機動戦士ガンダム オリオンの軌跡   作:浅片名羽馬

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第108話 震える山の残響【下】

ノアとジョシュアは「それじゃ、俺たちは陸戦型ガンダムの駆動系のチェックに戻りますね」と言い残し、エアーレンチの音が響くハンガーの奥へと足を向けた。

格納庫の片隅に残されたのは、ソウヤ、エミリア、そしてサンダースの3人だけだった。

キン、キン、と冷え始めた夜気の中で、装甲が収縮する金属音が響く。

サンダースは一歩、ソウヤの方へと歩みを進めた。

その巨体が水銀灯の光を遮り、長い影を床に落とす。

先ほどアランと話している間も、そして戻ってきた今も、胸の奥で燻り続けている疑問があった。

悪いことではないと分かっている。

自分を想ってくれている温かさも感じる。

だが、仲間だからこそ、自分に対して何かを必死に隠そうとし、そのために昼間の試合で機体を無茶に突撃させてまで気負っていた隊長の姿を、そのまま見過ごすことはできなかった。

サンダースは無骨な顔を引き締め、ソウヤの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「タカバ隊長。……そして、エミリア准尉。」

 

低く、しかし格納庫の喧騒に負けない確固たる響きを持った声だった。

ソウヤとエミリアが、ハッとしたようにサンダースを見る。

 

「……どうされました、サンダース軍曹?」

 

ソウヤはいつも通りの穏やかな笑みを浮かべようとしたが、サンダースの真剣な眼差しを前にして、その表情をわずかに硬くさせた。

エミリアもまた、胸のクリップボードを無意識に強く抱きしめ直している。

サンダースは深く息を吸い込み、決心したように言葉を紡いだ。

 

「不躾なことをお聞きするのを、どうかお許しください。ですが……やはり、お2人は私に何かを隠していらっしゃいませんか?」

 

「それは……。」

 

ソウヤの言葉が詰まる。サンダースは言葉を止めず、さらに一歩踏み込んだ。

 

「今日の試合での隊長の動き、そして今の格納庫の空気……。お2人が私のために何かを想い、動いてくださっていることは痛いほど伝わってきます。ですが、背中を預け合う小隊の仲間として、私はその『秘密』を共有していただきたいのです。隊長、あなたが何を背負おうとしているのか、私に教えてはいただけないでしょうか。」

 

サンダースの真っ直ぐな問いかけが、格納庫の冷えた夜気の中に突き刺さった。

隠し事がとことん苦手なソウヤとエミリアは、ついにその視線を泳がせ、お互いに顔を見合わせるしかなかった。

サンダースはそれ以上2人を追いつめるような真真似はしなかった。むしろ、得心のいったように深く、静かに息を吐き出す。

 

「……なるほど、そういうことでしたか。」

 

サンダースの低い声に、ソウヤは思わず肩を揺らした。

 

「私が……東南アジア方面の要所である、ラサ基地へ異動になるというお話をご存知でしたか。」

 

「なっ……! 軍曹、私がその件で悩んでいたと……見抜かれたんですか!?」

 

ソウヤは目を見開き、驚きのあまり一歩後ろに下がった。

隣にいたエミリアも、息を呑んだまま硬直している。

自分が競技会で結果を出して、最高の形で切り出そうと必死に隠していた「秘密」を、当の本人から先んじて指摘されるとは思ってもみなかったのだ。

しかし、サンダースはそのソウヤの激しい動揺ぶりを見て、すぐにすべてを察した。

今日の隊長の無茶な機動、そして今の2人の様子から、点と点を繋ぎ合わせるように一つの確信に至った。

 

「タカバ隊長。……さては昨日、ブレックス准将と通信をされた際に、この件をお聞きになりましたね?」

 

「うっ……!」

 

図星を突かれたソウヤは、これ以上ないほど綺麗に言葉に詰まった。

その顔には「どうして分かったんだ」と完全に書いてある。

 

「……降参だよ、サンダース軍曹。あなたの言う通りだ。昨日、准将から直々にその人事について聞かされた。隠し通すつもりだったんだが、全部お見通しだったわけだ。完敗だよ。」

 

ソウヤは両手を軽く上げ、苦笑いを浮かべながら白状した。

その横で、エミリアも申し訳なさそうに、小さく肩をすくめている。

ソウヤの白状を聞いたサンダースは、呆れたように一つ息をつくと、厳つい顔に深いシワを刻んで首を振った。

 

「全く……ブレックス准将も、相変わらず口の軽いお方だ。タカバ隊長にうっかり漏らすなど、軍の上層部としての自覚を疑いますよ。」

 

いつもは生真面目なサンダースから飛び出した、准将への直球すぎる愚痴に、格納庫の張り詰めた空気が一気に和らいだ。

 

「すまない、軍曹。私が准将の言葉に動揺して、うっかり聞き出してしまったんだ。あなたの今後の名誉に関わる大事な栄転だからこそ、余計な心配をせずに旅立ってほしくて……結果として、君をこんなに気に病ませてしまって本当に申し訳ない。」

 

「申し訳ありません、サンダース軍曹! 私も……隊長と一緒に隠し事をしてしまって……!」

 

ソウヤとエミリアの2人は、本当に申し訳なさそうに、揃ってサンダースに向けて頭を下げた。

サンダースは頭を下げるソウヤとエミリアの姿をじっと見つめ、その無骨な口元をふっと緩めた。

 

(本当に、この2人らしい……。)

 

自分が一度は准将に断りを入れたというのに、それでも自分の未来と名誉のために「安心して、ラサへ旅立てるように」と、嘘が苦手なくせに必死で隠し事をしようとしていた。

その不器用で、どこまでも温かい優しさに、サンダースの胸の奥は静かな感動で満たされていく。

サンダースはゆっくりと声をかけ、2人を促した。

 

「顔を上げてください、タカバ隊長、エミリア准尉。……お2人の気持ちは、今の一言で十分に分かりました。私が一度お断りしたことまで知った上で、それでもなお、私の未来を想ってくださっていたのですね。」

 

ソウヤはゆっくりと顔を上げ、少しきまり悪そうに、しかし真っ直ぐな瞳でサンダースを見つめ返した。

サンダースは静かに微笑み、2人に問いかける。

 

「お2人は、本当は私にどうしてほしいのか、この第4小隊をどうしたいのか……取り繕わずに、素直な言葉を聞かせていただけませんか。」

 

サンダースの低い、包み込むような問いかけに、ソウヤとエミリアはもう偽ることをやめた。

2人は深く息を吐き出すと、胸の内にあった本音を素直に口にし始めた。

 

「サンダース軍曹、軍曹が一年戦争の時からどれだけ苦労して、どれだけ理不尽な事をされたかを考えますと、この『栄転』は誰よりも正当に評価されるべきなんです。私は軍人としての名誉をしっかりと掴んでほしいんです。だからこそ、私たちが足を引っ張るような真似はしたくありません。この競技会で私たちが最高の成果を出して、安心してラサへ発てるように送り出したい……それが、私の本音なんです。」

 

エミリアの心の底からの叫びに続くように、ソウヤも一歩前に出ると、その引き締まった顔に温かい、しかし確固たる決意の笑みを浮かべて語りかけた。

 

「俺もエミリアと同じ想いだ、サンダース軍曹。俺達が寂しいから、離れたくないからという身勝手な理由で、軍曹のせっかくの新しい道を遮ってしまうのは絶対に違うと思う。俺たちはコジマ大隊基地で、あなたの栄転を誰よりも誇らしく思って、最高の笑顔でお見送りしたいんだ。そのために、この競技会で圧倒的な結果を出して、君に最高の花道を作ると決めたんだよ。」

 

2人の嘘偽りのない本音を受け止めたサンダースは、しばらくの間、言葉を失ったように佇んでいた。

水銀灯の光に照らされたその厳つい顔が、言葉にできないほどの感動と、深い感謝の情で静かに震える。

 

(……ここまで、ここまで俺のことを想ってくれていたのか。)

 

一度は頑なに断ったラサへの異動。

だが、これほどまでに自分を誇り、自分の未来を願ってくれる仲間の想いを、ただ「残りたい」という己の我が儘だけで突っぱねることは、彼らの真心を無下にすることだと、サンダースは痛感していた。

サンダースはゆっくりと視線を上げ、遠い記憶を愛おしむように目を細めた。

その厳つい顔に、言葉にできないほど優しい、懐かしげな笑みが浮かぶ。

 

「俺がコジマ大隊に復帰したばかりの頃の、覚えていますか?」

 

その厳つい顔に、言葉にできないほど優しい微笑みが浮かぶ。

 

「新しく第4小隊に来たあなたと、初めて一緒に陸戦型ガンダムを試運転した時のことです。2機の陸戦型ガンダムで、基地の外周を一周するだけの、簡単な試運転でした……。」

 

「ああ、あの時のことか。」

 

ソウヤは遠い目をして、懐かしそうに呟いた。

サンダースの語る言葉の端々から、2年前の密林の匂いや、足元から伝わる泥の重みが鮮明によみがえってくる。

 

「格納庫で機体を立ち上げて、外に出た瞬間から、なにか違う雰囲気でした。」

 

サンダースは思い出し笑いをするように小さく息を吐いた。

 

「中尉は初めて陸戦型に乗るって言ってたのに、立ち上がりが異様に滑らかでしたね。俺はモニター越しに見ながら、内心で舌を巻きました。『この人は、ただ者じゃない』ってすぐに分かりましたよ。ア・バオア・クーを生き抜いたって話をコジマ隊長から聞いてましたが、噂以上でした。」

 

その言葉に、ソウヤはどこか照れくさそうに頭を掻いた。

 

「実は内心ガチガチだったんですよ。それまで扱っていた機体とは勝手が違いすぎてね。そこまで見抜いていたなんて。」

 

「密林の中を歩きながら、俺たちは少しずつ話しましたね?」

 

サンダースはソウヤの言葉に頷き、さらに記憶を紐解いていく。

 

「木々の匂い、地面の感触、湿気……全部が懐かしくて、俺は自然と昔の話をしました。中尉も、自分のことを少しずつ話してくれて。正しいと思ったことを貫いた結果、地上に左遷されたと。……そして、最後に静かに言われました。『地上に残ったジオン兵を、1人でも多く宇宙に帰す』って。」

 

サンダースは一度言葉を区切り、ソウヤの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「ははっ……あの時、俺は思わず息を飲みましたよ。途方もない夢物語だって笑うこともできたのに、中尉の目は本気でした。『殺すんじゃない。帰すために戦う』って、はっきりと言われましたね。」

 

ソウヤは視線を落とし、どこか感慨深げに微笑んだ。

 

「あの時、新参者の私が口にした世迷い言を、軍曹は笑わずに受け止めてくれました。誰もが綺麗事だと切り捨てるような夢物語に、あなたが『付き合います』と言ってくれたあの瞬間、どれだけ救われたか分からないです。」

 

「俺は言いましたね。『分かりました。中尉。その夢物語に俺も付き合います』って。」

 

サンダースの低い声には、確かな熱がこもっていた。

 

「あの瞬間、中尉が少し驚いた顔をしたのが、今でも忘れられません。それから俺は、中尉のことを『タカバ隊長』って呼ぶようにしました。まだ小隊長になったばかりだったのに、なんとなく、そう呼んだ方がしっくりきたんです。2年経った今でも、あの密林の一周が、俺たち第4小隊の始まりだった気がしてならないんですよ。」

 

ソウヤは一歩前に進み出ると、サンダースの頑強な肩にそっと手を置いた。

 

「軍曹が『タカバ隊長』と呼んでくれたから、私は名実ともに、この第4小隊の隊長になれたんです。あなたがいたから、俺は今日まで自分の理想を信じて戦ってこられたんだよ、サンダース軍曹。」

 

隣にいたエミリアも、2人の固い絆の原点に触れ、胸がいっぱいになったように何度も静かに頷いていた。

 

「……では、俺と一緒に初めて出撃した任務のことは、覚えていますか?」

 

サンダースはさらに記憶を重ねるように、穏やかにソウヤへ問いかけた。

 

「ああ……。」

 

ソウヤの脳裏に、かつて東南アジアの過酷な現実に直面したあの任務の光景が、鮮やかに甦る。

 

「よく覚えているよ。」

 

「あの時、自分とタカバ隊長は2機の陸戦型ガンダムで偵察に行って、村の畑に錆びたザクⅡが1一機立っているのを見つけました。ところが……あの時の光景は忘れられません。」

 

サンダースは深く息を吐き出し、当時の驚きを懐かしむように語る。

 

「そのザクの足元に村人たちが群がって、連邦のモビルスーツである俺たちに向かって、必死に石を投げてきましたね。老若男女、子供までが怯えながらも必死でジオンのザクを守ろうとしていた。……あの瞬間、隊長はすぐに撤退を決断された。村人を巻き込むわけにはいかない、と。」

 

「軍の規則から言えば、敵残党の即時排除が正しかったんだろうがね。」

 

ソウヤは苦笑混じりに、当時のコックピットでの緊迫感を思い出していた。

 

「だが、あの状況で引き金を引くことだけは、どうしてもできなかったんだ。」

 

「ええ。そして後になって、あの村が麻薬マフィアに支配されてケシを栽培させられていた村だと分かった。連邦軍への通報は、マフィアが俺たちを利用して邪魔なザクを排除しようとした罠だった……。さらにマフィアは、別の傭兵ザクを雇って村に攻め込んできた。」

 

サンダースの言葉に熱がこもる。ソウヤは当時の目まぐるしい戦況のログを思い浮かべるように静かに頷いた。

 

「あの時、隊長は即座にスクランブルをかけ、俺たち2機だけで村に向かった。あの時の隊長の判断は本当に凄かった。村に駆けつけるなり、ビームライフルを意図的にケシ畑へと撃ち込んで、マフィアの資金源をすべて焼き払ったんですから。」

 

「あれしか方法がなかったんだよ。」

 

ソウヤは少し目を細め、火の海になったケシ畑の残像を追うように呟いた。

 

「マフィアの狙いが資金源である以上、それを根絶やしにすれば彼らの戦意は挫ける。何より、村人たちをその呪縛から解放したかった。」

 

「その通りになりました。マフィアのボスを巨大なマニピュレーターで掴み上げて逮捕した時の隊長の言葉は、今でも耳に残っていますよ。」

 

サンダースは無骨な顔を誇らしげに綻ばせ、ソウヤの真似をするように声を少し張った。

 

「『麻薬の逮捕権はないが、反連邦武装勢力への資金援助と軍事脅威行為で現行犯逮捕する』……と。綺麗に法の抜け穴を突いて、マフィアを黙らせ、村も守り、ザクの若いパイロットも救ってみせましたね。」

 

サンダースの視線は、まるで当時の朝陽を見ているかのように遠くへ向けられていた。

 

「あの若いジオン兵は、村人たちに囲まれて泣いていましたね。隊長は彼を犯罪者ではなく1人の人間として丁重に扱い、『必ず故郷に帰す』と約束された。あの朝陽に輝いていた光景を見て……俺は、この隊長は本気で『帰すための戦い』をやるんだと、心から確信しました。」

 

サンダースの熱い賛辞を受け、ソウヤはどこか照れくさそうに、しかし当時の必死だった自分を愛おしむように笑った。

 

「あの時は、とにかく必死だったんだ。何とかしてあの村人たちと、必死に彼らを守っていたザクのパイロットを救いたくてね……。出撃して村へ向かう道中、コックピットの中で文字通り死ぬ気で知恵を絞り、言い訳を考えていたんだよ。」

 

そう言ってソウヤは、肩をすくめて大袈裟なため息をついてみせた。

 

「おかげで任務が終わった後、コジマ隊長に山のような始末書と報告書を書かされたけれどね。」

 

ソウヤのおどけた愚痴に、サンダースは当時のベースキャンプでの騒動を思い出し、声を立てて笑った。

 

「ははっ、そうでしたね。あの時の隊長の、徹夜で書類の山に埋もれていた情けないお顔も、よく覚えています。」

 

サンダースがかつての記憶を優しく手繰り寄せる中、ソウヤの蒼い瞳から、堰を切ったようにポロポロと涙がこぼれ落ちた。

自分を信じてついてきてくれた男の、あまりにも深い忠義と愛。

それが胸に突き刺さり、言葉にならなかった。涙を流すソウヤを見つめながら、サンダースはさらに穏やかな声を響かせる。

 

「隊長……ジョシュアが来て、第4小隊のメンバーが全員揃った日のことを覚えていますか?」

 

ソウヤは溢れる涙を拭おうともせず、掠れた声でしっかりと答えた。

 

「……勿論だ。忘れるわけがない。」

 

「酒保でささやかな歓迎会を開いて、訳あり揃いの第4小隊が、初めて全員集合した日のことです。隊長がまずご自身の過去を話されて、それに背中を押されるように、小隊のメンバーが1人ずつ、自分の過去を話し始めた夜でしたね。」

 

サンダースは大きな手で、懐かしいジョッキを握るような仕草をして、静かに続けた。

 

「皆が自分の、これまで軍で『泥を啜ってきた』過酷な過去をすべて吐露した後……俺は、酒保の片隅にあったピアノの前に座りました。あの古い、調律も狂ったようなアップライトピアノで、思いつく限りの陽気なジャズを弾いたんです。」

 

サンダースは愛おしそうに目を細め、その無骨な指先を宙でかすかに躍らせた。

 

「あの時、隊長が本当に驚いた顔をされて。ノアの奴が『あの巨体で、なんて器用に指が動くんだ……』と呆れ果て、ジョシュアはそれを見て、ようやく少しだけ肩の力を抜いて笑ってくれた。」

 

「ええ……。」

 

それまで静かに聞いていたエミリアの目からも、大粒の涙が溢れ出し、頬を伝った。

彼女は小さく鼻をすすりながら、愛おしい記憶を口にする。

 

「私、あの時の軍曹の演奏が本当に素敵で、うっとりと聴き入ってしまって……。その後も、基地で時間がある時に、軍曹から時々ピアノを教えていただきましたね。私のぎこちない指の動きを、軍曹はいつも大きな手で、優しく直してくださって……。」

 

「准尉は筋が良かったですから、教え甲斐がありましたよ。」

 

サンダースはエミリアに優しく微笑みかけると、再びソウヤへと視線を戻した。

 

「訳ありの5人がようやく揃って、最後は全員で『誰も死なせない、誰も置いていかない、全員で生きて帰る』と誓い、乾杯した夜。あの酒保の、少し寂びれた橙色の灯りと、あの時弾いたピアノのメロディーが、2年経った今でも俺の耳に、優しく残っているんです……。」

 

水銀灯に照らされた格納庫の中で、ソウヤもエミリアも、溢れる涙を止めることができなかった。サンダースが語る三つの思い出――出会い、最初の任務、そして全員が揃った夜。

それは紛れもなく、この第4小隊が紡いできた、かけがえのない「軌跡」そのものだった。

 

 

 

 

 

 

ソウヤは溢れる涙を軍服の袖で拭い、声を震わせながら頷いた。

 

「……そうだな。本当に、色々なことがあった。」

 

これまでの足跡を振り返るその蒼い瞳には、サンダースへの尽きない感謝の念が満ちていた。

 

「この3年間、本当にたくさんの戦場を潜り抜けてきた。ハドソン少将の無茶苦茶な作戦、ファントム・スイープ隊との共同戦線、デリー基地の救援に駆けつけたこともあった……。そして、今回のトリントン基地での競技会だ。」

 

 

ソウヤの華奢な肩が、感情の昂ぶりで小さく揺れている。

 

「この3年間、俺はいつだってサンダース軍曹に助けられてばかりだった。右も左も分からなかった密林での戦い方、経験の浅い俺の小隊長としての補佐、戦場での完璧なアシスト……。それだけじゃない。小隊のメンバーたちの面倒を常に見てくれて、ノアやジョシュアの操縦を時間を見つけては根気強く特訓してくれた。あなたはいつも、俺たちが生き残るために多くのことを教え、正しい道へと導いてくれたんだ。」

 

ソウヤは唇を噛み締め、悔しそうに胸元に拳を当てた。

 

「なのに……俺は君に、何一つ返せていない。君から貰ってばかりで、小隊長らしいことなんて何一つ……君を安心させてあげることすら、できていないんだ……!」

 

己の無力さを責めるように涙を流す若き隊長を見つめ、サンダースは大きく、包み込むように首を振った。

 

「……滅相もない。そんなことは、決してありませんよ、隊長。」

 

サンダースは大きく、包み込むように首を振った。

 

「俺は……俺はタカバ隊長の元で戦えて、本当に良かったと心から思っているんです。」

 

その言葉に、ソウヤは驚いたように濡れた瞳を見開いた。

サンダースは一歩踏み出し、ソウヤの目を真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。

 

「ご存知の通り、俺はアマダ少尉の一件以来、不当な嫌疑をかけられ、上層部から危険分子として様々な部隊をたらい回しにされてきました。行く先々で監視され、煙たがられ、心をすり減らしていた。……そんな自分を、何の偏見もなく、本物の仲間として信頼してくれたのが隊長であり、エミリア准尉であり、この第4小隊だったんです。俺たちは過酷な戦場をいくつも戦い抜き、こうして全員で生還してきました。」

 

サンダースは一度言葉を区切り、深く息を吸い込んだ。

 

「隊長の掲げる『1人でも多くのジオン残党を宇宙に帰す』という戦い……。俺には、どうしても重なって見えて仕方がなかった。俺がかつて誰よりも敬愛し、命を懸けてついていくと誓った、前の小隊長……シロー・アマダ少尉の後ろ姿に、あまりにも似ていたんです。」

 

サンダースの低い声が、格納庫の夜気に震える。

 

「あの時……俺はアマダ少尉を守れなかった。その悔恨が、ずっと俺の胸の奥に棘のように刺さったままでした。ですが、この第4小隊で隊長と一緒にその高潔な目標を目指して戦っていると、まるで自分の止まっていた時間が、もう一度動き出すような救いを感じていたんです。」

 

「……シロー・アマダ……。」

 

その高名な士官候補生の名がサンダースの口から飛び出した瞬間、ソウヤは涙を流していたはずの目を見開き、息を呑んだ。

ソウヤがこれほどまでに驚愕したのには、確かな理由があった。

ソウヤとシロー・アマダは、宇宙世紀0079年の同時期に連邦軍の士官学校を卒業した、いわば同世代の人間だったのだ。

ソウヤが月面都市フォン・ブラウンの士官学校に身を置いていた頃、シローはサイド2にある士官学校に在籍していた。

一年戦争の開戦当初、ジオン公国軍が引き起こした凄惨な「ブリティッシュ作戦(コロニー落とし)」。

その戦火の中、シローは奇跡的に壊滅するコロニーから生還を果たす。

軍の上層部は彼を戦意高揚のプロパガンダとして祭り上げ、「サイド2から奇跡的に生還した、不屈の士官候補生」として全軍に大々的に宣伝したのだ。

そのため、当時の全国籍の士官候補生たちの間で、シロー・アマダの名を知らぬ者などいないほどの超有名人だった。

ソウヤは驚きに声を震わせ、隣のエミリアもまたハッとしてサンダースを見上げた。

 

「軍曹……君が、あの戦場で命を預け合っていた『前の小隊長』というのは……あのシロー・アマダ少尉のことだったのか!?」

 

「はい。俺は一年戦争の末期、地球の極東方面軍機械化混成大隊――通称『コジマ大隊』の第08MS小隊で、アマダ少尉の部下として陸戦型ガンダムを駆っていました。」

 

サンダースは静かに頷き、自身の誇り高き過去の軍歴を明かした。

まさか、かつて士官学校時代に紙面や映像の向こう側の英雄として見ていたシロー・アマダという男の背中を、いま目の前にいる高潔なベテラン軍曹が支えていたのだという事実。

そしてそのシローの理想が、時を超えていま、自分の掲げる「帰すための戦い」へと受け継がれていたという運命の悪戯に、ソウヤとエミリアはただただ圧倒され、深い衝撃に包まれていた。

 

「シロー・アマダが一年戦争の時に東南アジア方面軍へ配属されたという話は、当時の噂で聞いてはいたが……。まさか、君の言っていた『前の小隊長』が彼だったなんてな……。」

 

ソウヤはなおも驚きを隠せない様子で、感嘆の息を吐き出した。

士官学校時代の有名人が同じ地球のどこかで戦っていたことは知っていた。

だが、目の前で自分を支え、導いてくれたこの頼もしいベテラン軍曹が、他ならぬあのシロー・アマダの部下として生死を共にした男だったという事実に、運命のような巡り合わせを感じずにはいられなかった。

サンダースは驚くソウヤの表情を静かに見つめ、そして、深く息を吐き出し、胸に込み上げる熱い感情を落ち着かせるように、一度ゆっくりと目を閉じた。

そして再び目を開けた時、その無骨な顔には、迷いをすべて振り払ったかのような前向きで力強い笑みが浮かんでいた。

 

「タカバ隊長、エミリア准尉。お2人の嘘偽りのない本音、そしてシロー少尉の面影を感じるほどの真っ直ぐな想い……しかと受け取りました。これほどまでに俺の未来を願ってくれるお2人の気持ちを、無駄にするわけにはいきません。……分かりました。この競技会がすべて終わったら、今度は俺の口から、ブレックス准将に返事をさせていただきます。」

 

「軍曹……! 本当に、良いのか!?」

 

ソウヤがパッと表情を明るくし、濡れた瞳に希望の光を宿した。

エミリアも胸の前で小さく手を合わせ、ホッとしたように何度も頷いている。

 

「ええ。お2人が俺のために最高の花道を作ろうと戦ってくださるのなら、俺も全力でその想いに応え、明後日からの決勝トーナメントを戦い抜きます。ですから隊長、1人で焦る必要はありません。俺たちは、いつも通りの第4小隊です。」

 

サンダースはそう言って、頼もしく胸を叩いてみせた。

 

「ああ、分かった。ありがとう、サンダース軍曹。この競技会は必ず、最高の形で軍曹の背中を押してみせるよ!」

 

ソウヤは満面の笑みを浮かべ、サンダースの手を力強く握りしめた。

 

(……隊長、准尉。お2人の優しさには、本当に感謝しています。ですが、俺もこの場所を簡単に手放すつもりはありませんよ。)

 

サンダースは握り返す手の温もりを感じながら、胸の中で静かに微笑んだ。

この競技会が終わったら、准将に「ある条件」を突きつけて異動を承諾するつもりだ。

 

「さて、准尉。明後日の決戦に向けて、データの最終チェックを始めましょう。ノアたちの整備の様子も見てきます。」

 

「はい! よろしくお願いします、サンダース軍曹!」

 

エミリアは涙を拭い、いつものハキハキとした声でクリップボードを開いた。

トリントン基地の冷えゆく夜気の中で、それぞれが相手を想う「温かい秘密」を抱えたまま、しかしその絆を何倍にも強固にした第4小隊。

水銀灯の光に照らされた格納庫で、彼らは明後日の決勝リーグに向け、最高の一体感を持って静かにその牙を研ぎ澄ませていくのだった。




最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ソウヤとサンダースのこれまでの軌跡を描いた話になります。
サンダースは2人の意図を組み、ラサ基地異動を条件付きで前向きに考えてくれるようになりました。
さて、次の話は競技会予選3日目です!
ソウヤは予選の試合を済ませたので、観客サイドになります。
では、次の話も楽しみにしてください♪

【機動戦士ガンダム オリオンの軌跡】に登場するオリジナル機体で好きな機体はなんですか?

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総合評価:559/評価:6.25/完結:226話/更新日時:2026年05月06日(水) 19:56 小説情報

逃げるは敵へ(作者:ジャーマンポテトin納豆)(原作:銀河英雄伝説)

▼門閥貴族の権力争いは熾烈だ。▼それが帝国で最も由緒ある貴族である家でも逃げる事は出来ない。意思が無くとも相手がいるなら争いは起きる。▼


総合評価:793/評価:7.71/連載:27話/更新日時:2026年06月03日(水) 05:50 小説情報


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