ラスボスヒロイン氾濫注意〜推しの一言でダンジョン攻略〜 作:カンさん
ライブファーストの事務所にて、マネージャーである桐谷は眉を潜めていた。
そんな彼に後輩の水上が話しかける。
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、また例のアレが来てな」
「例のアレ? ……ああ」
桐谷の机の上に置かれている段ボールを見て、彼はすぐに理解した。
約一年前からとある人物がライブファースト宛に……正確には、汐しおに対して物を送ってくる様になったのだが、扱いに困っていた。
「また伝説の素材ですかね?」
「さぁな」
ため息を吐く桐谷だが、正直に言って勘弁して欲しかった。
ライブファーストはダンジョンとは無縁のVtuber事務所。そんな所に市場で名のある素材が書かれたよく分からないキューブを送られても処理に困るのだ。
普通ならインベントリーボールを使う筈だが、この人物はキューブを送ってくる。しかし触っても転がしても叩いても落としても動かない。ただ汐しおに届けて欲しいと手紙が書いてあるだけで、取扱説明書も無い。
そんなもの、大事なタレントにおいそれと渡すわけには行かず、毎度毎度桐谷は返品していたのだが……今回送られた物にも呆れて何も言えない。
「今回は……え? ミラージュ・ミスリルドラゴンの肉? 本物ですか?」
「そんな訳あるか。こいつだぞ。そろそろ法的措置に出るか?」
「辞めておきましょうよ。相手が探索者。さらに等級の高い相手だと逆にこっちが潰されますよ?」
「……ちっ。これだから探索者は」
今現在、配信業界はダンジョン探索者の攻略配信がいま最も人気である。
命がけの現実離れした世界。しかし最もリアルで誰もが興奮する娯楽。
それに割を食ったのがストリーマーやVtuberたちである。技術進歩をあっさりと上回る非日常は、唯一無二の魅力だった。
故に、ダンジョンとは無縁の配信関係者にとって探索者は目の上のたん瘤だ。
さらに国がその存在を贔屓しているのもまた原因の一つである。
桐谷は、おそらく嫌がらせか暇つぶしに自社のタレントに贈り物をする探索者であろう男にイラつきながら、いつもの様にギルド経由で返品対応をする。
「そういえばミラージュ・ミスリルドラゴンといえば、今話題の探索者が居るんですよ。影森クロトって言って……」
「知らん。興味ない」
「えー……」
「それに今は忙しい時期だ。しおにもそろそろ告知して貰う必要がある」
「そうですね。いよいよですもんね……!」
「ああ。昔の大手はデビューして一年で実装されていたらしいが、うちは規模はそこまで大きくないからな。しおには三年も待たせてしまった」
「良いライブにしたいですよね」
二人からは既にドラゴンの肉と書かれた謎のキューブの存在を頭の中から消していた。いつもの返品品だと思っているが故に。
それが本物と知らずに。そして、過去に送られたモンスター素材がどれも1000万を超える価値ある物である事を知らない。
こうして、今回もクロトは推しに貢ぎ物を送るが、返品されて落ち込むのであった。
◆
特別探査行動支援機構。
元々は民間によって設立された組織だったが、後に国家と協定を結び対ダンジョンのエキスパートたちが運営している。
ダンジョンに関して言えば、その発言権は国のトップよりも大きい。民間組織の時にダンジョンギルドと呼ばれていた名残から、探索者たちからはギルドと呼ばれている。
ギルドは現れたダンジョンの危険度の調査、等級の認定や、探索者たちの管理を行っている。
特にイレギュラーに対しては常に気を配っている。イレギュラーを放置したダンジョンは
「さて、皆、今回の報告書は読んだな?」
ギルド本部の会議室には十数名の男女が一堂に会していた。
上座に位置する場所には壮年の男性が座っており、この男性こそがギルドマスターである。名は蔵内ムサシ。現在は探索者を引退しているが、元S級である。
「【鋼竜の遊び場】のイレギュラー化。そして
その名前を聞いて真っ先に反応したのは、今回の会議に出席命令を出された朝霧だった。
彼は最も近くであの地獄を、彼の異常性を目の当たりにした人物である。
「しかし、あの映像は俄かに信じられませんね」
「ええ。何かの間違いではないのですか?」
会議に出席しているギルドの重鎮たちが口々に疑問の声を上げる。しかし、それも無理も無かった。
「S級の武器を、能力を模擬した所までは納得できます。人類は日夜進化し続け、覚醒する魔法やスキルは複雑化し強力になっていきます。
しかし、特級の武器を、能力を模擬したという話は信じられない。
あれは人類ではない。あれは人類に仇なす最悪の力。そんな力を模擬できるだなんて、それこそ5人目の――」
「真戸部幹部。それ以上は失言だぞ」
眼鏡をかけて気難しそうな顔をした幹部の言葉を、蔵内が止める。
眼鏡の幹部はグッと苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて「失言、申し訳ございません」と一言謝罪して座る。
「さて。朝霧くん。君の目から見てどう思った?」
「……私の見解は既に報告書に記されています」
「ふむ。つまり――」
蔵内は、報告書に書かれている文字を見てため息が出そうになりながらもその言葉を口にした。
「影森クロトは特級相当の力を持ったE級探索者だと。そう言いたいのだね?」
「はい、その通りです」
ざわり、と会議室がざわつく。
「そんな事があり得るのか?」
「しかし、実際に事は起きている」
「何故E級のまま無名だったのだ?」
「部下の調査によると、探索者登録の後真面にダンジョンに潜っていなかったらしい。記録によると、4年前までは合計3度ダンジョンに潜っただけだ。それも等級は全てDと最低ランク」
「しかし1年前から明らかに増えている。等級はバラバラだが……」
「何か目的が?」
「分からない。しかしこのダンジョンアタック記録と配信の言動から、S級や特級特有のマイペースさは感じられる」
「犯罪履歴は?」
「ないな。しかし気になる経歴はある。今から15年前にダンジョン事故で行方不明になった。その後保護され親元に帰るも、その後虐待によって施設行きになっている」
「気にはなるがよくある話だな」
「今は北区にある普通のアパートに住んでいる」
「あの衣服に何か秘密が?」
「いや、調べたがド〇キで売っている普通のコスプレ服だ」
「皆、静粛に」
口々にクロトに関する身辺調査から、各々の見解が飛び交う中、蔵内の一言で静まり返る。
「全員、彼の情報が頭に入っているようで結構。今回の最初の議題は彼の扱いについてだ」
ギルドとしては、クロトをこのままE級として放置する気はさらさらなかった。
勿体無いし、危険すぎる。
力ある者は必ず騒動を巻き起こす。それが人類から逸脱した特級クラスなら尚更だ。
できれば何処かのクランに所属して欲しい、と彼は考えていた。
「まずは彼には早急にS級に昇格して貰う。そして……今回に限り、飛び級も許可するつもりだ」
その言葉に会議室に居た幹部たちは驚きに目を見開く。朝霧もまた驚いていた。
何故なら前例がないから。
現在、彼の隣に座って今回の会議に参加している白銀騎士団の団長の白銀ギンガ。
彼は、齢21にしてS級2位の実力と立場を獲得しているが、ギンガも初めはE級で段階を踏んで昇格していた。
その期間は3ヶ月と歴代五指に入るほどに早かったが、それでもちゃんと昇格試験を受けていた。
つまり、それだけ影森クロトは特別であるという事。
「しかし、それでは他の探索者から不満の声が」
「そうであろうな。だが、私の勘が言っている――一刻も早く、彼をこちらに引き込む必要がある、と」
蔵内は嫌な予感がずっとしていた。このままクロトを取りこぼしてしまえば、取り返しのつかない事が起きる、と。
「分かりました。それでは使者を送り、要請しましょう」
「うむ。しかしなるべく機嫌を損ねるな。彼が望むのなら、他のS級同様に段階を踏んでの昇格も視野に入れよう」
ギルドは、クロトを必ず引き込む為に慎重かつ確実な手段を選んでいた。
金が欲しいならいくらでも差し出そう。入りたいダンジョンがあるのなら優先して斡旋しよう。素材を求めるのなら五大クランに要請して取ってきて貰おう。女が欲しいのなら用意もする。
それだけクロトはギルドにとって、国にとって――世界にとって希望となり得る存在であり、同時に絶望にもなり得る存在なのだ。
「それでは、次に彼を勧誘したギルドについてだが――」
その後も議題は続いた。特に白銀ギンガは如何に影森クロトが素晴らしい存在で、白銀騎士団にとって恩人で、そしてどれだけ引き入れたいかを熱弁した。
それにより会議は一時間延ばされ、朝霧は自分のトップの暴走癖にため息を吐くのであった。
◆
クロトは思わず呟いた。不味いな、と。
いつもの様に推しに貢ぎ物を送りつけるもギルド経由で送り返されて落ち込んでいたクロトは、アプリで自分の銀行の残高が残り少ない事に気づいた。
推し活。仕送り。生活。エトセトラ。
彼は常にその日暮らしであり、いきなり金欠になる事も珍しくない。
本来探索者ならば、ダンジョンに潜った際に獲得したモンスターの素材や宝箱に入っているレアアイテムなどを売って生計を立てるのが普通だ。
しかしクロトは普通ではないのでダンジョンを使って稼いだことがあまりない。彼は推しの汐しおの一言が無い限り、ダンジョンに関わるという発想がないのだ。
故に、彼がスマホを使って検索するのは近場にあるオススメのダンジョンではなく、一日である程度稼ぐことができるアルバイトだ。
「……!」
そこでクロトは、自分に最も適したアルバイトを見つける。
単純作業故に誰でも歓迎。退勤時間は17時30分とクロトにとって都合の良い塩梅。
彼は早速連絡してアルバイトの希望を伝え、無事に認可されて後日向かう事になった。
「……」
そういえば、とクロトは困った様に送り返されたキューブを見る。
この中には先日手に入れたドラゴン肉がある。推しの元に届かなかったのなら自分で処理をしなくてはならないのだが……。
「……」
今日の夕飯が決まった瞬間である。
その後、クロトは黒刀を使ってドラゴン肉を丸焼きにして食べた。もしその場にA級やS級の探索者が居れば卒倒していただろう。高級素材の無駄遣いだ、と。
「おお! わいか、きゅうちで働こごたっちゅったんわ!」
「……」
クロトが今回応募したアルバイトは、とあるダンジョンでの採掘作業である。
唯一探索者でなくても参加できるダンジョンに関係のあるアルバイトだ。等級も問われず、住所、年齢、名前を伝えれば誰でも働く事ができる。
「予想以上に若かね! 体力に自信があっとな?」
「……」
こくり、と現場監督者であるおじさんに頷くクロト。
他の従業員やアルバイトは既に採掘をしているらしい。彼は現場監督のおじさん……佐津間からバイトの説明を受ける。
勤務時間は17時半まで。休憩は1時間だが、何時取っても良い。
採掘した鉱石はダンジョン内にあるトロッコに入れれば自動でダンジョン外のインベントリ倉庫に転送されるとの事。
支給品は作業服とツルハシ、連絡用の端末である。
しかし、そこでクロトは一つ佐津間に告げた。
「あん? 自分の用んツルハシがあっだって?」
「……」
「おはん……やっ気満々じゃな!」
クロトの見せた真っ黒なツルハシを見て、佐津間は大笑いして彼の肩を叩いた。
どうやら特に咎めるつもりはないらしい。
クロトは作業服に着替えて端末を受け取った後、バイト現場であるダンジョンの中に入って行った。
「……」
そして、そんなクロトの背中を静かに見据える一つの影があった。
カンカンカンカンカンカン! と甲高い音がダンジョン奥で繰り返される。
「凄い音やねや。さっきの新人か?」
「そうごたる。黒かマスクつけて良う見えんだったばってん、結構若かばい」
「なゆなゆさる小僧やんでぃうむたしが、意外に根性あるどーやー」
先に入って作業をしていた従業員たちは、クロトの細身の体とマスクと前髪を隠した大人しそうな姿からは想像つかない働き姿に関心していた。
これは負けていられないと彼らもまた作業に取り掛かる。今日の収穫量は、この一月で最も多かったらしい。
「……」
カンカン、カンカン、と作業をしている彼に向かって、コツコツと一つの足音が響く。
ツルハシを振るいながらチラリ、と視線を向けるとそこに居たのは絶世の美少女だった。採掘場に似合わない蒼銀のドレスを身に纏い、粉塵舞う中でも彼女の白銀の長髪はどういう訳か輝きまるで弾いているようであった。
本来ならこの様な場所に現れる筈の無い存在に、流石のクロトも絶句――。
「……?」
「……誰、だと……!?」
――する事は無かった。見た事はあるが名前は知らない。それがクロトのセツナに対する認識だった。
逆に絶句するセツナを他所に、再び作業を再開させるクロト。カンカンカンカンっと甲高い音が響き渡る。
そんな中、セツナは混乱の極致だった。
彼女は自分の存在を知らない者は居ないと認識していた。
圧倒的な力。圧倒的な存在感。圧倒的な美貌。三匹ほど小うるさい羽虫が居るが、セツナは自分こそがこの世界の頂点に立つ存在だと認識していた。
だからこそ、クロトに誰? と問い掛けられて答えられなかった。
「――なるほど、面白いな貴様」
故に、彼女がクロトへの興味が深まるのは必然だった。
「改めて名乗らせて貰おう。我が名は氷室セツナ。世間では
「……」
カンカンカンカン。
「あとは
「……」
カンカンカンカンカンカンカンカン。
「そういえば、他にも【氷の戦姫】【時の審判】【蒼銀の常闇】などと、なんとまぁ気恥ずかしい名で呼ぶ奴も居たが……私にとってはどうでも良い事だ」
「……」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
「そう、私はただ一つの目的のために動いている。人類が理解できないと言えども、必ず成し遂げるつもりだ」
「……」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
「その為には貴様の力が必要で……」
「……」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
「……」
「……」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン。
「――えぇい! いい加減手を止めんか、このボンクラ! 貴様、私の話を聞いているのか!?」
「……?」
怒気を撒き散らしてこちらに叫ぶセツナに対して、クロトは不思議そうに言った。
さっきから何か言っていたけど、自分に言っていたの? と。
「ほ、ほほう。貴様、さては私を舐めているのか……?」
彼女の感情に呼応して、パキパキと地面が凍り付いていく。
さらに影響はダンジョン全体に及ぼしており、作業をしていた従業員たちが寒そうに肌を擦る。半袖だから余計に寒そうだ。
「なんや? 急にさぶなったど?」
「ダンジョン風邪でも引いだが?」
「上着用意してるのかしら? 作業しづらいんだけど」
異変に気付いた者の中には作業を中止して外に出ようとする者まで現れ始めた。
しかしセツナは気にする事無く、感情をありのままにしてクロトに詰め寄る。
反対にクロトは困惑していた。何故この女の子は怒っているのか、と。
「……!」
なるほど、とクロトは彼女を見て気が付く。彼は端末を取り出し、現場監督の佐津間に連絡した。
『おう、どげんした若造。ないかトラブルけ? ないかさんかって文句垂れながら出て来っ奴がおっとどん。最近んわけもんなこれじゃっで』
「……」
『ん? 飛び入り参加? 給料をわいと折半すっ? わいが良かなら別に構わんが』
「……」
『道具は自分で用意すっ? おはん、ほんのこて準備万端じゃな。分かった。くれぐれも怪我すっなよ? 保険なんて無かでな! がははははは!』
許可を貰ったクロトは、自分の力でもう一つツルハシを作る。
その光景を見たセツナは一瞬怒りに空白が現れる。
(あれは、やはり……我らと同じ位階に存在する力……!)
故に接近を許し、彼女はクロトから手渡されたツルハシを反射で受け取ってしまう。
黒い以外はなんて変哲もないツルハシだ。
何故それを私に? と疑問に思っているとクロトは言う。
それじゃあ一緒にバイトしようか。
「…………はぁ???」
――ラスボス、一日バイト開始。