステルス機能か。敵国の領海を航行することの困難さを考えれば相当高度な技術を投入していると考えるのが妥当だろう。
「だが……」
「ピヨ!!」
「ピヨ!ピヨヨヨ!」
「コイツらの見た目はどうにかならないのか?」
やけにデフォルメ化された小型のヒヨコのような存在をじっと見つめながらそう言い放つ。
セイレーンによる技術まで流用する事により鉄血が誇る科学力で作り上げた、高性能ヒヨコ型ロボット『マンジュウ』。
その可愛らしい風貌に似合わず掃除、料理、洗濯といった家事や炊事。更には指揮艦の操舵や通信に至るまで軍事的な行為でさえも軽々とこなす完璧超人……いや超ヒヨコなのだ。
「うーん?可愛らしいと思いますけど…ご不満ですか?」
「いや…援助して貰う手前、こういう事は口にしたくはないが……ビスマルクか?アレのデザインを考えたのは?」
「多分そうだと思いますよー。この子達は将来的に軍需だけではなく、民生としても利用する事を見据えた設計ですから。一般市民が気軽に扱えるようなものをと仰っていましたので」
ニッコリと笑みを浮かべるローンに流石のジャン・バールももはや何も言うまいと口を閉じる。なお前日にマンジュウを一眼見たマルスは「可愛いです!!」と素直に目を輝かせ、指揮官はと言えば「技量は?」「性能は?」「コイツらのデータや資料があれば渡してくれ。防衛戦までに活用する」と見た目には一切触れなかったそうだ。
閑話休題。現在もマンジュウ達はピヨピヨと小さな足を動かしながら艦内の整備や掃除を行っていた。各部署をチェックしたり資材を運搬するなど精力的に働いている光景は一種のカルチャーショックとも言えるだろう。
だが、その光景を知っているのは2人を除けば指揮官、マルス、ラ・ガリソニエールのみ。それ以外のkansenは誰であってもマンジュウや最新鋭の指揮艦を見る事すら許されない。これは鉄血からの要望であり、ジャン・バールも頷かざる得ない理由があり……
「………暗号や通信機器は全てロイヤルに漏れている、か」
「間違いなく。この船をヴィシアに送り届けたのは善意でだけではなく、最早ヴィシアの通信網や防諜は完全に
破綻してる事が裏付けられたと思って頂ければ」
あっさりと口にするローンに舌打ちすら出来ず苦虫を噛み潰した表情を浮かべるしかない。ダンケルク港からの撤退阻止作戦は資金、指揮官達、首脳陣の捕縛に成功したものの。亡命したリシュリュー派による情報漏洩によってヴィシアの防諜網は完全に崩壊した。
全ての暗号、資材集積所、全てのパトロール網、全てのkansenの所属データに至るまでが筒抜けになっていたのだ。
故に現在ジャン・バールはクレマンソーへの報告は勿論。数日後にロイヤルネイビーに襲われかねないダンケルクやストラスブールへの警戒すら行う事は許されない。
とある世界の「枝」で何故ロイヤルネイビーがメルセルケビール海戦にて圧倒的な勝利を収めたのかと言えば、これらの情報流出による混乱やジャミングなどが要因の一つと挙げられる。
故にジャン・バールはただ武器弾薬を詰め込んでケビール港への救援に向かうだけでは済まさらないのだ。鉄血が提供した新型暗号機エニグマを元にした通信・防諜網の新たなる構築やマンジュウが搭載した指揮艦での戦闘訓練や知識の吸収。
何よりも「絶対に信頼できると確信を持てる、自分達が出撃してる最中に背中を預けられる部下の選抜」が何よりも必須であった。
アイリス教国は宗教国家であり、リシュリュー枢機卿の人気は絶大だ。『国家を裏切り信奉者を引き連れて亡命した裏切り者』という絶対的な事実があるにも関わらず、それでもなおリシュリューを信奉する国民だけではなく、kansenの中にもリシュリューの威光は今も消え去ってはいない。
こんなバカな事が許されて良いのだろうか?こんなバカな事があって良いのだろうか?彼女の妹であるジャン・バールは余りにも非現実的な事実に洗脳や催眠魔法か何かを掛けられてるのではないか?と半ば真面目に検討する始末だ。
故に短期間ではあるが本国を一時的に離れる以上、クーデターやサボタージュといった妨害を起こしかねないスパイや裏切り者に背中を預ける事は許されない。そもそも、ダンケルク港での戦いも、ル・テリブルという裏切り者の捕縛により始まったもの。
そのル・テリブルを今まで重用していたジャン・バールは正直な話、最早誰を信じて、誰を信用したら良いのか全く判別がつかないというのが現実だ。
「……お前達、鉄血が羨ましい」
沈黙の後、捻り出す様に零れたのは嫉妬混じりの愚痴を思わず口にしてしまう。抑えきれない、耐えきれない。そうした負の感情が渦巻く心はまるで濁った水のように澱んでいる。
「鉄血の連中のようにセイレーンの力を得ようとしても、結局それも叶わない。エリザベスやビスマルクの様にリーダーとしての素質やカリスマもオレには存在しない」
「国を守ろう決意をしておいて、結局は国が割れる結果にしかならなかった。どれ程足掻いても道理や信念を貫くまでの力を得る事も出来なかった…!」
今まで抑え込んで来たものが堰を切ったように溢れ出てくる。歯を食いしばる彼女の肩は小刻みに震えており拳は強く握り締められている。
「お前たちが羨ましい…!こんなに強い国を持って!こんなに強い大砲や船体が作られて!鉄血やロイヤルの様なに統制が取れた強さがあれば……こんな惨めな思いをすることはなかったんだ……!!」
脳裏に過ぎるのは一人の男との過去の約束。彼はセイレーンに全てを奪われた。しかし、彼には才能があった。彼の才能や力を自分に寄越せ。代わりに復讐するだけの戦場や力を用意するとかつてジャン・バールは男と……自身の右腕である指揮官と誓いあったのだ。
だが蓋を開けてみればどうだ。火砲や船体が用意出来ないどころか後ろから常に味方に裏切られるリスクを抱える始末。鉄血の支援がなければ間違いなくメルセルケビールで起こるであろう惨劇を防ぐことができず、ダンケルク達の命を危険に晒していたと言う事実はかつて無いほどにジャン・バールの自尊心とプライドを傷つけた。
「……羨ましい、ですか」
ローンはポツリと呟く。そして続けてこう言った。
「The grass is always greener on the other side of the fence(塀の向こう側の芝生はいつも青い)。なんて言葉がロイヤルにはあるそうですが、私達鉄血からするとアイリスの方が羨ましくて仕方ありませんよ。異常な程に肥沃な土地、豊富な鉱物資源。植民地、国民一人当たりの平均所得だって鉄血を超えてますし…」
指を折り数える様に口に出しながらも、最後には苦笑いを浮かべる。
「私達も貴方達を羨んでいますよ。お互い様じゃないですか。軍事方面では確かに鉄血のほうが上回っているかもしれません。ですが……逆に言えばそれ以外は何もかも敗北してます」
慰めるような口調ではなく、淡々とした言い方だったが逆にそれが今のジャン・バールにとってはありがたかった。下手な同情よりずっとましだと言えるだろう。
「私はまだ産まれてませんでしたけど3年くらい前は本当に酷かったみたいで……鉄血が凄いというより、ビスマルクさんの功績のお陰なんですよ。たった一人のカリスマ性と才能を併せ持ったkaksenに救われ、熱狂している国。それが鉄血公国の真実なんです」
ローンの立場の都合上。例え肩を並べて戦う予定の協調国だとしても、自国の不都合な現状をここまで口にするのも相当な覚悟が必要だったはずだ。しかし、彼女は迷わなかった。
それはジャン・バールの信頼を勝ち取る為の思惑が働いたのか?はたまた善意によるものなのか、それとも両方かもしれない。だが何にせよその行動は少なくともジャン・バールにとっては有難かった。
「だから、あまり自分を責めないで下さい。今出来る事を精一杯やりましょう。いざという時は私を使い潰しても構いませんから。下手に余計な事は考えず、今は対ロイヤル戦に集中しましょう、ね?」
優しく微笑むローンに対してジャン・バールは複雑な心境で見つめていた。そして再び静寂が訪れる。
「……そうだな」
マンジュウ達のピヨピヨという鳴き声が隠しドックに木霊する中、ようやく彼女は落ち着きを取り戻す。醜態を晒したかの様に、少し気まずい表情で俯きつつも、次の瞬間にはいつもの調子に戻り毅然とした態度を見せる。
「じゃあ、行きますか…♪出来る事、すべき事、やれる事はいくらだってあります。それに……貴女には伝えておくべき事が出来ましたから」
明るい口調で言うローンの姿に安心感と、最後の言葉に若干の不信感を覚えながらジャン・バールもまた歩き出す。二人の影は徐々に遠ざかりながら薄暗い通路の奥へと消えていったのだった。
「陛下。出撃準備完了致しました」
「……待ちなさいネルソン。予定変更よ。リシュリューの事がある以上、不確定要素は排除しなきゃ」
「……っ……了解。直ちに準備を」
「この海戦が歴史を変える。なら、万全の為に念には念を入れて……本来『いるはずのない』彼女にも、出てもらうしかないわね。必ず今回は『歴史』通りの動きをフッド達にやらせなさい」
「はっ!王家の栄光の為に!」
壊れた歴史の歯車は徐々に異音を鳴らすのであった。
・塀の向こう側の芝生はいつも青い
欧州に伝わる格言。日本では隣の芝は青く見えるの方が有名か?意味は自分よりも他人がよく見えるものだが、確かに鉄血は科学力に関してはゲーム内でも本編でも世界最先端を常に突っ走っていますが、土地の肥沃度に関しては間違いなくアイリスの方が上。
というかアイリスの元ネタとなったフランスのあまりにも肥沃な土地と鉱物資源(石油などを除く)豊富っぷりは余りにもチート。そりゃナポレオンも欧州を制覇しそうになるわと言うほどには凄いもので、ジャガイモ(豊かでない土地で積極的に育てられている)に縁のあるローン達からするとそう言いたくもなります。
・指揮官の休日の過ごし方
基本朝からランニングや筋トレをした後は何をするでもなく、暗い部屋でじっとしています。これが19歳の青年の過ごし方か…?
勉学や座学に関しては戦争に関わるものは全て脳に叩き込んであり最早予習復習の必要もない状態に。仮に鉄血から書籍が追加で送られてきた場合ずっと部屋に閉じこもってそれを読み耽り、脳へのインプットだけをする休日を過ごす事になるでしょう。
・信頼できる奴がいないジャン・バール
正確にはデュプレクスやモガドールなどちゃんと信頼できる部下もいるのですがクレマンソー直属だったり、植民地防衛に回されてたりで本国周辺にてリシュリューのスパイでないと断言できる人材がいないという状況。更に信頼していたル・テリブルがリシュリュー派であり、多くの情報ぎ筒抜けだった事から何気にジャン君の自尊心はボロボロに。何が悲しくて「お前の国の暗号の信頼性皆無なんだからこの暗号使ってくれ」と鉄血式の暗号、通信を行う羽目になっているのでしょうか?現在のヴィシア海軍は全てにおいてロイヤル、リシュリュー派に把握されており。緊急で更新を行なっています。
・ネルソン
ロイヤルの騎士階級の戦艦。実は彼女は本来の歴史ではメルセルケビール海戦には参加していないのですが、ゲーム内のイベント「帰路は海色の陰りへと」では周辺を警戒し参戦していたと判明。これによりゲーム内の史実再現イベントではただ歴史をなぞっているのではなく、本来「ここにいるは筈のない」KANSENも参戦している事を示す重要なエピソードだったりします。
次回はいよいよ序盤の山場となるメルセルケビール海戦。服従か、死かを迫るロイヤルネイビーに責任者であるダンケルク達は徹底抗戦を主張。歴史が変わりつつある戦場にて一隻の指揮艦が乱入する…
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指揮官のAIイラストの感想はどうでしょうか?
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イメージ通り
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なんかイメージと違う
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