深夜にスーパーの警備のバイトをしている俺は、家に帰りたがらない少女と出会った。

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やがて見つかるかもしれない出口を探して

大学一年生の冬になるのに、馴染めない。

地方から東京に出てきたってこともあるけど、なんだろう、人とうまく交流ができないのだ。

不器用というべきなのだろうか。

いつの間にか俺は、そんな風な人間になってしまっていた。

大学ではサークルにも入らずぼんやりと過ごす。

17時から20時まで、真空管でジャズを流す喫茶店でバイト。

ジャズが好きってわけじゃない。

こういう店は、しゃべらないで済むからだ。

その後、夜から24時は近所の大型スーパーの夜回り警備のバイトをしている。

 

「あっ、ひーくん」

 

夜の街に似つかわしくない、幼い声がした。

 

「またお前か」

 

俺はため息をついた。

懐中電灯を片手にスーパーの外周を夜回りする僕に唐突にまとわりついてくる小さな女の子。

名前も知らないこの子供に、妙に懐かれてしまっている。

 

「今日も、お話しようよ」

「少しだけな」

 

夜回りのついでに、花壇や植え込みのごみを拾ったり、雑草を抜いたりする。

その時間を使って、俺と彼女はおしゃべりをしている。

たわいもない会話だ。

少女は、小学校で何があった、先生がどう言った、友達が何をした、そういう話。

俺は、別に話すことはない。

ほとんど、「ふぅん」で済ましている。

少女は、どうにも放置子ってやつらしい。

親が遅くまで働いているだか遊びまわっているだかで、こんな時間まで家に入れないのだ。

 

「お前、カギをもらえよ」

 

一回そう言うと、「ダメなの」と少女は答えた。

 

「なんでだよ」

「前に、無くしちゃったから。それで、すっごく怒られた。二度と鍵、持たせないって」

「そりゃお前が悪いな」

「そんなことないもん」

 

女の子がふくれっ面になる。

俺は、そんな少女の、ころころと変わる表情を見て、ふと懐かしい気分になった。

なぜなら、小学4年生の時にすごく好きだった、隣の席の女の子に似ていたからだ。

もちろん、今じゃ記憶はあいまいで、本当に似ているのかどうか、はっきりと確証は持てない。

しかし、初めてこの少女を見かけたとき、あの子がいるのかと勘違いした。

あの頃、俺が大好きだったさっちゃんが、あのころの姿のままで、花壇のブロックに座り込んでいるように見えたのだ。

だから、あの時、思わず優しい声をかけてしまった。

 

「何してる? 何かあったのか? 大丈夫か?」

 

少女が、俺を見上げて、見つめてくる。

 

「う、うん。だいじょうぶ」

 

その日以来、この子にまとわりつかれている。

 

「ひーくんはさぁ」

「その、年上をくんって呼ぶのはやめろよ」

「えー、でも、ひーくんはなんかひーくんなんだもん」

 

言うことを全く聞かないちびっこは、好き勝手に話す。

 

「大学って、楽しいの?」

「え?」

「だから、大学。最初に会った時、言ってたじゃん。大学生だって」

 

あー、言ったな。

それはこいつが、一番最初、俺のことを警備員のおじさんって呼びやがったからだ。

思わず、「まだ大学一年生だし、これはただのバイトだ。樋口洋一って名前もある」と言っちまった。

以来、なぜか苗字をもじってひーくんと呼ばれてしまっている。

 

「大学か。まぁ、別に楽しくはないな」

「そうなの?」

「あまり、馴染めてないから」

「へぇ、私と逆だね」

「逆?」

「だって私は、学校にいる間がまだ一番マシだもん」

「ふぅん」

 

マシとは偉そうな。

 

「でも最近は、この時間も好き」

 

少しからかうように俺を見上げてそんなことを言った。

 

「さっ、もう雑草は抜き終わった。俺は警備に戻るから、お前もそろそろ帰れよ」

「はーい」

 

女の子が元気に手を挙げた。

 

 

 

 

その日の夜、さっちゃんの夢を見た。

さっちゃんは、家が近所で、幼稚園のころから仲が良かった。

少しぼんやりとした性格の俺の面倒を、よく見てくれて、同い年だけど、少しお姉さんみたいな存在だった。

そんなさっちゃんのことを女の子として意識しだしてしまったのは、小学3年生の時からだ。

きっかけは忘れたけど、俺は急速に彼女のことを好きだと自覚し始め、照れからまともに話せなくなってしまった。

そして4年生になって席替えがあり、隣の席になった。

俺は、話すどころか、さっちゃんにたくさんいたずらをした。

それも結局は、照れ隠しだった。

さっちゃんが急に引っ越すことになったのは、その年の秋だった。

親の転勤。

俺は、びっくりして、言葉も出なかった。

旅立つ日、さっちゃんが俺に小さな手紙をくれた。

俺は、ドキッとした。

ずっと好きだったさっちゃん。

仲が良かったさっちゃん。

さっちゃんが、手紙をくれた。

 

さっちゃんを乗せた車が出てから、俺は部屋に戻り、ドキドキして手紙を開いた。

そこには、一言、大きな文字で「バカ」と書かれていた。

俺は頭が真っ白になった。

俺のいたずらで、さっちゃんは、真剣に悩んでいたのだということを、その時なってようやく理解した。

その日以来、俺は、他人と距離を取るようになってしまった。

 

「……いやな夢を見た」

 

汗をかいて、目覚めた。

さっちゃんのことを鮮明に思い出したのは、久しぶりだった。

 

 

 

 

その日の夜も、女の子は俺を待ち伏せしていた。

 

「どーん!」

 

無邪気にぶつかってくる。

 

「……」

 

こいつのせいで嫌な夢、見たんだよなぁ。

そう思うと、ちょっといたずらしてやりたくなった。

 

「うりゃっ!」

「きゃはは、何するのぉ」

 

女の子をくすぐる。

 

「もぉ、えっち」

「あ、ごめん」

 

思わず、手を放す。

しまった。

俺はバカか。

結局、さっちゃんにしたのと変わらないいたずらをしちまってる。

まったく成長してないのか、俺は。

 

「??」

 

でも、女の子はキョトンとしていた。

 

「どうしたの、ひーくん」

「あ、いや。嫌だったかなと」

「え、全然」

 

女の子はあっけらかんと笑った。

 

「むしろ楽しい!」

 

そう言って微笑む女の子は、よく見ると、別にさっちゃんと似てはいない。

背丈が少し似ていて、可愛らしい雰囲気は同じだけど、顔立ちは、よく見るとかなり異なっている。

二人は全然違う子じゃないか。

 

それから俺たちは、いつものように花壇のそばで会話をした。

いつもは、雑草を抜いたりしながら、俺はうつむいていたけれど、その日の夜は、女の子の目を見て会話をした。

俺は、ようやく少女のことを、ちゃんと見つめているような気がした。

 

「そういうとさ、お前名前なんていうんだよ」

「言ってなかったっけ?」

「あぁ、聞いてない。俺だけあだ名で呼ばれるのは不公平だ」

「それもそうだね」

 

女の子が笑う。

 

「みのり。小宮みのりだよ」

「へぇ。じゃ、これからみのりって呼ぶわ」

「うわっ、急に女の子を名前呼びだー」

 

たわいもない会話。

でも、結構楽しい。

そんな折、ふとみのりが言った。

 

「あのね、ひーくん」

「ん?」

「次の木曜日、もっと夜まで一緒にいてもいい?」

「え、なんで?」

「その日、お父さんすごく夜遅いの。時間つぶす場所がなくて……」

「うーん」

「お願い、一人だと心細いし、その……ひーくんが一緒にいてくれると……安心できる」

 

その言葉は、すごく真剣に聞こえた。

俺は、思わず同意した。

 

 

 

 

やがて木曜日になった。

夜勤のバイト中ずっと相手をしているわけにはいかないが、みのりはおとなしく一緒に夜回りをしたりしてくれた。

やがて、24時にバイトが終わった。

みのりはまだ、横にいた。

 

「お前のお父さん、何時に帰ってくるんだ?」

「26時……」

「マジか」

 

俺のアパートにあげるわけにもいかないしなぁ。

しょうがないので、近くの少し大きな公園に移動した。

 

「まぁしょうがないから、あとの時間も付き合ってやるよ」

「やったぁ! ありがとう!」

 

みのりが抱きついてきた。

深夜の公園で子供に抱きつかれている大学生……。

やばい、通報されかねん。

俺は少女を引き離し、話題を変えた。

 

「そ、そうだ、お前知ってるか、この公園の伝説」

「伝説?」

「そう。お城の抜け道があるんだよ」

「え、なにそれ」

「大昔に、お城があったような時代にさ、何かあった時のための抜け穴」

「え、見てみたい」

 

みのりが目を輝かせる。

意外に食いついたな。

まぁ、ちょうどいい時間つぶしになるか。

 

「見てみるか?」

「うん!」

 

俺たちは、公園の端の小高い丘のふもとにある、抜け道を見に行くことにした。

 

「ほら、ここだよ」

「うわっ、なんだか、ちょっと怖いね」

 

深夜の公園の、丘にぽかんとあいた空洞。

それは確かに、気味が悪かった。

 

「なんだか、ここを抜けていくと、異世界に行けちゃいそう」

 

アニメみたいな子供らしいことをみのりが言う。

 

「ははは、そうだな」

 

と、その時、本来は閉じられているはずの、抜け穴の入り口の木の柵が、かすかに開いていることに気づいた。

 

「ひーくん、開いてる」

 

みのりも、それに気づいたようだ。

 

「ほんとだ、管理の人が閉め忘れたのかな」

「ねぇ」

「ん?」

「中、入ってみる?」

「え」

 

突然の提案に、驚く俺。

 

「中? なんで? 危ないよ?」

「だってさ、その、あれって〝抜け道〟なんでしょ」

「あ、あぁ」

「そこに今、入っていったらさ、なんか、この毎日からどこか違う場所に、抜けていけそう」

「おいおい……」

 

みのりを見る。

彼女は、真剣な顔をしていた。

 

「いっしょに、入ってみようよ。中に。わたし、ひーくんと一緒にあの抜け穴、通ってみたい」

「無理なこと言うなよ」

 

俺は、言った。

 

「あれは大昔の抜け穴だ。どこにももう通じてやしないよ。こうやって公園になってるんだ。中も調べられてるし、奥は閉じられてる。危ないだけだよ」

「…………」

「みのり?」

「……………………ひーくんの、ばか」

「え?」

 

何かが、繰り返されているような気分になった。

俺はまた、自分の目の前の女の子に、間違ったことをしたのか?

また、バカと言わせてしまったのか?

呆然とそんなことを考えていると、みのりが立ち上がった。

 

「ごめんね。遅くまで、つき合わせちゃって……やっぱり、もう、帰るね」

「お、おぃ」

「……こんな時間まで一緒にいてくれて、ありがとう」

 

みのりは駆けて行ってしまった。

すぐに後を追えなかった。

暗闇の中、小さな身体が見えなくなってから、俺は彼女の家すら知らないことに気づいた。

 

 

 

 

次の日から、みのりは、スーパーに来なくなった。

 

 

 

 

一週間ほど経ってから、警察が俺のアパートを訪ねてきた。

みのりのことだった。

あの日、深夜に帰宅したみのりは、酔っていた父親にひどく殴られたらしい。

意識不明の重体になり、入院をしているという。

助かるかわからないが、一命をとりとめた場合は保護施設に入ることになるという。

俺は、言葉をなくした。

 

「防犯カメラの映像から、直前にあなたといたことが判明したんです」

 

警官は、俺を誘拐だとかで疑っているわけではない様子だった。

ただ、前後の状況を把握しようとしているようだ。

警官から聞いた話で、俺は、みのりが嘘をついていたことを知った。

父親の仕事が遅くて、帰宅していないのではなかったのだ。

ろくに働かず、酔っては暴れたり殴ったりする父親と、一緒にいたくなくて、親が寝静まるまで時間をつぶしていたのだ。

もしかしたら、彼女の腕とかをよく見たら、痣があったのかもしれない。

でも、最近まで彼女をろくに見つめようとしていなかった俺は、気づかなかった。

 

特にあの木曜日は。

父親が、ギャンブルで浪費した金の取り立てがある日だったらしい。

もしかしたら、あの日、みのりは。

本当に、どこかへ、連れ出してほしかったのかもしれない。

この日常の世界を抜けて。

 

 

 

 

その日の夜、俺は懐中電灯をもって、あの抜け穴へ行った。

みのりが望んでいた、この日常を抜けだす穴。

木の柵は、まだわずかに開いていた。

俺は、祈るような気持ちで、その柵を開く。

中へと、足を踏み入れた。

中は意外に広かった。

まるで、異空間に入り込んだようだ。

しばらく歩いてみても、全く奥が見えない。

もしかしたら……。

不思議な予感を感じ、壁沿いに進んでいく。

この先へ、本当にどこかへ抜けることができれば。

奇跡が起こるんじゃないか。

やがて、道は少しずつ細く、狭くなる。

俺は、それでも進んだ。

やがて。

完全な行き止まりに、たどり着いてしまった。

何もなかった。

そこには、硬い岩石の壁があるだけだ。

俺は、その岩肌に触れ、へたりこむように座りこんだ。

 

「なんだよ、これ」

 

つぶやく。

 

「結局どこにも、行けないんじゃないか」

 

俺は、泣いた。

延々と泣いた。

いくら泣いても、冷たい岩石は、俺をそこから先に進ませてはくれなかった。

 


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