朝霧が晴れ、陽光が大地を柔らかく照らしていた。
小さな村に差し込むその光は、まるで新たな時代の訪れを告げているかのようだった。
村の者たちは、まだ昨夜の出来事を消化しきれていない。
突如現れた魔族。空から降り立った異邦の神。
そして、紅き眼を持つエルフの少女――ゼーリエ。
それは伝説が現実の姿で歩んだ一夜だった。
村の外れ、崖際に佇む二つの影。
セレヴィアンとゼーリエが並び立ち、広がる森と山脈を見下ろしていた。
「……よく寝たか?」
不意に声をかけたのはゼーリエだった。
普段の尊大さは影を潜め、どこか穏やかな響きがその声にはあった。
「眠りは取った。夢は見なかったがな」
「そりゃ神さまみたいな存在が夢を見るとは思えないな」
「見るぞ? 時折、過去の幻影のような夢を」
「へぇ……意外だ」
セレヴィアンは答えず、空を仰ぐ。
風が吹き、衣を揺らす。
そのまま、彼は歩き出した。ゼーリエも続く。
* * *
村を離れて半日、二人は人の足で届く限界を越えた山道にいた。
「しかし、旅ってのは退屈だな。私は移動魔法を使えるけど、あえて歩いてる」
「道を歩むという行為そのものに意味があると考えているのだろう?」
「……なんで分かる?」
「言葉の節々からな。汝の好奇心は、出会いそのものを求めている。移動手段にはこだわらぬ」
ゼーリエは唸るように笑った。
「やっぱお前、面白いな。……で、観察者としてはこの時代、どう見える?」
「理は育ち、呪が言葉になり、祈りが技術に変わっている。
そして人は魔を恐れながらも、制御しようとしている」
「ふむ」
ゼーリエは立ち止まり、一本の枯れた木の幹に手を置いた。
「人はな、恐れを超えて知るために魔法を使ってる。私はそれが面白くて魔法を学んだ」
「汝の魔法、精緻だった。見事な構成と発動の速さ。あれも詠唱術なのだな?」
「うん。《レストア・アーツ》――失われた建造物を再構成する魔法」
彼女が小さく呟くと、地面の奥からかすかに光が漏れた。
やがて、苔むした地面から石材が組み上がり、小さな神殿の一部が姿を現す。
セレヴィアンは目を細め、その魔法構造を感じ取る。
「言葉によって定義され、系として処理された理……なるほど、これは確かに“知の理”だな」
「お前の魔法は何なんだ? 詠唱もないし、意図すら見えない」
「魔そのものに語りかけるのだ。名を呼ぶことなく、ただ響かせるように」
「つまり、祈りか。ある意味、真逆だな」
セレヴィアンは微かに笑った。
「ならば、面白い出会いだったということだ」
「同感だよ。……面白い、実に」
道は続く。
やがて、二人は古い遺構の残骸にたどり着く。
地面に埋もれた石柱、砕けた文様。
風化した壁画には、かつて存在した何者かの影があった。
ゼーリエが手をかざすと、魔力が反応する。
「……ここ、何か封じられてる。いや、結界の痕跡か?」
「魔族のものではない。だが……近いな。理が似ている」
「遺跡の記録が欲しい。悪いけど、少し見て回るよ」
セレヴィアンはそれに頷き、周囲を見回す。
崩れた柱の隙間から、小さな魔物の気配が走った。
その一体が飛びかかってくる――
「《ヴェルク・シャイネ》!」
ゼーリエの声が響き、魔物は目を灼かれ、そのまま倒れ伏した。
閃光魔法の応用技。視覚を一瞬で奪う。
セレヴィアンは静かに観察していた。
「汝の魔法、実に速やかで美しいな」
「……賛辞として受け取るよ。あんたの魔法は……うん、逆に怖いよ。静かすぎて」
二人はふと見つめ合い、そして微かに笑った。
太陽が傾き、空が黄金に染まる。
二人の影が遺跡の石畳に長く伸びていた。