村を発ったセレヴィアンの背に、朝陽が射していた。
陽光は森の梢を金に染め、霧の立ちこめる谷間に清らかな川音が響く。
人の営みというものを、ほんの少し知った。
その記憶を胸に刻み、セレヴィアンは静かに歩を進める。
今はただ、自らの足で地を踏みしめ、この世界の“今”を知りたいと願っていた。
旅の途上、幾つかの村を遠くから観察し、街道沿いで行商人の一団とすれ違った。
だが、言葉を交わすことなく、セレヴィアンは姿を木陰に隠した。
人々の表情は多様で、声は不確かに震えていた。
魔族の影が、人の世を日々侵食しているのが感じ取れる。
そんなある日、風の匂いが変わった。
――鉄と、血。そして、焦げた大地。
山間の谷に足を踏み入れたとき、斜面の下で火花が散っていた。
魔族の群れが、小さな集落を襲っている。
村人たちは粗末な槍や弓で応戦していたが、魔族の圧倒的な力の前には、ただ退くばかりだった。
「……このままでは全滅する」
セレヴィアンが視線を細めたとき、魔力の奔流が空気を裂いた。
「……《天鳴の閃》――上空に雷鳴を響かせ、一点に落雷を集束させる魔法」
天から光が降り、魔族の頭上で爆ぜた。
その中心から現れたのは、赤銅色の鎧をまとった若い男。
その手に杖はなく、詠唱とともに構えた掌から再び青白い閃光が放たれる。
魔族の一体が咆哮し、氷の魔法を放つ。
冷気が地を這い、男の足元へ迫るが――彼はそれを側面にかわし、さらに水の魔法で流れを操る。
無言の戦いの応酬が続く中、セレヴィアンは木陰から静かに姿を現した。
「……多属性の運用。知識だけではなく実戦も積んでいるな」
男は魔族を退けたあと、警戒の色を浮かべてこちらを睨んだ。
「誰だ、おまえは……魔族か? それとも人間か?」
「名を告げる必要はない。だが、敵ではない」
その声音に、男の緊張が少し緩む。
「……助けてくれたなら礼は言う。名はカラム。かつて王都で魔法を学び、今は旅をしながら世を見ている者だ」
「旅をしながら……護るためではない、知るための旅か」
「どちらも、だな。必要とされれば、力は使う。それだけだ」
「ふむ。おまえの魔法の在り方は……面白い。理屈ではなく、“必要性”に応じて自在に属性を使っていた」
「そんな風に言われたのは初めてだな。あんた、ただ者じゃないな」
セレヴィアンは肩をすくめて応じた。
その夜、ふたりは焚き火を囲み、互いの過去や旅のことを語り合った。
魔族の言葉の嘘――人の無力と、それでも灯し続ける希望について。
「俺は、ただ……目の前の誰かを護りたいだけなんだ」
「それで十分だ。護ろうとする意志は、世界を変える最初の一歩になり得る」
「……なんだか、おまえを見てると……昔、読んだ英雄譚に出てくる人物を思い出すよ」
セレヴィアンは微笑むと、火の揺らめきの奥に目を細めた。
こうして、新たな出会いがまたひとつ、セレヴィアンの旅路に刻まれていく。
それは、やがてさらなる旅路と選択の先に待つ、数多の邂逅へとつながっていく。