創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第七話: 黒き羽の群れ

黎明の帳が下りぬ灰色の空を、影が裂いた。

 

それは数でも音でもなく、ただ“気配”のみで世界を支配する存在だった。

 

黒き羽音――

空を群れで駆ける漆黒の存在たちは、風すらも沈黙させる。

 

それは、未だ“魔族”と名乗らぬ者たち。

だが間違いなく、“魔”の起源たる存在だった。

 

セレヴィアンは、霊峰を離れた平原の中央に立ち、風の向こうを見据える。

 

肩のソリスが怯え、彼の首筋に潜り込む。

 

「……この世に“意図”が宿り始めたか」

 

視線の先、地平から蠢く黒の塊。

それはまるで、夜の濃霧が意思を持って進軍してくるようだった。

 

一体一体は獣のような形をしている。

だがその瞳――否、瞳に似た穴は、明確な敵意と破壊の衝動を孕んでいた。

 

セレヴィアンはゆっくりと前に歩み出る。

 

「初めてだな。この身を、戦いのために用いるのは」

 

彼の足元の大地が静かに魔力を吸い上げる。

空気の密度が変わり、天地が彼の意志に呼応する。

 

その姿を、黒き群れが見咎めた。

 

そして――突撃が始まる。

 

羽音が咆哮と化し、黒き魔が風を裂いて舞い降りる。

先頭の魔が口を開き、どす黒い霧のような呪詛を吐き出した。

 

 

 

セレヴィアンは――動かない。

 

ただ、掌を掲げて呟いた。

 

「創命ノ律、八層解陣(はっそうかいじん)――《転界陣(てんかいじん)》」

 

大地が鳴った。

 

彼の足元から、八つの環状魔方陣が浮かび上がる。

それは回転しながら層を成し、空間そのものを折り畳む“異界”の術式。

 

魔たちの呪詛がセレヴィアンの周囲に達した瞬間、

世界が――反転した。

 

地は空に、空は地に。

そして飛びかかってきた魔物たちは、上も下も失った世界に囚われた。

 

「此処は我が定めた“別理”の空間。……破壊の意志では通じまい」

 

彼は静かに、右手を掲げた。

 

「裁きの火ではない。これは“観測の刃”――《幻晶(げんしょう)の牙》」

 

指先から放たれた光が、空間内で幾千の鏡を生み出し、

それぞれが対象を記録し、分解し、複製し、解析して消去する。

 

黒き魔たちは咆哮を上げ、抗おうとした。

だが、この術は“破壊”ではない。

 

これは“理解と還元”――理に背いた存在を、理に還す魔法。

 

黒き羽は一枚ずつ剥がれ落ち、空間の中で音もなく霧散していった。

 

それでも、なお一体――

 

中央に在った個体だけが、耐えた。

 

他の魔を従えるように、頭部に瘤を持ち、

その瘤には、まるで“目”のような赤い光が宿っている。

 

セレヴィアンは、わずかに表情を引き締めた。

 

「……貴様は、“言葉”に手を伸ばそうとしているな」

 

それはつまり、“個”を持ち始めたということだ。

生き物としての認識を超え、意志の体系を作ろうとする兆し。

 

セレヴィアンは手を下ろす。

 

空間の反転が解け、地と空が元に戻る。

 

解き放たれた黒き魔の長が、鋭く翼を広げて咆哮する。

 

その叫びには、もはや“感情”が乗っていた。

 

怒りと、敵意と、そして――恐れ。

 

セレヴィアンは、真っ直ぐにその咆哮を見つめる。

 

「理解できるさ。恐怖というのは、本能が拒絶を叫ぶ反応だ」

 

彼は、静かに足を一歩踏み出した。

 

「我が名は、セレヴィアン・エル・セノーテ。

世界の観測者として、貴様を記録しよう」

 

黒き魔は、最後の力で地を蹴り、空を裂くように突撃する。

 

セレヴィアンは、そっと左掌を胸元にあてた。

 

そして告げる――

 

「――《命環(みずわ)の鏡》、展開」

 

彼の身体が微かに光を放ち、魔の衝撃をそのまま吸収して弾いた。

 

すべての攻撃が、セレヴィアンの外周で失速し、空間へ消える。

 

そして彼は、ひと息。

 

「……記録、完了。滅びよ」

 

その声と共に、魔の中枢である“目”が、静かに砕け散った。

 

残された肉体も、そのまま崩れるように地に沈んでいく。

 

 

 

沈黙。

 

セレヴィアンは、それをしばらく見下ろし、呟いた。

 

「……これが“魔”の原型か。生きることと、壊すことを同一に見る存在」

 

肩のソリスが静かに現れ、彼の指先に寄り添う。

 

「人の世に現れるには、まだ早いな。だが、兆しは見えた」

 

夜が明けきらぬ空を見上げ、セレヴィアンは呟く。

 

「この世界は……やがて変わる。理が言葉を得て、“争い”が名を持つだろう」

 

そう言い残すと、彼は再び歩き出した。

 

背に、黒き羽根の一枚を拾って。

 

それはただの羽根ではない。

“魔の起源”を刻んだ証であり、これから始まる長き記録の第一頁であった。

 

 

 

――この時代、まだ誰も知らなかった。

 

後に「魔族」と呼ばれる存在が、かくも早く胎動していたことを。

 

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