ろくでなしミュージシャンが国民的アイドルと天才バンドマンに愛されるヤンデレもの   作:三角関係大好き!!!

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第10話

 

「え、夜鷹ちゃん……?」

 

 婚約者との二度目の邂逅。

 私の姿を見たおじさんは、目を丸くする。

 赤のインナーカラーが入った銀色の髪。

 耳とヘソに付けられた、幾つものピアス。

 肩もお腹も露出している、清楚さの欠片もないファッション。

 前までの私とは、まるで別人であった。

 

「婚約は解消します。誠にごめんなさい」

 

 ぺこりと頭を下げる私。

 元婚約者は、最後まで呆気に取られていた。

 

 

 

 

「話は聞いたぞ。婚約を破棄するなど……何のためにお前をここまで育てたと思っている!」

 

 帰宅した私が荷物を整理していると、自室に父親が入ってくる。

 案の定、彼は今まで見たことがないくらい怒り狂っており、額には青筋が浮かんでいた。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふふ」

 

 その姿が滑稽で、笑いが込み上げてくる。

 よくよく見ると、父親は年老いていた。

 ……なんだか、凄く馬鹿馬鹿しい。

 あんなにビビってたのが、馬鹿みたい。

 白髪だらけの頭に、しわがれた顔。

 どんな人間でも、老いには逆らえない。

 私を暴力で抑圧し続けた父親は、いつの間にかお爺ちゃんになっていたみたいだ。

 これが相手ならきっと、私でも大丈夫。

 

「私、出て行くから。もう二度と、家には帰らない」

 

「ふ、ふざけるな! 誰のお陰で、ここまで生き永らえたと思っている!」

 

「それじゃ、さようなら」

 

「待て、勝手は許さんぞ!」

 

 父親に、頬をビンタされる。

 暴力を振り翳されるのは想定内だったが、横っ面を叩かれるとは思わなかった。

 いつぶりだろうか、顔を殴られるのは。

 極度に見栄を気にする彼は、見えない箇所に暴力を振るってたのに。

 怒りのあまり、我を忘れているみたい。

 だが、これも好都合。

 

「……ぐあっ!?」

 

 思いっきり振りかぶって、ぶん殴る。

 私が顔面に一発入れると、父親は素っ頓狂な声をあげた。

 まさか、反撃されるとは思わなかったのだろう。

 今まで、私は何も言わずに耐えていたから。

 でも、だからといって何も感じない訳じゃない。

 本当は、ずっとやり返したかった。

 ボッコボコにして、ありとあらゆるしがらみをぐちゃぐちゃにしたかったのだ。

 

「覚悟は、いいな」

 

 漫画のキャラみたいな台詞を吐いた父親が、拳を振り上げてきて。

 最初で最後の親子喧嘩の幕が上がる。

 ギャラリーは、たった一人。

 騒ぎを聞きつけて、様子を見に来た母親。

 彼女は怯えるような目で、私を見ていた。

 

 今日は、素晴らしい日だ。

 ここで、ようやく……熱中症でぶっ倒れた青年の気持ちが理解できた。

 私も、今この瞬間であれば、死んでも構わない。

 鬱憤もストレスも、全て吐き出して、父親と殴り合う。

 痛いけれど、最高に楽しい。

 生きながら後悔するよりも、満足して死ぬ方がずっと良い。

 自分の気持ちを出力するのが、これほどまでに気持ちいいだなんて知らなかった。

 血が出て、傷が出来て、全身が痛む。

 ……殺し合いのような取っ組み合いの末、最後に立っていたのは私だった。

 

 

 

 

 これまでの自分を振り返ってみると、私は酷く空っぽな人間であった。

 何もかも、親の言いなりになって生きる。

 ストレス発散のサンドバッグになり、親の見栄のために習い事をやり、婚約者にとって価値のある人間になるために身なりを整える。

 我ながら、家畜のような人生である。

 そんな生活を送っていたせいで、愛着のある物なんて殆どない。

 家出をしたというのに、手荷物はカバン一つに収まる程度。

 家にいる時間を減らすためにバイトをしてたため、貯金はあるけれど、それ以外は何もない。

 親しい友人もいなければ、頼れる人もおらず。

 住む場所がなければ、働き口もない。

 これからどうすれば良いか、見当もつかない。

 

「おっ、久しぶりじゃーん……」

 

 公園のベンチで途方に暮れていると、見覚えのある青年が声をかけてくる。

 機嫌よく話しかけてきた彼であるが、私の姿を見た途端に顔が青くなっていく。

 そうなるのも仕方ないだろう。

 控えめに言って、今の私はボロボロ。

 顔は腫れていて、手足には傷が何箇所もある。

 喧嘩をした後のチンピラそのものだった。

 

「何があったかは知らないけど、大丈夫なん?」

 

「問題ないです」

 

「そんな傷だらけの姿で問題ないって言われても、説得力ねーんだけど……まぁ、いいや。面倒な事に巻き込まれるのはヤだし、もう聞かねー」

 

 青年は上着のポケットから、タバコとジッポライターを取り出す。

 次いで、タバコに火をつけて吸い始めた。

 端正な顔立ちの彼が、憂いのある表情を浮かべながらタバコを咥える姿は、思わず見惚れてしまうくらい様になっている。

 

「タバコ、一本ください」

 

「いいよ……ほれ」

 

 手慣れた手つきでソフトパックから一本だけタバコを出した青年は、そっと私の前に差し出す。

 そのタバコとジッポライターを受け取った私は、火をつけようとするが、使い方なんて分からない。

 勢いに身を任せてタバコを欲しがったものの、私はタバコを吸った事も無ければ、ジッポライターを扱った事もなかった。

 

「ちょっと、こっち来てみ」

 

 そんな私を見かねた青年は、手招きをする。

 特に何も考えず、タバコを咥えながら近づくと……彼の顔が目の前に現れた。

 こつん、と私が咥えているタバコと青年が咥えているタバコがぶつかる。

 青年の火を、私が貰う。

 

「…………」

 

 二人揃って、何も言わずにタバコを吸う。

 正直、味は不味かった。

 苦くて、煙くて、何が良いかわからない。

 けれど、これからも吸おうと思った。

 タバコ越しの初めての接吻の味を、ずっと噛み締めていたいと思ったから。

 

「なぁ、ウチ来る?」

 

「いきなり、なんですか」

 

「家出したんだろ」

 

「なんで、分かるんですか」

 

「上京した時のオレと全く同じ顔してるから。何なら、少なめの荷物も同じ。オレの場合、ガキの頃に使ってたギターと作曲用のノートPCしか持ってかなかったからな」

 

 携帯灰皿にタバコを押し当てながら、青年はへらへらと笑う。

 そこには、確かな思いやりがあった。

 憐憫でも、同情でも、慈悲でもなく。

 同族意識から出力された提案。

 ……私の脳裏に浮かぶのは、タバコを吸い始めた時の青年の姿。

 剽軽で自由奔放な普段の彼とは別人だと感じるくらい、儚げで憂いのある表情。

 もしかしたら、彼も……私のように、何かに縛られていた時期があったのかもしれない。

 

「お言葉に、甘えさせて頂きます」

 

「あ、家賃は半分払えよ。結構散らかってるから、部屋の掃除手伝ってくれよ。あと、今月割とピンチだから金を貸して欲しいでやんす」

 

「やっぱり、やめようかな……」

 

「そんな固いこと言うなよ、ブラザー! 仲良くやっていこうぜ!」

 

 何度も夢に見る、温かい思い出。

 私の大切な、輝かしい記憶。

 それを何故、思い返しているんだっけ。

 

「…………あ」

 

 間抜けな声が、口から漏れる。

 私の眼前には、最悪の光景が広がっていた。

 

「なんなんだよ、あの二人。まじでヤベーって」

 

「伝説が生まれる瞬間に立ち会えてるよ、私達!」

 

 熱中して沸き立つ観客。

 耳障りなくらい大きな歓声。

 熱が熱を呼ぶ無限ループの中心に立っていたのは、私がよく知る人達。

 和島昼人と、希咲朝音。

 私が崇めている神と、穢れた害虫。

 その二人のバンドであった。

 

「それにしても、なんで変な仮面つけてんだ?」

 

「実は、有名なアーティストなのかも」

 

 身バレ防止のために、二人は何かのヒーローの仮面を着用していた。

 それでも、演奏や歌唱のクオリティは申し分ない。

 希咲朝音は持ち前の歌唱力で観客を虜にして、先輩は卓越した技術を惜しみなく披露する。

 ポップスを基盤としたエネルギッシュなロック。

 聴いているだけで元気が出てくるキャッチーなメロディーと希望に満ち溢れた歌詞が耳に残る。

 言わば、先輩が生み出した独自性のある曲調を、希咲朝音が大衆向けにアレンジしたような。

 二人の才能が組み合わさって生まれたモノは、私が想定していた何倍も素晴らしい曲だった。

 

「最後まで、声出していくよー!」

 

 何よりも、二人は楽しそうだった。

 ギターを弾く先輩も、マイクを握って歌う希咲朝音も、心の底から音楽を楽しんでいた。

 その姿が、眩しくて直視できない。

 希咲朝音は、先輩を穢す害虫では無かった。

 先輩と並び立つ資格を有する、天才であった。

 

 我ながら、愚かにも程がある。

 私は、先輩と希咲朝音が組んだら……彼が有する神性が失われると思っていた。

 物の価値が分からない愚者に穢されて、輝きが失われると思っていた。

 だが、見当違いも甚しかった。

 音楽に関して拘りが強い先輩が、生半可の才能の人間と組むはずが無い。

 そんな当たり前の事実を見落としていた。

 先輩を神と呼んでいる癖に。

 何一つも、理解できていなかったのだ。

 

「……っ」

 

 私の世界が壊れていく。

 理想が崩れて、現実を直視させられる。

 ステージに立つ二人の輝きに照らされて、私の醜さが浮き彫りになる。

 私は、音楽と向き合っていない。

 ギターを始めたのは、先輩の影響から。

 バンドを組んだのは、先輩の居場所を作るため。

 曲を作るのは、自分が抱える感情を表現するため。

 先輩や希咲朝音ほど、愛しているとは言えない。

 ……私は、偽物だった。

 神である先輩を穢す汚物は、私の方だった。

 

「うっ……おえっ、げほっ」

 

 トイレに駆け込んだ私は、嘔吐する。

 醜い、醜い醜い醜い醜い。

 ステージに立って観客を魅了する二人と、誰も居ないトイレでゲロを吐く私。

 対比にもならないくらい、悍ましい。

 自分という存在が、汚物にしか思えない。

 

「……はぁ、はぁっ」

 

 全て吐き出した私は、口元を拭う。

 苦しい、死にたい、消え去りたい。

 負の感情が心の中で渦巻いて離れない。

 これは、あの時と同じ。

 血の繋がりに縛られていた時に抱いていた感情と全く同じだった。

 私は、生まれ変わった筈なのに。

 何もかも、元に戻ってしまった。

 ……それなのに。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふふ」

 

 自然と、笑いが込み上げてくる。

 ただただ滑稽だった。

 自分という存在が、ひたすらに。

 

 ようやく、全てを理解できた。

 自分の世界が壊れて、自分の醜さと直視して、身の程を知ったお陰で、元に戻ることが出来た。

 トンビが鷹を産むことはない。

 カエルの子供はカエル。

 人間の屑が産むのは、人間の屑だ。

 父親とは血が繋がってないけど、母親とは血が繋がっている。

 だから、私はどう足掻いても、あっち側には……先輩や希咲朝音のようにはなれない。

 だが、そんなのはどうでも良い。

 

「後悔しながら生きるよりも、満足しながら死ぬ方がマシ」

 

 先輩の言葉を呟く。

 今も昔も、私を奮い立たせてきた言葉を、心に刻み込んでいく。

 ……そうだ。

 どんな時も、攻め続けなければ意味がない。

 停滞して後悔するよりも、挑戦して死んだ方が良い。

 

 今までの私は、恵まれすぎていた。

 先輩と出会ってから、彼と一緒に住んでいた期間があって。

 バイトで貯めた貯金と給付型奨学金を使って、行きたかった大学に通って。

 生まれて初めて出来た気の合う仲間と共に、バンドを結成して。

 音楽性が受けてファンが付いて、トントン拍子でメジャーデビューの打診をされて。

 ぬるま湯に浸かりすぎていたせいで、私という人間を作り出したモノを見失っていた。

 それじゃあ、ダメだ。

 幸せを感受していたら、先輩の隣に立てない。

 ……父親をぶん殴った時と同じように。

 全てを捨てる覚悟で、音楽と向き合わなければ、希咲朝音には届かない。

 

 勝負は、これからだ。

 死に物狂いで努力して、私が生み出す音楽で、あの女の全てを奪う。

 輝けないのなら、光を飲み込めば良い。

 白いキャンパスも、黒で塗りつぶせば良い。

 憧れるのをやめて、信仰さえも捨てる。

 待つのではなく、自ら掴み取りにいく。

 そうでなければ、私は希咲朝音には勝てない。

 

 私は先輩に相応しくないから身を引くなんて、恋愛漫画の登場人物のような真似はしない。

 あの女が、先輩の隣に立っているのならば。

 真っ向から勝負して、その座を奪い取る。

 希咲朝音と組む、先輩ごと叩き潰す。

 

「みんな、ありがとー!」

 

「最高だったぜ、お前ら!」

 

 トイレから出ると、演奏は終わっていた。

 先輩と希咲朝音は、仮面越しにも分かるくらいにライブの余韻に浸っていた。

 最高に盛り上がっている観客の反応を見て、手応えを感じているのだろう。

 ……絶対に、二人のバンドは有名になる。

 先輩達の輝きは、ライブハウスでは収まらない。

 いつの日か、世間に気付かれるに違いない。

 だから、その前に、バンドを崩壊させる。

 

「大好きですよ、先輩。貴方の輝きを私だけの物にしてみせますから、待っててくださいね」

 

 事前に、先輩と約束をしていて良かった。

 この後の食事会が、楽しみでならない。

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