七高踊り場同盟は青春の裏側に住んでいる   作:とき

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#1 体操服、使用済み

 

「体操服貸してよ。私今日忘れちゃった」

 

 そう言ってきたのは去年からの腐れ縁である碑見暁(ひみあかつき)であった。中々珍しい苗字に格好いい名前を持った、ダウナーながらスタイル抜群、容姿端麗の同級生である。ただダウナーらしく不勉強かつ不摂生らしく、美少女であるが目の下に薄っすらとアイシャドウのような隈を作り、成績はボトムラインを推移ていることを俺は知っている。

 状況と裏腹に危機感の全く籠っていない言葉を聞いて俺はこう返す。

 

「もし俺の性別を目で見て声を聴いてその上で頼み込んでるとするなれば、天文学的なバカだよな碑見って」

 

 壁に背中を預けながら俺は碑見の真っ白な顔を見る。

 顔の造形も均衡の取れた四肢もふくよかな胸元も、碑見という同級生は総合的に鑑みて誰もが認める美少女だった。そして俺はその辺に良くいる男子高校生である。高校デビューの試みた残滓である焦げたチョコレートみたいな茶髪は長年俺を悩ませる癖毛によって内向きにカールされ、相手によっては圧を覚えるだろう三白眼は今日も今日とて健在である。

 

 碑見は校内で日替わりで菓子パンを齧りながら俺を見た。因みに今日はレモンミルクパンでお値段は100円だった。あまり美味しくはないので俺も碑見も牛乳で無理くり胃に流し込んでいる。

 

「だって杜白(もりしろ)ってなよなよしてるし、女装したら絶対に女になれるじゃん。女子の制服とか持ってないの」

 

 滅茶苦茶失礼だし、俺の事をなよなよしいとか言うのはお前くらいだ。

 

「持ってるわけないだろ。女装なんかしたことないわ」

「でも似合うと思うから一度試してほしいとは思うんだ私。原宿で闊歩する自分の容姿に自信があるけど傍目から見たら痛いゴスロリ女になれる才能とか、日本トップクラスにあると思う」

 

 そんなインターネットでしか活きないような才能要らんわ。

 

「それ誉め言葉じゃないし全国のゴスロリ愛好家に失礼とは思わないの?」

「ゴスロリとか着てる時点で痛い女だから失礼には値しない。寧ろアドバイザーとして第三者的な真っ当な評価を私はしてる。ゴスロリは二次元の造られた女が着るから似合うのであって三次元の女が着ても痛さしかないって杜白も思うでしょ」

「俺は同意しないからな? 巻き込むな?」

「でも秋葉原のゴスロリ喫茶みたいなの、ちょっと違うなって思うでしょ。前一緒に行った時も凄い宇宙人を見るかのような目で見てたじゃん」

 

 俺は口を噤んでノーコメントを保つ。別にこれは共感したとかではなく、ただ一意見としてそういうことを考える人間がいる事実を肯定したいと思っただけである。決して秋葉原の大通りにポケモントレーナーみたいに並ぶコンカフェ嬢の方々が似合ってないだとか浮いているだとか現実感が無くて頭お花畑に見えるだとか考えているわけじゃない。

 

 ともかく話題を軌道修正する。軌道修正したところで奇怪な話題には変わらないけど。

 

「体操服なら同級生の女子に借りればいいだろ。俺に頼むな」

「制服を借りれるような同級生いないし」

 

 吐き捨てるように碑見が言って思い出す。

 そうなのだ。

 碑見は美少女だが、友達どころか教科書を貸してもらう同性の友人がいないのだ。皮肉に対してストレートに返してくるその精神性だけは褒めてもいい。

 

「じゃあ職員室であまりの体操服でも借りれば良いだろ。多分忘れた人用の予備とか保管されてるんじゃないか」

「誰が着たかも分からない制服なんて着れたものじゃないよ。袖に痰とか付いてるかもしれないじゃん」

「どんな懸念だよ。女子高生を道端に唾を吐くおっさんと同列に扱うのは違うだろ」

「勘違いしてるからそれ。だって本質的な話、女子高校生も50代で脂ギトギト体重3桁年収200万のおっさんも肉体の構成要素は全く一緒なわけで、女子高生だって体調が悪ければ服に痰くらい吐くよ?」

「女子高生は幾ら体調不良と言えど服に痰は吐かないと思うし、なんでそんなおっさんの解像度高くしたんだよ」

 

 なんというか、女子高校生に対するアンチテーゼを感じる。自身も女子高校生という社会的地位のトップカーストに君臨する一味の癖に。

 まあこういう変わった価値観の持ち主が碑見暁であることを俺はこの一年で良く知っている。じゃなかったら出窓も無く、人通りも無く、灯りも中途半端にしか入らない陰鬱な踊り場で一緒に昼ごはんを取っていない。クラスじゃ居心地が悪い者同士、示し合わせたわけでもなく、去年から偶然ここで一緒に昼ご飯を食べている。

 

 碑見は菓子パンを頬張りながら義務的に牛乳を流し込んだ。

 

「JKブランドに縋りつくだけの人間に価値はないでしょってことを言いたいだけ。ともかく男も女も人体の成分表が大きく変わらないなら私は杜白の体操服を着れるよね。そういうことだから体操服貸してよ」

「嫌だよ。世の中には性差とか倫理ってものがあるの」

「じゃあ洗わずに返すけど?」

「まるで俺に異性の汗が染みついた衣類に興奮する性癖があるみたいに言うの止めて貰っていいか?」

「無いの?」

「あるわけないだろ」

 

 少なくとも男はそう断言しないと社会的人権が剥奪されかねない。理解していて問いかけているのならとんでもない女だと思う。

 

「あのね、俺と碑見の体操服は違うんだ」

「男子用も女子用もデザインは一緒だよね。何が違うっていうの?」

「サイズがだよ。俺は身長180cm、碑見はそれより小さいから丈が合わないと思う」

「小さくない」

 

 わざわざ俺の顔を覗き込むように頭を下げて、碑見は上目遣いをした。普段の碑見を知っているだからだろう。ここまであざとさしかないと感嘆すら覚える。

 ……で、身長を張り合う必要性はあっただろうか?

 確かに碑見の身長は170cmくらいはあるから高校二年生の女子としては大きい部類ではあるが、それでも男性平均より大分身長高めの俺と張り合うのは少々分が悪いと思える。

 

「相対的にだ。碑見も同い年の女子よりはデカいから気持ちは分かるけどな?」

「デカくはない!」

 

 今度は更に不服そうな面持ちで声を張り上げる。

 小さいと言われるとプライドが傷付くが、大きいと言われると女子的に嫌なのか。

 面倒くさいなこの女。

 

「ともかくダボダボの体操服を着ても動きづらいでしょ。普通に予備を借りれば良い」

「それはさっきも言った通り服自体の清潔さに課題が残る」

「大らかな心で受け入れるしかないんじゃない?」

「杜白は私の懐がそんな広いと思う?」

 

 ずいっと碑見のブルーハワイ色の瞳が近づいた。

 全く思わない。この場じゃ最も最短距離で合理的で俺が楽に解決できる方法を提示しただけである。

 

「リンゴ三個分くらいは入るんじゃないか?」

「まさか。絞り切ってジュースにすれば許容量を下回るかもね」

「俺の体操服を着用することは許容量を超さないんだ」

「超す超さないって話をすれば越さないよね。正確には君の管理能力を信頼しているから。杜白、君は使い終わった体操服を一週間使い回すような真似をしないよね?」

 

 なるほど。それなら俺の体操服を着ようだのと痴女じみた発言をする碑見の言葉にも理解の余地が存在する。

 碑見の言う通り俺は体育の授業で汚れた体操服は毎回持ち帰って、その翌日に体操服を持ってくる派閥に属している。去年同じクラスだった碑見は俺のそんな習慣を知っていたのだ。

 

「だがな碑見、俺の気が引けるんだよ。体操服には名前が書いてあるんだ。俺の名前が入った体操服を殊更目立つ綺麗な女子が着たとなれば噂も立つだろうし、俺が困る」

 

 杜白なんて苗字はこの学年に俺一人しかいない。学校全体で見ても俺以外存在しないだろう。体操服の持ち主を杜白という名字から特定することは共通試験で出題される一番最初の問題よりも遥かに簡単な問いである。

 碑見は姿勢を元に戻して、菓子パンを片手に持ちつつ顎を擦った。

 

「つまりメリットが無いってこと?」

「それどころかデメリットしかないな」

「運動によって体操服に染み着くだろう美少女の汗や臭いはメリットには成り得ないと」

「一々俺を変態に仕立て上げようとする思考はそろそろ止めてくれないか。話が進まない」

 

 俺の事をどう思っているか一度碑見と話し合いたい気分だ。

 多分ボロカスに言われるだろうから考えるだけで本当に話し合う気はないけども。

 

「体調不良で見学すればいいだろ。元々お前は不真面目なんだから今更見学の1回や2回くらいは甘んじて受け入れろよ」

「1回や2回なら良かったけど」

 

 紙容器に刺さったストローをくるくると指で回しながら碑見が間を置いて口を開く。

 

「この前で6回を超えて、ついに秋澤にキレられた。次に参加しなかったら留年させるって息巻いてる」

「そりゃなんていうか」

 

 秋澤ってアレか、体育教師の。

 今が4月後半って考えると、6回ってもうほぼ全部見学で貫き通してるじゃん。ただでさえ秋澤は昭和気質な教師なんだし、そりゃ毎回明らかなサボりをすれば怒鳴られるだろ。

 

「別に留年には個人的な抵抗はないけどさ。今だって人間関係は留年してるのと似たようなもんだし。でも親にどう説明付けるか考えたら憂鬱だし、なるべく留年は避けたいなって思ってるんだ」

「当たり前すぎるご高説ありがとう。で、そんな大切な日に体操服を忘れたと」

「忘れちゃったみたいだね。ついうっかりと」

「うっかり」

 

 一度本気で怒鳴られた方が良いんじゃないかと思うけど俺は。

 

「お願い杜白。踊り場同盟として私を助けてくれた方が毎日昼の空気が良くなるよ?」

「空気なんてずっとジメジメしてるだろ」

「助けないと毎日私は昼休みのたびにここで気が重くなる話をしようかな。第一号はそうだね、去年知った中学時代の杜白の告白話とかどうかな。甘酸っぱくて苦い話題は気分転換になると思うよ」

「それ、碑見が言うかな?」

「何か問題でもあった?」

 

 問題もなにも、その話題を使って俺の高校デビューを暴き立てて都落ちさせたのは碑見暁その人だ。同じ話題を本人に対して蒸し返すことに抵抗感とかないのか碑見は。

 ……まあただ、こんな湿気も多いなのに更に陰鬱な話題を振られるのも勘弁ではある。

 

「分かった。俺の体操服は貸せないけど、伝手で頼んでみる」

「クラスメイト? 異性で体操服を貸すよう頼めるクラスメイトなんているの?」

「失礼だな。俺だってそれくらいはいるっての」

「……まあいいけど。綺麗な体操服でお願いね」

 

 俺はその言葉に応えずにレモンミルクパンを齧った。牛乳の甘さと人工的な柑橘類のすっぱさがこの上なくミスマッチしていて、俺はストローを唇で咥えた。

 

 

 

 

 

△ △ △

 

 

 

 

 

 自分でも言うのは何だけど、俺は高校一年の二学期中盤まではクラスの人気者だった。

 中学時代の重い黒髪を取り払って茶髪に染め、世間を穿つような考え方ばかりしていた自分自身の性格にも欺瞞を働いて、俺はクラス内カースト最上位に相応しい人物であるかのように装っていた。

 いわゆる高校デビューだ。俺は陰険たる過去の自分と離別して新しい自分になったつもりでいた。

 

 その門出は順調そのものとしか言いようがなかった。

 売れないホストみたいな見た目ながら明るく気さくなキャラを演じ、更にクラス委員長の役割に就くことで俺は教室内で確固たる地位を築き上げた。過去と一転、クラスのトップカーストの一員になったのだ。

 

 しかし過去の俺自身、杜白矢守(もりしろやもり)の半生を暴き出す存在が高校の同じクラス内にいることだけは予想外だった。

 その存在こそが碑見暁である。碑見は気になったことは気が晴れるまで追及して、大衆の場で発表するまで気が済まないという当時の俺からすれば傍迷惑な人種でしかなかった。

 

 いわば碑見はシャーロックホームズだった。別に俺がモリアーティの如く悪事の糸を引いていたという事実はないが、そして碑見が正義の探偵気取りだった事実もないが、ともかくとして一学期中の俺の振る舞いを見て碑見は違和感を抱いていたようだった。一度疑念を抱けば碑見はその謎を解き明かし、白日に下に晒すまで動きを止めない。去年クラス内で幾つもの秘密を暴き立てていた碑見からすれば、当時のクラス内権力者であった俺への疑惑は格好の材料だっただろう。

 

 まあそこからは直滑降だ。碑見は俺が高校デビューをしていて、本当の俺がリア充を毛嫌いしているダサい陰キャという事実まで突き止めた。それをクラス内のLineで発表した。俺の発言力はドン底まで落ちた。俺の株は瞬く間にクラス内最底辺カーストまで下落していき、真相を暴いて徹底的に俺の過去をクラス内に拡散していった碑見自身も見境なく他人の秘密を暴き立てるヤバい奴として教室内で敬遠されるようになった。共倒れだ。誰も幸せにならない。

 

 そんな感じでクラス内で詐欺師みたいな扱いをされて居づらくなった10月、昼休みくらいは平穏な気持ちでいたいという思いから探し出した校内の安息の地にて、俺は同じく追い立てられた仇敵である碑見と出会った。

 それ以来、和解もしていないのに毎日昼休みに人通りの無い階段踊り場まで来ては、俺と碑見は偶々一緒に食事を摂っていた。友人と言うには淡々とした繫がりで、知り合いと言うには因縁があり過ぎる。腐れ縁。そんな言葉がより俺たち中途半端にあぶれ者の関係性を表している。

 

 高校デビューに成功したはいいが過去がバレて都落ちした俺と、人の秘密を暴き立てすぎて疎まれた碑見暁。

 青春が照らし出す影に潜むダンゴ虫のように目立たずひっそりと生きる俺達は、いつからか踊り場同盟を自称していた。

 

 

 

 

 

 

△ △ △

 

 

 

 

 

 

 俺は一度クラスに戻ると去年のクラスメイトである有明翠香(ありあけすいか)に頼むことにした。もう半年以上話してはいないが、高1のときに同じクラスかつ今年も同じクラスだから頼むとしたら有明一択だった。

 有明は窓際の席でクラスメイトの女子生徒と一緒に談笑をしていた。周囲にいるクラスメイトは去年見覚えが無い人ばかりだけど、そういや有明って元バレー部だったっけか。道理で仲良さげに見える訳だ。

 

「有明、ちょっと良いか?」

「……も、杜白?」

 

 有明は俺に話しかけられて明らかに動揺したような反応を見せる。

 気持ちは分からんでもない。

 俺の立ち位置は去年高校デビューがバレてから一貫して微妙なもんだしな。取り扱いづらさはクラスで一番だ。全く誇れない。

 しかしそんな印象を今持たれるとこれからする頼みにも関わってくるので、久々に穏やかな笑みを作って俺は言う。

 

「ちょっと用があってな」

「え、えっとここで大丈夫な話?」

「何がだよ」

 

 とはいえ少し狼狽えすぎじゃないか?

 そんなに俺から話しかけられたことが嫌だったか?

 いやまあ嫌か……。少し凹む。

 

 有明は俺の顔色を伺うと一度溜息を吐いた。肩を落とせば、金色に染められた長髪がゆらりと揺らめく。相変わらず高1からずっとギャルっぽい出で立ちを貫いているな有明は。ただピアスとかアクセサリーを沢山身に付けまくるコッテリとしたギャルっていうよりは、爽やか系のギャルって感じだけど。制服も大きく着崩していないし。元運動部ってのも装いと関係してるのかもしれない。

 

「用ってなに?」

 

 気分を落ち着けたみたいで、改めて有明は俺へと視線を向ける。

 

「ちょっと体操服を貸してほしくてな」

「体操服を?」

「勿論俺が着る訳じゃないぞ。友人……じゃないけど知り合いが午後の体育で忘れたみたいでな。貸してもらえると助かる」

 

 怪訝な顔付きになったから慌てて補足する。

 変態扱いは絶対に勘弁だ。

 

「知り合いって女子?」

「そりゃまあな。男だったら有明には頼んでないだろ」

「ふーん。で、なんで私なの?」

「貸してもらえるような女子の知り合いはお前しかいないからな」

 

 今のクラスメイトで或る程度話せる女子と言えば有明くらいなもんだ。他にも去年のクラスメイトはいるが、大半は元々俺と仲良かった訳じゃなければ、都落ちして以降みるみると他所他所しくなったしな。有明はその中じゃまだ話せる方だ。

 有明は少し目を見開いて、栗みたいに口を開けた。

 

「へ、へー。そんな感じなんだ」

「ああ。頼めるか?」

「……でも杜白に女子の体操服を頼むって変じゃない? 相手は誰なの?」

「そんなに気になるか?」

「ま、まあー……気になるっちゃ気になる」

 

 視線を反らしながら有明は前髪を指で弄る。

 男が女物を貸せと言ってきたらそりゃ気になるか。

 

「碑見だよ。去年同じクラスだったろ」

「碑見? 杜白ってあいつと仲良かったの?」

「弱みかあるからパシられてるだけだ」

「そうなんだ」

 

 と、納得はしていないが取り敢えず話を前に進めるように有明は頷いた。思えば去年もクラス内じゃ碑見と話したことはほぼない。意外性はあるかもな。

 有明は机の横にかかっていた体操袋を外して俺へと差し出す。

 

「分かった。別に良いけど洗濯して返してよ」

「本来は俺じゃなくて碑見に言わせるべきだけど、ありがとう」

「別にあんな奴の感謝の言葉なんて要らないし」

 

 眉を僅かに潜めながら有明は一瞬だけ不機嫌な顔色を浮かべて、すぐに取り繕うように笑みを作った。

 そう言えば有明も碑見の被害者だったっけか。裏垢で中学時代の知人の悪口を言ってたとか何とかで、俺より少し前に暴露させられてた気がする。それが事実だったかどうかはあんまり良く覚えてないが、こうして友人と談笑できる程度に人間関係を保てているということは大した話題にはならなかったのだろう。実際俺に碑見砲が向けられて盛大に爆発した後は、有明の不祥事話などマリアナ海溝の底に沈没したかの如く誰も話題に上げなかったことを覚えている。

 

 俺は一度軽く頭を下げて早々に碑見へと体操服を届けようと小走りになった。昼休みも残り10分も残ってない。

 

「これは貸し1ね。勿論杜白に付けとくから」

 

 背中を押すようにそんな声が聞こえてきたような気がしたが俺は無視して教室を出た。

 ……ギャルの貸し1か。コンビニスイーツで済めばいいけど。

 

 すぐさま隣の2年4組へと俺は行った。碑見のクラスだ。このまま碑見に渡さなくとも俺は困らないし、碑見が困ったところで俺に一切合切影響は無いが、未使用体操服が返却されたことで有明から性的目的で拝借したのではないかと猜疑心に満ちた目で見られるのは勘弁である。

 よって疑問の余地も挟ませないスピーディーな対応が求められた。

 

 4組の入り口に立ち、クラス内を見渡せば碑見と視線が合った。碑見は最後方の窓際から2つ目の席で、読書をしながらチラチラと入口に視線を飛ばしていたようだった。ブックカバーが被さり中身を窺い知ることができない本を両手でパタリと閉じれば、そそくさとクラスメイトの間を縫うようにこちらへと近寄ってくる。新しいクラスでも相変わらず孤立しているようだ。

 

「体操服ありがとう。誰から借りたの?」

「有明って覚えてるか。去年クラスメイトの」

 

 碑見は体操服の入った袋を受け取ろうと前に伸ばしかけた右手をピクリと痙攣させた。

 

「あー……ギャルみたいな恰好の人だっけ」

「そうだけど、どうかしたのか?」

「……ありがたく借りとくけど臭くないよね」

 

 なんて失礼な奴なんだ。

 有明だって善意から差し出したものの、碑見相手に私物を貸す行為自体にはあまり乗り気じゃなさそうだったというのにこの言い様、校内で未だに友達が一人もいない訳だ。

 

 体操袋を受け取った碑見は袋の口を緩めて中から体操服を取り出した。昨今のユニバーサルデザインを標榜しているのか、我が校の体操服は男女どちらが着ても特に違和感を覚えない白と紺のシンプルなデザインとなっている。

 その中でもシャツを取り出して鼻を近づける。即座に碑見はくしゃりと顔を顰めた。

 

「……これ、運動後じゃん」

「そうか? ウチは今日体育無かったけどな」

「不潔ギャルってことじゃない」

 

 いい加減お前有明に殴られるぞ。グーで。

 碑見は少し悩んでから体操服を俺へと差し出す。

 

「クーリングオフしてもらってもいい?」

「買ってねえだろお前。素直に借りておけよ、今日見学したらヤバいんだろ?」

「うう……そうだけどこれを着るのか私……」

 

 心底嫌そうな顔をしつつも背に腹は代えられぬと決心したのか、碑見は体操服を自分の腕で抱え込んだ。

 素直に諦めたようで何よりだ。

 

 

 

 

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