神殺鎗は、神々の世界に生きる 作:レヴィ
静まり返った闇夜に、生温い風が吹く。
白い蛇は市壁の上で、一日中空を眺めていた。
太陽が昇り、落ちるまで。
「……そろそろ、来る頃やと思っとったよ」
完全武装をしたフィンが闇の中から姿を現す。
ギンは胡坐をかいたまま刀の柄に手を置くことも、フィンの方を向くことすらもせずに声をかけた。
ごくり、とフィンが唾を飲む。
「……で?君達が出した答えは?」
怖い。
ほんの数M先にいるだけなのにも関わらず、まるで世界の裏側にいるようだ。
「……イチマル・ギン。良いだろう。君の条件を呑もうじゃないか」
「へぇ……」
ま、それしかないわな。
ギンはニヤリと笑うと、彼の隣に転がっているズタボロのベートをフィンに投げ渡した。
「致命傷は避けてあるで。ま、早く傷を塞いだり」
「うがぁ……!」
フィンは呻き声をあげるベートを肩に担ぐと、特に動く様子のないギンの背中を睨み付けた。
「……一応確認しておく。ロキ・ファミリアの力を使い、『ソウルソサエティ』について知っている人物を探し出す。それで、良かったね?」
「ええよ?」
分かった。
フィンはゆっくりと目を閉じると、空を見上げているギンに背を向けた。
#19 Why did he
「……さて」
重苦しい雰囲気に包まれた会議室。
何も言わないながら、その怒気を隠そうともしないフィンをはじめとする面々。
既に縛られたベート。
脚の届かない椅子に座り額に人差し指を当てていたフィンがゆっくりと口を開くと、ロキ含む全員の目がそちらに向いた。
「アイズ。改めて、詳しい報告を頼めるかな」
「は、はい」
普段接している同じファミリアのメンバー相手とはいえ、全員の目が向くことにアイズは慣れていない。
緊張した面持ちで椅子から立ち上がると、隣に座っていたリヴェリアがフフと笑った。
「そう緊張しなくていい」
「は、はい」
そこでアイズはひとつ深呼吸を入れると、全員をぐるりと見渡した。
「昨日夜、街の壁付近でイチマルギンに襲われました。私に怪我はなかったですが……一緒に居たベルは、かなり手ひどく攻撃をされています」
「……成程。彼に、恨みなど何かしらの因縁を持たれた記憶は?」
「ありません……はず、です」
「分かった。ありがとう。続けて?」
親指をさすりながらフィンが言う。
「イチマルは、最後に『その子に近づいたらアカンよ?』とだけ言っていました」
「その子、っていうのは?えーっと……ベル君のこと、で、いいんだよね?」
「話の流れ的にそうだろう。誰かに依頼されたんじゃないか」
ティオナの疑問にティオネが答える。
「理由はどうであれ、アイズたんを襲撃したことには変わらんやろ」
それまでワインを呷っていたロキが、額に青筋を浮かべながらドン、と音をたててワイングラスをテーブルに叩きつける。
「あぁ!今すぐぶっ殺してやればいいだろ……!」
両手両足を縛られたベートが吠える。
紐を千切らんばかりの勢いで暴れるベートをティオナとティオネが押さえつける中、フィンはアイズの方を向いた。
「アイズ。君の意見でいい。ここにいる全員で彼に立ち向かったとして、勝てると思うかい?」
「ッ……!」
部屋の中の空気が変わる。
『冷静沈着』という文字が服を着て歩いているようなフィンの口から出た、明らかな敵対の意思。
それでもアイズは、首を横に振ることしかできなかった。
「……分かりません」
「そうか……」
「なら闇討ちでも何でもすりゃいいだろうが」
真っ正面から戦っても勝てないというプライドを傷つけられたベートだが、それを抑えて至極まっとうな意見を出す。
だがロキがそれに対して手を振った。
「無理や。フレイヤ曰く、イチマルはレイアツっちゅー強い冒険者を感知する能力が使えるらしいわ。闇討ちなんて、即バレるやろな」
「なら、レイアツに引っかからないレベルの冒険者ならどうだ?」
「無理だね。イチマルは低いレベルの冒険者には見えない時がある」
「あぁ、そうだったな……」
フィンに論破されたリヴェリアが天井を仰ぐ。
「寝ている時も無理だろう。彼は『豊穣の女主人』の居候だと言っていた。あそこで揉め事を起こすのは、色々な意味でまずいだろうね」
全員の言いたいことを見透かしたようにフィンが言葉を続ける。
ロキ・ファミリアの体裁としても、オラリオの治安としても、そして、普段楽しく利用させてもらっている豊穣の女主人に対しても。
かの場所で揉め事を起こすのは、あまりにも無謀だった。
「……少し、話を変えようか。アイズ。イチマルの戦闘スタイルを教えてくれるかい?」
「はい。まずは、私が受けた拘束魔法です」
「拘束魔法か……厄介だな。詠唱は?」
「分かりません。暗がりからいきなり撃たれたので」
「そうか。他には?」
「『ハドウノイチ』と詠唱すると出る衝撃波の魔法です。殺傷能力はあまり高くなさそうですが、ほとんど詠唱なしで飛んできます」
「成程」
魔法についてロキ・ファミリアの中でも屈指の実力と知見を持つリヴェリアが顎に手を当てて考え込む。
「……『ハドウノイチ』と、言っていたのだな?」
「え、あ、はい」
「どうしたんだい、リヴェリア?」
「いや……最悪のケースだがな」
リヴェリアはそう言いながら紙とペンを手に取ると、『ハドウ ノ イチ』と区切って書く。
「この『ハドウ』が何を意味するかは分からない。だが、問題なのは『イチ』だ。これがもし数字を意味していた場合、一以降……つまり、あと幾つか、イチマルは魔法を使える可能性がある。そうとは考えられないか?」
リヴェリアの考察に、アイズがハッと顔を上げる。
「わ、私を拘束していた魔法……イチマルは、『バクドウノロクジュウバンダイ』と言っていました」
『詠唱破棄とは言え、六十番台の縛道や。無理に動くのは止めとき。怪我するで』
ギンの何気ない一言が、彼女の脳内に駆け巡っていた。
「ろ、六十か……それに、詠唱破棄とは……まったく、無茶苦茶だな……」
「それに、『ハドウ』と『バクドウ』でシリーズが分かれてそうやな……」
乾いた笑いを浮かべるしかないリヴェリア。
ロキもワインを注ぎながら苦い顔をする。
「剣術はどうなの?なんか、短い曲刀を持ってたよね?」
暴れるベートの上に座り込んだティオナが両手の人差し指で四〇C程度の幅を作りながら訊く。
「剣術は分かりません。多分、ベルを殺す気じゃなかったと思うので、ほとんど使っていませんでしたから」
「ふぅん……そっか」
「ただ、ベルの攻撃を全て完璧にさばいていました。普通に強い、と思います」
「あの短い刃渡りは取り回しが良さそうだからな。基本は刀で防御して、近接格闘がメイン……ということもあるかもしれないな」
同じくベートの上に座っているティオネが言う。
「……それに、彼の性格上間違いなく隠し玉を持っているだろうね。それが何かはまだ分からないけど」
唯一普段のギンと関わったことがあるフィンがそう言うと、会議室の中はどんよりとした空気が広がった。
まるで詰将棋のように、ひとつひとつ可能性が潰されていく。
会議が行き詰まる中、ワインの瓶を空けたロキにふと、小さな疑問が浮かんだ。
「……なぁアイズたん。イチマルは『その子に話しかけたらアカンで』って言うとったんやな?」
「は、はい」
「どうしたんだい、ロキ?」
「だっておかしいやろ。普通、ウチの戦力削ぎたいならアイズたん殺して終いやろ?それに、アイズたんに話があったとしても、邪魔する奴は斬るやろ」
「……まぁ、彼の性格上そうしそうではあるね」
「なのに態々ヘスティアのとこのと戦って、殺しもせず、イチマルは何がしたかったんや?」
「……まさか」
「何か思いついたのかいリヴェリア?」
「てっきり私達は、彼はアイズにだけ用があったと思っていたが……イチマルは、そのベル君にも用があったのではないか?それか依頼主に、『殺すな』と命令されていたか……そのどちらも、の可能性もある」
「………辻褄が合うね」
目を閉じて考え込んでいたフィンが頷く。
その瞬間。
「……フレイヤや」
「え?」
ロキの一言に、全員の視線が集まる。
「こないだ会った時、フレイヤはどこかの子を狙っとった。覚えとるやろアイズたん」
「あ……」
アイズの脳裏にも、怪物祭の日のことが思い出される。
「フレイヤがベルを狙っとるとして、全部綺麗に繋がるやろ。アイズたんにはベルに近づいて欲しくないから痛い目をみせる、でもその忠告を邪魔するベルは殺したらアカン。というか……あいつの性格や。ベルの戦う姿が見たかった、っちゅう阿呆な可能性もあるわ」
「成程……確かに」
リヴェリアが呟き、会議室全員が顔を見合わせて首を縦に振る。
だが、一通り説明を終えたロキは、がっくりと項垂れた。
「……アカンわ。この仮説が正しいとすると、イチマルがフレイヤのトコに入ったことになるわ。面倒や」
「……そうだね。とりあえず、続きは彼に直接訊くとしようか」
そう言いながら窓の外に目を向けるフィン。
そこでは、豊穣の女主人に出向いたガレスに連れられるギンの姿があった。
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