創神のセレヴィアン   作:眠りの竹月

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第八話: 聖獣と黄昏の谷

灰色がかった世界の空に、夕暮れの色が差し込む。

まだ太陽も星もないこの時代に、“黄昏”の概念だけが生まれた瞬間だった。

 

セレヴィアンは、聖霊峰近郊の谷を目指して歩んでいた。

その理由はただ一つ。

かつての霧の谷で出会った光の種――聖獣グラン=ヴァルドの子、あるいは同族との邂逅を期待してのことだった。

 

 

■ 黄昏の谷へ⸻

 

足を踏み入れた谷は、まるで息を止めたかのような静寂に包まれていた。

岩はまだ荒く、植物も生えていない。ただ、大地と空気だけが存在しているその空間に、柔らかな湿気と温かみが共存していた。

 

セレヴィアンは肩に止まる精霊ソリスの揺れる光を感じつつ、歩みを進める。

 

「この地に、聖なる者の気配がある」

 

彼の言葉に応じるように、谷の奥から淡い鳴き声が響いた。

それはグラン=ヴァルドにも似て、しかしより高く、暖かい――幼い音色だった。

 

 

静かに進むセレヴィアンの前に、ひとりの小型の聖獣が姿を現した。

高く白い翼を二対持ち、銀の毛皮を纏うその姿は、やわらかで可憐であったが、そこにはすでに“知性”と“好奇”が宿っていた。

 

セレヴィアンはその存在を前に、ゆっくりと膝を折る。

 

「——初めて顔を見せてくれたか」

 

聖獣はゆっくりと近づき、地面に鼻先を差し出した。

セレヴィアンは静かに頷き、手を差し伸べると、ほどなくその温かさを感じた。

 

彼は口を開く。

 

「名を知らないが……“語りかけ”は、気配で十分だ」

 

言葉を使わずとも、“交感”によって通じ合う瞬間だった。

この小さな聖獣は、セレヴィアンと—and more importantly—worldよりも緊密な結びつきの種となる—彼の“言葉なき契約者”になる兆しを示した。

 

 

だが、その温和な時間は長く続かなかった。

谷の後方、奇妙な影が地を這い、岩を滑り降りてくる音が響いた。

 

「……来たか」

 

セレヴィアンの目に緊張が走る。

それは、あの“黒き羽の長”の残党、あるいは別種の魔族に属する原種だった。

 

漆黒の鱗と鋭爪を備えた獣が、数匹現れた。

だが、彼らは聖獣を単なる“敵”とは見ず、むしろ…

 

奇妙な好奇と、ある種の“拘り”を纏っていた。

 

黒き羽の獣は、一体が低い唸り声を上げ、セレヴィアンの聖獣に接近する。

 

状況は切迫していたが、セレヴィアンは瞬間的に詠唱する。

 

「——《護祓環(ほがいわ)の聖盾》」

 

聖盾の結界が聖獣を包み込み、黒き獣たちの接触を防ぐ。

結界は、温かみのある白銀の光で編まれ、攻撃性を持たないが強固であった。

 

黒き獣のリーダー格が再び唸る。

それに応じるかのように、仲間が翻る。

 

その刹那――

 

聖獣が翼を震わせ、淡い光を放つ。

 

その光は、まるで言葉の代わりの祈りのようだった。

 

聖獣の祈りは結界と共鳴し、盾は魔の獣たちを包んだまま、動きを封じた。

 

そして光が一閃、魔の存在を一瞬の静止状態に押し込み、彼らを“観察”する時間を作った。

 

 

セレヴィアンは静かに歩を進めた。

 

「……貴様らが、再び“意思”を獲得し始めたのか」

 

彼は魔の獣たちを見渡す。

その瞳にはまだ個の意思ではなく、原始的な反応と好奇があった。

 

セレヴィアンは聖獣を抱き上げ、魔の獣たちに呼びかけるように言う。

 

「我は、観測者。貴様らに害を求めていない。

だがこの谷は、今、新しい“秩序”の場となる」

 

言葉に反応するかのように、魔の獣たちは微かに頭を傾げた。

魔族の祖型だからこそ、理への反応を持ち合わせていたのかもしれない。

 

セレヴィアンは静かに詠唱を続けていく。

 

「——《理の契約(コノ・エトム)》」

 

それは戦いでもなく、削除でもない。

世界と存在を“見る”ための、理に基づく“契約”。

 

その理によって谷は浄化され、魔の獣たちの魔素も緩やかに浄化されていく。

それは戦いではない。強制でもない。“交感”なのだ。

 

魔の獣たちはやがて盾の結界の中、沈黙するように跪き――

その瞳から、黒き濁りが薄れていったかのように見えた。

 

 

セレヴィアンは再び鍍金のような護盾を消した。

空間が戻り、穢れは流れ消えていく。

 

谷は静かで、だが確かな“変化”を迎えていた。

 

聖獣は彼の膝に乗り、小さな羽根を差し出すように優しく触れた。

セレヴィアンは微笑みつつ、羽根を手に取る。

 

「この羽は……“契印”だな」

 

聖獣と魔は、今、共にその場に在ることで、新たな秩序の兆しを示した。

 

セレヴィアンは静かに顔を上げ、遠くの空を見据える。

 

「……まだ遠いとしても。

この地が証するように、世界は常に移ろい、命は常に新しきを孕む」

 

そして彼は歩みを進める。

 

「次に出会うのは、“人型の言葉を持つ者”か。

それが訪れるまでに、魔と聖の秩序はまだ変化するだろう」

 

夕暮れの光が谷を満たし、

その場に残されたのは、聖獣の小さな影と、黒き羽根、一枚。

 

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