創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第十話: 終焉に立つ者

黒い霧が、地を這っていた。

 

足元の泥はぬかるみ、風のひとすじも吹かぬその地は、まるで世界が呼吸をやめたかのようだった。

 

セレヴィアンは、霧の奥にゆっくりと歩を進めた。

空は閉ざされ、太陽は射さず、命の気配もない。

 

「……淀みの地か」

 

かつてこの一帯は、精霊たちが遊ぶ緑なす大地だった。

しかし今や、残骸と化し、沈黙すら呑まれていく。

 

そこにいたのは、“名を持たぬ魔”だった。

泥の中からのそのそと這い出るそれは、既に言葉も意思も持たぬ。

 

かつて戦った魔族たちと違う。

怒りも、畏れも、欲もない。

 

「……感情を、持たぬか」

 

セレヴィアンは静かに立ち止まった。

その眼差しには、敵意も、怒りもない。ただ冷静な観察者のまなざしだけがある。

 

魔は咆哮すらせず、ただセレヴィアンの存在に反応し、這い寄ってきた。

 

「黒き魔の長……あれは異端だったのか。あるいは、過渡期の徒か……」

 

言葉に反応はなかった。

 

ただ、形だけが存在し、理なき力を振るうだけの存在。

理知を捨て、進化の果てに残った“最も効率的な殺戮の器”。

 

それを見て、セレヴィアンは、ほんのわずかに目を伏せた。

 

「この世界は変わってゆく。理が変質し、存在が変容し、やがてそれを“当然”とする時代が訪れるのだろう」

 

まだ確信ではない。

だが、そうなるであろう片鱗を、彼は確かに感じ取った。

 

そしてそれは――

 

「……余がこの世界に関与しすぎれば、その流れさえも歪めかねぬ」

 

歩いてきた道を思い返す。

風精の声、聖獣の問い、魔族の感情。

それらすべては、“始まり”として美しかった。

 

しかし、彼は神である。

 

神の眼は、世界の在り方に影響を与える。

無垢なる理が揺らぎ、存在の選択肢を奪う。

 

「ならば、見届けるのはここまでだ」

 

そう口にした時、空気が少し揺れた。

 

彼の周囲に風が戻り、草の種子がひとつ、霧の中を舞った。

 

「……余は眠る。だが、終わるのではない。これは“間”だ」

 

彼は確かに言葉を刻む。

 

世界が新たな形を築くまで、余は沈黙する。

それを壊さぬために、ただ眠る。

理を観るためではなく、理を守るために。

 

「……眠りの刻は、近い」

 

その声に応じるように、風の中からひとつ、小さな精霊が顔を出す。

かつて旅路の途中で名乗った、風精の末裔である。

 

「――おやすみ、セレヴィアン」

 

その声はかすれていたが、確かに微笑んでいた。

 

セレヴィアンはわずかに頷き、背を向けて歩き出した。

眠りの地を目指して。沈黙の場所へと。

 

 

 

この日、龍神はまだ眠っていない。

だが、彼の心は既に静寂の淵にあった。

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