創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第八話: 水辺に潜むもの

濃霧の山道を抜けて広がった景色に、セレヴィアンはふと足を止めた。

視界の先に横たわるのは、湖を囲むように広がる小さな村。水面に浮かぶ霧は静かに揺れ、まるで夢のように淡かった。

 

「ここを抜けた先に街があるらしい。立ち寄るにはちょうどいいな」

 

隣に立つ青年――カラムが気軽な調子でそう言った。

 

彼は、かつての戦いをきっかけにセレヴィアンと共に旅をしていた。

特別な理由や大仰な理想があるわけではない。ただ何となく、旅の流れが重なっただけのことだった。

 

「気ままな旅は悪くない。ただ、警戒は怠るな」

 

「もちろん。あんな魔族がいるとは思わなかったしな」

 

軽口を交わしながらも、ふたりの視線は常に前を見据えていた。

 

 

 

村に近づくにつれ、空気に張り詰めた気配が混じり始めた。

入り口でふたりを迎えたのは、槍を手にした数人の村人と、無言の警戒だった。

 

「すまない。今はよそ者を受け入れられない」

 

年配の男の声には、疲労と警戒が滲んでいた。

 

「……何があった?」

 

カラムが問うと、男は目を伏せて答えた。

 

「子供が……子供が霧の中へ連れていかれた。霧の中で、“遊ぼう”という声がしたそうだ」

 

セレヴィアンは何も言わず、ただ静かに霧の中を見つめていた。

 

「休む場所を借りたいだけだ。滞在も長くはない」

 

彼の穏やかな口調に、男はしばし迷った末にうなずいた。

 

 

 

村は沈黙に包まれていた。

湖を囲むように建てられた木造の家々。中央には古びた祠があり、そこには水の精霊が祀られていたという。

 

「精霊が守ってくれる、そう信じてる人もいるみたいだ」

 

祠を見ながらカラムが呟く。

信仰というより、残された希望にすがるような雰囲気だった。

 

夜が訪れ、セレヴィアンは独り湖畔の祠を訪れた。

月明かりが湖面を照らし、霧はその光をぼんやりと歪ませていた。

 

やがて、湖の奥から“何か”が姿を現した。

 

それは人とも獣ともつかぬ、曖昧な輪郭を持つ存在だった。

セレヴィアンは魔力を指先に集め、そっと手をかざす。

 

(共鳴……可能だ)

 

術式ではなく、より原始的な波長による対話。

言葉のない交流の中で、彼はこの存在が人に害意を持たないことを感じ取った。

 

その静謐なひとときは、霧の奥から届いた声に破られた。

 

「ねぇ、あなた。こんな夜に一人かい? あたたかいご飯があるよ。寒かったら、こっちにおいで」

 

あまりに自然な声音だった。

柔らかく、親しげで、まるで人間の母親のような声。

 

だが、その言葉の奥には、感情の重みがなかった。

 

霧の中から現れたのは、優しげな女性の姿をした魔族だった。

しかし、その眼差しには光がなかった。まるで感情を模倣しているような、無表情の笑み。

 

「この村は寂しい場所だから。私たちは癒しを与えに来たの。誰も傷つけない……ね?」

 

その背後、霧の中からさらに二体の魔族が現れる。

カラムが森の影から飛び出し、警戒を強めた。

 

「来るぞ!」

 

魔族のひとりが詠唱を始める。

 

「《霧牙の槍》――霧を凝結させて鋭い槍を放つ魔法!」

 

もうひとりは手を広げて唱えた。

 

「《睡蓮の囁き》――霧に幻聴を混ぜ、心を惑わせる魔法!」

 

村の子供が幻聴に誘われ、霧の中へと歩き出す。

 

「やめろ!」

カラムが叫び、杖を振る。

 

「《波刃の奔流》――鋭利な水流で対象を切り裂く魔法!」

 

水刃が霧を裂き、魔族の詠唱を中断させた。

 

雷を纏ったもう一体の魔族が飛び出す。

 

「《雷爪裂破》――雷を纏った爪で切り裂く魔法!」

 

「焔臨の護障(えんりんのごしょう)」

 

セレヴィアンが詠唱なしで放った魔法が炎の障壁を築き、攻撃を遮断する。

 

そして、彼は地に手を置く。

 

「氷輪の緋(ひょうりんのあかね)」

 

湖面が一気に凍り、魔族たちの足元を封じる。

それでも殺すことはない。あくまで無力化と観察。

 

魔族たちはすぐに撤退を選び、霧の中へと消えた。

 

 

 

夜明け――。

村人たちは息を詰めたように沈黙し、やがて誰かがぽつりと呟いた。

 

「……助かった、のか?」

 

少年が一歩踏み出し、セレヴィアンの袂を引いた。

 

「名前、聞いてもいい? こんなの本の中でしか見たことないよ!」

 

セレヴィアンは一拍置いて、静かに言った。

 

「セレヴィアン。それで足りる」

 

そう答え、彼は湖の奥に目を向ける。

 

霧の中には、あの精霊が再び姿を見せていた。

互いに言葉は交わさず、ただ静かに視線を合わせ、やがてその姿は霧の彼方へと消えていった。

 

「では我々はもう行く。カラム 行こう」

 

「おう、またな坊主」

 

名もなき土地を歩きながら、セレヴィアンは思考を巡らせていた。

 

この世界に、まだ知らぬ理がある限り――彼の歩みは止まらない。

 

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