創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第二話: 魔法の初声

――天、まだ開かれず。地、まだ定まらず。

 

無の世界には、風すら存在しなかった。

光も影も、果ての概念もなかった。

だが、彼はそこにいた。

 

セレヴィアン・エル・セノーテ。

この宇宙が静かに脈動し始めた最初の瞬間、

あらゆる理の交差点に、ひとつの“龍の胎動”が芽吹いた。

 

誕生から数百年が経った。

地平を持たぬ空間にただ独り佇み、彼は観察し続けていた。

この世界に何が足りず、何が眠っているかを。

 

「……均衡という言葉には、力が要る」

 

そう呟いた彼の声は、空間を震わせ、

その言霊が原初の魔素を微かに揺らす。

 

この日、セレヴィアンは初めて“術式”という構造を試みた。

 

力はすでに内にある。

だが、それを形にするには概念と意図――“言葉”が必要だ。

 

彼はゆっくりと右手を上げた。

細く、指先まで整った手には、神々しさすら宿る。

 

「――《綻びの灯》」

 

言霊が奔流となって空間を走り抜け、

直後、虚無の彼方に、淡く橙色の光点が生まれた。

 

それは、炎とは異なる。

命でもなく、ただ、“最初の魔法”だった。

 

セレヴィアンは目を細め、その灯をじっと見つめる。

何かを生み出したという実感ではない。

この世界に初めて“概念”が生まれたという実感があった。

 

「……言葉は力となり、力は世界を変える。

 ならば、理を刻むために、我は創ろう。秩序の器を」

 

それから長い時をかけて、セレヴィアンは己の中に宿る力を、

一つ一つ、概念として外に出していった。

 

炎、水、風、雷、土、重力、空間――

すべては、未熟な式でありながら、やがて根源となるものばかりであった。

 

やがて、それらの魔法が広がる場所には、微かに変化が生まれた。

 

空間の密度が違う。

温度という概念すら生まれ始めた。

 

その変化のなか、彼は“気配”を感じた。

それは初めてだった。

自分以外の、存在の気配。

 

「……来るか」

 

彼が立っていたその虚無に、ほんのわずかに、空気のような“気”が集まっていく。

最初は霧のようだった。だが次第に、明確な形を取り始める。

 

それは――精霊であった。

 

透き通るような身体、風のように舞う存在。

この世界が生み出した、自律的なエネルギー体。

セレヴィアンが魔法を紡ぎ、空間に秩序をもたらしたことで、

自然に発生した“副産物”とも言えよう。

 

しかし、彼は笑うことはなかった。

 

「精霊、か……。理が織りなす、応答の器よ。

 我を創り主と思うな。お前は世界が産んだ者だ」

 

精霊は言葉を持たない。ただ、漂っていた。

だが、セレヴィアンの言葉に応えるように、彼の周囲を回り始める。

 

まるで、子が親の周囲を飛ぶように。

世界が新たな秩序に触れ、何かを感じた証。

 

「……試すには、丁度よいな」

 

彼は手をかざす。

精霊の核に向けて、微かな式を流した。

 

「《調和律式》、応答を見せよ」

 

精霊の身体が淡く光り、空間に小さな風が生まれた。

それは言葉ではなく、行動による“返答”だった。

 

セレヴィアンはゆっくりとうなずいた。

 

「やがて、この世界には多くの応答が生まれよう。

 力に満ち、時に歪み、時に争い、滅びを呼ぶ者も……」

 

その時だった。

 

空間のひとつが、不自然に歪んだ。

 

「……ほう」

 

歪みの中心にあったのは、先ほどセレヴィアンが試験的に紡いだ、失敗した魔法式の残滓――

それが予期せぬ形で変質し、異形の“黒き影”となって姿を現した。

 

身体は鋭く、眼は紅い。意志を持たぬはずのエネルギー体。

だが、それは明確な“殺意”をもってセレヴィアンに襲いかかってきた。

 

「……やはり、理は常に破綻と共にあるか」

 

彼は静かに目を閉じ、手を前へと伸ばす。

そして、先ほどとは異なる、より強固な式を紡いだ。

 

「《終息の槍(ランス・デ・エクリプス)》」

 

虚無より出現した、漆黒の光の槍が、一閃。

影の魔物は悲鳴すらあげることなく、霧のように消えた。

 

世界は再び、静けさを取り戻した。

 

精霊がセレヴィアンに寄り添うように漂う。

 

彼はその小さな存在に目をやり、ふと微笑む。

 

「我が創造は未だ未完。だが、そう悪くもあるまい。

 理が産む異形、世界の反応……これもまた、観察に値する」

 

そして彼は歩き始める。

まだ地平を持たぬ世界の果てへ向かって。

 

それは、始まりの旅路だった。

万物を知る者としてではなく、

万物を見届ける者としての、旅の第一歩だった。

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