創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

21 / 26
第十話: 静謐なる街にて

草原を抜け、丘を越えた先に、その街はあった。

遠目には白く輝く城壁が、夏の陽を受けて淡くきらめいていた。

人の手によって築かれたものとしては、見事な均整を保った構造だった。

 

「なんだか……立派な街だな。帝国ってわけじゃなさそうだけど」

 

カラムが感心したように目を細める。

 

「自治都市だ。人間たちが協力し、秩序を保ち、自らの暮らしを守っている」

 

「お前、よくそんなこと知ってるな……」

 

「観察は繰り返されている。形は変われど、本質は同じだ」

 

セレヴィアンは風を読み、ゆっくりと街道を歩き出した。

その背中を追いながら、カラムは小さく肩をすくめた。

 

 

 

街の門は厚く、鋼で補強されていたが、通行は意外にも穏やかだった。

門番たちは旅人であるふたりに少しの視線を送ったが、名を問うこともなければ武器の所持すら咎めなかった。

 

「外から来る者を排除しない……珍しいな」

 

「この街は“知”を重んじる文化を持っているらしい。外からの学びを拒まぬ証左だろう」

 

街中では、子どもたちが本を手に走り回り、老人たちは広場の石畳に集まっては物語を語っていた。

香辛料と焼き菓子の匂い、楽器の音、そして賑わいが渦巻く。

 

セレヴィアンは目を細める。

生の輝きが、そこにあった。

 

「……ここでは、命が緩やかに流れている」

 

「悪くない空気だな」

 

ふたりはそのまま宿屋を見つけ、簡素な部屋を借りた。

窓からは遠く、街の外れに連なる岩山の稜線が見えた。

 

 

 

その夜、セレヴィアンは独りで街を離れ、岩山の方へ向かった。

空気の流れが変わっていた。何かが、風を裂いている。

 

山の中腹まで来たとき、彼の足が止まった。

 

――音が、ない。

 

虫の声も、鳥の羽音も、風のざわめきすらなかった。

 

ただ、眼前に佇んでいたのは、一体の――竜だった。

 

それは、かつてセレヴィアン自身が過ごした“龍人”の姿を彷彿とさせる。

だが、この竜は進化の階梯を登りきってはおらず、未だ“原始の存在”としての凄みを纏っていた。

 

漆黒の鱗に銀の縁取り。

眼光は暗く、しかし確かに「理性」の光を宿していた。

 

セレヴィアンは歩み寄り、問う。

 

「――何故、この地に」

 

竜は答えない。だが、その視線は明らかにセレヴィアンを捉えていた。

 

セレヴィアンは、足元に静かに魔力を走らせる。

大地と呼吸を合わせ、竜の思念を読む。

 

(……縄張りを侵された怒りでも、守るべき卵があるわけでもない)

 

代わりに――

(これは、“探している”)

 

次の瞬間、竜が一歩踏み出した。

土が沈み、大気が軋む。

そのまま咆哮とともに翼を広げた。

 

「……来るか」

 

セレヴィアンは両手を前に掲げる。だが、攻撃の意思は見せなかった。

 

竜が飛翔し、直上から襲いかかる。

咆哮とともに吐き出されたのは、火でも雷でもない――風。

 

「風顕の纏域(ふうけんのてんいき)」

 

空間の圧力を斥力に変える。

竜の吐息は分断され、セレヴィアンに届くことはなかった。

 

だが竜は止まらない。

大地を蹴り、さらに空へと舞い上がると――翼をたたみ、急降下してきた。

 

「……やはり、これは“確認”か」

 

セレヴィアンは静かに呟き、詠唱もせずに空へ手を伸ばした。

 

「星宿の帳(せいしゅくのとばり)」

 

瞬間、天幕のような魔力が広がり、竜の動きを包み込む。

暴風が静まり、重力が緩やかに制御され、竜の巨体は地面すれすれで静かに停止した。

 

そして――

竜の眼が、少し細くなった。

 

警戒が解けた。

 

セレヴィアンは、ほんのわずかにその頬を緩めた。

 

「お前もまた、“この時代に残された者”か」

 

竜は鼻を鳴らし、首を振った。まるで、否定するように。

 

(……違う。“望んで残った”)

 

思念が伝わる。セレヴィアンはわずかに驚いた。

 

「愚かな者だな。だが、理解できなくはない」

 

竜は、ただその場に伏せた。

その姿は威圧ではなく、尊厳を湛えた沈黙だった。

 

やがて、ゆっくりと立ち上がり、空へと舞い上がる。

 

翼の動きは軽く、空の風とともに流れるようだった。

そして――竜は何も告げずに、夜空の彼方へと消えていった。

 

 

 

翌朝。

 

「おい、どこ行ってたんだ? 朝メシ、ひとりで食べてやったぞ」

 

宿のテーブルでカラムが口を尖らせていた。

 

セレヴィアンは静かに席に着く。

 

「少し……風と語っていた」

 

「……また詩人みたいなことを」

 

セレヴィアンはそれ以上語らなかった。

 

だが、彼の眼には昨夜とは違う何かが宿っていた。

 

それは、遥か古より残された者との対話――

そして、自らの存在が世界の一部であることを、ほんの少しだけ受け入れた証だった。

 

 

 

風が吹いていた。

季節は、確かに移ろい始めている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。