創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第四話: 封じられし理の残響

風の音が消え、静寂が世界を包んでいた。

時折、鳥の羽ばたきが木霊するだけで、あとは苔の匂いと、石の冷たさが満ちていた。

 

セレヴィアンとゼーリエは、朽ちた遺跡の奥へと足を踏み入れていた。

かつてここに何があったのか、どのような存在が理を刻んだのか――

それを知るために。

 

石造りの通路は半ば崩れ、壁には古代の文様が淡く残されていた。

獣の姿、円形の陣、眼をかたどった印――いずれも、人の記録とは異質なものであった。

 

「……これ、魔族の物じゃないな」

 

先に口を開いたのはゼーリエだった。

彼女の指先が、浮かび上がる紋章にそっと触れる。

 

「構造が粗い。体系立っていない。……でも、魔力の匂いはある」

 

「魔族という種が、まだ今の姿を持たなかった頃の痕跡だろう」

 

セレヴィアンは壁の一角に手を当てた。

魔力の痕がかすかに流れ込み、彼の意識に映像のような残響を与える。

 

「混沌と秩序の狭間……理を持たぬまま力を振るった者たちの記憶。

恐らく、理に触れながらも支配できず、滅びた一群だ」

 

「面白いな。魔族の進化ってやつか……今じゃあいつら、言葉も話すし、呪文も使うしな」

 

ゼーリエは鼻を鳴らし、瓦礫を飛び越えながら続ける。

 

「でも、こういう不完全な理の名残ってのは、案外危ないんだ。起動しないように気をつけ……」

 

その瞬間、空気が変わった。

 

壁に刻まれた眼の紋章が、ぼんやりと赤く発光する。

石の床に陣が浮かび、低い唸り声のような音がこだまする。

 

「……まさか、残滓が生きてるとはな」

 

セレヴィアンが低く呟いた刹那、空間が捻じれる。

 

闇のような魔力が溢れ、数体の異形が現れる。

骨と肉が混じり合った不定形の魔物――思考も言葉も持たぬ、原始の魔の成れの果て。

 

「ッ、来るぞ!」

 

ゼーリエが詠唱に入る。

 

「《シュティレ・フレア》!」

 

高熱の火球が放たれ、前方の魔物を焼き払う。

が、その影からまた別の個体が躍り出る。

 

「《レル・シュナイト》!」

 

斬撃を模した魔法が放たれ、第二の魔物の腕を切断するが、なお動きを止めない。

 

セレヴィアンは歩を進めながら、静かに右手を上げる。

 

「滅びの理よ。沈黙と共に閉じよ――」

 

言葉にせずとも、空気が震える。

 

彼の掌から放たれた光は、まるで時間を凍らせたかのように魔物の動きを封じ、

次の瞬間、音もなくその存在を消し去った。

 

「……それだよ。その魔法。やはり怖いな」

 

ゼーリエが小さく息をつきながら笑う。

 

「言葉で構築してない。詠唱の理にも触れていない。

なのに……完璧に魔を消す。なんなんだ、それは」

 

「ただ、魔力の根源に語りかけているだけだ。

理を名付ける必要のない時代に生まれたゆえ、そう在るだけ」

 

ゼーリエはしばし黙り込み、やがて肩を竦めた。

 

「いいよ、それで。理屈より先に、“効く”ってことが大事だしな。

ま、私の魔法も見た目は派手だけど、繊細なんだ」

 

セレヴィアンは、彼女の足元に再構築されかけている魔法陣を見やり、頷く。

 

「術式を視覚化し、領域を確保してから呪文を通す。

感覚ではなく知で制御する体系……興味深い」

 

「褒めてんのか? それともただ観察してるだけか?」

 

「両方だな。汝は、この時代にしては理を極めている」

 

「……ふん、まあ、嫌いじゃないよ、そういう言い方」

 

 

 

やがて魔力の波は静まり、遺跡は再び沈黙を取り戻す。

 

二人は奥へ進み、崩れかけた部屋の中に入る。

そこには、古びた石の祭壇と、中心に置かれた石球があった。

 

「これは……魔族の核石か? いや、構造が違う。記録装置に近い?」

 

ゼーリエが近づき、慎重に手を伸ばす。

 

セレヴィアンも視線を注ぎ、かすかに眉をひそめる。

 

「……触れるな」

 

「え?」

 

「まだ生きている。これは、“封じられた理”そのものだ。

未分化の魔が、形を成す一歩手前……理を得る寸前で閉じ込められたもの」

 

「……下手に刺激したら、理そのものが暴走するってか」

 

ゼーリエは指先を引き、深く息をついた。

 

「こんなの、初めて見た。……あんたは?」

 

「……ああ。過去に一度だけ」

 

セレヴィアンの声には、どこか懐かしさが混じっていた。

 

「かつて、同じように理に触れようとした存在がいた。

それは形となれず、滅び、また時代の輪の中へと戻っていった」

 

「それって……」

 

「……いや、今は語る時ではないな。今はただ、これを封じる」

 

セレヴィアンがゆっくりと手をかざす。

 

何も言葉を発せず、ただ静かに魔力を流し込む。

その気配は水が石を包むように滑らかで、そして静かにその理を覆い、眠らせた。

 

やがて石球は淡く光り、そして力を失ったかのように砕けた。

 

「封じた、か……」

 

「余の力では、完全な破壊は望めぬ。これは“理の芽”ゆえ、いずれまた息づくかもしれぬ」

 

「なら、その時はまた、誰かが立ち会うってことか」

 

二人はしばし沈黙し、そして共に踵を返した。

 

 

 

遺跡を出る頃には、空は橙に染まり始めていた。

 

山の稜線が影を落とし、木々の葉が風に揺れる音が優しく響く。

 

「退屈しないな、ほんと」

 

ゼーリエがぽつりと呟いた。

 

「お前が一緒にいて退屈しない理由、わかった気がするよ。……変わってるからさ」

 

「汝もな」

 

「私たちは似ているのかもしれないな」

 

「否、余は神だ。汝とは異なる」

 

「……そこまで言うか。まあ、それでもいいさ。

ただの腐れ縁ってことで、長く続けばいい」

 

セレヴィアンはそれに何も答えず、ただ前を見据えた。

 

 

 

世界は、まだ理の全てを知らぬ。

だが、今歩くこの道の先にこそ、新たな“知”が待っている。

 

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