第十二話 神秘の代行者
5月の中頃。
私たち四人は、プロデューサーさんに「大事な話がある」と言われて、事務所に集められていた。
「なんだろうにゃ?またお仕事の話……かな?」
みくさんは、ちょこんとソファに腰かけながら不安そうに口を開いた。
「ふふっ、でも『大事な話』って言うくらいですから……きっとすごいお仕事かもしれませんね」
茄子さんは、いつもと変わらない笑顔で微笑んでいる。だけど、何も知らされていないからか、内心は私と同じように少し緊張しているように見えた。
「……なんか嫌な予感がするんだけど」
杏さんは背もたれに体を預けながら、ぶっきらぼうにそう言った。視線は天井をぼんやりと見つめているけれど、その表情はどこか真剣だった。
――えっ、嫌な予感……?
杏さんの一言が、胸の奥にずしんと重たくのしかかってくる。
もしかして……倒産……?
そんな根拠のない不安が頭をよぎって、思わず手のひらがじっとりと汗ばむ。
だって私はもともと不幸体質で、何かがうまくいきそうになると、いつもその先にひどい出来事が待っていたから。
せっかく……誕生日を祝ってもらって、みんなと笑い合えて、プロデューサーさんとも……
そんな日々が終わってしまうかもしれない。
気づけば私は、胸元をそっと押さえながら、小さく震える指先を見つめていた。
すると、事務所の扉が静かに開いてプロデューサーさんが入ってきた。手には資料らしきファイルを持っていて、表情はいつになく真剣だった。
「……みんないるな。じゃあ、早速だけど――今日は全員に話したいことがあって」
その口調に、私は胸の奥がギュッと縮まるような気持ちになった。
どこか張り詰めたような空気があって、彼の顔がまっすぐすぎて。
だから私は、たまらず声を出してしまった。
「……あ、あの。まさか……倒産とか……じゃないですよね?」
言った瞬間、しまったと思った。そんな不吉な事、私が言うべきじゃなかったのに。
けれど――
「ははっ、違う違う。全然違うよ」
彼は笑って首を振ってくれた。その顔を見て、胸の中にあった不安がふわっと溶けていく。
「むしろ、すごく良い話だよ。今度、新しくオープンするテーマパークがあって――そこで、みんなにコラボイベントの仕事をしてもらいたいんだ」
「そう……ですか。すみません、はやとちりしてしまって。でも……安心しました」
気が緩んだ私は、頬を撫でるように小さく笑った。隣では、みくさんも「にゃはは~、びっくりしたにゃ」と肩をすくめていて、茄子さんや杏さんの口元にも、安堵の笑みが浮かんでいた。
「それで、テーマパークの名前は――“Stella Fantasia(ステラ・ファンタジア)”。星の夢を、君と見る……をコンセプトにした、星と宇宙がモチーフのファンタジックなテーマパークだ」
そう言って、彼は手に持った資料をテーブルに広げた。
そのパンフレットには、夜空に浮かぶ天の川や銀色のドーム、きらきらと光るオーロラのような演出の写真が載っていて、それを見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。
「昼と夜で園内の雰囲気が変わって、夜には光と音の演出が加わるんだ。かなり幻想的な演出になるらしい」
「え、何それ、めっちゃすごそうじゃん!よくそんな所の仕事取ってこれたね、Pチャン」
みくさんが目を輝かせながらそう言うと、彼は少し照れたように後頭部をかいた。
「いやー実は……かなり前から熱心に営業をかけてたんだよ。“うちのアイドルたちなら絶対に盛り上げられます”って、何度も足を運んでお願いしてさ。で、俺が天体の事に詳しいって言ったら、向こうの担当さんがやたら食いついてくれて……それで、何とかOKをもらえたんだ」
その言葉を聞いて、私は胸が温かくなった。
彼がそこまでして取ってきてくれたお仕事――それだけで、なんだか胸がいっぱいになった。
このテーマパークは、きっと彼だからこそ繋がったご縁だった。
星が好きで、プラネタリウムで係の人に間違われるほど詳しい彼だからこそ……今こうして私たちの目の前にこのお仕事があるんだと思う。
このステラ・ファンタジアのお仕事は、彼の努力の結晶だ。
絶対に成功させなきゃ。彼の想いに応えるためにも――。
「とっても素敵な所ですね〜。ここで全員でライブをするって事ですか?」
茄子さんがパンフレットを覗き込みながら、優しい声でそう尋ねる。
その表情は、まるで子供のように無邪気で、どこか楽しみにしているようにも見えた。
「そうだな。それは最終日にする予定だ」
彼が真剣な面持ちで頷く。
私はその言葉に少し引っかかって、思わず聞き返してしまった。
「最終日……ですか?ってことは、何日かかけてのコラボって事でしょうか?」
「そういう事。7月1日から1週間のコラボで、最終日の7日――七夕の日に全員で特別ライブをしてもらう予定だ」
七夕にライブ。
なんだか、それだけでとても特別な気がして胸が高鳴った。
「おおーっ、すごいにゃ!なんかいつもより規模もでっかいし、ステージもきっと豪華なんだよね?」
「わあ……七夕ライブ……きっとキラキラしてるんでしょうね〜」
みくさんも茄子さんも、まるで子供みたいに目を輝かせてはしゃいでいて、私までつられて笑ってしまいそうになる。
だけど、そんな中で杏さんがぽつりと漏らした言葉に、場の空気が少しだけ和らいだ。
「え〜1週間も仕事させられるの?しかもテーマパークってことはさー……ライブ以外にも何かあるって事だよね?」
彼はそれを待っていたかのように、いたずらっぽく笑った。
「察しがいいな。そう、ライブだけじゃない。テーマパークのガイドやショップの店員、それに個人的なミニステージでの歌やトーク……いろいろとやってもらう」
――やっぱり、そうですよね。
そんな簡単なお仕事じゃないことはわかっていたけど……。
私は少しだけ不安になりながらも、でも、だからこそ頑張りたいと思った。
この大きなお仕事を、彼が私たちに任せてくれたんだ。
彼の期待に応えたい。
それに――この1週間を、きっと忘れられない時間にできたら。
今よりもっとアイドルとしても、人としても……前に進める気がするから。
「うわ〜やっぱりそうじゃん!働かせすぎだよ〜!」
杏さんがソファに崩れ落ちながら、心底イヤそうな顔で叫んだ。
でも、私にはそれが冗談半分だってわかる。
みんなも同じだったみたいで、「まあまあ」と笑いながら声をかける。
「でも……私、不安な気持ちもあるんですけど……みなさんと一緒にライブができるなんて、楽しみです」
自然と、そう言葉がこぼれた。
少し照れくさくて、でも胸の奥にぽっと火が灯るような感覚がしていた。
「そっか……そういえば、4人全員でライブなんてやった事なかったね」
みくさんが頷きながら、どこか懐かしそうに言う。
「私も楽しみです。みなさんとライブできるなんて……ね?杏ちゃん」
茄子さんが優しく微笑みながら杏さんに視線を向ける。
その表情は、まるで太陽みたいにあたたかくて見ているだけで癒される。
「わかったよ、もぉー。その笑顔ずるいって。断れないじゃんかよー……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、杏さんの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
なんだかんだで、やっぱり楽しみにしてるんだろうなって思う。
――私たち4人で初めてのライブ。
それがこんなに大きなイベントで、しかも彼が頑張って取ってきてくれたお仕事。
ちゃんと応えたい。
このメンバーならきっとできる。そう思えた。
「あ、それでリーダーは杏だから。センターもな」
唐突に放たれた彼の言葉に、空気が一瞬止まった。
「えっ!?」
杏さんが目を見開いて、びっくりした声を上げる。
まさかこんな事を言われるとは思っていなかったんだろう。
「なんでだよー!?最年長の茄子とか、贔屓でほたるとか、面白いみくとか……選択肢はあるじゃん!」
「……何かみくだけ適当じゃない?」
みくさんがぼそっと呟いたのは、私もはっきり聞こえたけど、誰も触れずにそのままスルーされた。
「いや?実力的に考えても、みんなのまとめ役って考えても、杏しか選択肢ないだろ?」
彼は自然に、でも確信を持った口調で言った。
……それを聞いて、私も心の中で頷いた。
杏さんは、普段はやる気がなさそうに見えるけど……誰よりも周りを見ていて、困っている人がいればそっと手を差し伸べてくれる。
その優しさや余裕は、きっとこのユニットの中心にふさわしいと思う。
茄子さんも、にこにこと穏やかな顔で杏さんを見ていたし、みくさんも納得したような顔で頷いていた。
私も嬉しかった。彼はちゃんと私たちの事を見てくれているんだって、改めて思った。
「……やっぱり嫌な予感が当たった……」
杏さんがぼやくように呟く。その肩はほんの少しだけ落ちていた。
すると彼は、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて、わざとらしく言った。
「まあでも、これで成功して知名度が上がれば――印税生活に近づくかもな〜?リーダーなら特に」
その瞬間、杏さんの目がカッと見開かれた。
「……確かに。このユニットがうまくいって、CDとかガンガン出ちゃったら……夢が広がるよー!リーダーやるやる!」
勢いよく前向きな発言をしてみせる杏さんに、思わず私は口元に手を当てて笑ってしまった。
彼の乗せ方が上手すぎて……そして杏さんの単純さも、ちょっと可愛らしくて。
茄子さんもみくさんも、それぞれ小さく肩を揺らして笑っていた。
……このユニットでなら、きっと楽しく頑張れる。そう思えた。
すると、みくさんがスマホの画面をこちらに見せながら言った。
「でも案外、夢物語じゃないかも。このテーマパーク、かなり注目されてるにゃ。ほら!」
画面には鮮やかな写真とともに、たくさんの投稿が並んでいた。
今までにないような神秘的なテーマパークだから……それに、かなりの規模だからなのか、オープンを心待ちにしている人たちの声が、SNSのタイムラインを埋め尽くしていた。
「本当ですね……。このお仕事を大成功させれば、私たち……アイドルとして、もっと上に行ける気がします」
思わず胸の奥から言葉がこぼれた。
みくさんも茄子さんも、杏さんも――みんな、どこか期待とやる気に満ちた表情になっていた。
その時だった。
「それで、私たちのユニット名は決めてあるんですか?」
茄子さんが、穏やかな声で彼に問いかける。
「んー?『杏と愉快な仲間たち』とか?」
杏さんがふざけるように言うと、みくさんがすかさず叫んだ。
「もちろん却下にゃっ!」
言葉だけじゃなく、身振りまでついたその反応に、思わずくすっと笑ってしまった。
すると、彼が少し照れたような顔で口を開いた。
「ユニット名……いろいろ考えたんだけど、テーマパークのイメージとかも考慮して、“Stellarium(ステラリウム)”ってのはどうかな?星の地図って意味だ」
「私たちをそれぞれ星に見立てて……って事ですね」
茄子さんが、ゆるやかに微笑みながらそう言う。
「そうだな。来場者やファンを神秘の世界に案内する道しるべになるように……みんながそれぞれ輝く、素敵なユニットになって欲しいって願いを込めて……」
彼のその言葉を聞いて、胸の奥が少しあたたかくなった。
――星の地図。私たちが、誰かの道しるべに……。
そんな大それたこと、できるのかなって不安もあったけど、でも……この人がそう言ってくれるなら、きっとできる気がした。
「いいじゃん!ロマンチックなユニット名で、みく、けっこう気に入ったにゃ♪」
みくさんが、にこっと笑いながらそう言った。
「はい。とても良いと思います。……そんなユニットになれるように、頑張ります」
私もそう言うと、杏さんと茄子さんも、それぞれに頷いていた。
「ん、悪くない名前だと思うよ。寝ぼけながらでも言いやすいし」
「素敵な名前ですね〜。私たちにぴったりかも♪」
その様子を見ていた彼は、ほっとしたように表情をゆるめて言った。
「じゃあ今日から『Stellarium(ステラリウム)』本格始動だ!」
「おー!!」
みんなで声を合わせて、腕を高く上げる。
――このユニット名のもとに、私たちは今、確かにひとつになった気がした。
「じゃあ、今からやることはたくさんある。まずは天体の知識をつけないとな。お客さんをガイドする時に、何も知らないじゃダメだから」
彼はそう言いながら、テーブルの上に何冊もの資料や天体の本を置いた。
「え?みく、あんまり詳しくないんだけど……大丈夫かな?」
不安そうなみくさんの声。
「大丈夫だよ。基礎的なことがとりあえず覚えられれば。それに、もし分からないことを聞かれても、その場でスタッフさんに聞けばいいし」
その言葉に、みんなが安心したように頷いた。
「それに……大体の事なら俺が教えられるから」
その言葉に、茄子さんが感心したように声を上げる。
「プロデューサー、すごいです〜。このお仕事のために勉強したんですか?」
「……あ、ああ、そうだよ」
少し照れくさそうにそう答える彼の横顔を見て、私は小さく息を飲んだ。
――違う。そうじゃない。
私にはわかっていた。彼が星に詳しいのは、今に始まったことじゃない。あの時に話してくれた、お姉さんの事。彼女の影響で、昔から詳しかったはずだから。
このお仕事も、もしかしたら……彼のお姉さんが、本当は夢見ていた舞台だったのかもしれない。
だとしたら――
私がその夢を叶えたい。彼女の代わりに。彼のそばで、彼と一緒に、その空を照らしたい。
ふいに胸に灯った強い想いを、私は静かに抱きしめた。
――
そして、みんなでたっぷり講義を受けた後。
私とプロデューサーさんは帰り道の公園に立ち寄り、並んでベンチに座っていた。
夜の風は少しだけひんやりしていて、講義で熱くなった頭を冷やしてくれるみたいだった。
私たちは、今日学んだ天体の話や、これからの仕事のことをぽつぽつと話し合っていたけれど……。
――どうしても、聞きたくなってしまった。
「プロデューサーさん……あの、このお仕事って……もしかしてプロデューサーさんのお姉さんの、やりたかった事……ですか?」
そっと問いかけると、彼は少し黙ってから、小さく頷いた。
「ああ。こういう神秘的な場所でライブをするのが……多分、姉さんの夢だったんだと思う」
穏やかな声だったけど、その奥にある想いの深さは伝わってきた。
彼がこのお仕事にどれだけ強い気持ちで臨んでいたのか、改めて感じる。
「だから、このテーマパークの存在を知った時、絶対に仕事をもらいたいって思ったんだ」
「やっぱり……そうだったんですか」
私が呟くように言うと、彼は少し慌てたように言葉を継いだ。
「だけど……一番は、みんながアイドルとしてもっと上に行けるようにって考えて、仕事を取って来たんだよ。これは嘘じゃない」
彼の目が、まっすぐに私を見つめていた。
ああ、やっぱり……この人は、優しくて、私たちの事をいつも考えてくれている――。
胸の奥があたたかくなる。
この人の願いを、叶えたい。
それがお姉さんの夢でも、今は……私の夢でもあるから。
「あの、必ず私が……お姉さんの代わりに、お客さんに幸せを届けられるようなライブにします」
そう言うと、彼は驚いたように私を見つめて、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう。嬉しいよ。……姉さんも、きっと」
でも、その後にふと、視線を落として――
「でも、ほたるに……姉さんの夢を背負わせていいのかなって思うんだ。面識もないのに……悪い気がして」
そんなふうに、申し訳なさそうに言われてしまったら、私はもう、はっきり伝えたくなってしまって――。
「……いいんです」
自然と目を合わせながら、心の奥を言葉にしていく。
「だって、プロデューサーさんは……その……わ、私の彼氏……ですから」
自分で言っておきながら、顔が熱くなっていくのがわかった。
「……その彼氏の大事な人は、私にとっても……大事な人。だから、大丈夫です!」
声が震えていた。言葉もうまく繋がらなかったけど、それでも――。
彼の心を少しでも支えられるように。
そう願って、私はちゃんと伝えた。
それを聞いた彼は、ふふっと小さく笑い出した。
……えっ。何で……?今、笑うような所だったかな……?
私が不思議そうに見つめていると、彼はすぐに「ごめんごめん」と言いながら、少し照れくさそうな表情を浮かべていた。
「なんか……ほたるって、やっぱりちょっと姉さんに似てるなって思ってさ」
「え……私が、ですか……?」
思わず聞き返すと、彼は頷いた。
「うん。ほたるのその、意外と芯が強い所とか……何より、どんなに不幸でも“アイドルとして輝きたい”って心の底から願ってる所とかさ」
優しい声だった。懐かしさと、慈しむような響きが混じっていた。
私が……お姉さんに似ている――。
それは、どこかくすぐったくて、でも……嬉しい気持ちだった。
だって、彼が今でも大切にしている彼女と、少しでも重なる部分があるのなら――。
そして彼は、私の目をまっすぐに見つめながら言った。
「じゃあ……託してもいいかな?姉さんの――いや、俺と姉さんの二人の夢をさ」
その言葉に、私は迷わず頷いた。
「はい。私は今回のライブで、今まで以上に輝けるように……全力を尽くします!」
胸の奥から自然と湧き上がる想いだった。
気がつけば、私は首にかけたペンダントにそっと手を添えていた。
彼から貰った、大切なプレゼント。
いつも、私を支えてくれていたこの小さな星に――今、私は誓った。
私はいつも、彼に支えてもらってばかりだった。
でもこれからは……私が、彼を支えたい。
彼の大切な夢を、一緒に叶えたい。
彼の大切な人の想いを、私が届けたい――。
夜の風が、ほんのりと肌をなでていった。
ふと見上げた空には、薄く雲がかかっていて、星の姿はまだ見えなかったけれど……それでも私は、確かに感じていた。
これから始まる新しい物語の予感。
私たち「Stellarium」の軌跡が、空に描かれていく瞬間を。
きっと私たちは、迷いながらでも前に進んでいける。
笑い合って、支え合って、手を取り合って……誰かの夜を照らす星になれる。
そう信じて、私は歩き出す。
プロデューサーさんと――そして、かけがえのない仲間たちと一緒に。
新しい光を届けるために。