20歳以下の飲酒ダメ、絶対!お酒は20歳になってから!お酒は楽しく適量を。プリティードーナッツ・ポリスガールズ、中務キリノとの約束ですよ!

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第1話

 ドアの前で深呼吸、なんてしていたのも最早数十分前のこと。

 今はもう、ビルの明かりさえ真っ暗になったDUを見渡せる高さの、シャーレの執務室で。

 

 ラフにジャージを着た、部屋着姿の先生と。今まさに寝る前、みたいな。ワイシャツを羽織っただけの私。

 そして、私たちの目の前には今まさにプレイ中のゲーム画面。机の上にはお菓子と、ジュースと、お酒。

 

 つまりは、「よふかし」真っ最中な私達の姿がそこにはあった。

 

 ……こんなつもりでは無かった、とは、思うけど。

 でもちょっとだけ。こうなればいいな、なんて思いを巡らしながら、深夜にシャーレへ足を運んだことは否定できない。

 ───

 ──

 ─

 チャイムを押してすぐ、扉の奥から声が聞こえてくる。それから、足音が段々と近づいてきて。

 ガチャリ、と扉が開く。

 

 ”はい……、あれ、マリー? どうしたの? こんな時間に”

 

 メガネを外して、ラフな格好で。髪も少しぼさついてる……のはいつもの事か。肩にタオルを引っかけている様を見れば、おそらく今しがたシャワーでも浴びていたのだろうと想像か付く。

 普段と少しだけ違う様相の、そう、言ってみれば「プライベート」な、先生の姿。

 

「こ、こんばんは、先生。あの、サクラコ様に頼まれていた書類を届けに参りました」

 

 先生が心配げな表情を浮かべるのも当然。なにせ時刻は22時を回る頃。アポイントメントも無しに尋ねるにはどうしたって遅い時間。

 

「い、いえ。ちょっと夜風に当たりたかったというか。先生が起きていない様であれば帰ろうかとも思ったのですが」

 

 先生が日付を跨ぐまで起きていることは割と誰でも知っている。そうでなくともシャーレを見上げ、執務室の階の明かりがついていればまだ先生は起きているのだと、大体誰でも知っているのだから。

 

 だから、レッスンで忙しくしていたサクラコ様を遮って、私が届けるなんて言ってわざわざこの時間に。シャーレを訪れた理由は。

 特に理由もなく眠れない夜……いや、眠れない理由は本当は分かっている。口に出そうとして、でも体が追い付いてこない。頭の中を巡るのは、「アイドル」。

 何度か口を開き、息が喉で詰まって、また閉じる。

 

「……」

 

 どうにか思いを吐き出そうとして、言えずじまいな私の様子を見た先生が。

 

 ”あー、じゃあ、マリー。明日、休みだっけ? ”

「い、いえ。休みではないですが。まだ曲のピックアップが出来ていなくて。サクラコ様とミネ様がそちらに注力してくれと。なので……」

 ”オッケー。なら、すこしだけ。悪い子になって気分転換でもする? ”

 

 普段訪れる訓練場ではなく、なぜかシャーレに足が向いた。それだけを理由に、本当にこんな時間に訪れることができるなんて、自分でも思っていなかったけれど。

 

 ”「よふかし」、しようか”

 

 いつもの優しそうな笑みとは少しだけ違う、口角を釣り上げたような。そう、「ワル」そうな笑み。

 

 思わず心臓が跳ね上がった私は。コクコクと。頷くことしか出来なかった。

 ───

 ──

 ─

「あっ、あのっ! 私っ」

 ”まあまあ、マリー眠れなかったんでしょ? なら、せっかくなら私に付き合って貰おうかなって”

 

 前を歩く先生に、半ば背を押されるようにしてシャーレのビルを出た。翻るシスター服のスカートの裾が夜風を切り、空を仰げば無数の星々が目に飛び込む。

 降り注ぐ闇の中の眩しさに一瞬だけ目がくらみ、ほう、とため息をついた。

 ……きっと、眠れなかったというのは嘘だ。

 だって、いつもの通り先生の目の下にはクマが出来ているし、しきりにあくびを堪えようとしている。

 だから、「よふかし」というのは、眠れない夜を過ごしていた私に対する方便。

 普段通りの私であれば、先生の身体を気遣い、辞退して、休む様に進言すべきだし。私も同じように休むべきだ。しっかり、求められた役割に応えたい。

 

 それでも、先生の言に逆らえないのは多分、抗えない魅力があるから。「よふかし」。「わるいこ」。

 

 ──重荷だとは思ったことは無いけれど。ほんの少し。肩の荷が降ろせたような奇妙な解放感。……私が悩んでいる事に気づいて、気分転換に誘ってくれた気遣いがくすぐったくて。

 

 ……ちょっとだけ、甘えたがりな私を、お許しください。先生。

 ※

「いらっしゃいま……! ……ッ、とっかえひっかえ……!」

 ”労働基準法……! ”

 

 ”「!?」”

 

「……? どうかなさいましたか、先生?」

 ”い、いやなんでも? ”

 

 エンジェル24。系列店はトリニティ周りにもあるけど、深夜に訪れるコンビニというだけで、見慣れたラインナップもなぜだか新鮮に感じる。

 金髪が眩しい店員さんと挨拶でもしていたのだろうか、先生も私の後ろでかごを持ち。──変わろうと声を掛けたが頑なに拒否された──様々な品物を次々と放り込んでゆく。

 しょっぱいもの、からいもの。ポテトチップスや、飲み物も。ジュースにお茶に、あれはトマトジュース? 雑多な品物が投入されゆくかごを見て、思わず声を掛けた。

 

「あの、そんなに買って大丈夫なのでしょうか?」

 ”大丈夫大丈夫。食べきれなかったら当番の子たちが食べていくから。それよりマリー。食べたいもの、買わないと! ”

「えっ、えっ!?」

 

 またしても声に背を押されて、改めてかごを吟味すれば、なんだか喉が渇きそうなラインナップ。嫌いでは無いが、今欲しい、今食べたいものかと問われると首を傾げざるを得ない。

 

 食べたいもの。……私も年頃に、甘いものは、好きだけど。シスターだし、夜だし。ちょっと。

 なんて葛藤を見抜かれたのか、さっきみたいなワルい笑みを浮かべた先生が、私の耳の横で囁く。

 ”

ダメだよマリー。一度「よふかし」をするって決めたんだから……! 欲望を解放しないと……! ”

 

 別に、私が決めた訳では。そんな否定の言葉は。耳に触れる吐息がこそばゆく、終ぞ私の口からは漏れることなく。

 

 ……かごの中に追加されたクッキーとチョコレートのお菓子が、私の罪の証明だった。

 *

 準備しておくからその間に、との先生の言に促され、シャワーまで頂いてしまっている最中。熱いお湯が頭を叩くたび、私の思考が今を冷静に分析していく。

 冷静に考えれば、我ながらとんでもない事をしてしまっていると思う。普段の自分であれば考えられない程に。でも、そのおかげで、今は心の中にあったもやもやを幾分か気にせずにいられる。目まぐるしすぎて、考える暇が無いというか。

 ……。

 うん、よし。せっかくの「よふかし」。せっかくの二人きり。私ひとりでは考えもしなかった、大切な時間。戸惑いもあるけれど、それを含めて楽しもう。

 

 心を切り替える為、冷水を被って頬を叩く。さあ、初めてのよふかしを、先生と一緒に。

 ───

 ──

 ─

 用意されていた着替えに袖を通し、執務室まで戻れば。

 机の上には大量のお菓子と、ジュース。それと「準備」だったのだろう、パスタまで並んでいた。流石に手の込んだものではなく、茹でたパスタに市販のソースをかけた一品だけれど。

 

 そのジャンクさが、やっぱり新鮮で、面白くて。なんだか、そう、わくわくしてしまう。

 

 ”おっ、上がったねマリー。ほら、座って座って! なに飲む!? ”

 

 机に目を奪われていた私が、声の方向に視線を向ける。

 

「あ、ありがとうございます……。では、その、コーラ、を」

 見ればキッチンから先生がグラスを二つと、瓶を持ってこちらに歩いてきていた。私を席へ促し、自らも座り。グラスにコーラを注ぎ、私へ。そして先生は自分のグラスへと、瓶を傾けてとろみのある中身を丁度グラスの半分まで注ぐ。よく見れば瓶にはうっすらと霜が張り付いていて、今の今まで冷やされていたのが分かる。

 流れる様に、机上のトマトジュースを残りの半分まで注ぎ。

 

「……!?」

 

 あろうことか。パスタ用のハバネロソースを三振り、マドラーで二度三度とかき回し。

 

 ”じゃ、よふかし、しちゃおっか? ”

 

 私へグラスを傾けた。数舜遅れて私も、自分のグラスを傾け。0時の訪れと共に響いた硬質な音色が、よふかしの始まりを告げた。

 ───

 ──

 ─

 そこからはもう。

 夜なのにお菓子を摘まみ、テレビゲームをプレイし。レースゲームで体が傾いた私を見て先生が笑ったり(私に気を取られた先生は盛大にクラッシュしていた)。

 ジュースを飲んで、映画を見て。ハラハラドキドキな冒険もの。自分が普段選ばないジャンルだったが、主人公達の活躍一つ一つに目を奪われ、クライマックスの爆発シーンでは爽快感を味わい。直後に映画の感想を言い合うのが楽しくて。

 

 あっと言う間に、時間が過ぎていった。

 

 ───

 ──

 ─

 

 映画も終わり、感想もあらかた語り尽くし。ふと時計を見れば時刻は午前2時過ぎ。さっきまでは全く眠気なんて感じていなかったのに。時間を意識した途端眠気が瞼を占領し始める。

 でも。せっかくのこの時間を終わらせるのが勿体なくて。眠気を飛ばそうとグラスを口元へ運び、中身が無くなっている事に気づく。

 飲み物を注ごうと目を机の上に走らせると、丁度また、トマトジュースをグラスへ注いでいる先生と目があう。

 

 そういえば。私は主にコーラを飲んでいたけれど、先生は何を飲んでいたのだろうか。あの瓶にはお酒であることを示すラベルが貼ってあった。

 

 お酒。私達にはまだ飲むことが許されていなくて、先生に聞くと冗談交じりにこれの為に生きてる、だなんてたまに言う「お酒」。

 勿論飲んではいけない。けれど、少し。ほんの少し、憧れ、みたいなものがあるのも事実。あるいは、先生が飲んでいるものと同じものを味わってみたい。そんな思いが由来の羨望なのかもしれない。

 

 だから聞いてみた。そして、初めて知った。

 

「先生、何を飲まれていたんですか?」

 ”ああ、これ? これはウォッカのトマトジュース割り”

 ”【ブラッディ・マリー】って名前のカクテル、だね”

 

 ──私の名前を冠するカクテルがある、という事を。

 *

 カクテル。お酒とお酒、あるいはジュース? を混ぜるもの、という認識くらいはある。認識こそあるけど、なにせ自分が普段接することのないものだから、それ以上の知識は無い。

 

 それにしても。

「【血染めのマリー】と、言うのですか?」

 私とは何の関係もないカクテルの名前。けれど、ただの偶然とはいえ、私と同じ名前のカクテルが「血染め」だなんて驚くというか、なんというか。

 なんでそんな名前が付いたのか。今日の夜の間、先生はずっと【ブラッディ・マリー】を飲んでいた。そんなに美味しいのだろうか。

 

 さっきまで感じていた眠気なんてまるでなくなって、代わりに湧き上がるのは興味と疑問。

 それを感じ取った先生が、一口喉を潤した後に、話を続けてくれる。

 

 ”まあ、物騒な名前だよね。【血染めのマリー】だなんてさ。期限は諸説あるんだけど、どれも確定じゃない。16世紀のイングランド女王メアリー一世がたくさん処刑したことにちなむとか、レシピ考案者が懇意にしていたバーのダンサーの名前がマリーだったとかね。その他色々”

 ”でも。どれも一説に留まる。けどそれもまた、どんなルーツなのか、何が本当なのかってたまーに考えたりするのも面白いんだ”

 

 そう語る先生の表情が、いつもとは違く感じる。好きな飲み物のルーツに思いを馳せる、なんて考えた事も無かった。

 そういう観点も新鮮で、語られる内容も面白くて。なにより、好きなものについて語る先生の横顔が、とても眩しくて。

 

 そうしてまた、一口。

 なみなみとグラスに満ちていた飲み物を、いや、【ブラッディ・マリー】を喉に流し込み。

 ふと先生が、閃いたという表情に笑みをブレンドし。

 

 ”あ、そうだ。マリーもこれ、飲んでみる? ”

 

 そんな、魅惑の提案を口にした。

 わるいこの話はしたけど、流石にそれは悪すぎるのでは……!? 

 *

 ”とは言っても、私が飲んでる奴はお酒入ってるから、飲ませてあげられないけど”

 

 流石にね。と言って先生はからから笑う。……まったく、もう。不意の提案で心臓が高鳴った私に、言葉を続ける先生。

 

 ”いわゆる、ノンアルコールカクテルって奴。材料持ってくるから、ちょっと待っててよ……これはこれで名前がまあちょっとアレだけどさ”

 

「は、はい! お願いします!」

 

 そう言って先生は、キッチンへと姿を消し。ものの3分ほどで戻ってくる。……トレイに様々なものを乗せて。

 

 ”じゃ、せっかくだし。しっかり作ってみようか”

「……? 今も作られていたのではないのですか?」

 

 ”どうかなー……。私が飲んでたのはかなり適当というか普段飲み用の簡単なレシピだからさ。でも、いくらノンアルコールカクテルとはいえ、初めて飲むマリーにはしっかり作ったものを味わって貰いたくて”

 

 机の上に、見たことのない道具が次々と並べられていく。中でも目を引くのは銀色の、変な形をした器。

 カクテルに疎い私でも見たことがある。確か、シェイカーというもの。

 

 ”本当はステアで良いんだけどねー。レモンジュースは切らしてたから”

 

 レモン果汁を、三角を二つ組み合わせたような─メジャーというらしい─に注ぎ、量を測ってシェイカーへ。

 

 ”本当はジュースを使うんだけど、今回はちょっとアレンジレシピって事で”

 ”レモンジュース代わりの果汁。それと、今回は氷を入れるから、ジュース分の水分は代用できてる。代わりの甘味としてはちみつを少々。それで、「つなぎ」として、トマトジュースをいれて”

 

 言葉と並行して、手慣れた様子で次々と準備していく。眼の前でカクテルが作られている様子はとても興味深くて。ついつい食い入るように見てしまう。

 レシピを全てシェイカーに注ぎ、胸の前で構え。滑らかにシェイク。カロカロカロ。言葉におこそうとすればそのような音色で、レシピが混ぜ合わせられていく。

 

 一方、別のグラスへトマトジュースを注ぎ、そこへシェイカーから中身を注ぐ。続いてコショウとハバネロソースを一振り入れ、マドラーで底から表面へ救い上げる様にかき回す。

 最後に、レモンのスライスをグラスへ飾れば。

 

 ”はい。【ブラッディ・マリー】のノンアルコール版。【ヴァージン・マリー】。召し上がれ”

 

 真っ赤に輝く宝石のようなカクテルが、私の前へ差し出された。

 *

 まずはグラス。注がれたカクテルがまるで血液みたいで。先生が飲んでいた時にはトマトジュースなのかな? 位にしか捉えていなかったけど。なるほど、「血染め」。言い得て妙なネーミングだ。

 

 次に香り。

 ベースがトマトジュースなだけあって、基本はトマトの酸味が効いた香りが占めている。だけど、飲まなくても分かる。コショウとハバネロソースの辛味が香りにしっかりブレンドされていることが。

 ここまででもう既に、普段私が飲むジュースとは趣が違うことが分かる。紅茶とも違う、

 

 まさしく大人の飲み物。完全に同一、という訳では無いけれど、先生が嗜むそれに、一歩近づいた「カクテル」。

 

 未知と興味に背を押され、とうとうグラスを口へと運ぶ。とはいえ、勿体なさも相まって大きく口へ含むことはせず、一口、軽く。……結果として、それが功を奏した。

 

「……!?」

 

 トマトジュースなのにトマトジュースではなく。冷たい飲み物が甘いジュースでなく、紅茶でなく、水でなく。トマトの酸味と一線を画すレモンの爽やかな柑橘の酸味と香り。同時に舌を刺激する、コショウとハバネロソースの辛味。トマトの風味の中の強いアクセント。

 だけど辛いだけでなくて、はちみつの優しい甘さが見事に味をまとめ上げて、これがただ単に混ぜ合わせただけの物では無く、「こういう飲み物である」と、見事なまでに舌へ訴えてくる。

 

 口の中に広がる、まさしく未知の味わい。

 

 こくりと。

 喉を通る一瞬、ハバネロソースの辛味が喉奥を刺激して。けれどそれが心地よい。これが「カクテル」。本当に、知らない世界の、大人の味わい。

 

「……」

 ”……どうかな? 口に合うといいんだけど”

 

 いつも飲みたいものか、と問われるとまだ分からない。舌が慣れていなくて、単純な美味しさだけで言うなら正直、コーラや、他のジュース、紅茶などの慣れ親しんだものが美味しいと思う。

 けれど。

 

「おいしい、と思います。初めは正直、口に合わないのかな、とも思ったのですが。けれどそれは、今まで飲んで来たものと違うものへの驚きで。びっくりしたというか」

 

 問いに対して、普段の私なら目を合わせるところ。けど今は、味への分析に忙しくて、目がグラスから離れない。

 続けて、もう一口。今度は、先程より多めに口へ運び、味わい、腑へ滑らせる。頷きを一つして、改めて先生へと視線を合わせ。

 

 好きか嫌いかであれば、好きに「なりたい」味。

 今の私にはまだ少し早いけれど、でも、いずれ。いつか大人になった時に。このカクテルが好きなのだ。とそう言えるような。

 

 ”……! そっか、それは、嬉しいね”

 

 目線に乗せた言葉の続きを読み取って、先生が今日一番の笑みを浮かべた。

 その後は、お互いにカクテルを飲みながら、なんて事の無い雑談を交わす。一言二言、一口、二口。

 私のカクテルにはお酒が入っていないのに、気持ち饒舌になってしまう。場酔いなのかも。それか、深夜に先生と二人きりで、カクテルを飲むなんていう、背徳感に溢れた雰囲気に酔ってしまっている部分は、確かにある。

 

 とはいえ、時刻が2時半を超え、3時に差し掛かろうかという頃合い。

 手元のカクテルで眠気を誤魔化すのも限界が近づき、それは先生も同じのようで。

 

 かちゃりかちゃりと、最低限の机の上の片づけを行っている姿が目に入る。私も手伝わなければ、とつられて机の上を見やれば。飲み干した私のカクテルグラスと、先生の飲みさしのグラス。

 

 ドクン。と心臓がうるさく響く。

 眠気と、場酔いと、緊張感と、「わるいこ」と。全てがシェイクされ、思考が巡る。

 

 ……今日は私が飲んだのは、私用に先生がアレンジしてくれたカクテル。勿論とても嬉しいし、楽しく飲むことができたけれど。本当に先生と同じものを味わえたかというと、そうではない。

 先生は自分で飲む分は手を抜いていると言った。……ならば、私用に整えられたものではなく、先生と同じものを飲みたい。味わいたい。

 

 ──先生。

 私は。このカクテルを好きになりたいと、そうお伝えしましたが。貴方が好きなものだから。純粋に味として好みの事の他にも、そんな理由があったことを、解っていらっしゃいますか? 

 

 いつか、ブラッディ・マリーを、あなたと。

 

 同じ目線、同じ立場で。酌み交わす。それだけのことに、憧れたのです。

 

 だからこれは、いけない事。でも、ほんの一口だけ。5年の先取り。

 待てばいずれ手に入るものでも。私は今、この瞬間に。どうしようもなく、あなたと同じものを味わいたくて。

 

 ……罪深い私を、お許しください。

 

 ──止められない衝動に、私が私の背を押して。机上のカクテルへ手を伸ばした。

 

 軽く一口。先程と同じ要領で、口の中へと。けれど広がる衝撃は、

 

「ッ!?」

 

 最初に熱。次に辛味。むせて咳き込まなかったのは偶然に違いない。

 口の中と喉を蹂躙するような熱は恐らく、これが「お酒」なのだろう。そこに加わる、暴力的なまでの辛味。そういえば、私のレシピにはハバネロソースは一振りだけだったけど、先生は確か三振りくらい入れていたっけ。

 はちみつの甘さも無く、ただ熱と刺激に蹂躙される口内。飲んだことのないお酒に、強い辛味。けれどどうにも、全てを甘く感じられてしまうのはきっと、背徳感と薄暗い愉悦故なのだろう。

 

 私しか知らない味。私しか知らない先生。

 

 胸中に広がる罪悪感と、初めて垣間見れた一面に踊る心。

 

 ふたつが頭をぐるぐるとして。景色がぐるぐるとして。思考が全く纏まらないし、頭を正常な位置に保っていられない。どんどん瞼が落ちてくる。……あれ、まだ考えたいことがたくさん──。

 

 あ、そうか。

 眠気、緊張、疲労。そこにアルコールでダメ押し。答えは一つ。

 

 ──私、酔っ払ってしまったんだ。

 

 罪悪感。夜更かしをした今日の思い出。ゲームに映画、初めて飲んだカクテルに、初めて飲んだお酒。酩酊した思考。全てがシェイカーで攪拌されて、ない交ぜになって。結局心に残ったのは、楽しかったというシンプルな思い出。それをどうにか先生に伝えたくて。でも、もう限界だ。

 

「おやすみなさい、先生……」

 

 最後に一つ、どうにか言葉を振り絞り、私は意識を手放した。

 

 

 ────────

 

 

 翌朝。

 差し込む光が瞼越しに眼を刺して、眩しさによって起床が促された。

 寝不足な頭をゆっくりと持ち上げ、身を預けていたソファから起き上がる。……ベッドで寝ていなかったせいか、首や肩に違和感がある。

 眠気覚ましも兼ねて、室内を見回すと、ソファの足元。

 先生が、足掛けの部分に背を預けて座り込むような形で眠っている姿が目に入った。

 

 時刻は朝の8時。

 私は実質休みみたいなものだけど、先生はそうでは無いだろう。肩に手をかけ、軽く揺する。声を掛けて見ても起きない様子なので、さらに力を込めて。

 そうして2回ほどチャレンジして、ようやく先生が起きた。

 

「おはようございます、先生」

 ”ん? 、んー……あぁ、おはよう、マリー”

 

 お互いに寝不足で、私もきっと酷い顔をしている。まずは顔を洗って、意識をはっきりさせないと。

 

 ──昨日までのもやもやは、今も胸中にある。「アイドル」についてどう向き合おうか、未だに私の中に答えはない。

 ……けれど、今はまだ、それでいい。そう思えるようになったことが、昨日の私と今日の私の違い。

 寝不足で回っていない頭のはずなのに、不思議と思考と気分は爽やかだ。

 

「昨日はありがとうございました、先生。おかげさまで、なんだかすっきりしたような気がします」

 

 だからまずは感謝を伝えて、それから。今日も一日、頑張ろう。今の私ならもう大丈夫。

 

 ”……そっか。それならよかった。曲選び、捗りそう? ”

「はい! 実は、これにしようというのがあって──」

 

 ですから、先生。

 

 もし、また。私が前に進めなくなる時があったとしたら。「よふかし」にどうか、お付き合いください。


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