創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第十一話: 流れ者たちの焚き火

街を出てから三日が過ぎた。

セレヴィアンとカラムは、南方の山岳地帯へと向かう街道を歩いていた。

途中、いくつかの集落を通ったが、いずれも魔族の脅威に怯え、外来者を極端に避ける傾向が強まっていた。

 

「雰囲気が……ちょっと変わってきたな」

 

「この辺りは、近頃“東の森”から魔族が現れたと噂されている」

 

「直接見たわけでもないのに?」

 

「恐怖とは、影を見ただけでも動き出すものだ」

 

セレヴィアンの言葉に、カラムは小さくうなずいた。

街の外れでは、荒れた耕作地と焼けた家屋が残されていた。村があった痕跡。

そこに人の姿はなく、風の音だけが木々を揺らしていた。

 

 

 

その日の午後、二人は街道脇の丘で休憩をとった。

遠く、焚き火の煙が立ち上っているのが見えた。

 

「何かいるな。行ってみるか?」

 

「……ああ」

 

セレヴィアンは立ち上がり、風の流れを読むように首を傾けた。

 

 

 

そこにいたのは、十数人の男女と数人の子供たち。

粗末な荷物と手作りの天幕。

焚き火を囲み、皆が疲弊した表情を浮かべていた。

 

「あんたら、旅の者かい?」

 

最初に声をかけてきたのは、白髪交じりの初老の男だった。

日焼けした顔に皺を刻みながら、なおもまっすぐな目をしていた。

 

「旅の途中で、焚き火の煙が見えた」

 

「……そうか。ここは追われた者たちの集まりだ。身を守る術も、帰る家もない」

 

男の名はオルグ。かつては北の村で鍛冶屋をしていたという。

だが魔族の襲撃を受け、村は壊滅。生き残った者同士が集まり、ここまで逃れてきたのだという。

 

「行くあては?」

 

「南の都市に希望をかけている。だが、あそこも門が閉じられたらしい。余所者はもう入れないってな」

 

「ならば、なぜ街道を離れずにいる?」

 

「……俺たちはもう、道を“歩く”しかできないんだ。誰かの許しを得ることも、望まれることもない。ただ、歩き続けてる」

 

 

 

その言葉を聞きながら、セレヴィアンは静かに周囲の人々を見回した。

老人、子ども、怪我人。

魔族の被害に遭ったと語る者たちの中には、言葉を失った者もいた。

 

子供たちは、焚き火の炎に怯えるように背を丸めていた。

 

「魔族って、本当に人の言葉を喋るの?」

 

誰かが小声で呟いた。

その声に、焚き火の周囲がしんと静まり返る。

 

「ああ。喋る。優しげにな。まるで昔の先生みたいだった」

 

「でも……すぐに、顔が壊れたんだ。笑ってた顔が、急に……動かなくなって。お母さんを……」

 

そこまで語った少年の声は、細く、震えていた。

 

カラムは黙って隣に腰を下ろし、背中を軽く叩いた。

セレヴィアンは焚き火を見つめたまま、ふと静かに呟いた。

 

「言葉は“意味”ではなく、“意志”を写す鏡だ。意味をなぞる声に惑わされるな」

 

 

 

日が傾き、空が朱に染まる頃。

一人の少女が、丘の下で何かを指差していた。

 

「……竜? だ、誰か空を……!」

 

空に現れたのは、巨大な影――

それは“飛竜”だった。

 

人の街では伝説と化して久しいが、山岳地帯や未開の地では稀に姿を現す存在。

 

「防げるような相手じゃねえ……!」

 

誰かが叫ぶ。

 

飛竜は、焚き火の匂いに引き寄せられたのか、低く咆哮を放ちながら降下してくる。

 

「子供を下がらせろ!」

 

カラムが立ち上がり、剣を抜いた。

 

セレヴィアンは無言で前に出る。

眼差しに、揺らぎはなかった。

 

「群れる個体ではない……ならば、示せばよい」

 

風を断ち、飛竜が突進してくる。

 

「陽環の昇華(ようかんのしょうか)」

 

セレヴィアンの周囲に魔力の輪が浮かび、熱の波紋を描く。

それは視界を歪ませ、飛竜の目を撹乱した。

 

「光の壁? いや、違う!」

 

カラムが目を細める。

 

飛竜は空中で方向を誤り、丘の斜面をかすめるようにして旋回した。

 

「……まだ来る!」

 

カラムが叫ぶ。

 

セレヴィアンは、今度は静かに両手を広げた。

 

「鎮極の円廻(ちんごくのえんね)」

 

周囲の空気が凍り、霧が輪を描いて広がる。

 

その中心に、飛竜の脚が絡まる。

それは傷つけるための術ではなく、速度と衝撃を殺すための拘束。

 

空を滑るようにして飛竜が地に降り立ち、咆哮と共に翼を大きく広げた。

 

だが――戦意は、ない。

 

飛竜は、ただ警戒するように数歩退き、視線をセレヴィアンに向けた。

沈黙の時間が流れる。

 

やがて、飛竜は小さく鼻を鳴らし、空へと飛び上がった。

そして、そのまま北の空へと姿を消していった。

 

 

 

丘の上に、静けさが戻る。

子どもたちがそっと顔を上げる。

 

「……帰ったの?」

 

「ああ」

 

セレヴィアンは短く答えた。

 

「なんで、殺さなかったの?」

 

「殺すべきではなかったからだ」

 

それは簡潔な言葉だったが、その場にいたすべての人間が、どこか救われたような表情を見せた。

 

 

 

その夜、焚き火を囲む輪が、自然とひとつ広がっていた。

誰もが一言も語らず、ただ火の灯りを見つめていた。

 

セレヴィアンは立ち上がる。

 

「行くぞ、カラム」

 

「ああ」

 

背中を向け、歩き出すふたり。

その姿を、オルグが遠くから見送った。

 

「名を……聞いておきたい。あんたの名を、子どもたちが訊ねると思う」

 

セレヴィアンは一度だけ振り返った。

 

「セレヴィアン。……それで、足りる」

 

彼の足取りは、迷いがなかった。

 

夜の草原に星が瞬く。

その下を、旅のふたりが静かに歩いていく。

 

この世界に、まだ語られていない真理がある限り――

彼の旅は、続く。

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