誕生日おめでとう――
夕方、仕事終わりの時間。
みんなに祝われながら、私は少し照れた様子で事務所のテーブルに座っていた。
今日は私の誕生日。
でも正直言って、ここに来るまで私はその事を忘れていた。
朝から靴の底が剥がれてしまって、家を出てすぐ引き返すことになったり、乗ろうとしていた電車が目の前で発車してしまったり。
ようやく駅に着いても、改札でICカードがエラーを起こして、係員さんに手続きしてもらう羽目になって――
そんないつもの不幸が、今日はいくつも続いて、私の頭の中は朝からぐちゃぐちゃだった。
最近はみくさんとの一件で、ずっと頭がいっぱいだったし……。
だから、事務所に入ってみなさんに「おめでとう」と声をかけられた時は、本当にびっくりしてしまった。
今は、みなさんが用意してくれたケーキが目の前にあって――
こんな私のために、優しい気持ちで祝ってくれている。
それが嬉しくて、幸せで、胸が温かくなっていた。
「ほたるちゃん、今年の抱負はなんにゃ?」
そう言って、みくさんがこちらをのぞきこむようにして尋ねてきた。いつもの猫口調。数日前まで見せてくれなかった、その彼女らしい声に、私はほっとする。
「えっと……えへへ……あの、もっと笑顔になれるように……頑張ります」
「ふふっ、それ前にも言ってたにゃ」
「……あ、はい……」
私は頬を赤くしながら答えると、彼女はクスクスと笑っていた。ああ、やっぱりこの人は強い人だ。ちゃんと前を向いて、自分の気持ちを隠さずにいて……それでいて、こうして私に優しくしてくれる。
「ケーキは私が買って来たんですよ。有名なお店なんですけど、並ばずに買えました。ラッキーでした♪」
茄子さんが、にこにこと微笑みながらそう言った。
「いろいろ種類がありますから、ほたるちゃんから選んでくださいね」
テーブルの上に並べられたケーキはどれもきれいで、まるで宝石みたいだった。
ショートケーキにモンブラン、チョコレートムース、抹茶のタルト、そしてベリーのミルフィーユ……箱を開けた瞬間、甘くて幸せな匂いがふわっと広がって、胸が少し弾んだ。
流石は茄子さん、やっぱりすごいなと思った。こんな人気のお店のケーキを、運良く買ってきてくれるなんて。
「ありがとうございます……いただきます」
私はそう言って、どれにしようか迷いながら、目を引かれたベリーのミルフィーユをそっと手に取った。甘酸っぱい香りがして、パイ生地の間にたっぷりのクリームと果実が挟まれている。
こんな風に、今日が幸せな一日になるなんて思っていなかった。
みんなでケーキを食べながら談笑していると
「そうそう、みんなで選んだプレゼントがあるんだにゃ」
みくさんがそう言って、私の前に大きめの包みを差し出してくれた。
「えっ……プレゼント……?」
驚きながらも両手で受け取り、丁寧に包装を開ける。中から出てきたのは――ふわふわのピンクのうさぎのクッションだった。
「……これって」
見覚えがある。杏さんがいつも抱えている、あのうさぎのぬいぐるみと、まったく同じ顔をしたシリーズのクッション。
「みんなで何をプレゼントするか迷ったんですけど、杏ちゃんの案を採用したんですよ」
茄子さんが柔らかく微笑みながら言った。
「いやーほたるって、いつもちょっと頑張りすぎじゃん?だからこれで、たまには杏みたいにダラダラしてみなよ。触り心地いいんだよコレ」
杏さんが自慢げに胸を張った。確かにこのふわふわした肌触り……癒されるというか、抱きしめていたくなるような感触だった。
「なるほど、杏のダラける原因はこのうさぎのシリーズか……じゃあ全部没収したらもっと真面目に――」
プロデューサーさんが冗談めかして言いかけた瞬間――
「ちょっ、やめてよね!それは横暴だー!」
杏さんが慌てて立ち上がって叫んだ。
そのやりとりを見て、みんなが笑い合った。
私も自然と笑っていた。胸の中がほんのり温かくなって、言葉にならない感謝がこみ上げてくる。
「みなさん……私のために……プレゼントまで……本当にありがとうございます。大事にします」
うさぎのクッションを抱きしめながら、私は深く頭を下げた。胸がいっぱいだった。言葉がうまく出てこないほどに。
そんな私を見て、杏さんがにやりと笑った。
「喜ぶのはまだ早いよ。それは杏たち三人の分だからさ。愛しの彼氏のプレゼントがまだでしょ。ねぇ?」
言いながら、横にいたプロデューサーさんに目線を向ける。その視線に促されるように、彼は少し照れくさそうな表情を見せた。
「あー、うん。もちろん俺からもあるよ。こういうの……慣れてなくて、その……気に入ってもらえるかわからないけど」
そう言いながら、彼はポケットから小さな包みを取り出して私の方へ差し出した。
プレゼントの包みを丁寧に開くと、中から現れたのは小さなガラス細工のペンダントだった。きらきらと光を反射する星のかたちをしていて、まるで夜空のひとしずくをそのまま閉じ込めたみたいだった。
星……プロデューサーさんらしいな、と思った。
それに……あの時、私だけに話してくれた、彼のお姉さんのことも思い出した。病気で夢を叶えられなかった、でも彼がその思いを継いで、アイドルを支える側になったって……。
もしかしたら、このペンダントにはその願いが込められているのかな。私が、彼の大切な人の代わりにステージに立ち続けることを望んでくれているのかな……なんて、いろいろ考えてしまっていた。
そんな私の沈黙に、彼は少し戸惑ったように言った。
「やっぱり……あんまり気に入らなかったかな」
はっとして、私は勢いよく首を振った。
「いえ!とても素敵です。ありがとうございます」
胸がいっぱいで、言葉がうまく出てこない。でも、こんなに嬉しかったことはない。
ペンダントを胸元に抱き寄せながら、私はこの瞬間を心の奥深くにそっとしまった。
「ふーん。ほたるちゃん、星とか好きなの?」
そう言いながら、みくさんが私とプロデューサーさんの間に顔を覗き込ませてくる。いつものような調子に見えたけど、その視線には少しだけ探るような光があった。
「あ、はい。そうです」
私は小さく頷いて、そう答えた。
本当は……この星の話は彼との秘密にしておきたかった。
お姉さんのことを話してくれたあの夜の空気を、誰にも壊されたくなかった。あと彼も、あまりその話を誰かにしたがる感じじゃなかったし。きっと、静かに心に抱いているんだと思う。
それに――その秘密を私だけが知っていたい、なんて。わがままなのはわかってる。でも、どうしてもそう思ってしまった。
「あー、そういえばデートでプラネタリウムに行ったって言ってたね。ほたる、星とか好きだったんだ。知らなかったよ」
そう言って、杏さんが無邪気に笑った。
その言葉に、私は思わず息を飲んだけど、何も知らない彼女の一言が、ちょうどいい風よけになってくれた。
「……はい。実はそうなんです」
もう一度、小さく答えながら、私は内心ほっとしていた。
彼の影響で、私も星が好きになったのは本当だった。優しくて、まっすぐで、少し寂しげな彼の想いに触れてから、夜空を見るたびに心が温かくなるようになった。
――だからこそ、このプレゼントは何よりも大切にしたいと思った。
そして、みんなで談笑した後、各々が自然と後片付けに動き出していた。
「ほたるちゃんは今日は主役なんですから、座ってていいですよ」
茄子さんがにっこりとそう言ってくれて、私は恐縮しながらも、その好意に甘えることにした。
……私は何もできないけれど、こうやってみんなが優しくしてくれるだけで、胸がいっぱいになる。
やることがなくなった私は、テーブルに座ったまま、楽しそうに動き回るみんなの様子を見守っていた。
――そんな中で。
自然と目が引かれたのは、プロデューサーさんとみくさんの姿だった。
二人は空になった紙皿や飲み物のカップをまとめながら、笑い合っていた。なんでもない日常の一コマのように見えたけれど、彼女の様子は、どこか前と違って見えた。
彼に少しだけ体を寄せるようにして、屈託のない笑顔で何かを話しかけている。
――ああ、わかる。
それが彼女なりのアプローチなんだと、私にはすぐにわかった。
仲がいいのは、ずっと前から知っていたけれど……あれは、きっと“好き”という気持ちを隠さずに出している、今の彼女だからこその距離感だった。
胸の奥がきゅっとなった。
でも、それは苦しいだけの痛みじゃなかった。あの日、彼女とちゃんと話し合えたからこそ、私はこの気持ちに向き合おうと思えた。彼女もきっと同じなのだと思う。
――みくさんは、諦めてなんかいない。
それは、あの時に交わした言葉で、私もわかっていた。
そして私も負けないって決めたから。
だけど――
彼女の最近の様子を見ているうちに、私はだんだん不安になってきてしまっていた。
確かに今は、私がプロデューサーさんの“彼女”だ。
でも、それはたった数回のデートと、少しだけ手を繋いだだけの、そんな儚い関係だった。
私が年下で、しかもまだ高校生になったばかりだということ。
それが、彼がこれ以上踏み込んでこない理由だと、なんとなく感じていた。
彼は誠実な人だから――大人としての責任も、立場も、きっと全部考えて、私のことを一番に想ってくれている。
それがわかっているからこそ、私は彼に甘えてしまっていたのかもしれない。
ただ静かに、そばにいるだけで幸せだと、それだけで十分だと思い込もうとしていたのかもしれない。
……だけど。
ああやって、まっすぐ想いを伝えている彼女を見ていたら……不安にならないわけがなかった。
このままだと、プロデューサーさんの心が、みくさんに向いてしまうんじゃないかって――そんな想いが、胸の奥でじわじわと膨らんでいく。
幸せな日々を過ごしていても、不安は私のすぐそばにいる。
――もっと、ちゃんと想いを伝えないと。
私も、彼の隣にいるために勇気を出さなくちゃいけない。
そう思っているのに、どうしてこんなにも心がざわついてしまうんだろう……。
そうやって不安な気持ちを抱えたまま、私は静かに俯いていた。
頭の中でずっと考えてしまう。彼のこと。みくさんのこと。そして、私自身のこと。
そんな時だった。
「ねえ、ほたる」
ふいに小さな声がして、私はびくりと肩を揺らした。
顔を上げると、いつの間にか杏さんが私の隣に戻ってきていた。
「あー驚かせてごめん。声、ちっちゃくしてるから気づかなかったでしょ」
「はい……その、びっくりしました」
小声で笑う彼女の表情は、いつもの気だるげな感じじゃなかった。
少しだけ真剣で――どこか申し訳なさそうで。
「あのさー……ごめん!実は杏、みくに“プロデューサーを諦めるのは早い”って言ったんだ」
「えっ……」
言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。
でも、確かに……みくさんのあの前向きな強さは、どこか不自然なほど急だった。
「……そうだったんですか」
やっとそう口にできた私は、うまく感情を整理できないまま彼女を見つめた。
「うん。このままだとさ、みくが気まずくなって、ここを辞めちゃうんじゃないかって、そんな気がしてさ……」
彼女の声は、今まで聞いたことがないくらい真剣だった。
「ほたるにとっては、余計な事をしたってのは、わかってる。でもさ、またみんなで、こうして笑い合えるようにするには……ああ言うしか思いつかなかったんだ」
いつもは、ふにゃっとしていて何も気にしていないように見える杏さん。
だけど、こんなふうに静かに本音を打ち明けてくれたことが胸にしみて――
私は思わず手のひらをぎゅっと握りしめていた。
そして小さく息を吸い込んで、彼女の顔を見つめながら、ゆっくりと気持ちを言葉に乗せる。
「いえ……杏さんのおかげで、みくさんも元気を取り戻しましたし……むしろ感謝してます。私も……みくさんがいなくなるのは嫌ですから」
みくさんはライバルだけど、それ以上に大切な仲間なんだ。だから、傷ついてここを離れてしまうなんて――考えたくなかった。
杏さんは少し安心したように笑って、頭をぽりぽりとかいた。
「そう?ならよかった。……だからさ、この先どうなるかは……ほたるとみく、二人次第だよ」
「……はい」
私はうなずいた。心の奥が少しだけ軽くなった気がした。
そして、胸の奥で小さく芽生えていた決意を言葉に変える。
「これからも……プロデューサーさんの隣に居続けられるように。アイドルとして……それに彼女として……もっと魅力的になれるように、頑張ります」
彼女は何も言わずに、にこっと笑ってくれた。
その笑顔が、なぜかとても心強くて――私はまた、少しだけ前を向けた気がした。
その時だった。
「やっぱり……杏ちゃんが一番、みんなのことを考えてますよね」
ふいに後ろからそんな声が聞こえて、私は小さく肩を揺らした。
杏さんも同じように振り返ると、そこには――
「……茄子さん」
ニコニコと穏やかに笑う茄子さんが、いつの間にか立っていた。
「あー……だってみんな世話が焼けるんだから……まったくもう……」
杏さんはそう言いながら、目をそらす。
でもその表情は、なんだかとても優しくて――言葉とは裏腹に嬉しそうに見えた。
「なんだかんだで誰かが困ってたら、ちゃんと助けてくれるんですよね。杏ちゃんって。いつもありがとうございます♪」
茄子さんのそんな言葉に、私も自然と笑みがこぼれてしまった。
そう、私もずっと同じように思っていた。
「……私も、いつも杏さんに助けてもらってばかりで……感謝してます」
その言葉に、杏さんは少し照れて、ぶっきらぼうに手を振った。
「はいはい……そういうのはいいから。褒めても何も出ないよー」
そう言いながらも、彼女は素直じゃないだけで、本当は誰よりもみんなのことを大事に思ってる。
そんな彼女だから――私は安心できる。
私は静かに周りを見渡す。
楽しそうに話すみんなの声
そして、プロデューサーさんの姿
今までの事務所では、私は疫病神みたいに思われて、避けられてた。
でも、ここでは違う。
誰も私を怖がらず、むしろ優しくしてくれて……心配までしてくれる。
……この場所はとてもあたたかい
そして私にとって――本当に大切な場所だと改めて思った。
――
帰り道の道端
プロデューサーさんと並んで歩く帰り道は、昼間のにぎやかな時間とは違って、静かで穏やかで。
さっきまでの誕生日の余韻がまだ胸の中に残っていた。
「プレゼント……大事にします」
そう伝えると、彼は少し照れたように笑って、優しく「ありがとう」と返してくれた。
けれどその直後、どこか気まずそうに顔を伏せるようにして、ぽつりと言葉をつむぐ。
「あのさ、みくの事だけど……」
その言葉に私はすぐに察した。
きっと、みくさんが彼に気持ちを伝えた事だと。
目をそらしてうつむいたまま、私は小さな声で答えた。
「告白された……んですよね」
そして彼は少し驚いたような顔をして、私に問いかけた。
「知っていたのか。みくから聞いた?」
彼のさっきの表情は、やっぱりそういう事だったんだ――
私はこくりと頷いて答えた。
「そうです。……プロデューサーさんには断られたけど、諦めきれないから……って」
その言葉を聞いた彼は、真剣な表情のまま、困ったように目を伏せてつぶやいた。
「そうか……」
沈んだ声だった。
そのまま小さく息を吐いて、続ける。
「まさか、みくが俺の事を想ってくれていたなんて……気づかなかった。ほたるから告白された時も気付かなかったし、本当に俺は……にぶいみたいだ。杏の言う通りだよ」
そう言って、どこか落ち込んだように肩を落とした彼を見て
私は、なんとか励ましたい気持ちで言葉を口にした。
「プロデューサーさんが……それだけ素敵な人だから……ですよ」
けれど
「いや……俺が、担当アイドルのみんなのことをしっかりと理解できてなかっただけ……なんだよ」
彼の声は、どこか自分を責めているように感じた。
だけど、私は彼を優しい人だなと思った。
みんなの気持ちに正面から向き合おうとして、誰よりも悩んでくれていて――
やっぱり、私はこの人が好きだと思った。
そして彼は、ぽつりとつぶやくように言葉をこぼした。
「みくには……悪い事をしたと思ってる。それに、ほたるにも……」
その声音には、本気で後悔しているのが伝わってきた。
歩く速度が少しゆるやかになって、足元を見ながら彼は続けた。
「みくの気持ちを考えるとさ……最近のみくのアプローチを完全に拒否する事ができなかった。でも、ほたるからしたら……そんなみくの姿を見たら不安になるよな」
まっすぐにそう言ってくれたその言葉が、胸に沁みた。
ちゃんと見てくれていた。ちゃんと考えてくれていた。
みくさんの気持ちも……そして私の気持ちも。
私は何も言えずに、うつむきながら小さく頷いた。
それだけで、気持ちは伝わる気がした。
彼が私の不安を、ちゃんとわかってくれていた――それが何より嬉しかった。
そして彼は、静かに言った。
「だけど安心して。俺の彼女は、ほたるだから」
その言葉は、胸の奥まで届いて全身がじんと熱くなった。
だけど――
「気遣ってくれて、ありがとうございます。でも……」
口にした瞬間、自分でも少し震えているのがわかった。
あの時の事が頭をよぎる。みくさんの涙。彼女の告白。私に見せたあの強い目を。
あれから私の心の奥底に芽生えていた、ある不安が溢れ出てしまった。
「今私が彼女でいられているのは……みくさんより先に告白したから、ですよね。プロデューサーさんは……義理堅い人だから。だから……もし、みくさんの方が先に告白していたら……今頃は……」
そこまで言って、自分の声がかすれるのを感じた。
不安だった。怖かった。
ただ私が先だっただけ。そう思う自分がいた。
そして彼は優しいから……私を見捨てられないだけ、なんじゃないかって。
だってみくさんの方が、ずっと長くそばにいたから――
「それは違うぞ」
彼のその声は、強く、迷いがなかった。
「俺が、ほたるとこうして付き合っているのは……ただの義務感なんかじゃない。今の俺は、ほたるの事が好きだから。ただ、それだけの理由だよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
でもそれは、痛みじゃなかった。あたたかくて……涙が出るくらい嬉しい、そんな気持ちだった。
彼の顔を見ると。
まっすぐ……目を逸らさずに私を見ていた。
この人は、嘘なんてついてない。そう思えた。心から。
「みくの方が早かったら、もしかしたら違う未来だったかもしれない……でも、そんな事は今更考えてもわからない」
彼はそう言って、歩く足を止めた。
私の方へ向き直って、ゆっくりと続ける。
「でもいいんだ。だって俺は、ほたると恋人になれて、今とても幸せだから」
その言葉が、ゆっくりと胸の奥に染み込んでいく。
私は潤んだ目で彼を見つめた。
不安も、迷いも、全部――少しずつほどけていく気がした。
「すみません、プロデューサーさん。私……不安で……変な事を言ってしまって……」
俯きながらも、どうにか言葉を繋いだ。
「私と一緒にいて幸せ……って、また言ってくれて……嬉しいです。私も……とっても幸せです」
声は震えていたけれど、心の底からそう思っていた。
私の胸の中にあった黒くて重たい不安が、少しずつ溶けていくのがわかった。
その時だった。
彼がそっと、手を伸ばしてきた。
一瞬だけ戸惑ったけど、それでも私はその手をそっと握り返した。
指先が触れ合って、やがてしっかりと繋がる。
それだけで胸が温かくなって、心の奥まで満たされていくようだった。
何も言わずに、私たちは並んで歩き出した。
春の夜風が少しだけ冷たかったけれど、手の温もりがそれを忘れさせてくれた。
この人と、ずっと一緒にいたい。
そう、心の奥で静かに願った。
そして私は、そっと胸元に手をやる。
そこには、彼から贈られたガラスの星のペンダントが揺れていた。
夕暮れの光を受けて、透きとおった小さな星が淡くきらめく。
落としてしまえば、すぐに割れてしまいそうな儚さ。
それでも――
この胸に灯った想いだけは、壊れないと信じたかった。
あたたかくて、少しだけ怖くて。
だけど、確かにここにある。
彼と私の確かな絆――その証のように。