暗闇の控え室、その中央のパイプ椅子に身を預ける爆豪は、己の掌を見つめ、倒すべき敵を思い浮かべていた。
『カツキくん。自分の力量を過大評価しすぎです。格上と戦う機会が無かったのは分かりますけど、彼我の実力差を考えて戦いを組み立てるくらいはしてください。』
『だーかーらー!!力量に差がある時はそういう時の戦い方があるんです!!はい?【お前が下で俺が上】…??ムカッ!決めました今日はカツキくんの怪我治しません!!』
敗北、敗北、敗北
2人に出会うまで知らなかった、敗北の味。惨めに這いつくばり、床を削って辛酸を舐め続けた。この1ヶ月でその味を嫌という程知った。
屈辱だった。己のプライドがズタズタのボロ雑巾にされ続けた。
渡我被身子という頂点に最も近い女によって。
そしてその先にいる、逢魔詠斗という星の輝きによって霞む。
『んー…最強は、やっぱり私の中ではエイトくんかな。手数も、バトルIQも常軌を逸してる。なんでもありなら、プロヒーローの、それもトップレベルじゃないと勝負にもならない。』
いつか、クラスで行われた最強議論。あのオールマイトを差し置いて、渡我被身子は詠斗を最強と断言した。
何度も挑み、何度も自分に敗北を刻みつけた者が、最強と讃えた。
だからこそ、爆豪は知りたかった。今の自分が、どこまで通用するのか。
どう倒すか、どう挑むか。考え続け、シミュレートし続け、その中でも負け続け。
そして思い至った。変わらない、やることも目指す場所も。ただ今を、未来を、ちゃんと見ようと思った。
試合開始5分前、出来うる限りの準備を行った爆豪は、戦場に向かう。
その途中、忌々しいモサモサの頭が見えた。
「……んでテメェがここにいんだ。」
「切島くん達の激励で……君には必要ないでしょ?」
いつの間にか、オドオドとした態度はなりを潜めて、堂々とした態度で自分に相対する緑谷に、舌打ちをひとつ。
「たりめぇだろ、俺をモブ共と一緒にすんじゃねぇ。」
「……うん、そうだよね。君は変わらないや。」
呆れたように笑った緑谷にまた舌打ちをかまし、横を通り抜けた。
戦場に向かう爆豪の背中を見つめていた緑谷は、ふと足を止めた爆豪に首を傾げる。
「……今回の体育祭、ここでアイツらに勝ったらどうなるか知ってるか。」
「え?いや……そういえば、知らないかも。」
トーナメントについては最初の段階でルール説明はされていた。しかし、勝った後にどうなるのかが、2人の口から語られていなかったことを思い出す。
爆豪の滴る汗が、闘志に応えるようにパチッと弾ける。
「勝ったら魔王の座を交代して、そのまま別チームとのチーム戦だとよ。能面野郎に聞いた時、アイツがなんて言ったかわかるか?」
心の底からの怒りを噛み締めるように、爆豪の奥歯がギリっと鳴った。
『え、君たちが勝ったら……?あ〜〜〜〜……………………
……………………………よしっ、魔王の座を交代する。これにするね。』
自分たちが負けるわけないでしょ、とさも当然のようにその場で思いついた案を告げられた時、爆豪は屈辱を噛み締めながらも、納得する他なかった。
「…勝てねぇよ、アイツらには今の俺じゃ足りねぇ…!勝てるイメージが湧かねぇッ!想像の中でも勝てねぇ!!だからチームなんぞを組ませられて、アイツらの土俵の外で遊んでもらってんだ、俺達は……!!」
「っ…………!」
緑谷とて分かりきっていた事実だが、それだけ実力が離れていることを。元々が弱者であった緑谷と、強者の側であった爆豪の感じ方は大きく異なる。
「俺とアイツらはどれだけ離れてる?見える位置にいるのか?手を伸ばせば届くのか?………今は、それだけが知りてぇ……」
「かっちゃん……」
小さく呟いた緑谷に振り向いた爆豪は、弱い自分と決別するために、事実をありのままに受け入れる。それが、きっと初めの1歩だから。
「……俺も結局、特別なんかじゃなかった。」
「えっ……な、何か変なもの食べた!?!?」
「黙って聞けやクソがッ!」
つい癖で、いつものような掛け合いをしてしまった緑谷が、やっべと口を閉じた。
「……認めたくなかった、俺の弱さも、お前の強さも。有り得ねぇ速度で強くなるお前を、負け続ける俺を否定したかった。」
しっかりと向き直った爆豪は、流れては消えていく今までの記憶や感情の濁流に逆らって、あるひとつの情景を思い返す。
あの時、自身に手を差し伸べた彼に感じたある種の恐怖を、今になって、ようやく拭いきれたのか。ずっと後ろを走っていた緑谷がどんどんと力をつけ、己を打ち倒し、同じ場所を走り始めた。
『これは受け売りだけど……自分の弱さも分からない、ううん……見ようとしないうちは、カツキくんは変われない。弱さはね、ただの欠点じゃなくて、道標なんだよ。』
強さと弱さは裏返し。何度も何度も地面に叩きつけられて、漸く自分がまだまだ後ろを走る者である事を受け入れられた。
自分の弱さを、見ることができた。
「今更変わって、どうにかなると思ってねぇ。」
だから、はじめは、目の前の彼からと決めていた。
このタイミングで言うつもりなどなかった。だが、ここでの邂逅は運命だったのだろう。
彼の強さも、弱さも全部見て。己を見つめ直す為に。
何かを決めたように真っ直ぐに見つめ、眉間に皺を寄せて、不器用に、不慣れにほんの少しだけ目を伏せながら。
「お前の邪魔は、もうしねぇ。それと……あー…………今まで、悪かった。」
「──────────────………っ!?」
呆然とこちらを見つめる緑谷を置いて、爆豪勝己は真の意味で己を省みた。
通路に響く歓声すらも切り捨てて、荒れ狂う大海原に身を投げる。
『さぁッ!!3回戦は『爆撃の勇者パーティー』VS魔王妃『渡我被身子』!!今度はどんな戦い、見せてくれる!?この戦いも!注目注目注目だァァッ!!』
『いやホントね。ここまでやるとは僕も思ってなかったわ。』
『おーう!魔王!どうだったよさっきの試合は!』
『最高。あそこまで痺れる戦いは久々だった。最近は被身子とも組手なんてして無かったし。』
『ん〜!高評価!!』
どこか不満気な被身子は、準備万端の爆豪を見つめる。そんな被身子を見て、フンッと鼻を鳴らした爆豪は、実況席に座る詠斗に目を向けた。
「オイ、能面野郎」
『はいはい、何かな。今ならなんでも答えちゃうよ僕。出久の性癖を全国放送する事も吝かじゃない。』
「そろそろ出るとこ出るぞ詠斗ォ!!というかいつ知ったんだそんなもの!!」
『え?ほら、今日の朝に君がトイレ行った時に棚の底の隠し板を────おっほ、殺気。へへ、冗談ですやん。』
「吐いていい冗談と悪い冗談があるんだよ!?」
「ぶっはははははッ!緑谷ァ!お前ちゃんとそういうの興味あったんだなぁ!」
「緑谷ァ…お前もちゃんと男の子だったんだな……!」
「やめてよ2人とも!同族を見る目で見ないで!!僕はオープンじゃないだろ!!」
『でも、本当はイジられてオイシイと思ってるんだろう?』
「…………思ってるわけないよ!!!」
『「「悩んだら負けでしょ。」」』
「いつもの茶番やってんじゃねぇボケ共ッ!!聞けや!!」
ハハハ、と会場が笑いに包まれたが、爆豪の怒声が響き、シンッ、と静まり返った。
「
更に静まり返った会場に、ザワっと衝撃が走る。まさかと疑う観客達も、2人の反応を見て、真実を悟る。
「わかってんだよ、ガチでやってねぇことぐらい。」
「……えっと〜…ん〜、へへへ。」
『へぇ〜……』
『え?マジなの?マジなのか魔王!?』
ここで見破られるとは思っていなかった詠斗は、爆豪の言葉を肯定した。
『君の想像の通り、僕は徒手格闘が苦手だ。ここ数年被身子に一度も勝てていないくらいには。』
「ふふーん!エイトくんに勝てる分野のひとつです!なんと私の勝率7:3!」
『正確には8:2ね。武器使ってようやく6:4くらいかな。好きな事と得意なことって違うもんなんだよね。』
「オールレンジでなんでもありになると私勝ったことないかな。エイトくん手札が尋常じゃないし。」
より一層ザワついた会場を切り裂くように、爆豪は被身子に向かって言い放つ。
「ステゴロで来い、
「!」
名を呼ばれた衝撃より、本気を出せと、彼は本気で言っているのだ。圧倒的とも言えるほどに隔絶した差が存在すると言うのに、不遜にも彼は噛み付いた。
「……まだ、カツキくんは魔法も使っていない私に勝ったことすらないよね?」
「うるせぇ!!全力だッ!全力のテメェらと戦わねぇと意味がねんだよッ!!」
テコでも動かんと言わんばかりに被身子を睨みつける様子に、ため息混じりに彼のパーティーを心配した。
「……はぁ……みんなはいいの?」
「おう!お互い得意で全力で!それでこそ、漢らしいだろ!なぁ?ヒミコちゃん!」
「切島の言う通りだぜ!おれも、文句ねぇ!!」
「はぁ……作戦が滅茶苦茶だ……何のためにこのパーティーを組んだと…だがまぁ、うん。こうなったら仕方ない、とことんやるよ。」
全員覚悟済み。もはや止めるものはいない。
チラと相澤を見ると、好きにしろとOKサインを出していた。
まぁこれも経験か、と割り切って爆豪の提案を承諾する。
「……わかった。お望み通り、私の得意でやるね。」
被身子の纏う気配が、質量を持ったように4人を襲う。
彼女の背に、巨大な蛇がこちらを睨んでいるような。そんな錯覚に襲われ、足が竦む。
しかし、先頭に立った勇者が、尚も前に進み、好戦的に笑う。
「切島、鉄哲、物間───────勝つぞ。」
今まで、小学生の罵倒のような渾名をつけていた彼から出た、自分たちの名に目を見開きながら、やれやれと3人が同様に頷いた。
『応ッ!!』
「後悔しても知らないよぉ〜……なんて、聞かないか。」
まぁいいか、と笑った被身子は、ゆらりと上体を脱力させる。
一気に変わった被身子の様子に、現役のプロヒーローであるミッドナイトすら、握った鞭が震えていた。
『両者!準備はいいわね!試合─────』
鞭が振り下ろされるコンマ数秒。爆豪勝己の集中力は、極限を迎えていた。
被身子の一挙手一投足、身動ぎにすら意識を向け、それ以外の視界がボヤけ、よりはっきりと被身子の姿を捉えていた。
今の自分なら、被身子のどんな動きにも対応できるという、確信があった。
(来い……どっから来たとしても、対応したらァッ…!!)
『───────開始ィッ!!』
試合開始の直後、対応できるようにと張り詰めていた緊張が、途切れない。
(…なんで動かねぇ…!?なんで来ねぇ!!)
振り下ろされた鞭と同時に、被身子が動き出すと思っていた爆豪は、開始から数秒経った今も動くこと無く4人を眺めている被身子に、焦りが募った。
全員がそのように考えていたこのパーティーのメンツも、滲むように出てきた脂汗をそのままに、被身子の動きに釘付けになっていた。
『開始の合図と共に動くと思われていた試合が全く動かねぇ!?どうしたんだァ!?』
『……優しいねえ、被身子も。わざわざ待ってくれてるんだぜ、君達が有利な、先攻を譲ってやってるのさ。』
詠斗の言葉に爆豪は一気に激昂した。
「どこまでも……俺達を、舐め腐りやがって…ッ!!」
「……待つんだ、爆豪!今は……!!」
掌が熱を帯び眦が釣り上がる。物間の静止も耳に入る事なく、ただ全力で突き進む直前、切島と鉄哲の2人が同時に飛び出す背中を見て、爆豪はニヤリと笑った。
切島と鉄哲は、自身の役割を理解していた。
【倒れぬ盾】2人が目指す不屈の盾は、誰よりも前に出て、敵の手札を引き出し、仲間の盾となる事。
(俺たちの役目は変わらねぇ!)
(真っ直ぐ行って盾になる!んでもって相手の手札を引き出す!!)
2人ともが熱血漢であり、お世辞にもバトルIQが高いとは言えない。
故に、作戦どうこうの元より、2人の役割はひとつに絞られていた。
『君たちの役割は簡単さ───────渡我さんに、しこたま殴られてくれ!』
物間からのほぼ死刑宣告とも言えるそれに、2人はわかりやすいと笑った。
その2人の行動は、被身子も想像の通り。どうやって沈めるかと耽った被身子は、迫る拳を反射で回避。そのまま、独特なステップで踊るように回避し、距離を取ってからニヤリと笑う。
先程も感じた、薄ら寒く全身を駆け抜ける、本能から来る警鐘に、覚悟を決めたはずだった切島の足が竦む。
(見た事ねぇステップ!これがヒミコちゃんの本気の戦い方…!やべぇッ……本能だ、本能が逃げろって叫んでる!!あの時みてぇに……!)
自身の汚点、その起源を思い起こす。あの時の恐怖が再来する。何よりも、動けぬ自身への恐怖が止まらなかった。
しかし、バカはバカだ。
「ビビんな!突っ込め!どうせ俺達にはそれしかねぇだろ!!」
恐怖を超克した鉄哲が先に1歩前に出た。
前方の防御に全振り。腕を顔前面にクロスさせて全身を硬化し、ぶちかましをしようと言う腹だった。
それを見て頭を抱えたのは、実況席の詠斗だった。
『………胆力は認めるが、やぶれかぶれは痛い目を見る。』
次の瞬間。獣のような体位から猛進した被身子は、真下からガードを抜けた蹴りが、鉄哲の土手っ腹を貫く。
鉄がひしゃげ、火花が散る音と同時に、一直線に観客席の真下まで吹き飛んだ。
「恐怖に足を止める事も必要だ、って教えたんだけどなぁ。」
教え方良くなかったかな?と、防御力が売りの個性を真正面から叩き潰した後とは思えない程に、平然としている被身子に戦慄した。
───────あまりにも、遠すぎる。
『恐怖に耐える事はたしかに難しい……だが、かなぐり捨ててはならない。恐怖とは、人間が有する原初の本能。その点…鋭児郎、君の恐怖は君を救った。』
(ざけんなっ…どんだけ手加減されてた!?どんだけ配慮されてた!?)
被身子の本領を目の当たりにし、叩きつけられた恐怖を拭いきれなかった切島の心にヒビが入る。前衛で盾となり、ヘイトを一身に受けるタンクが潰れた時、パーティーは崩壊する。
「次、エージロー君だね。」
「ぁ」
標的を定めた被身子の眼光に怯み、動けぬままに運命を受け入れる切島を、横から爆弾が攫った。
「切島ァッ!目を覚ませッ!!君の役はなんだ!?」
「───────ッごめん!目ェ覚めた!!」
爆発によるターボで飛び出し、切島に飛びつきながら被身子の蹴りを何とか躱す。
「アハッ!他人の個性そこまで使いこなせるんだ!」
「どこ見てんだ魔王妃様よォッ!!」
「見てるよっ、カツキくんっ!!」
超高速で迫った爆豪の向けられた手先を正確に蹴り上げる。上空に向かって爆煙が流れ、完全に不意をついたと確信していた爆豪は一瞬体を固めてしまう。
(俺の最高速度だぞ!?コイツ、っマジでどんな反応速度してやがん─────だッ!?)
流れる様に続く二撃目を寸前で回避。しかし、肩の皮膚が掠ったのか裂けていた。
「いい反応!じゃあこれはどう!?」
空中機動の爆豪の進行方向に、エネルギーを固めただけの障壁を展開。予想外の障害に回避を封じられた爆豪の体が固まった隙に、被身子は既に跳んでいた。
(壁!?いつ展開されッ───────)
「バイバ〜イ!」
咄嗟にガードした両腕の篭手を破壊され、障壁ごと突き破り場外まで吹き飛ばされる。
「ッ、どんなパワーしてやがんだ怪力女ァッ!篭手も粉々にしやがって!」
「あれっ?ん〜……ほー、なるほどなるほど!」
蹴り飛ばされる直前、障壁を破壊する事に注力し、挟まれることを防ぎ、何とか威力を減退させて、どうにか意識を保っていられている。
それだけしても、まだ腕が震えてまともに手を握ることもできない。
「やっぱりカツキくんセンスある〜!性格治せばいい線行くと思うよ!」
「うっせぇ!強くなきゃ、意味ねぇんだよ…ッ!」
「力はあるに超したことはないけどさ〜?別にヒーローの価値は強さだけじゃないんじゃないかな。オールマイトだって、性格が酷かったらナンバーワンじゃないだろうし。」
「……カスのオールマイト想像させんじゃねぇよ…っ!!」
「まぁ、カツキくんはもっと視野を広げた方がいいと思うよ。あっ、怪力女は怒ったから普通に叩き潰すね。」
「おい爆豪!?これ以上ヒミコちゃんガチにさせんなよ!?」
「うっせぇ!構えろ切島ッ!」
「2人とももっと本気でやってくれないかなぁ!?」
トタタッと着地した被身子の姿には隙が一切無い。
「どうする、鉄哲はもう戦えないだろ……僕が切島の個性で盾2枚になるかい?」
「死にてぇんなら前に出ろ。気合いの入った鉄哲が一撃だぞ。テメェの劣化コピーじゃ腹に穴空いて終いだ。」
「………言ってみただけだよ。」
「ちょっと〜?流石に人によって加減くらいできるからね?」
『嘘つけぃ、うっかり僕の右足粉々にしたこと忘れてないからね。』
「あれはちょっと力加減ミスっただけじゃん!」
『僕じゃなかったら障害残ってたわ。被身子は身体強化が大味なんだよ。』
「エイトくんみたいに丁寧にやると威力出ないじゃん!火力負けしてるくせにぃ〜!」
『スマートと言いたまえ。無駄な火力を使わないだけですぅ〜。』
「あ〜!無駄って言ったぁ〜!」
場外と喧嘩を始めた事で幾分か余裕ができた3人。しかし、それでもこのままでは一人一人潰されて終わりだ。
状況は以前最悪、勝ちの目が見えない3人に、詠斗が手を差し伸べた。
『意味あるかな〜これ……まいいや、自業自得とはいえ、これじゃあ被身子の蹂躙劇。だから、1人ずつアドバイス。まず、勝己。』
「……んだよ。」
『君の最大火力を叩き込むことだけを考えるんだ。A組の中で唯一被身子に対抗し得る火力は君だけだ。そして寧人、君は使える個性の量が増えた様だが…所詮は劣化コピーでしかない。君の強みは何か、役割を見いだせ。』
「役割…僕の……」
『そして、鋭児郎。君は単純。』
「俺だけ単純なの!?」
『あぁ、とてもシンプル。だが、今この状況では最も難しいだろう。』
雑にあつかわれ、ガーンと俯いたが、続く詠斗の言葉は切島にとって至言だった。
『倒れるな、壊れるな。前に立ち続けろ。どうせ、被身子が君に攻撃の隙なんて与えてくんないから。』
ゴチャゴチャ考えずとにかく盾になれ、切島に求められたのはそれだけ、そして詠斗の難しいという言葉を理解する。
顔を上げた、切島の目線の先。そこには、1回戦で奮闘を見せた桃色の同級生。彼にとって、勇気の象徴のような彼女。
何故この髪を深紅に染め上げたのか、己が目指す場所はなにか。思い出す、己がどうありたかったのかを。
パァンッ、と頬を力いっぱいに叩き、気合いを入れ直す。
「切島……?」
「すまん!爆豪、物間!もう、大丈夫!!」
「……ハッ、おっせぇんだよ…!」
深く息を吐き出した切島は、腰を深く落とし、右足を天高く掲げ、そのまま思い切り振り下ろす。
「……四股踏み…?」
「被身子ちゃん、俺のワガママ聞いてくれ!」
相撲の不知火型を取った切島は、ニッ、と笑って声を張り上げた。
「───────来いッ!!」
「…………あはっ、いいよ!」
真正面ど真ん中の真っ向勝負。
すぐに意図を察した被身子は、笑顔を返す。
「……やれやれ…爆豪、策がある…乗るね?」
「やる事だけ簡潔に言え。」
「…やけに素直じゃないか。変わりすぎじゃないか君?」
「いっちゃん最初に出したテメェの策は、あの条件下なら最適。アレが出せんだ、テメェならいい。」
「君本当に爆豪か?偽物じゃないよな?冷静だとこんなにクレバーなのか?」
「どーいう意味だッ、殺すぞ猿真似野郎ッ!!あとクソデクッ!なにアホみてぇに首振ってんだ!!」
「あっ、本人か。」
観客席で物間の言葉に首が千切れる程縦に振る幼馴染がカメラにドアップされ、爆豪をイラつかせた。
小声で作戦を簡潔に耳打ちした物間に、爆豪が獰猛に笑った。
「───────いいね、爆豪。」
「しくじったら殺す。」
「言葉選びを覚えた方がいいよ君、普通にヴィランと変わらないからねそれ。」
「準備はもういい?行くよ!!」
我慢できないと被身子が飛び出し、走る速度だけで風が巻き起こる。その疾走を真正面から受け止めんと立ち塞がる切島は、一瞬の脱力を見せた。
(この感じ、エージローくんの最高硬度!どれだけ耐えられるかな!!)
被身子のアドバイスによる硬度の底上げは、爆豪の最高火力ですら、吹っ飛ぶだけで済む。
(吹っ飛ぶな!脚を突き立てろ!ビビんな!!前にッ!砂藤みてぇに前に!)
激突まで6m、そこで被身子は一気に右足を踏みしめて、やや斜めに跳び、切島の頭に向かい踵を振り下ろす。
「───────ッがァァああああああッ!!??」
咄嗟に腕を交差させて頭部を防御したおかげか、一瞬で意識を失う事は避けられた。
だが、激突の瞬間に襲う激痛と衝撃が、切島の心と身体に叩きつけられる。見事に人生1の痛みを更新した被身子の踵落としによって、両脚が地面にめり込み、切島の逃げ場を無くした。
(やべぇ…!脚がッ!?)
「あはは!どうしたのエージローくん!まだ一撃目だよッ!!」
くるりと空中で翻った被身子が、トンッと着地した瞬間、瞬きの後には、被身子の靴裏が顔面に迫っていた。
ドパァンッ!!と激しい衝突音───────が、訪れることはなく、切島の顔面スレスレを通り過ぎる風きり音だけが届く。
「クッ…!逸らすだけで精一杯…!!だが掴んだぞ、渡我さん!蹴りの利点は潰した!溜めのない蹴りに威力はない!」
『うぉっ!物間のヤツ、よく逸らしたなぁ!?』
『前方に進む力が強ければ強いほど、別の方向からの力に弱いものさ。』
被身子の脚を逸らした物間だが、その脚がビキッと音を立てて軋んだ。
(なんの、音だ……?……いや、馬鹿な…筋肉が軋む音なんて───────)
「ちょーっと、甘く見積もり過ぎじゃなぁい?」
「は?」
次の瞬間、地面に踏ん張って居たはずの物間が、気がつけば空中に身を放り投げられていた。
爆豪の個性を使って軌道を修正する間もなく、被身子の声が鮮明に響く。
「体を丸めてエージローくんの個性で防御!」
「───────ッ!!」
「はい、いい子♡」
本能故か、自然と体が動いた次の瞬間には、一直線に観客席手前の壁に激突していた。
まるで、何をされたのかを考える思考も、遅れてくる痛みに掻き消される。
(ここまで、か……舐めてたわけじゃないが……っ……クソっ、済まない……作戦、守れ……─────)
確実なゼロ距離を制した油断、そこから放たれる大砲にも似た威力は、容易に物間の意識を刈り取った。
蹴りを主体に戦う被身子が、ゼロ距離の戦い方を対策していないわけがなかった。
ゼロ距離こそ、彼女が得意とする
しかし、繊細な技であるからこそ、僅かながらに隙が生まれる。
「つっかんだぞぉ!!」
「むっ…!!意外と離れない…!」
僅かに抵抗した被身子は、想像よりも振りほどけない事に目を見開いた。
「関節まで全部ガッチガチにしてるからなぁっ!!離さねぇぞ!今だ!爆豪!!!」
ガシッ、と被身子の胴に組着いた切島は、力の限り叫んだと同時、被身子の視界の端で天から落ちる爆豪の姿が見切れた。
「本気だねっ!!」
「ったりめえだろぉがァァッ!!」
彼の最高火力を放つには十分な空間と、助走が不可欠だ。会場での、場外の制限解除が、条件を揃えた。
細かく続く発破音。自身を回転させることで弾丸の様に突き進み、一直線に被身子に飛来する爆発を伴った竜巻。
「ハウザーッッ……!!!」
「私を全力で抑えて、本命の攻撃を当てる……うんうん、エージローくんかテツテツくんが居ないと考えられない作戦。確かに、それしかないよね……だ・け・ど〜…やっぱり想定が甘いかな。」
掴んでいた腕が徐々に、徐々に広がっていき、バキバキと音を立てて硬めていた腕に罅が入り、ついに被身子が拘束から抜け出した。
「ぃっだぁぁぁッ!!?うぉぉぉぉっ!?」
「インパク───────ごァッ!?」
目前に迫った竜巻を前に、力任せに切島を引き剥がし、棍棒のように振り回して、空中を飛ぶ爆豪の背中に振り下ろす。
撃墜された爆撃が、行き場を失い舞台を包むほどの爆煙を生む。
倒れ伏し死に体の2人に向かって、今だ無傷の被身子は、まぁまぁ?と評価する。
「作戦自体は悪くないけど、それでも私を弱く見積もりすぎかな。どっちにしろ、自分達の力の限界はわかったでしょう?」
「…ッがァっ…ッ……クソッ、チックショォッ!!!」
「身の程を、知りなさい。」
(───────こんなに、こんなにも……ッ!!)
切島を払い除け、被身子に飛びかかった爆豪の顎を、ほんの数ミリ拳が掠めた。
人の体とは、たったそれだけの事で意識を刈り取られてしまう。
終ぞ触れることすら叶わなかった被身子に、爆豪は手を伸ばす。
(……そうか…まだまだ……先は長ぇ……な……───────)
ドサリと倒れた爆豪は、どこか満足気に意識を失った。
シンッ、と静まりかえる会場、試合が始まって2分も経たぬうちに、4人が地に伏したのだ。会場の観客も、理解が及ばず歓声を飛ばす暇すらなかった。
「……ミッドナイト先生?終わったよ。」
いつまでも終了の宣言が来ない事に首を傾げた被身子によって、ミッドナイトが正気に戻った。
『……っは!爆撃の勇者チーム、戦闘不能!よって!勝者!魔王妃、渡我被身子!!』
ミッドナイトの宣言により、ようやく状況を飲み込めた観客とプレゼントマイクが声を上げた。
『けっ、けけっ、決着ぅ〜!?まだ3分経ってねぇぞ!?カップラーメンができるくらいお手軽に殲滅しやがったぞ!?』
『……一応補足しとくが、あの4人は決して弱くない。爆豪に至っては今年のヒーロー科入学試験1位通過者…切島、鉄哲、物間も優秀な成績を残している。』
『知っていた僕からすると当然かな。3人の成長を見れなかったけど、別のところで見れればいいかな。』
圧倒的なパワーだけではない戦闘能力。単純故に鮮烈に、深く多くの人に彼女という未来のヒーローの姿を刻みつけた。
ただ右拳を掲げ、勝利を受け入れた被身子の姿に、誰もが英雄の姿を重ねたことも、無理からぬ事だった。
遅くなり申し訳ないです。
私生活のゴタゴタが収まったので、再開していきます。
よろしくです。