創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第四話: 白き霧の彼方にて

大地が芽吹き始めて幾星霜。空は依然として蒼く澄み、世界は新しさの余韻に包まれていた。

だが、この日。セレヴィアンの歩む大地に、初めて“異変”の気配が差し込んだ。

 

 

 

彼は風の流れを読むようにして、山深き地へと歩みを進めていた。

かつて竜の骨が転がっていたと伝えられる原初の山脈。その断層の一角に、未だ名も持たぬ白霧の谷があった。

 

その地は、彼が「観測を避けていた」領域のひとつだ。

魔素が濃すぎるため、視界すら正常に届かない。古代の精霊たちすら“干渉しようとしなかった”。

 

だが、今そこに微かに感じ取れた。

“意志”のようなものが、風に乗ってささやいていた。

 

「……呼んでいるな」

 

彼の声は、凛として澄んでいた。

 

 

谷へ降りる途中、霧が視界を覆っていく。

白濁した空気の中、音すら吸い込まれたように沈黙している。

 

セレヴィアンは片手を掲げた。掌から流れるのは、微細な金光。

 

「《空間解律(エア・アヴァリス)》」

 

詠唱とともに、周囲の霧がわずかに退く。

魔法はこの空間に含まれる霧の“構成”そのものを識別し、干渉を許さぬ場をつくり出した。

 

しかし霧の“中心”へ向かうほどに、魔力の圧は明確に増していく。

この霧――自然の現象ではない。意図して「作られた」もの。

 

「……さて。創世の地において、他者の“意志”が動いているとは」

 

やがて、霧の奥に“何か”の姿が浮かんだ。

 

 

 

それは異形であった。

 

獣のようであり、樹木のようであり、だが何にも似ていなかった。

黒い幹を思わせる体躯に、霧そのものを纏うような外皮。

目のない顔面から、静かに息づく音が漏れていた。

 

――原初の魔物。

名を持たぬ存在。創世の混沌より生じた、“神の裁定すら届かぬ”獣。

 

セレヴィアンはその姿を目にし、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「名を問う意味もないな。……ならば、観察から始めようか」

 

そして彼は、詠じる。

 

 

 

「《刻環転律(クロノス・シルヴェ)》」

 

彼の掌に浮かぶ魔法陣が時を操作する。

周囲の空間を巻き込み、対象の動きを極限まで鈍化させる魔法。

通常ならば魔物の抵抗で成立しないが、セレヴィアンの行使するそれは、“世界そのものの歯車”に触れる魔法だった。

 

魔物の動きが鈍る。

しかし、その奥底から“別の意志”が反応した。

 

 

 

突如、霧が凄まじい速度で渦を巻き、セレヴィアンに襲いかかる。

彼はそれを眺めながら、もう一つの術式を詠唱する。

 

「《陣界結晶(リグナ・ヴェイル)》」

 

展開されたのは半透明の防御結界。

構造は六重、魔素の波動を吸収し霧そのものを“情報として凍結”する盾である。

 

霧が結界に触れた瞬間、空間が歪んだ。

まるで、言葉にできぬ“拒絶の叫び”が世界を突き刺したようだった。

 

そして、次の瞬間――

 

霧の奥から何かが吼えた。

 

 

 

グオオオオオ……ッ

 

鼓膜ではなく“魂”に響くような声だった。

原初の魔物――否、“魔族の前身”と呼ぶべき存在が、姿を変えたのだ。

 

それは巨大な四肢を持ち、角を生やし、明らかに“意思”を備えた獣へと進化していた。

 

「進化……。なるほど。これが、魔族の原型か」

 

セレヴィアンの声に、迷いはない。

 

彼は数秒だけ沈黙したのち、指先で印を結ぶ。

だが、攻撃ではない。彼の関心はあくまで“観察”にあった。

 

「……君が知性を持ち、言語を紡ぐ時が来るのであれば、それを待つのも悪くはないが」

 

瞬間、魔物は跳躍する。霧の鎧を纏い、槍のようにセレヴィアンに突撃する。

 

彼はわずかに歩を引いたのみ。

 

「ならばこちらも――応じよう」

 

 

 

「《呪律断界(クルト・リリウム)》」

 

詠唱と同時に、大地が光の輪に包まれる。

音が消え、空間がねじれる。

魔物の進撃が、目に見えぬ“鎖”で止められる。

 

その魔法は「敵の術式そのものを無効化する結界」。

それを純粋な力で打ち破ろうとした魔物に、セレヴィアンはもう一つだけ“告げた”。

 

「君がいずれ“個”を獲得し、魔族として言葉を持つならば。再び会おう」

 

次の瞬間――魔物は吹き飛び、結界の彼方へと消えた。

 

 

 

霧も、静かに晴れゆく。

 

セレヴィアンは静かに視線を落とし、残された魔素の残滓を手のひらに収めた。

 

「……魔族という存在の、原初の意志。あれが“破壊”でなく“進化”に向かうのであれば」

 

彼は一歩、霧の谷を後にする。

 

「この世界は……実に興味深い」

 

 

 

こうして、セレヴィアンは初めて「魔の存在」と出会い、記録を遺した。

その記録は、彼が初めて“敵意”と向き合った瞬間として、彼自身の長い旅の起点となる。

 

 

 

そして霧の残滓がすべて消えた時――

彼の後を静かに見つめる、一対の瞳が森の奥に浮かんでいた。

 

その存在は、まだ言葉を持たない。

だが、確かにそこには“意思”が芽吹きつつあった。

 

 

 

それは――“魔族”の始まりのひとつであった。

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