創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第一章: 始まりは人知れず
第一話: 始まりの地


まだ、何者も名を持たぬ時代。

天は開かれず、大地は形をなさず、光も闇も定まらぬ、原初の混沌に世界はあった。

音も、色も、意味すら持たぬこの空白に、ただ一つ――意志が目を覚ました。

 

それが、セレヴィアン・エル・セノーテ。

後に“龍神”と称される、悠久を超越せし存在である。

 

天の裂け目より零れた微かな光の波に包まれ、巨大な龍が眼を開いた。

うねるように尾を揺らし、身を起こしたその姿は、あまりにも雄大で、威厳に満ちていた。

全長一千メルトを超す白銀の龍は、ただそこに在るだけで、空間の密度を変え、重力すら引き寄せた。

 

「……目覚め、か。」

 

龍の喉奥から、低く響く声が漏れた。

その響きは言葉でありながら、言語を超え、世界そのものに語りかけるような重みを帯びていた。

 

数千年の眠りから目覚めたのではない。

この世界が、彼を「目覚めさせた」のである。

それは、理が一つ生まれた瞬間だった。

 

セレヴィアンは、空に漂う「何か」を感じ取っていた。

空と呼ぶには稚く、大気と呼ぶには粗すぎる、未分化の魔力のうねり。

それは、魔法にもならず、生命にもならず、ただあらゆるものの「素材」として漂っている。

 

「――未だ、形には乏しいな。」

 

彼はゆるやかに身を翻し、天空の遥か彼方を見据えた。

その瞳は深く蒼く、星も天も存在しないこの世界にあって、唯一“真理”の色を宿していた。

 

龍の姿を包む光が揺らぎ、やがて少年の姿へと変化する。

雲の繊維で紡いだような白の衣を纏い、細くしなやかな肢体に長く銀の髪をたなびかせたその少年は、

決して幼くは見えなかった。いや、むしろ、そこに立っているだけで、王者の風格を感じさせる。

 

セレヴィアンは、その小さな掌を開いた。

周囲を漂う混濁した魔力が、彼の意志に応じて集まり始める。

 

「構成が粗い。密度も不安定……だが、基本は備わっている。」

 

彼は静かに指先を払った。

その瞬間、小さな火花が生まれ、彼の手の中で、淡く揺れる炎が現出する。

炎というよりも、まだそれになろうとする“兆し”――火の精霊と呼ぶにはあまりに未成熟な存在。

 

セレヴィアンは、その火を見つめて微笑んだ。

 

「……芽はある。ならば、育ててみる価値はあるな。」

 

彼は炎を消さず、掌に載せたまま歩を進めた。

まだ大地とは呼べぬ浮遊する岩塊の上を、風に乗るように移動しながら、この原初の世界を見下ろす。

 

そこには、幾億の可能性が眠っていた。

 

やがて、風が一筋吹き抜ける。

風とは言えぬ風――それは魔力の濃度が高まった“気流”であり、

その中に、かすかな意志を感じ取った。

 

セレヴィアンの瞳が細められる。

 

「……いるな。精霊か、それとも、無垢なる魔物か。」

 

足を止めたその地には、岩と水の境界線があった。

水といっても、まだ液体とは呼べぬ濃密な魔力の塊。

そこに、“何か”がいた。

 

それは獣のようで、風のようでもあった。

四肢を持ち、尾を振るい、体から光の粒子を散らしていた。

未だ名前を持たぬ聖獣――いや、世界そのものが産み出した“存在の萌芽”である。

 

その存在はセレヴィアンに気づき、顔を向けた。

獣の眼は、まるで問いかけるように彼を見つめる。

敵意はない。だが、警戒はある。

 

セレヴィアンは炎を消し、その場に膝を折るようにして視線を合わせた。

 

「我を畏れず、逃げもせぬか……。お前も、この世界の産声ということか。」

 

少年の声は柔らかかった。

誰に語りかけるわけでもない。

けれど、あの獣の耳には、たしかにそれが届いたようだった。

 

風が吹き、霧が立ちこめた。

気配が変わる。

 

「……そうか。ならば、一つ、試してみるか。」

 

セレヴィアンは再び手を伸ばす。

今度は、先ほどとは異なる“かたち”の魔力を構築し始めた。

それは氷であり、水であり、空気を縛る力でもあった。

 

「創造の理に、凍結の縛めを与えよ。」

 

低く囁くような詠唱が、空気に震えをもたらす。

次の瞬間、地の奥から噴き上がった水蒸気が、空中で一気に凍り、

空に浮かぶ氷の結晶を無数に生み出した。

 

その光景に、獣が歓喜のように鳴く。

セレヴィアンはその様子に、目を細めた。

 

「……喜ぶのか。ならば、我は続けよう。もっと、創り得る。」

 

やがてその聖獣は、軽やかな足取りで霧の向こうへと消えた。

それを見送り、セレヴィアンは立ち上がる。

 

「始まったばかりの世界だ。されど、既にそこには“交流”がある。」

 

彼の瞳が空を見上げる。

星はまだなく、ただ黒々とした虚空が広がるその天に、

確かな意志を持つ者の瞳だけが、理を探していた。

 

セレヴィアン・エル・セノーテ。

世界が産声を上げたその日、彼もまた一つの意志として立ち上がった。

 

世界は今、動き始めた。

 

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