ラスボスヒロイン氾濫注意〜推しの一言でダンジョン攻略〜 作:カンさん
元々ダンジョン自体、こちらの世界と異なる世界だったが……ラストダンジョンは常軌を逸している。
空は赤く染まり、幾つもの大岩が浮いている。足元は緑色の砂でできており、さらさらと空に向かって落ちていく。
そしてそこかしこに動物の骨が散乱しており、そこから桃色の煙が漂っている。
遠く離れた場所では倒壊した白が乱雑に積み重ねられている。まるで積み木の様に。
「なにこれ……本当にダンジョン……?」
高濃度の魔力で顔を青くさせながら犬飼は気持ち悪そうに言った。
ラストダンジョンに
「……全員聞いてくれ」
朝霧は苦しそうに言った。
「私たちはもうダメかもしれない」
彼はよく知っていた。ラストダンジョンに囚われた者は
ラストダンジョンから帰還した者は発狂し精神がおかしくなり探索者の引退を余儀なくされる。運が悪ければ日常生活に支障をきたす場合もある。
むしろラストダンジョン内で死んだ方がマシだというの通説だ。
「でも私は君たちの無事を諦めたくない」
ズズズ……と砂の中から這い出て来たのは幾つもの黒い骸骨騎士。手には武器を持ち、カタカタと音を鳴らしながら嗤い、ゆっくりとこちらに向かって歩き出す。
「――逃げるぞ」
朝霧の言葉に従い、全員駆け出した。
「なるべく距離を取るんだ!」
朝霧の言葉には隠し切れない恐怖があった。それを見た骸骨騎士たちは楽しそうに追いかける。
「
しかし骸骨騎士たちは勘違いしていた。朝霧が恐怖しているのは彼らではない。
「早くしないと――
彼が恐れているのは――
S級のボスモンスター? 人類では太刀打ちできないラストダンジョン? ああ、確かに怖い。殺されると思えば人は恐怖する。
しかし
ラストダンジョンは人類が足を踏み入れるべき領域ではないと有名だ。その理由は、そこに存在するモンスター、ダンジョン内の特異な環境が理由ではない。
問題は――そこを攻略する人間にある。
「――性懲りもなく現れたな」
瞬間――世界が凍り付いた。骸骨騎士たちも、異様な色をした砂浜も、異次元の空も、浮遊する岩も、そして逃げる為に走っていた朝霧たちも……全てが凍り付いた。
そんな止まった世界で悠々と歩くのは、ゾッとする程に美しい少女だった。
背中に届く程に伸ばされた銀色の髪。この世の全てを見下す氷よりも冷たい金色の瞳。
身に纏う青を基調としたドレス調の服。手には氷の結晶を元にデザインされた白銀の槍。
その少女を止まった世界で見た朝霧は、絶望によって悲鳴を上げたかったができなかった。
やはり来たか、と。彼女に時間が関係ないのは噂通りだった、と。
「死ぬが良い、醜悪な死にぞこないの雑兵どもが」
そう呟くと、彼女は槍を空に向かって掲げる。すると、冷気が集束し、パキパキと音を立てて氷を精製し――全長100メートルに及ぶ氷塊が作られた。
彼女は、その氷塊に掲げていた槍をスッと下に降ろす。
次の瞬間、世界を凍らせていた異能が解け、代わりに途轍もない衝撃波が朝霧たちを襲った。
「うおおおおおおおおお!?」
朝霧は反転し、盾を掲げてスキルを発動させる。
デコイ。
彼のスキルは十二分に発揮され、見事白銀騎士団たちのダメージは行かなかった。その代わり……。
「――かはっ」
「隊長!」
朝霧は、ミラージュ・ミスリルドラゴンにやられた時と同じかそれ以上の重傷を負った。
彼女の攻撃の余波を受けただけで。
慌てて大槻が回復魔法で癒し、犬飼は何が起きたのかを理解し震えていた。
あの氷塊は物理的ダメージ以外にも、範囲内に居る生物に対して無差別にダメージを与える魔法が込められている。だからその余波を全て受け止めた朝霧はここまで致命傷を受けていた。
いや、それよりも。
「あの人、私たちが見えていないの……?」
いや、そんな筈はない。止まった世界の中で彼女は白銀騎士団たちの横を歩いて通り過ぎたからだ。認識はしている。
しかし、ラストダンジョンだからと言って周囲の人間に配慮しないあの攻撃は如何なものかと怒りを覚えてしまう。
「ちょっと! あなた!」
「っ! よせ犬飼!」
犬飼が抗議をしようと声を上げた瞬間――彼女の首は撥ねられた。
「――え?」
顔を青くさせた犬飼は慌てて首元に触れる。無事だった。しかし、先ほどの光景は思い込みや、妄想ではなく、とてもリアルだった。その事を認識した瞬間、彼女は膝を着いて口から腹の中の物をぶちまけていく。
慌てて風間と前川が駆け寄り介抱する。
どうやら、犬飼は殺気を当てられた事で己の死の未来を見てしまった。いや、見せられてしまったらしい。
朝霧はそんな部下への仕打ちに怒りを覚えつつも何もできないでいた。
「あれが……特級」
「――!? 特級、ですって」
大槻は驚きに目を見開いて氷の少女を見る。
ダンジョン探索者はS級からE級の等級で定められている。A級やS級の国家にとっての主戦力はその数が少なく、その頂きに至るには遠く険しい道のりとなり、それ故に探索者たちは憧れてその場所を目指す。
しかし、その道から外れてしまった人間が存在する。
――特級指定・反人類
特級とは、五つの指定条件を満たしたダンジョン探索者に指定される全人類の敵である。その条件とは、以下の通りだ。
第一項。存亡動因指定。異世界迷宮に潜る動機そのものが、国家、種族、文明の存続に著しく脅威を及ぼす存在。
第二項。犯罪履歴不可赦指定。重大な犯罪行為を犯し、かつその罪を償う意志も示さない存在。
第三項。利己行動徹底指定。保有する異能、武装、技術を、公益の為に使用する意志無き存在。
第四項。武力不能存在指定。全人類の全戦力を結集しても、武力による制圧が不可能だと断定された存在。
そして――第五項。
最深領域個人突破指定。単独で【ラストダンジョン】を攻略した実績を持つ存在。
故に
そんなデタラメな存在が、人を気にしてお行儀のよい魔法を扱うだろうか? 否である。
故に朝霧たちは恐怖するのだ。ラストダンジョンに巻き込まれてしまう事を。巻き込まれたが最後、特級探索者の攻略に巻き込まれて精神的に死んでしまうからだ。
「ふん。塵芥が紛れ込んでいたか」
こちらに一瞬向けた瞳すら恐ろしい。彼女の保有する魔力はどこまでもドス黒く、深く、大きく、周囲に悪影響を及ぼす。
骸骨騎士を全滅させた彼女は、まだ現れるであろうモンスターを待ち続ける。現れたと同時に殺す為に。
それに巻き込まれない為に、朝霧たちは彼女から離れる様に走り出した。
そんななか、クロトはあの人見た事あるなと呟いた。
「彼女と遭遇した配信者の動画はよく再生されるからな。恐らく切り抜きでも見たんだろう」
そう言われて、確かにそうだったかもとクロトは頷いた。
「それでは朝霧さん。あれが……」
「ああ。間違いない。氷属性の攻撃に、あの止まった世界。そして全てを凍てつかせる瞳」
彼女の名前は氷室セツナ。特級指定コード:X004。コードネーム【
そして、他の探索者の身を顧みず、ラストダンジョンを蹂躙する姿から、一部世間ではこう呼ばれている。
「あれが――ラスボス探索者」
全てを蹂躙する彼女たちへの畏怖が込められたその名称に、クロトはまるでゲームみたいだなと思った。