夜が明けきらぬ頃、白銀の都の空には月が薄く残っていた。
その冷たい光を背に、セレヴィアンとカラムは都市の中心部へ向かっていた。
行き先はふたつ――図書館と聖堂。
どちらもこの都の“知”と“信”の象徴だった。
石畳の路地を歩くふたりの前に、巨大な建築が現れる。
鋼鉄の柱と磨き込まれた白大理石が交差する、白銀の都の中央図書館。
扉の前には教会関係者と思しき衛兵が立ち、入館証の提示を求めていた。
「身元確認……?」
カラムが眉をしかめたが、セレヴィアンは躊躇なく、偽名の入館証を提示した。
「“ゼフィル・エントル”と申請してあるはずだ。カリオストロ商会経由だ」
「確認できた。入館を許可する」
重々しい扉が音を立てて開く。
ふたりが足を踏み入れると、そこには重層構造の巨大な書架が広がっていた。
天井は高く、陽光が入らぬ構造。
代わりに魔力による浮遊燈が設置され、無数の文献を穏やかに照らしている。
「すげぇな……本の海だ」
「この都の記録は、全てここに集められている。……だが、“何が”記録され、“何が”失われたかは、読まねば分からぬ」
セレヴィアンは最上層へと続く螺旋階段を上り、古書閲覧区へ向かった。
そこにあるのは、公的な歴史書ではなく、忘れられた民間文献や禁書に近い記録――
彼は、時間をかけてその中の幾冊かを選び出す。
――『月光の間にて見たる影』
――『魔を祀る者たちの記録』
――『銀の塔に集う賢者会議録』
――『第七の魔印――記憶抹消に関する報告』
カラムが首を傾げる。
「……難しそうな本ばかりだな」
「記されているかどうかより、“記されたものが何故、残されたか”を見る」
セレヴィアンは手早く頁をめくりながら、重要な箇所に目を走らせていく。
文献には断片的な記述があった。
「“第三の層にて、動力源を封じたること”」
「“沈黙せし神代の理を、再起動してはならぬ”」
「“銀の民は、永劫に触れてはならぬ”」
断片の数々が、やがてひとつの像を成す。
この都市――白銀の都は、古の禁術、あるいは神代の魔術に触れている。
だが、それを“技術”として昇華する過程で、何かを切り捨てた。
“感情”か、“魂”か、それとも“神性”か――
セレヴィアンの眼が鋭くなる。
(ここは、知の極地などではない。……切り落とされた欠片の棺――)
***
昼過ぎ、ふたりは図書館を出て、すぐ隣の聖堂へと足を運んだ。
白い尖塔、十字架に似た意匠、祈りの歌がほのかに響く空間。
だが、そこに満ちていたのは安らぎではなく――“無感情な秩序”だった。
「ようこそ、旅人よ。……何の導きを求めて?」
穏やかに声をかけてきたのは、神官を名乗る青年だった。
一見すると礼儀正しく誠実に見えたが、その瞳には、揺らぎが一切なかった。
「この都の信仰体系について学びたくてな。記録の閲覧を望む」
「それは構いません。ただし、閲覧できるのは“許可された文献”のみ。神意に反する記録は封じられています」
(……神意、か)
セレヴィアンは教団の中心部へ進みながら、僅かな魔力の波を感知する。
地下へと続く小さな階段。
そこには鉄扉があり、衛兵が立っていた。
扉の向こうからは、奇妙な“魔力の濁り”が微かに感じ取れた。
「セレヴィアン、あれ……」
「……ああ、感じるな」
魔族の魔力とは違う。
これは“模倣された神性”、あるいは“禁忌の再現”に近い。
「無断立ち入りは禁止されています。こちらから先は教会関係者のみの区画です」
衛兵の言葉に、セレヴィアンは何も言わずに後退する。
(強引に入るのは得策ではないな。……別の手段を探る)
***
その夜、宿に戻ったセレヴィアンは筆記を続けていた。
「どうだった?」
カラムがベッドに転がりながら聞く。
「この都市は、見せかけの静寂と秩序のもとで、“本物の理”を封じているように思える」
「……どうするつもりだ?」
「まずは、地下構造の探索だ。あの扉の奥に、真実がある。……次は“実地”で確認する」
月は既に天頂を越えていた。
“理”を求める旅は、いつも静かに、その核心へと迫っていく――