作家ワナビーである広瀬が、はるかや観音の誕生日を祝う酒席で調子に乗って大盛りを頼んだら死にかけたお話

野上武志先生『はるかリセット』(秋田書店チャンピオンRED/チャンピオンクロス)から
エッセイ風二次創作

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 食べ過ぎで死にかけた、なんて大げさだろうか。
 けれど食べきれないと信用を失うとしたら?
 お世話になっている尊敬する人の行きつけのお店で、看板メニューをわざわざ大盛りで頼んだ挙句、目の前で残しそうになったのだとしたら?
 それはたぶん、社会的な死を覚悟することになる。


もりすぎ

 6月の頭、はるか先生や観音さんをはじめとした誕生日をお祝いする会が開かれた。彼女たちの間ではもう長いこと恒例になっているそうで、今年は主役が4人もいた。

 

 誕生日が近い人で集まって楽しむという作法は、わたしにはとても、とても縁の遠いものだ。その理由は友達が極めて少ない、からだけではない。正月、元旦、一月一日というものはただでさえおめでたくて、誰か一人を祝っている余裕なんてないのだから仕方がないのだ。

 

 家族や挨拶周りする親戚一同には新年のついでに祝ってもらえるとはいえ、親しい人や友人に会うチャンスさえも少ないことは、寂しさを禁じ得ない。不公平だ。

 

 それにしても6月。わたしの誕生日から最も遠い時期。ゴールデンウイークのイベントや家族サービスの期間も過ぎて、何かと休みの都合もつけやすい。元旦とは、何もかも事情が正反対だ。

 

 かつて先生方の前でこのように愚痴ったところ、

 

「忘年会や新年会に合わせて、自分を祝うように差し向ければいいんだよ」

 

 ありがたーいアドバイスを頂戴したけれど、そんな自己肯定を他人に委任できる胆力があったらこんな落伍者じみたザマにはなっていません。誰も声を掛けてくれなかったら、それこそ惨め極まりなく、自らのお祝いを主催できるのはつまるところ、自信の産物だ。

 

 このお祝いの会。わたしは昨年、タイミング良くお声掛け頂いて参加したのだけれど、今年は呼ばれることはないかなと思っていた。今年もお祝いの会はあるのですか?と聞くわけにもいかない。聞いたら聞いたで、なぜ呼ばれていないのですかと暗に示すことになってしまうし、お祝いって押し付けがましいものであってはいけないのだから。

 

 何より、わたしはお二人に会うのが億劫だったので音沙汰がないことに安堵している部分もあった。その理由はシンプルだ。書けていないから。

 

 今年の2月頃から始まった毎週金曜日に更新するという約束。遅れることばかりだったけれど、4月いっぱいまでは破らずにいた。なのに、5月は丸々すっぽかしていたのだ。

 

 理由は、言わない。あっても書かない。意味が無いから。

 

 わたしが更新できなかったことが全てなのだ。わたしは見習い以下に過ぎないけれど、作家やクリエイターというものは成果物ありきの存在であって、書けなければ、生み出さなければ、何の価値もない。

 

 このような言い方はあからさまに人権軽視であって、SNSで作家を病ませる主たる原因でもあるのだけれど、やはり突き詰めてしまうと、何事も成果物次第ということになってしまう。もちろん、出版や刊行には決められたペースというものがあって、無理に追い立てることはナンセンスには違いない。けれど、書けない作家は、ただの人だ。他の職業と何ら変わりない。

 

 看板となる作品を書き上げたこともないわたしに至っては尚更、価値なし人間ということになる。

 

 個人的には何かしら、誰かに届く作品を世に出した人は、それをもってして後の人生を保障されるべきだとくらいには思っている。物語には人生や歴史を変える、それだけの威力があるからだ。しかし、世知辛い。そういったクリエイターにとってのユートピアはまだ地上に顕現できていない。そも多くの作家は書きたいから皆書いているわけで、要らぬお世話なのかもしれない。

 

 わたしは、そう、ともかく。1カ月もの間、完全に沈黙してしまっていた。

 

 何事にも共通しているものだけれど、一度でも期日を過ぎてしまうと平衡感覚を失って、予定も意欲も何もかもが狂い始め、取り返しがつかなくなる。だからこそ、この約束は守り切らなくちゃと固く誓っていたはず。それが見たまえ、タガが外れてしまったようだ。

 

 書けていないという理由をもってして、お二人に会うのは億劫だった。認識されたくないという気持ちと、でも忘れられたくもないという気持ちが衝突して、お祝いも郵便で送りつける始末。

 

 素晴らしいコミュニケーションスキルと話術があればこのような状況もプラスに転じることができるのかもしれないけれど、悲しいかな、わたしにはそのどちらも致命的に欠けている。

 

 だから、おめでとうございますとビールを送って静かにしていようという魂胆だった。

 

 なのだけれど、意外にも観音さんからお祝いの会へのお誘いがあった。

 

 基本的にあからさまにキツい態度はみせないはるか先生と違って、観音さんは信賞必罰、飴と鞭の使い方がはっきりしている。わたしは呆れられているか、怒られているか、あるいはその両方に当てはまっていて、誘ってもらえることなどまるで想定していなかった。

 

 しかし、しかし。詰められることが目に見えているとしても、断れるはずがない。断る選択肢がありようもない。その機会からの逃走が、二人から自身をより遠ざける、それくらいはわたしにも理解できていた。歓喜と困惑と恐怖に震えながら、二つ返事で参加をお願いする。

 

 さて。さて、困ったことになった。

 

 相変わらず頭はボケボケで鉛のカタマリが入っているように重く、1カ月のブランクをポジティブに解釈できるスイートなアイデアは思いつきそうもない。つまり、切れるカードも言い訳もない状態で、断頭台まで自らの足で進み出なければならないのだ。

 

 行くことを決めてしまった以上、どうにもならない。こういう時は諦めがカンジンだ。俎板の鯉になったつもりで、無抵抗に、首を切られにいこう。わたしは奇妙な覚悟をきめて、その日を待った。

 

―――

 

 電車に揺られて揺られて、舞台へと辿り着く。不安からか、30分前くらいに一番乗り。

 

 昨年と変わらず、錚々たるメンバーが集まってくる。わたしと違って、ちゃんとやってる人たちだ。この場にふさわしくないのはわたしだけ。

 

 恐る恐る観音さんに挨拶する。まだいつも通り、普通の反応だった。

 

 最後に飛び入り気味で参加が決まったので、わたしは長テーブルの一番端へ。助かった。ここで静かにしていれば、なんとかやり過ごせるに違いない。

 

 目の前に座られた雨露しずくさんは行動力と創造性が人の形になったような方でいつもあちこちを飛び回りハツラツとして眩しいけれど、激詰めされることに比べれば、なんのその。

 

 お祝いの会は滞りなく始まった。

 

 観音さん行きつけのこのお蕎麦屋さんには何度かお邪魔している。蕎麦前とお酒を楽しんだ後、メインの蕎麦が出てくるコースで、どの料理も盛り付けが美しく、ピカイチに美味しい。

 

 これまでは話をしたり聞いたりでなかなか料理に集中できていなかったから、二重の意味でもありがたかった。

 

 目の前にはこれ全部食べていいの?と心配になるくらい豪華でこんもり盛られたお刺身の皿。以前ひと悶着あった例のたこはなかったけれど、どれもとても美味しい。ああ、助かった。幸せだ。

 

 周囲の人たちは思い思いの会話に花を咲かせている。どれも最近の仕事や流行りとの関係など、わたしの手の届かない天空のやりとりだ。わたしは神々が雲の上で何をしているのかを聞きながら、平和に、穏やかに、美味しい料理に舌鼓を打っていた。

 

 話を聞いてあかべこのように無心で頷くのは得意中の得意だ。聞き上手というわけではないけれど、とにかく相手だけに話をさせることだけは、ギリギリ人の真似ができている。これだけで英語ネイティブとのディベートを乗り切ったことがあるくらいで、お祝いの会は身構えいたよりも何事もなく、火の粉を被ることなく進んでいった。

 

 出てくる料理を端から平らげ、お酒も影のように気付かれないように頂戴する。切り分けられたお誕生日ケーキも、若いんだからの一点張りでやたらと回ってきた。でも大丈夫、今日は食に集中しているから。

 

 鍋奉行ならぬ酒席奉行である観音さんは主役にも関わらず、端っこにいるわたしにまで気を掛けてくれる。でも今日は大丈夫です、本当に大丈夫ですから。

 

 そうやって食べているだけなものだから色々な会話が聞こえてくる。

 

 テーブルの島をひとつ離れた、はるか先生のところでは、ああ、なんてこと。ユイ先生が詰められている。南無三。あの位置じゃなくてよかった。はるか先生の隣にいる観音さんやマリコさんも容赦のない打撃を加え続けている。しずくさんとわたしは思わず顔を見合わせて、

 

「おっかない、怖いですねえ」

 二人して嘆息をもらした。

 

 相手のホームに来るのはこういうことなのだと戦慄する。ユイ先生、来世でもお元気で。

 

 そうして呑気に対岸の火事だと油断しきっていたら、突然席の交換をしようと持ち掛けられた。

 

 一度ビール会でご一緒して酷いビールを飲ませてしまったお兄さん。今日は素敵な着物姿で、わたしなんかより何十倍もしっくりと着こなしている。ホンモノの剣術を修められているそうで、なるほど、その眼光の鋭さは人を何人か斬ってそうな感じでおっかない。けれどあくまで親切心で、その方は端っこにいた私と席を代ろうと持ち掛けてくれたのだ。

 

 心の準備が。でも断る理由も言い訳も思いつかない。

 

 ええいままよと覚悟を決めて席を移る。観音さんの視線が痛い。

 

「広瀬君、どう?楽しめてる?」

「ええ、それはもう、はい、とっても」

 

 こわいよ!

 

「まあ飲んで飲んで」とお酌を頂く、これはもう。目がこわいって!

「最近どうかな?なんだか更新がないみたいなんだけど」

 

 始まった!

 

「はい、あの、すみません」

「僕は思うんだけど。やっぱりナメられてるのかなって」

「そんなことは、決して」

 

 以前であれば多少は口答えできていたけれど、今回は為す術もない。更新していないことは覆しようもない事実であって、言い訳がきかない。

 

 はるか先生はまだ何も言わないけれど、苦笑いのまま、ちらちらと視線を送ってくる。孤立無援。友軍なし、援軍なし。彼我の戦力差はあまりにも絶望的。最初から白旗をあげているのだけれど、降伏も許されない。観音さんは捕虜はとらない主義だ。

 

 観音さんにじわじわと圧をかけられて縮こまっていると、真横から更なる追撃が。

 

「広瀬ちゃんはさ」

 

 マリコさんだ。

 

「今がいちばん読んでもらえるタイミングなのに、なぜ書かないの?どういうつもり?いったいどうしたの?どうしたいの?どうするの?」

「ぐっ、うっ」

 

 マリコさんの追撃は切っ先鋭く、遠慮というものが微塵もない。一言一言、その一撃一撃がまっすぐで精確で、みぞおちに吸い込まれ、過呼吸になる。鈍痛。胃も頭も痛い。

 

 わたしはもう俯いて、謝罪に類する言葉を次々に口にするほかなかった。

 

 マリコさんに刺されたわたしを見て、はるか先生も観音さんもなんだかすごく生暖かい目をしている。

 

 ああ、さすが。はるか先生の尻を叩き続けただけある。

 

 そんなマリコさんの洗礼を受けてありがたいと思う自分がいるのは、不遜な余裕ゆえだろうか。どこか他人事のように捉えていないだろうか。

 

 そうかもしれない。今日は詰められる、怒られることを前提にしてのこのこと現れたのだから。それを覚悟していたし、詰問によって自身の中のエンジンを再起動させられるのではとさえ期待していたのだ。

 

 だからわたしは今ここにあって、ここにいない。サンドバッグにされている自分自身を少し離れて傍観している。これでは、ナメられていると言われてもしょうがないじゃないか。甘ったれているのだ。

 

 そうやってメタ的に明後日の方角へと逃げるわたしがいる一方で、詰められて悶絶しているわたしも同時に存在していた。平謝り。

 

 救いはお店のマスターだった。

 

「お蕎麦大盛りの人、挙手!」

 わたしは間髪入れずに反射で手を挙げた。

 

 先までの一件に関わらず、ここのお蕎麦にはまってしまっていたわたしは、長い間いっぱい食べたいと願っていたのだ。

 

 しかし、この判断がよくなかった。実によくなかった。

 

 これまでに訪問した際には、食事に集中できていなかったので、最後のお蕎麦の量が足りないと常々感じていた。最後にたっぷり味わいたいと。しかし今日は既に十分なくらい、蕎麦前を味わっていたのだ。おろしたての着物も相性が悪かった。帯はぎっちり絞められていて、ルーズな洋服と違って腹囲に余裕がない。

 

 同じく大盛りを頼んだユイ先生のざるを見て青ざめる。

 

「すごい量がきた」

「三枚分ありますからね」

「さん、まい」

 

 一人前が一枚なので、三枚は三人前。それって大盛りなの?特盛とかじゃなくて?

 

 後悔が始まる前に、わたしの目の前にもざるが置かれる。

 

「わ、わあ」

 

 一見したところ、そこまで量が多いようには見えないけれど、普通盛りと比べると一目瞭然、密度が違う。箸を入れると重い。重い。

 

 お蕎麦とつゆはちょうどいい塩梅で美味しい。が、いかんせん量が多い。ケーキまでしっかり食べていた自分を恨む。

 

 3分の1ほど減ったところで、大変な事態に陥っていることに気が付いた。ざるから蕎麦がなくなって食べ終わるビジョンが全く浮かばなくなったのだ。胃は既に満タンのランプを灯していて、アルコールと鬼詰めのジェットコースターを喰らった脳も冷え切ってしまい、白旗をあげている。

 

 わたしは出された料理は基本的に残さない性分だけれど、自分の限界もよくよく承知していて、普段から無理に冒険はしない。

 

 けれど今回は違う。状況がお残しを絶対に許さない。

 

 はじめから盛りがよい店でギブアップするのとは訳が違うのだ。わたしは大盛りにするかどうかを聞かれて、わざわざ手を挙げた。この時点で、残すことはまず許されない。

 

 末席であるわたしは誰かに手伝ってもらうことも叶わない。残しちゃいそう、と可愛く悲鳴をあげるような社会的ポジションにいないのだから。

 

 これが端の席だったら何かいい方法が、頭の使いようがあったかもしれない。しかし今は四方を塞がれていて、目の前にはこの場のボスである観音さんがいる。

 

 そう、観音さんだ。ここは幹事である観音さん行きつけのお店であり、お蕎麦は看板であり、それを残すことなど、絶対にあってはならない。そんなことをしてしまえば、ただでさえマイナス評価に落ちつつあるわたしは足切りに遭うに違いない。

 

 しかも行きつけの店で残したとなれば、もはや挽回のチャンスはないだろう。人の好感度は加点減点方式とはいえ、一度嫌われてしまうと、全ての行為が減点材料へと変わる。

 

 退路はなかった。無理を押し通すしかない。

 

 わたしは無心で蕎麦に箸を伸ばし続けた。何も聞こえない。何を言われていても、認識できない。これは蕎麦とわたしの一騎討ちなのだ。わたしの今後の社会的な生、文字通りの存亡が懸かっている。

 

 半分まで減った。まだ半分だ。周りは皆食べ終えてしまって、歓談に入っている。宴の席にあって、その中央にいるわたしだけが蕎麦と格闘を続けている。これだけでも不自然で、社会不適合者そのものだけれど、どう見られているかを気にする余裕さえなかった。

 

 ペースを乱さず、ざるを空にする一念だけをもってして、箸を動かす。ああ、驚きだ。もう食べれないという限界は、限界ではなかったのかもしれない。

 

 蕎麦と命懸けの取っ組み合いをする中で、わたしは気付いた。ここまで必死になるということは、それだけ観音さんに嫌われたくないのだ。にも関わらず、わたしはこの1カ月もの間、嫌われる怒られるに足る怠惰を積み重ねてきた。後悔の波にのまれることは覚悟していた。しかし、蕎麦との闘いでそれを知ることになるとは。

 

 その後のことは、実のところよく覚えていない。気が付くと、一意専心の願いが叶ってか、いつのまにかざるは空になっていた。その頃合いで祝う会も解散の流れに。首の皮一枚で繋がったのだ。

 

 自らへの戒めを込めて、この一件を書き残しておく。

 一、 反射で大盛りを頼まないこと。

 二、 書けるときに書けるだけ書いておくこと。

 三、 自分の能力も限界も、信用しないこと。

 

(もりすぎ 終)

 


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