戦いの終わりは、静寂という名の余韻を連れてやってくる。
黒炎に焼かれた大地の焦げ跡は、まるでこの村が抱える脆さと儚さを象徴しているようだった。
家々は一部崩れ、子どもたちは怯えた目で空を仰ぎ、大人たちでさえ言葉を失っていた。
だが、その中心に立つ少年だけが、別の時間を生きているかのように、ただ静かに佇んでいた。
セレヴィアン・エル・セノーテ。
龍の姿で世界を巡り、この地で人という存在を見つけ、観察していた“神”は、
いま人の姿で村人たちの営みを静かに見下ろしている。
その眼差しは温かくも冷ややかで、どこまでも静謐だった。
やがて、彼は天を仰いだ。
感じ取っていた、もうひとつの異質な魔力が近づいてくる。
鋭く、美しく、濁りなく整えられた魔力。
それは風と共に訪れる。
木々が揺れ、草が靡き、地の空気がわずかに震える。
そして現れたのは、一人の少女だった。
銀色の髪が風に舞い、紅い双眸が鋭く空を睨んでいる。
細身の身体に纏われた法衣は、動くたびに魔力の波を孕み、静かに鳴動していた。
——その名を、後の世は語る。
**“大魔法使いゼーリエ”**と。
だが今はまだ、若き彼女が、自らの力をもてあそぶように振るう時代。
ゼーリエは、焦げた地と倒れ伏した魔族の亡骸を見下ろし、軽く息をついた。
「……ふむ。来てみれば、すでに済んでいたとはな」
その声音は涼やかで、どこか退屈そうでもある。
だが、目は違った。
セレヴィアンを一目見るなり、その双眸は彼を射抜いた。
「……お前が、やったのか?」
「然り。余が払った」
ゼーリエは数歩近づき、そのままセレヴィアンを見上げる。
紅の瞳が、無遠慮に彼を値踏みしていた。
「魔族を呪文も使わずに消し飛ばすとは。……ふふ、面白いな。人間じゃないな?」
「人の理には属さぬ。旅人であり、観察者よ」
「名は?」
「セレヴィアン・エル・セノーテ」
「聞いたことのない名だな。だが、記憶に残る響きだ」
彼女の口元がわずかに綻ぶ。
「私はゼーリエ。魔法使いだ。まぁ、これでも結構な使い手でね」
「感じ取った。汝の魔力は、整っている。鋭く、美しい」
「ふふ、わかるか。お前、見る目があるな」
ゼーリエはゆっくりと腕を組んだ。
そして、先ほどまで戦闘の緊張にあった空気とは打って変わって、妙に柔らかい調子で問いかける。
「なあ、お前、少し私と一緒に来ないか?」
「……目的は?」
「知的好奇心。お前のような存在がどう動き、どう思考し、どんな魔法を使うのか……興味が尽きない」
「随分と率直だな」
「私は常に率直だよ。隠し立てする意味もないしな。……それに」
ゼーリエの瞳がふと細められる。
「強い者と旅するのは、楽しい。単純な話だ」
セレヴィアンは、しばし沈黙した。
目を閉じ、風を感じ、焼けた大地の匂いを肺に入れる。
「……理が進んでいる。人が言葉で魔法を操り、魔族すら詠唱を用いている」
「その驚きは、私の魔法でも増すかもな」
「試してみるか?」
「ふっ、良い冗談だ」
ふたりの間に、ささやかな笑いが生まれる。
それは、時代と種を超えた者たちの、最初の“対等な会話”だった。
「同行、断る理由はない。余もまた、汝に興味を持った」
「決まりだな、セレヴィアン。……これから面白くなる」
ゼーリエは背を向け、ふと振り返る。
「行こう。道はないが、行く先はある」
その言葉に、セレヴィアンは一瞬、遠い過去を思い出す。
(……道はなくとも、空はある)
静かに微笑み、彼は彼女の背を追った。
こうして、世界が新たな理に包まれつつある時代に——
龍神と魔法使いの、長い旅が始まった。