ラスボスヒロイン氾濫注意〜推しの一言でダンジョン攻略〜 作:カンさん
不死の王ノスフェラトゥの攻略を行っていたクラン、白銀騎士団の敗走。
その一報は瞬く間に全国を駆け巡る。
東京では既に避難が行われているが、周辺地域のは避難勧告範囲がさらに拡大する可能性が高まっていた。
「もう終わりだ……」
「最後に童貞卒業したかった……」
白銀騎士団が敗走した事で、ノスフェラトゥは異界化をさらに広げていく。どうやら、モンスターは異界化している範囲内でしか活動できない様である。
地面が変色し、建物が駆逐し、空気が汚染されていく。
自分の世界が広がっていくのを感じ取りながら、ノスフェラトゥは別の地区に移る事を考える。モンスターを撃退し、
【存外、こちらの人類もやるようだな】
それはそれで面白い。ノスフェラトゥは戦いを楽しんでいた――しかし。
それは、彼が来るまでの話。
ザッ、と音を立てて戦場に降り立った戦士の名は影森クロト。
彼の姿は普段のダンジョン探索時とは異なっていた。
両腕にはメタリックな籠手を着け、口元を覆う鉄製のマスクはまるで猛獣の様。
首元には赤いマフラーを巻き、ユラユラと動いている。
全身を覆う装甲も漆黒に染まり、そこに白い光が走っている。
:普段と違ってサイバーパンク風ニンジャって感じだ
:これがクロト君のガチ装備?
そして、そんな彼を映すのはノアである。
彼女の丸い装甲はどういう訳か、銀色から黒色へと変色していた。しかしその機能は変わらず、配信サイトを通して多くの人間にクロトの姿を見せていた。
【む……なんだ、貴様】
ノスフェラトゥは突然現れたクロトに対して、怪訝な声を出す。
それに対し、クロトは――。
――ガァアン!
【カッ……!?】
「……!」
:いきなりか!
:「お前を殺す存在だ」ってセリフ、カッコいいな
ノスフェラトゥの顔面を蹴り飛ばしたクロトの腕には雷の鎖が巻き付いている。
特級の暴力、雷の速さにてクロトは何度も何度も不死の体に拳を叩きこむ。
【この力、あの強き個体どもと同じか!】
受けたダメージから属性を分析したノスフェラトゥ。彼の漆黒の目が黄色に変化する。
それにより、突如クロトの拳が無効化される。
【クハハハハ! 無駄だ! 我に勝てる者などこの世に――】
――ザンッ! と灼熱の太刀がノスフェラトゥの言葉を断つ。
【なんだと!?】
クロトの取り出した別属性の攻撃により、ノスフェラトゥはダメージを受け狼狽する。
彼は、この5日間準備していた。以前スカウトに来た山本から情報を聞き出し、かつて愛用していた装備を取り出して整備。そして己の能力で複写する能力を厳選しストックして来た。
この不死の王を倒す為に。
【ぐっ】
「っ!」
無駄だ、と今度は氷の槍でダメージを与えるクロト。いくら不死の王が耐性能力を発動させても──彼だけは意味が無い。
:情報だと、このモンスター相手の攻撃に対して完全耐性能力あるらしいけど
:ああ、なるほど。だからか
:相手が悪かったな不死の王!
ここに来てノスフェラトゥは理解した。目の前の男は、己の天敵だと。
条件が揃えば特級の攻撃すら無力化する異能。ノスフェラトゥはこの力で数多の世界を滅ぼして来た。
故に確信する。
【貴様、この世界の住人ではないな!】
:は? 何言ってんだコイツ
:わけわからん事言いやがって
:……いや、待てよ
コメント欄はノスフェラトゥの突然の言葉に混乱しつつも戯言だと切って捨てようとするが――気になるコメントが投稿される。
:影森クロトって名前は探索者ネームで登録されていて、本名は別にあるらしい
:それがどうした?
:別におかしくないやろ
:まぁ珍しくはある
探索者として登録する際の名前は、本名ではなくても良い。
実際、少数だが活動者として別名義で登録する者は存在する。
しかし殆どの探索者が本名で登録している。アイテムや素材の売買の際の手続きが面倒になるから。
:もし、ノスフェラトゥの言っている事が正しいのなら――彼の今名乗っている名前はなんだ? 配信に興味ないのに、探索者ネームを作る理由は?
故に、彼の異常性が浮き彫りになる。
:もしかして、彼は本当に異世界の住人で、今名乗っている名前が本当の名前なのではないのか?
:クロト君が、異世界人?
:でもそれが本当なら、特級以上の能力の説明にもなる?
:本当なの? クロトくん!?
――クロトは答えない。しかしその沈黙こそが雄弁に彼らの疑問に答えていた。
影森クロト。
彼がこの世界に来たのは15年前である。
◆
影森クロトはダンジョン探索者であった。
世界に突然ダンジョンが現れた事により世界は大混乱に陥り、後に力に目覚めた者が探索者となる。こちらの世界と同じ様に。
クロトは運が良かった。珍しい影属性の能力により、他人よりも強くなり、他人よりも深くダンジョンに潜る事ができ、誰よりもダンジョンを攻略した。
その力を世界が危険視し、彼が排除されるのは遅くなかった。
ダンジョン攻略中の事故に見せかけ、彼は殺された。国から雇われた探索者によって。
モンスターに全身を食い破られるなか、彼の心に浮かんだのは怒り……ではなく困惑だった。
彼は幼少期に親から捨てられた事により、人格成形に問題が生じ、他者へ対する興味が薄かった。同時に、誰かの役に立ちたいという漠然とした想いもあった。
相反する二つの感情が現在の彼を作り上げ、故に殺されても「なんで?」と不思議に思うだけだった。
しかし、その答えを得る事無く――彼はこちらの世界に現れた。
「ああ! ヒロト! 帰って来てくれたのね!」
光川ヒロトとして。
光川ヒロトは、クロトの平行世界の自分だった。こちらの世界で起きたダンジョン災害とクロトの元居た世界のダンジョン災害によって、二つの世界が繋がった。
その結果、クロトとヒロトは融合し、彼はこの世界に流れ落ちた。保護されたクロトは、ヒロトとして母の元へ送り届けられるが……。
「なんで何も言ってくれないの?」
「なんで笑ってくれないの?」
「……こんなのヒロトじゃない」
「誰なのあなた!」
「返して! 息子を返してよ!」
親故に己の子どもの差異に気付いたのか。もしくはダンジョン災害の影響で心が壊れたのか。
この世界のヒロトの母親はクロトを虐待し、程なくして近隣住民の通報により逮捕。クロトは施設に預けられ、母親は精神病院に入れられた。
今でもヒロトの母は精神病を患っている。クロトはその入院費を払っているが、面会はできないでいる。もう顔を合わす事はないだろう。
クロトは探索者になった後、すぐにダンジョンに潜り元の世界に戻ろうとしていた。この世界に自分の居場所はないと感じていた為に。
しかし、何度もラストダンジョンに潜っても戻る手掛かりを見つけられず――ふと、気付いた。
あちらでも自分は必要のない人間として殺された。ならば――帰る必要はないのではないか?
その答えに至ったクロトは……どうやって生きれば良いのか分からなくなった。生きる意味は元から無かった。唯一あったダンジョンを攻略して世界を平和にするという思いも無くなっていた。
まるで抜け殻の様に暮らす彼だったが――一つの出会いが、クロトを変えた。
『こんしおー! ライブファースト所属、汐しおでござるー! 皆の者、今日こそはこのゲームをクリアするでござるよ!』
:がんばれしおちゃん!
:前回は良い所まで行ったからな
汐しおの配信を見たのは全くの偶然だった。何となく開いたのがVtuberの配信で、彼は眺めるままにそのまま彼女のゲーム実況を見ていた。
あそこはジャンプすべきだった。もう少しで敵が来るな。ほら来た。やられてる。いちいちリアクションがオーバーだな。全然上手くならないな。
探索者として感覚が鋭いクロトは、実況しているゲームパターンを理解し、汐しおの能力の低さに少しだけ驚いていた。これではクリアするのは無理だろう、と。
しかし……。
:おしい!
:がんばれしおちゃん!
:いけるいける!
彼女のリスナー達は、汐しおをずっと応援していた。他人同士なのに。実際には顔を知らないのに。その奇妙な世界観に、クロトの指が動く。
:ジャンプするタイミングを、ひと呼吸早くすればいいと思う
何となく打ったコメントだったが、タイミング良く目に留まったのか汐しおはその通りにゲーム内のキャラクターを動かしてみる。すると、スムーズに敵の攻撃を避ける事ができ、彼女は喜んだ。
『わぁ! 本当だ! ありがとうございます!』
「……」
きっかけは些細なものだ。誰にだってあり得る話だ。別に感動的な出会いだった訳ではない。
しかし、クロトにとってはかけがえのない出会いとなった。
それから彼は汐しおのリスナーになった。彼女は推しとなった。
汐しおが頑張っている所。苦しんでいる所。楽しんでいる所。怒っている所。悲しんでいる所。
雑談枠。歌枠。アニメ同時視聴。メン限配信。コラボ。案件配信。
別に汐しおが、影森クロトを認識して救ったわけではない。プライベートで偶然出会って秘密の関係を築いた訳ではない。汐しおが実は探索者で、ダンジョンでクロトが救ったとかラノベみたいな展開があった訳ではない。
ただ、汐しおががむしゃらに夢に向かって駆けていくその姿に、影森クロトが勝手に救われて、勝手に生きる意味を見出して、勝手に新たな人生を歩んでいるだけだった。
「影森クロト。お前は異世界から来たな。そして帰りたいと思っている。違うか?」
以前、空閑アキラはクロトにそう問い掛けた。
彼女は、ある目的がありラストダンジョンのブレイクを狙っている。しかし、それをしなくても良いかもしれない、とクロトの存在を認識してそう思った。
「それを手伝ってやるから、わたしに手を貸せ」
しかし、クロトは断った。もう帰るつもりはない。生きる意味はもう見つけた、と。
「……ああ、そうか。やはり、そうか」
アキラはクロトの答えにため息を吐いた。彼が汐しおを推し、ダンジョンに潜る時も決まって彼女がダンジョン関係の話題を出した時だけだ。
故に、この誘いは無意味だと思った。もう一年早ければ、と思わずにいられない。
「……まぁいい。また来る」
しかし彼女は残念に思いつつも、それで良かったと思っていた。
クロトが母親に虐待され、施設に入れられ、孤独に生きている事は調べて知っている。なら……心の拠り所があるのなら、それで良いと。
アキラは、影森クロトの過去を知り、未来を歩む姿に好感を抱いていた。
【貴様は異物だ! この世界の人間から排他される!】
ノスフェラトゥの雷魔法とクロトの氷の槍の一撃が激突する。
:そんなことしないよ!
:でも異世界人って事はモンスターって事だろ?
:ちょっと怖いよね
:クロトくんが何かしたか!?
:でも、今回の災害でも静観してたよね
【ははははははは! 滑稽だな、影森クロト! 何故この世界を守る!? 放っておけばよいものを! むしろ、我と共にこの世界を滅ぼそうではないか!】
ノスフェラトゥのその誘いの言葉に、心が揺れたのはクロトではなくリスナー達だった。
無理も無い。S級昇格を拒否した彼を散々誹謗中傷していたのは他ならぬ彼らだったからだ。その事に気づいた一部のリスナー達は謝罪のコメントと命乞いを、己の非を認めたくない者は見る価値のない自己擁護のコメントを打ち込む。
ノアは、それをノイズだと判断し削除していく。
【さぁ、共に来い同胞よ。我と組めば、この世界ならず他の世界も我らの物にできる】
手を差し伸ばすノスフェラトゥに対し、クロトは氷の槍を収めてゆっくりと歩み寄る。
:うそだよな
:クロトくん!?
:……仕方ない、か。
ノスフェラトゥは笑みを浮かべて、反対の手に漆黒の炎を用意する。彼はクロトを仲間にするつもりはなかった。ただ、自分にとって厄介な能力を持っているクロトを消す為に、甘い言葉で誘っただけ。
クロトはノスフェラトゥを見上げて言った。
何故戦うかと聞いたな? 教えてやる、と。
【は? 何を――】
――ザン! と漆黒の炎を作り出していたノスフェラトゥの腕が斬り落とされる。
ぐおお!? と悲鳴を上げてノスフェラトゥは後退して腕を再生しようとして――できない。いや、それよりも、だ。
なんだ、あの黒刀は?
:クロトさん!
:よっしゃああ!
:やはり、あの黒刀は紅蓮魔劫の太刀とは別物だったか。道理でボクの目玉が吹き飛ぶ訳だ
ノスフェラトゥは、クロトの握る黒刀から目を離せない。
死。
不死の王を名乗りながら、彼はその黒刀から己を滅ぼす力を感じ取っていた。
そんなノスフェラトゥを見ながらクロトは口を開く。
「推しのライブが控えているんだ。――不死の王ノスフェラトゥ、貴様はこの俺が滅ぼしてやる」
【人間風情が!】
「ついでにこの世界も救ってやる」
――推しの未来を守る為、影森クロトは今日もダンジョンに挑む。