戦いの終わった村に、静けさが戻っていた。
焦土に立ち込める灰煙の中、かすかな風が吹き抜けていく。
村人たちは倒壊した家々を片づけながら、無言で夜明けを迎えていた。
セレヴィアンは丘の上に立ち、村の様子を黙って見下ろしていた。
破壊と悲嘆の中にも、消えないものがあった――生きようとする意志。
そのことが、どこか、彼の胸に深く残っていた。
「人は弱い。だが、弱いままで歩き続ける力がある……」
「感傷にでも浸ってるのか?」
落ち着いた声が後ろから響く。ゼーリエだった。
杖を片手に、彼女もまた村を見つめていた。
「魔族の死骸は全部燃やした。気配を残せば、また別のやつが寄ってくるからね」
「合理的だな。だが、わたしには“葬る”という行為が、単なる処理に見えなかった」
「そう思うようになったなら、ずいぶんと変わったものだね」
セレヴィアンは小さく笑った。
「観察を続けた甲斐があった。……ゼーリエ。そろそろおまえと歩む旅も終わりだ」
「別行動か?」
「しばし、ひとりで考えたい。……いくつか試したい魔法もある」
ゼーリエはそれを否定もせず、頷いた。
「いい判断だ。わたしも本を読みたいし、寄る場所がある」
「また、いずれ会うだろう」
「そうだろうね。あなたみたいな異常な存在、そう簡単に忘れられない」
彼女は背を向け、歩き出す。その姿に、セレヴィアンは声をかけなかった。
ただ、静かにその背を見送った。
⸻
その夜、セレヴィアンは村外れの森に足を運んでいた。
清らかな水が流れる小川の傍に、彼の足が止まる。
ふと、木々の間を風が通り抜けた。
葉が揺れ、その振動に共鳴するように、淡い光が立ちのぼる。
「……久しいな」
その声に応えるように、光が形を取る。
姿を見せたのは、かつてセレヴィアンが言葉を交わした“翠の精霊”だった。
『久しぶりだね、セレヴィアン。ずっと眠っていたと思っていた』
「眠っていた、というより、時を外れていた」
『また歩き出したのだね』
「そうだ。……そして、かつてよりも、この世界が“違って”見える」
セレヴィアンは腰を下ろし、静かに問いを投げかけた。
「おまえたちは、魔族の変化に気づいているか? あの“ディルファ=ラザル”のような」
『言葉を使う魔。かつてのそれとは、根本的に異なるものだ』
「虚偽の言葉で心を操る。――それが“魔”の進化なのか、それとも……」
『それは“意志”を持った進化だ。魔族もまた、己の種の生存を求めて、言葉を手にした。けれど――』
「欺くために言葉を使うとは。人と似て、そして最も異なる」
静かに、夜の風が流れる。
『セレヴィアン。あなたは“この世界の創造”を見届けようとしているのか?』
「否。わたしはこの世界を“理解”しようとしている。
知識だけでは足りない。触れ、揺らぎ、観測しなければ」
精霊は微笑むように光を揺らした。
『それは……ずっと前のあなたには、なかった言葉だ』
「そうかもしれない」
セレヴィアンは立ち上がる。
その眼差しは、遠い空へと向けられていた。
「行こう。まだ見るべきものが、この地にはある」
風が再び吹き、精霊は姿を消した。
そして夜明けが、静かに、森と村を包み始めていた。