夜の帳が白銀の都を覆っていた。
月は天頂にあり、その光が街路を静かに照らしている。だが、その下に広がるのは“真実”ではない。
隠された地下、偽りの秩序の下に沈む、歪んだ理――
セレヴィアンとカラムは、再び教会施設へと足を運んでいた。
昼間とは異なり、巡回する衛兵の数は少なく、聖堂裏の小門から侵入するのに時間はかからなかった。
「本当にやるのか……?」
カラムが小声で尋ねる。
「記録と現実に齟齬があるなら、それは“記録の方”が歪んでいる。正すためには見るしかない」
淡々とした口調。だがその眼差しは鋭い。
セレヴィアンは錠に魔力を指先から流し込むと、構造の隙を突いて音もなく開錠した。
階段を下りると、鉄の匂いが鼻を刺した。
地下には石造りの広間が広がっていた。
壁には古代文字の刻まれた封印式。
中央には球状の魔導装置が浮かび、青白い光を脈動させていた。
その周囲には、動かぬ“人影”が並んでいた。
「……人形か?」
カラムが目を細める。
それは人間に酷似した姿をしていたが、どれも表情がなく、魔力の糸に繋がれたまま、機械のように立ち尽くしていた。
「人間の思考と感情を“模倣する術式”だな。精巧だが、本物とは程遠い」
セレヴィアンが魔力を流し込むと、球体の内部に映像が浮かび上がる。
――《記録 第72期:感情制御実験結果》
――《対象:魂断の禁術 応用個体群》
――《結論:制御失敗。記憶封鎖・廃棄指令発動》
「これは……禁術じゃないか。人の感情を制御しようと……?」
「この都は、“理性”を神にしたのだ。だが理性のみに寄った結果、“命”を失った」
セレヴィアンが天井を見上げる。
「外側の秩序と内側の歪み。その乖離こそ、この都の本質だ」
そのとき――
「侵入者だな?」
低い声が響いた。
魔力の風が駆け抜け、ふたりの前に男が姿を現した。
教会の神官服を纏ったその男の身体には、魔力の紋様が浮かんでいた。
「君たちにはここで、“静寂”を与えよう」
「……自らの理を守るために、真実を口封じしようというのか」
セレヴィアンが一歩前に出た。
「それは“信”ではない。恐怖と独善だ」
神官が手を掲げる。
「《拘束の封霧》――空気中の魔力を封じ、行動を束ねる魔法!」
空気が重くなり、圧縮された魔力が足を縛り付けるように纏わりつく。
だが――
「虚空刃の舞(こくうじんのまい)」
セレヴィアンが詠じると、目に見えぬ刃が霧を断ち、空間を穿った。
その一撃に神官はたじろぐも、すぐに続けた。
「《月影の裂槍》――月の魔力を槍に変え、穿つ魔法!」
「雷閃の結晶陣(らいせんのけっしょうじん)」
空間に浮かぶ魔法陣が光を帯び、相殺する。雷と月光が打ち消し合い、音を立てて爆ぜた。
カラムも前に出る。
「《水殻障壁》――水の膜で全方位を防御する魔法!」
怒涛の攻防。
セレヴィアンは気づいていた。この神官――人間ではあるが、禁術により肉体が魔術的に“強化”されている。
だからこそ、彼は言った。
「おまえの信じた神は、理性か。秩序か。それとも、力か?」
「我らが信じるのは、“この都の永遠”だ」
「……ならば、永遠に沈め」
「星礫の連環(せいれきのれんかん)」
天井から降り注いだのは、煌めく光の雨――
結界の内にのみ作用する“魔力の解体”を促す結晶粒子。
神官の魔力防御が崩れ、一瞬の隙が生じた。
そこに、セレヴィアンの掌が置かれる。
「封鎖」
力ではなく、“観察と解析”による封じ。
魔術的構造を分解し、動きを止めた。
神官はその場に膝をつき、静かに倒れた。
セレヴィアンは球体の魔導装置に目を向け、魔力を流す。
「記録は……全て抹消されたようだな。残っているのは、抜け殻だけだ」
「これからこの都は……」
「誤った理を、いつか誰かが正す。だがそれは我ではない」
セレヴィアンは背を向けた。
「観察は終わった。去るぞ」
***
翌朝――
白銀の都の門を抜け、ふたりは再び広い街道へと出ていた。
「……なんだか、夢みたいだったな」
カラムが呟く。
「“永遠”という言葉は、美しすぎる。だが、凍った理の中では命は育たぬ」
セレヴィアンはそう言いながら、遠く空を見上げた。
旅は続く。
都を越えたその先に、理の果てがあるならば――
彼はきっと、それを見に行く。