変わった少女がいる教室   作:鋼コーティングの硝子ハート

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猫に唆された。よって無罪を主張する

 さて、色々なことがあった五月も終わり、既に六月。振り返ってみても、先月は先々月とは比較にならないほど激動の日々だった。

 

 特に中間テスト周りは忙しかった。

 

 勉強会が破綻して消滅した日の翌日、改めて堀北が勉強会を開くことを提案したのだ。

 

 一体何があったのか、やる気───というより覚悟に満ちた彼女は、見事に赤点組を率いて彼らのテスト勉強を成功させた。けれども、それによって先日の勉強会に参加した面子は休み時間の全て───誇張ではなく、本当に───を費やすことになったのは、流石に辛かった。

 暇な時間が授業中しかないものだから、あらかじめ記憶した本を追憶するとかいう効率的にも心情的にも外道な試みに走ってしまったし。先生の目と監視カメラの死角を見繕いながら絵を描くような阿呆な真似もしてしまった。

 

 まあ、それでも。

 

 赤点は全員回避できた上に、全教科平均九割越えと来月からのポイントにも期待できる点数分布だったから。終わりよければ云々、喉元過ぎれば何とやらという感じだ。

 

 そもそも、五月初日の時点ではここに辿り着かせるための手立ても見えていなかったわけだし。

 

……考えるにそうなった原因が何かと言えば、私には嚮導者の素質がなくて、堀北鈴音にはそれがあったことに尽きるだろう。

 

 人間というものは自らのために真剣になってくれる者に惹かれやすいし、鬱屈とした状況を打破しより良い未来を見せてくれるものに期待する。

 

 そして堀北鈴音にはそれが出来るだけの人間的魅力があって。私には人間的魅力も詐欺師の才能もなかった。

 

 ただ、それだけのこと。

 

 

 

 

      ◇

 

 

 

 

 中間テストの結果発表の翌日、私は一人放浪していた。

 

 本を読みながらふらりふらりと気の向くままに歩く。

 

 目的なんてないし、意味さえもない。

 

 何となく気に入った所が終点の、無定義の彷徨。

 

 けれども、それは。

 敷地のどこかも分からない人気のない場所。そこにあった日陰で丸まっている猫を見つけたことで終わった。

 

 目が合う。薄汚れた白の毛並みに、くすんだ黄金の瞳をした猫だ。とても気高い猫だ。

 

 一秒、二秒。

 

 目を伏せることにした。この子は、目を合わせることを厭った。多くの人は無自覚になっているだけで、目を合わせるという行為は本来おそる(・・・)べきものだ。

 

 私も、彼女が猫だからという理由で傲慢になっていた。

 

 だから、代わりに問いかける。

 

「ここ、いて……いい?」

 

「……………………」

 

「迷惑は、かけない」

 

「……………………」

 

「ありがと……ね」

 

 完全に私を視界から外して丸まったのを肯定と見做して、私も日陰に腰を下ろす。そして本の続きを読もうかと思ったけど、ふと思い立ち、私も彼女に倣って昼寝することにした。

 

 塀に背を預け、目を閉じる。そうしたら、知覚できるものは一気に減る。

 

 遠くの潮騒と風の吹く音、海の香り、背と腰にはコンクリートの固い感触。それが世界を構築する全てだった。

 このどこもかしこも忙しない学校では、珍しく落ち着ける所だ。だから、彼女もここにいるのだろう。まあ、比較的マシというだけで、地元には幾分も劣るのだが。

 

 ただ、そうしていると。外から情報が入ってこない代わりに、内側から色々な想いが湧き出てくる。

 

 最近仲良くしている少女のこと、残り少ないポイントのこと、この異質な学校のこと、これからの三年のこと、故郷のこと、自分のこと。

 

 泡のようだった。

 

 浮上しては、ぼんやりと思考している間にぼやけて消えてしまう。考えが纏まらないし、思考から秩序が消えている。どこか、ふわふわとしている。

 

 なるほどと思った。私は微睡んでいるらしい。

 

 休み時間の尽くを潰されて、他者との交流を自発的に強制されて。そんな日々に、私の精神は疲弊してしまったようだ。

 

 昼寝といっても、しばらく目を閉じているだけのつもりだったけれども。

 

 私は、このぼんやりとした眠気に身を委ねてしまうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…………うにゅう」

 

 プルルルル、プルルルルと懐から響く音によって、私は目覚めた。半覚醒のまま出所を探ってみると、ポケットに入れた端末の着信音のようだった。ききょーからの電話だ。

 

「……もし───」

 

「───あっ、やっと出たっ。今、どこにいるの?」

 

 周囲を見渡してみる。月と電灯に照らされた不自然に明るい夜だ。

 

「………………どこ、だろ? 外?」

 

「そ、外? もしかして、ついに迷子になっちゃったの?」 

 

「だい……じょぶ。寝てた、だけ」

 

「………………違うと信じてるけど、一応聞くね? こんな時間になるまで、ずっと外で寝てたの?」

 

 どうしてだろう。妙にききょーの声音が恐い気がする。眠気も一気に吹き飛んでしまった。

 

「ね、猫……いた、から」

 

 そのせいで、つい、話の流れを飛ばして言い訳をしてしまう。

 

『マジかよ! 不思議ちゃん過ぎんだろ!』

 

『しかも何気に顔のレベルも高いしよ! 胸と尻が虚無なのが惜しいぜー』

 

「………………? 誰か、いる?」

 

「うん。昨日言ってた祝勝会。綾小路くんの部屋に皆集まってるよ」

 

 けれども、突然聞こえてきた喧騒のおかげで話を流すことに成功した。電話をかけていたから静かにしていただけで、スピーカー設定にしていた為に筒抜けになっていた会話につい反応してしまったという所だろうか。

 

「あとは式ちゃんの到着待ちなんだけど…………」

 

「わかっ、た。先、はじめてて。気、むいたら……行く」

 

「うん。そう言うなら、先に始めてるね。けど、来てくれると嬉しいなっ」

 

「………………ん」

 

 ああ、なるほど。どうやら流すのには失敗したらしい。周りに人がいるからか穏便な口調をしているが、意味としては「絶対来い」というルビが振られる類のものだ。

 

「それと後で説教」

 

「………………………………ん。切る」

 

 しかも吐息と言葉の境目のような、何とか聞き取れる程度の小声で途轍もないことを宣告されてしまった。だから切った。

 

 

 さて、これから私は祝勝会に参加せねばならないらしい。正直面倒臭いけれども、仕方ない。

 

 空を見上げれば月が中天に浮いていた。星はない。文明の光に駆逐されてしまったようだ。

 

 瞬間、風が吹いてぶるりと体を震わした。既に初夏とはいえ、所詮は初夏。ずっと外で寝ていたから、体もかなり冷えてしまった。もしかしたら、明日は熱を出すかもしれない。

 

 こうなると、毛皮があればと思わずにはいられない。目覚めた時にはいなくなっていたあの猫。彼女みたいな毛皮があれば、さぞ冷える夜も暖かなのだろう。

 

 そんな益体のない思考を打ち切って立ち上がると、本を片手に歩き出す。

 

 ここがどこかは分からないけれども、来た道はしっかり覚えている。だから戻るのに苦労はしない。けれども、綾小路の部屋がどこかは知らないなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、説教されたのは放浪癖についてだった。もっと体に気を遣えと怒られた。

 まあ、本を読みながら歩いて頭をぶつけたり、こけたり、落ちたり、ついには風邪もひいたわけだから、むべなるかな。

 

 

 

 

 

       ◇

 

 

 

 

 

 

「なんだ? チビ」

 

「ん。待ってた……これ、買って?」

 

「ああ? 過去問か。いらねえな、他所を当たれ」

 

「なら、屋上から……ばら撒く。ばるーんも、飛ばす」

 

「勝手にしやがれ」

 

「な、ならっ。お買い得、きゃんぺーん。十万…………っ! 大、特価っ!」

 

「せめてDのヤツらが他クラスのヤツに見せない保証を示せ。一人でも絆されれば買い損だろうが」

 

「か、かくして……見せる。前日に…………」

 

「ハッ、お前の詐欺の才能は三流だな。それは何の保証にもならねえよ」

 

「けど、1clで……四万。期待値、充分…………っ」

 

「対等な取引には信頼が必要なんだよ。五万で買ってやる」

 

「…………わかった。五万で、いい」

 

「ククク、じゃあな。これは貰ってくぜ」

 

 

 

 とうに陽も沈み、人もまばらになる時刻。龍園翔はとぼとぼと歩く真白の背を見て、五月の半ば頃に起きた交渉を思い返した。

 

 彼は、あの日下校時を待ち伏せされていたのだ。あの真白の少女───阿御鳥式に。

 

 龍園は、彼女のことを出会う前からある程度知っていた。Aクラスを目指すために、他クラスの脅威となり得る人物を探っていたから。

 

 その点、阿御鳥式は分かりやすい調査対象だった。

 小テストで満点を取り、学年一の知力を示したのだから。

 

 けれども、最終的には注意を払う必要はあれども脅威たりえないという結論に至った。クラスでは孤立気味であり、流暢な会話も不可能なほどにコミュニケーション能力も低く、Aクラスへの志向もない。つまり、リーダーの素質はなく、軍師としても不十分。

 

 加えてわざわざボランティア活動に励むような善性の存在だ。他者を貶めることも出来ないヤツが、どうしてこの闘争の舞台に上がれるだろうか。

 

 

 そして、その考えは阿御鳥式と直接会話したことでより確固たるものになり───同時に、いくらかの警戒を呼び起こした。

 

 龍園は思う。アレは、真性の怪物だと。ただ、自縄自縛により封じられているだけに過ぎないのだと。

 

 本質的に他者に一切の価値を認めず、個人で自らを完結させた存在のどこに社会性があるというのか。

 

 法律を守るのは、自らが束縛されないため。バレないのならば破ることに躊躇はない。

 道徳倫理を持つなどあり得ない。普通、道端の石ころを砕くことに罪悪感は抱かない。

 

 自らの目的を達成するならば、全能力を賭してありとあらゆる手段を利用する。

 例えそれがどれ程悪辣な行為で、外道と罵られることになろうが、所詮はどうでもいいことに過ぎないのだから。

 

 アレはそういう類の存在だった。その癖して、捻じれた倫理観を自らの中に規定している。

 それは、あの交渉の中でも節々から滲み出ていた。

 

 故にこそ脅威たり得ない。

 

 

 

 

 ゲームに勝つために、龍園はまず相手を測ることを優先した。学校の法を見極めるついでとは言え、多額のクラスポイントも吐き出した。

 

 Aクラスでの二大指導者の派閥争いに終わる見込みはなく、Bクラスは一之瀬帆波の元に団結した。Cクラスからの攻撃により、その性質も徐々に暴かれている。

 

 Dクラスだけは未だ不確かだが、それも来月には判明する。そのための策を練っている。今日も丁度下見に行っていた所だ。

 

「ククク」

 

 そうして笑いを零す龍園は。

 

 しかして。

 

 叱られてなお放浪を続ける阿呆により計画を狂わされることを知る由もなかった。





ちょっと解説。
 
>「か、かくして……見せる。前日に…………」
 
翻訳:過去問をテスト対策問題と偽ってあらかじめ見せておき、前日に過去問を見せて例年と同じ問題が出題されていることを明かす。

隠して見せると前日に見せるの掛詞ですね。これだからコミュ障は…………。
 
 これはブラフです。過去問は答えである以上、僅かな時間見るだけでも大幅な点数上昇が見込めます。それは、元からある程度の学力を持つAやBなら尚更にです。そのため、この発言は他のクラスに見せない保証という論点に合っていません。また、Dでは過去問を用いても原作では数学の平均は79.6点、教科毎の満点も十人以上と称せる程度の人数であることから分かるように、一日の勉強ではその益を最大限受け取ることはできません。1clあたりクラス全体で40000pr貰えることを考えると、個人の利益よりも集団の利益を優先するオリ主ちゃんは前日に種明かしするという選択を取ることはできないのです。
 ですので、龍園からは二重の意味で三流の詐欺師だと罵倒されました。オリ主ちゃんは人を騙すのが下手です。
 更に言うと、龍園からすると過去問をばら撒かれるデメリットはあまりないんですよね。実際、この時期はポイントの減少を割り切っている行動をしているので、どうしてもポイント差を縮めたいといった意図はないようですし。過去問なしと比較した時の単純な点数の上がり幅で見るなら、CはDに次いで大きいと推測できますから。
 また、交渉の結果龍園は過去問を買いましたが、この「か、かくして……見せる。前日に…………」の部分は共通認識として無効になっています。
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