ラスボスヒロイン氾濫注意〜推しの一言でダンジョン攻略〜 作:カンさん
「なん、で、わた、しが、こん、な、こと、をぉおおおおおおおお!!」
カンカン! と苛立ち交じりにツルハシを振るうのは、探索者界隈で恐れられているラスボスこと氷室セツナ。
ドレスが汚れるのが嫌だったのか、途中から作業着に着替えている。もしこの光景を他の探索者、それも彼女と同じ特級の彼女たちが見れば腹を抱えて笑うだろう。
クロトはもう少し静かに作業できないのだろうか、と迷惑そうに見ていた。
「最近んわけもんな働き者じゃな! 特別にあんむぜ子にも給料出すど」
現場監督の佐津間は、クロトが連れて来た友達を見に来て驚いた。
何故なら、こんな砂埃臭い場所に美少女が居たのだから。
しかしどういう訳かセツナは凄い速度で鉱石を掘っており、その姿に感動した佐津間は彼女に作業着を貸し与えた。他の作業員たちもセツナを見習ってさらに精力的に働いた。
なお、彼らは探索者ではない。その為セツナを見ても可愛い女の子だな、くらいにしか思っていなかった。
まさか作業着着てツルハシ振るっている美少女が、国が恐れる化け物とは思うまい。
結局、クロトが当初見定めていた範囲をセツナの参戦という形で採掘し尽くした事で休憩時間となった。
セツナの弁当は佐津間が自分の分を彼女に渡した。彼はコンビニに行って自分の分を買って来ると言って既に去っている。
岩場に腰掛けた二人は弁当を突きながら、ようやくセツナの目的が果たせそうだった。
「今回、私が此処に来たのは貴様を手に入れる為だ」
自分、物じゃないんですけどと唐揚げを食べながら不満そうに呟くクロト。
セツナは白米を口の中に放り込み、咀嚼しながら彼を睨みつける。話が進まないから黙って聞いていろ、そう無言の圧力を乗せて。
「貴様の能力は異端だ。認めたくないがこの私の力よりも特異性が高い」
だし巻き卵が甘い事に少し眉を潜めるクロト。彼は塩派だった。
「実力は私の方が上だが、それでも脅威と感じる程度にはあの影は――強い」
次に口に入れたのは小さく切り取られた鯖焼き。冷めているが味が濃く美味しかった。
「……んぐ。意外とイケるな。……貴様はどうやら、見た武器を影を媒体に複写できるようだな。それも持ち主の能力ごと」
きんぴらごぼうは普通だった。そもそもおいしいきんぴらごぼうを食べていなかった。
「これはイマイチだな。……そして、その上限は存在しないのだろう? 故に我らの武器を――我らの能力を複写した。私や
弁当を食べ終えたクロトは支給されたお茶のペットボトルの中身を流し込む。
「ご馳走様。……さらに貴様は持ち主と同等の力量で能力を使いこなしている。それがあの影の能力なのか、もしくは貴様自身の基礎能力の高さから来るのかは知らんが――それよりも、だ」
お茶を飲み終えてホッとしていたクロトは、突然アゴを掴まれてグイっと無理矢理視線を合わせられる。
冷たい瞳だった。金色に輝いているが、彼女が見ているのはクロト自身ではなく……彼を手に入れた後のその先の光景。
「改めて言おう。影森クロト。私は貴様が欲しい。私の物になれ」
聞く者によっては、まるでプロポーズの様な言葉。
しかし、両者共にコレはそんな甘いものでは無いことは理解している。と言うより色恋沙汰に興味が無いと言った方が正しい。
クロトは何故そこまで自分に拘るのだろうと不思議そうにセツナの瞳を見た。
その視線を受け止めながらセツナは己の野望を語る。彼女にとって、その事を語る事になんら忌避感は無い。
「私は全てのダンジョンを消すつもりだ」
それは、彼女が国と袂を分かつ原因となった野望。
国はダンジョンを資源として認識している。故に全てのダンジョンを消す事に固執している氷室セツナとは分かり合えない。
勿論他にも色々と理由がある。例えば国会議員を十数人病院送りにしたり、国が五大クランを総動員して確保しようとしたダンジョンに眠るとある資源を確保する前に攻略して消したり……。
故に彼女は
「……」
「理解できないか? 私の野望が。しかし別に理解を求めていない。調べさせて貰ったが、貴様は別にダンジョンに固執していないだろう? ならば報酬は払うから、私の物になれ」
クロトは困った。何故ならダンジョンが存在しても存在しなくても、困るかどうか分からないからだ。
理由は彼の推しである汐しお。
彼女は別にダンジョンに興味津々という訳ではない。ただ、今の時代ダンジョンが話題なだけで、よく雑談で上がるのがダンジョン縁の物だからだ。
そこで、もしダンジョンが消えて彼女は悲しむだろうか? 答えは不明。故にクロトは。
「保留? 優柔不断な奴だ。──そうだな」
突然、セツナは作業着の胸元を開けてクロトに見せる。
何しているんだろうこの人、とクロトは不思議そうにする。
「もし野望を達成した暁には──私の体を好きに貪って良いぞ」
「……」
「容姿には自信がある。どうだ? 唆るだろう? 男として優れた女を己のモノにするのは、これ以上ない程の快楽の筈だ」
そう言ってペロリと唇を舐める動作は妖艶だ。以前ラスボスが集合した時は、胸の大きさで煽られていたが、それでも尚セツナの色香はその辺の遊女よりも強い。
しかしクロトは別に良いッス。と白けた目でセツナを見た後に作業に戻った。
「……」
セツナは黙々と作業を開始したクロトの背中を見て思った。この手にあるツルハシであの頭をかち割ってやろうか、と。
「ほら給料じゃ。今回はあいがとな! 気が向いたやまた此処に来な!」
そう言って佐津間はクロトとセツナに給料が入った袋を手渡す。
クロトはホクホク顔だが、セツナは微妙な表情を浮かべている。
彼女は特級となってから、公共機関を使わない様にしている。正確には使用できない、と言った方が正しい。
反人類と国家に指定された者は、国籍を抹消されている。つまり人権が無い。
故に彼女は普段は廃棄された区画に寝泊まりし、食事はダンジョンから狩猟した素材を使って自炊している。つまり彼女に資金は必要ない。
必要ないが、何も知らない佐津間にそんな事を言っても仕方がないと判断して黙って受け取った次第。
「影森クロト。私はお前を諦めるつもりはない。共に来て貰うぞ」
どうやらクロトの『保留』という返答を彼女は聞かなかった事にしたらしい。
自分の住処に連れて行き、たっぷりとどちらが上なのかを分からせるつもりな様だ。
しかし、クロトは明確に拒絶した。この後大事な予定かあるから、と。
「大事な予定だと? この私よりもか?」
即答するクロト。はっきり言って彼の中に優先順位は無い。ただ汐しおだけが彼の全てである。
故に見た目麗しい少女の誘いに乗る気はさらさら無い。
推しの配信まであと30分も無い。クロトは早く帰りたかった。
「推し? 配信? ふん。くだらん。ならば教えてやろう、私がどれだけ素晴らしいか。そして――」
――氷室セツナは、地雷を踏む。
「貴様の推しがどれだけ矮小なのか、を」
――黙れ。
その結果、深淵よりも昏く、暗く、黒く、底の見えない瞳を向けられ――久方ぶりの死の恐怖を味わった。
体が一瞬動けなくなる。己の能力を使われた訳ではないのに。
クロトは彼女から視線を外すと、そのままその場から消えてしまった。セツナの武器を使って時間を止めて移動したのか。もしくは別の武器の能力なのかは分からない。
しかし、セツナは今日はもうクロトを追うつもりはなかった。
「――失敗したな」
手に入れる為に焦り過ぎてしまった。己のペースを乱されて配慮に欠けていた。
クロトの
「……ふん」
セツナは、次に会った時の事を考えて己の拠点へと飛んだ。
……彼に謝らなくてはいけないな、と。
◆
「今回はお時間を頂きありがとうございます」
「……」
氷室セツナとバイトをした次の日、クロトの家にギルドの職員が訪ねて来た。
こんなボロアパートに何の用だろうか? と。
黒いスーツを着て頭髪をワックスで整えた男の名は山本。名刺を渡されたクロトはしっかりとした社会人に内心緊張していた。もしかして探索者クビにされるのかなー、と。
「この度、クロト様の元には二件ほどご用件がございまして」
そう言って山本は一つの段ボールを取り出した。
「こちらは人工知能搭載型配信用自律ロボットです」
「……?」
なんか聞くだけで高性能で高額だな、とクロトは思った。そもそも何故そんな代物を此処に持ってきたのだろうか? セールスだろうか? 今手持ちが心許ないし、興味ないから要らないのだが……。
そんな彼の考えが顔に出ていたのか、山本はすぐに訂正する。
「いえ別に押し売りではありません。探索者の配信義務についてはご存知でしょうか?」
丁度最近教えてもらった、とクロトが答える。
朧気ながらも覚えていたクロトはぼんやりと答えた。やばい奴と強い奴、あと等級が高くなれば配信しないと探索できない、と。
「はい、その認識で間違いでありません。今回、クロト様にも配信義務が生じた為この様に配信用ロボットをお持ちしました」
そう言われてクロトはこれまでの自分の行動を顧みる。そんなにヤバい事したかな? と。
現在の等級はEと最弱の為、等級が理由によるものではない。かと言ってダンジョン探索において、自分はなんら規約違反はしていない……筈だ。
「……ご安心を。クロト様の探索者としての行動に対して問題視しておりません。ただ、今後探索する際にはこちらを使用して頂けると幸いです」
何処か懇願する様に山本に言われ、彼はとりあえず了承した。
クロトは、勝手に配信してくれるなら良いかと受け取った段ボールを部屋の隅に置いた。自分の強さに無自覚故に、今後は探索する時は周りに迷惑を掛けない様にしよう、と少し反省した。的外れな思考である。
「では、次の要件に移らせて頂きます」
そう言って山本は一つの書類を取り出した。受け取ったクロトがそこに書かれている文字を見ると、不思議そうに首を傾げる。
そこには【S級昇格要請】と書かれていた。
目を丸くしてクロトは驚いた。え? 何で? 何これ? と。
「先日の最深領域。探索者界隈ではラストダンジョンと呼ばれているあの場所でのクロト様の活躍から、我々ギルドは貴方をS級相当の力があると判断しました」
そう言われてクロトは納得した。だから配信義務を課せられたのか、と。
「そこに記されている通り、S級に昇格すれば様々な恩恵が得られます。E級と違い、固定給が支給され、ダンジョン探索の際には優先してご紹介も致します。他にも……」
あ、それは別に良いです、とクロトはきっぱりと答えた。書類に書かれた内容を見て、山本の語るメリットに正直魅力を感じなかった。
普段から別にダンジョンに潜りたいと思っている訳でもない。お金についても金欠する時があるが、稼ごうと思えば稼げる。
「な、なら此処よりも暮らしやすい住居のご案内など……」
そっちも別にいいかな、と彼は答える。無駄に広かったり便利過ぎる施設は気疲れするから、今はこの格安アパートで満足している。
「高級店の利用の優先権なども……」
コンビニで良いや。
「……」
ついに山本は黙ってしまった。それに構わずクロトは書類で気にかかった箇所を見ていた。
それは、S級探索者になった事で生じる義務である。そこにはダンジョンブレイクによるこちらの世界が危機に瀕した時、防衛任務に就かなければならない事。
他にも危険性のあるダンジョンの攻略や採取クエストの受注指示など。見ていて気付かれしていた。
はっきり言って面倒だな……と彼は思い、断ろうとするも。
「実はギルド長は特例で飛び級でクロト様をS級に昇格して頂きたいと考えております」
「……」
「現在、我が国ではS級探索者は17名。全員一騎当千を超えた人外級の力を持っています。それでも人手不足です」
「……」
「どうか、ご一考を」
そう言われてクロトは断る事ができず、後日返答しますと先延ばしにした。
どうしょう、これ。
◆
「そうですか。S級に昇格依頼をされたのですね」
「凄いですねクロトさん!」
「いや、あれだけの力があったら当たり前だよね」
じゃじゃ炎、と呼ばれる高級焼き肉店にてクロトは先日共にダンジョンを潜った白銀騎士団……朝霧たちと食事をしていた。
あの時のミラージュ・ミスリルドラゴンを使って焼肉をするという約束を果たす為である。ここではダンジョンで獲れた肉を取り扱う事ができる数少ない店舗だ。それでもS級ドラゴン肉は初めての様で、厨房では歓喜と緊張でシェフが震えているのは別の話。
家で食べた丸焼きよりは美味しいな、と思いながらクロトはドラゴン肉を頬張る。
そんな彼に朝霧はマイペースな人だ、と苦笑いした。昇格の話を世間話の様にこの場で話す姿からもそう思った。風間は素直に賞賛し、犬飼は当然だとクロトの反応に呆れていた。
――良いか朝霧。必ずクロト君を我が騎士団に招き入れるんだ。
朝霧は、此処に来る前に念押しして来た白銀ギンガの言葉を思い出しため息を吐いた。
現在、SNSではクロトについて話題で持ちきりだ。あの時の彼の活躍が朝霧の配信の切り抜きで拡散され、探索者界隈と若者の間で人気が高い。幸い、クロトがダンジョンに潜る時は忍者のコスプレをしているから、私生活で気付かれる気配はないらしい。
なお、食事の際に彼が黒いマスクを外した際、犬飼と前川が彼の素顔を食い入る様に見ていた。あの時、顔を晒していたら別の理由でも話題になっていたかもしれない。
故に、彼を欲しがるクランは大小問わずたくさん存在する。
それは五大クランも同様で、
特に女性探索者のみで結成されているARCグループは熱狂的で「彼に最も恩義を感じているのは私たちである」と声明を出している程だ。そのせいか、彼女たちのファンの一部が燃え上がっているらしい。いつの時代、どこの界隈にもユニコーンは存在する様だ。
「S級昇格はクロトさんの意志で決めると良いです。それはそれとして、何処かのクランに入るつもりはありませんか?」
ない、と即答するクロト。
「……それは、何故ですか?」
思わず慎重になる朝霧。何か昔トラブルでもあったのだろうか、と勘繰ってしまう。
対してクロトは事も無げに言った。一人で潜る方が気楽だと。故にS級もしがらみが多そうで乗り気ではないと言った。
それを聞いて朝霧は申し訳ない気持ちになった。あの時はE級だと思って声をかけてしまったが、どうやら自分はA級である己を過信していた、と。クロトの実力を見抜けず、等級だけで判断してしまったが故に。
「えー、勿体ないっすね。S級は皆の憧れっスよ!」
「うちに入れば? 白銀騎士団は割と自由だし、みんな優しいよ?」
風間と犬飼が勧誘するが、クロトは乗り気ではない。そもそもあまり理解していない。故に聞いてしまった。
特級は、S級の上の存在なのか、と。
彼がそう聞いた瞬間、ピタリと皆の動きが止まる。その異様な空気に彼は首を傾げる。
「……特級はS級の上という訳ではありません」
それまで会話に参加せずドラゴン肉を焼いては食べる永久機関となっていた大槻が答える。
「彼女たちは様々な犯罪や規約違反を犯し、国家の敵となり、等級を剥奪された反人類……つまり敵です」
「裏社会でも嫌われていて懸賞金掛けられているんだよね」
前川が独自のルートで入手している情報を口にして笑う。
「実際、崩天獄雷……烏丸ナユタは特級指定される前はE級でした。
彼女はダンジョンを荒らしに荒らし、それを問題視した国の指示で止めに行った当時のS級5人、A級20人が病院送りにされ、巻き込まれたBからC級の探索者は100人に及び、殆どがその後引退しました」
「詳しいな大槻」
「ええ。私の従兄弟がその被害者なので……」
そう言う大槻の表情は険しい。どうやら彼は探索者である事を誇りに思っているが故に、
「故に、クロトさんの問いに答えるのなら特級はランク外。上でも下でもありません――ただ」
大槻がトングでひっくりかしたドラゴン肉がジュー……と音を立てる。
「強さは別格です。彼女たちは人類の域を超えた最強のさらに上――最凶。S級で彼女たちに敵う者はたった一人を除いていません」
「あの人か」
「片足特級に突っ込んでいる気がするが」
「しかしそれも昔の話――クロトさん。あなたが我々の希望だ」
「大槻。その先は私が言おう」
大槻の言葉に、朝霧はため息を吐いて引き継ぐ事にした。本来は今この場で言うつもりはなかったが、仕方が無い。
「クロトさん。貴方はギルドからS級に昇格して欲しいと言われていますが、はっきり言って――貴方の力はS級なんて枠に入らない程に異常だ。それこそ彼女たちと同等か、それ以上の」
この前に
「故に期待しているのです。彼女たちの抑止力になる得る影森クロトという存在に」
――同時に畏怖もしている。5人目の特級が誕生する危険性に。
「だからどうか――貴方の選択が、我々にとって利のある物になる事をお待ちしております」
その言葉にクロトは心の中で思った。なんか面倒な事になったな、と。