創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第九話: 交差する旅路

朝霧の残る森の中を、ふたりの旅人が歩いていた。

セレヴィアンは静かに前を見据え、カラムはその横で口笛を吹いていた。

 

「なんだか、少しずつだけど、季節が変わってきてる気がするな」

 

「……そうだな。湿気の質が違う。陽光の差し込み方も浅くなっている」

 

「さすがに観察眼がすごいよな。俺なんか、暑いか寒いかしかわからない」

 

カラムが笑いながら言うと、セレヴィアンもほんのわずかに口元を緩めた。

彼がこうして感情を表に出すのは、まだ珍しいことだった。

 

数日をともに旅するうちに、言葉少なだったセレヴィアンにも、少しずつ「隣に誰かがいる旅」に慣れ始めていた。

 

 

 

昼過ぎ、開けた丘に出たふたりは、道の先に人の集団を見つけた。

 

旅の民――放浪を生業とする一団だった。

幌を被せた荷車と馬、囲炉裏の煙、子どもたちの笑い声。簡素な生活の匂いが、そこにはあった。

 

「なんだか、賑やかだな」

 

「人が集まれば、空気は変わるものだ」

 

その言葉を皮切りに、ふたりは一団へと近づいていった。

 

 

 

「あんたらも旅かい?」

 

声をかけてきたのは、黒髪の女だった。年の頃はカラムと同じくらいだろうか。腰には短剣が下げられ、日焼けした肌がたくましかった。

 

「見ての通りです。食料と水を少し分けてもらえるなら、何か手伝いを」

 

カラムが丁寧に言うと、女は笑った。

 

「そんな固くならないでいいよ。あたしたちは放浪の民だ。助け合ってなんぼだよ」

 

彼女の名はラッタ。

旅の民の一団で、護衛と雑事を一手に引き受けているらしい。

 

「休んでいきな。焚き火はすぐ起こす」

 

セレヴィアンは火の前に腰を下ろし、手元に落ちていた小枝を拾った。

その表面の繊維、樹皮の走り方、乾燥度合いを指先でなぞる。

 

「こういうのって、分析するもんなのか?」

 

カラムが笑う。

 

「分析ではない。これは……記録だ。変化の蓄積こそ、観察の意味を成す」

 

セレヴィアンはそう答えながら、小枝を火にくべた。

 

 

 

焚き火の周囲には子どもたちが集まってきた。

ラッタが食事の支度をしている間に、カラムは子供たちと簡単なゲームをして盛り上がっている。

 

セレヴィアンの周囲にも、ひとりの少年が近寄ってきた。

 

「お兄さん、旅人?」

 

「そうだ」

 

「どうして旅してるの? 魔族に会ったことある?」

 

セレヴィアンは少し考えたあと、答えた。

 

「……目に映るものを、見て回っている。それだけだ」

 

「ふーん。僕、いつか“光の大陸”に行ってみたいんだ。お母さんが昔、歌ってくれた場所」

 

セレヴィアンは小さく頷いた。

 

「それは、きっと良い旅になる」

 

その言葉に、少年は嬉しそうに笑った。

 

 

 

その夜、ふいに風が変わった。

焚き火の煙が一方向に流れ、空気が重くなる。

 

「来るな……」

 

セレヴィアンが立ち上がった直後、森の中から淡い影が現れた。

 

「こんなところで火を焚くとは、無防備なものだ」

 

男の声だった。

だが、その声音には何の起伏もない。機械のように、ただ言葉を発しているだけのようだった。

 

姿を現したのは、長身の魔族。

人間に擬態しているが、明らかに“感情”の欠落を感じさせる異質さがあった。

 

「皆さん、隠れて!」

 

ラッタが叫び、子どもたちを導く。

 

魔族はその視線をセレヴィアンに移した。

 

「君、少し変わっているね。なぜ逃げない?」

 

「逃げる理由が、見当たらない」

 

ふたりの間に、ゆっくりと静寂が流れる。

だが次の瞬間、魔族の足元から暗い霧が溢れた。

 

「《暗霧の縛鎖》――霧を鎖のように変え、動きを封じる魔法!」

 

鋭い霧が鎖のようにセレヴィアンへと伸びる。

 

「水穿(すいせん)の環陣」

 

セレヴィアンが手を振ると、周囲の湿気が圧縮されて弧を描き、鎖を弾いた。

 

魔族は片眉を上げた。

セレヴィアンの魔法が、自分たちとは根本から違うことを感じ取ったのだ。

 

「……なるほど。面白いな」

 

「それは評価の言葉か?」

 

「興味だよ。ただの」

 

魔族が手を掲げ、再び詠唱する。

 

「《落雷の双牙》――雷の槍を二本、同時に落とす魔法!」

 

空が裂ける音とともに、雷光がセレヴィアンを貫かんとする。

 

「雷界・鳴鏡(らいかい・めいきょう)」

 

セレヴィアンの魔法が雷を鏡面に吸収し、相殺する。

 

続けてカラムが飛び出した。

 

「《奔水刃》――水の刃を奔流として放つ魔法!」

 

水の奔流が魔族の足元を裂き、体勢を崩させた。

 

セレヴィアンが一歩踏み出し、静かに呟いた。

 

「去れ。これ以上は看過できない」

 

魔族は数秒の沈黙の後、笑った。

 

「……ふっ。お前人間ではないな。……まぁいい、1度引くとしよう」

 

そう言い残し、霧に紛れて姿を消した。

 

 

 

夜明け――。

旅の民たちは無言で焚き火を囲み、誰もが安堵と疲労を噛み締めていた。

 

ラッタが礼を言いに来た。

 

「……助けてもらった。命の恩人ってのは、こういうことを言うんだね」

 

「感謝は不要だ、私も興味があって関わっただけだ」

 

セレヴィアンの声は淡々としていたが、その目は人々を確かに見ていた。

 

「また、どこかで会うかもね」

 

ラッタがそう言って笑う。

 

カラムは肩をすくめながら、彼女に手を振った。

 

「それじゃ、俺たちは先に行く。道中、気をつけて」

 

旅の民たちに見送られながら、セレヴィアンとカラムは再び歩き出した。

 

霧は晴れ、空は高く澄んでいた。

 

その旅路が、どこへ向かおうとも――

彼の歩みは、理を求めて止まることはない。

 

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